ありがとう
『自分のこと可愛いとか思ってそう』
ステージ上でのパフォーマンス。写真や動画と共に、悪辣なコメントが投稿される。
『最初は好きだったけど、最近はメンバーを踏み台に見てる感じがして嫌だ』
それはアイカについて言っているようだった。中学時代の逢坂と高校時代の逢坂は、まったくの別人と言ってもいいのかもしれない。
黒髪に赤い瞳。清楚で純粋な女の子であり、アイカの売り出しもストレートな女の子だったのだが、いまではその黒髪は切ることを忘れたかのように長く、それでいて手入れはされているので齟齬を感じる。赤い瞳は威圧的でつり目がちとなり、昔を知っているからこその強烈な違和感は拒否反応ともなるだろう。近寄りがたく、事務的な会話でも声をかけるのは躊躇われる。逢坂本人に自覚はないかもしれないが、受け手は睨まれていると感じ、何かしてしまったかと詫びたい気持ちにもなる。そんな相手とまともな交友関係を持ちたい人はいないだろうし、自分の非を探すのではなく逢坂に攻撃的になるだろうというのも容易に察せられる。特に、昔の逢坂が、アイカが好みだったファンにとっては、アイカの皮を被ったような何者かは否定もしたいだろう。
良くも悪く、薔薇のような女子だと、しろあは彼女を形容する。
『わかるw あからさまに距離ある感じだよなw』
十代の頃の一年二年は貴重で多感でもあり、心身共に様々な影響を与える。何気ない一言でも価値観はがらりと変わってしまうことだってある。そんな中、逢坂は、強烈な一撃を喰らった。それはまるで、金槌での釘打ちに失敗したかのよう。釘はぐにゃりと変形してしまう。もう戻らない。逢坂もそう。歪んでしまうほどの経験をしてしまった。
『高校生になった途端、路線変更ってことか』
事情を知らないファンたちは、アイカがどうしてそうなってしまったのかがわからないから、憶測で好き勝手言うしかない。そしてその憶測で物事を語るときというのは、証拠や根拠依存ではなく、自分がどう思いたいかで語る。
『やっぱ、中学生の多感な時期に人気を浴びると、性根も曲がるんだろうな』
事実はアイカは孤軍奮闘であり、誰も彼も敵に見えていただけ。気を緩めるわけにはいかなかったのだ。もしもステージ上で衣装がはだけてでもしたら、それこそ格好の餌食。世界中がアイカを消費することになる。
『ここで秘蔵画像w』
『うおw』
『成長過程が見えて最高』
しかし残念ながら、すでに世界から消費されていたのだ。
逢坂は指を押した。
流れるのは、アイカの着替え姿の動画。画角は、アピアランス事務所の更衣室の一角。
開始一、二秒で、逢坂は動画の再生を止めて掲示板に戻り、スマホを丸テーブルに置いた。それ以降、見る必要はないだろう。強く目蓋を瞑り、自分が世界からどう扱われているか、その現状を重く静かに受け止めている。
「……これが、柚奈が隠したかったこと?」
橘に訊いているわけではなさそうだ。しろあは頷く。
「東城社長が、あの更衣室に内密にでもカメラをしかけなかった理由でもありますね。あと、いじめ問題がここまで重い事態になっても警察ではなく、信用できないしがない女子高生に頼った理由でも」
「じゃあ、この動画が流出してるのって……」
「そういうことです。不審な部外者が更衣室に近寄る気配はなかったのでしょう? つまり、その部屋に近寄っても不思議ではない人、内部犯ということになります。流出は内部犯と相場も決まってますからね」
このままでは後藤が一人でも警察に持ち込んでしまうと危惧したから、東城は動かざるを得なかったのだ。警察が動けば、自分がしていることも露見してしまうかもしれない。これはアピアランスという事務所のイメージ低下よりも阻止しなくてはならないこと。事務所が潰れるだけならまだやり直しは利くが、東城英二という名に泥がつき、犯罪歴が残ればどうにも取り返せない。
「でも、それなら、ほかにも可能性はあるんじゃない? 東城社長だけって断定するのは早いんじゃ?」
「意外と、平気なんですね。自分のあられもない姿が世界に流れているのに」
「実感がないのかも」
そういうものだろうか。
逢坂の表情が暗く沈んでいるのは間違いないので、傷ついてはいるのだろう。
もしもしろあが同じ身にあったなら、どうするだろうか。この身体を曝け出すのは当然、かいくんただ一人だけだ。すくなくとも、流出させた本人の人生は破滅させるだろう。見た人も保存した人もそれ相応の報いは受けさせるだろう。
とはいえ、しろあの身に実際に起こったことではないので、想像の範疇を超えないのだが。
「たしかに逢坂さんの言う通り、これだけでは東城社長と断定するのは早計かもしれませんね。ですがそれ以外に、誰ができるのでしょう。ほかのアイドル? いいえ、ありません。彼女たちも被害者なんですから」
つい忘れていた、としろあは付け足す。
「ああ、逢坂さんだけじゃありませんよ? 着替えを盗撮されたの」
ばっと逢坂は、橘を見た。橘は無言だった。無言は肯定だった。
「アイドルがカメラを仕掛けて他のアイドルの姿を撮って流したのなら、自分の姿も流すことになる。流していないのなら、疑いが濃くなるだけ。つまり、違う」
これで橘の守るものはなくなった。逢坂は橘の抱えていたもの、守ろうとしていたもの。すべてを知ったことになる。その境遇を思って、逢坂は悲痛な顔をした。
「なら社員? たしかに、できますね。後藤さんにも可能です。しかし違う。更衣室に入っていく姿、廊下には監視カメラがあるんです。一介の社員が、アイドルのための更衣室に入るのはおかしい。ならそのカメラの録画も消す? そこまでできるでしょうか」
ただの社員が、マネージャーが、監視カメラをあれこれ弄る権利はないだろうし、警備員が不審にも思うだろうから、録画を消すだけじゃ痕跡を消すことにはならない。
「つまり東城社長ぐらいしかできないんですよ」
そもそも、アイカやユナだけじゃない。ミレイやアキ、トーカもそうだし、彼女たちのグループ以外もそう。あの事務所に所属しているアイドルのほぼ全員がそうだし、もういないアイドルだってそう。掲示板に埋もれているが、しろあが探すのに手間はかからない。そういった面からも、社員という線は薄い。
「橘さんは、逢坂さんのいじめ問題と自分のいじめ問題を総合し、東城社長を始めとした全員に不信感を抱いていたんです。アイドルも、社員も。逢坂さん以外。だから独自に動いていた。けれどその最中、偶然にもこれを見つけてしまった。自分が消費されていることを、どういう目で世界が見ているかを、知ってしまった。逢坂さんには、どうやっても言えませんね。そして、橘さんは逃れられない。逃げたとしても消えないのだから、逃げる意味もない。死ぬしか、なかった。自殺しようとしたのは、そんな経緯です」
それでも生き残ってしまった。まるで、まだ自分にはやるべきことが残っている、と言われているかのようだ。
橘には、逢坂が残っていた。親友が残っていた。親友をあのまま消費させ、食い尽くさせるわけにはいかなかった。だからいっそと、突き飛ばした。死んでほしかった。知ってほしくなかったのだ。
もう守るものはなくなった。かいくんの手によって、しろあの言葉によって、公にされてしまった。ぽろぽろと、感情が涙という形で溢れ出た橘を、逢坂はそっと抱きしめた。
逢坂は無言でその肩を撫で、橘はその胸に頭を預ける。
「……ありがとう。私のために」
どう言えばいいかわからないと言った空白があったが、逢坂が絞り出したのは感謝だった。きっとそこではごめんと迷ったのだろう。橘は、静かに頷く。
ここから先はもう、しろあたちは不要だろう。足を蹴ってやると、今度は大人しくかいくんも席を立った。




