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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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その優しさは残酷なまでに


 啜り泣く声が、小さな四阿の中で響く。


「ごめ、ごめんなさい……わたし、そんなこと……」


 逢坂がしゃくりを上げながら、橘に謝罪する。自分がどんなことをしてきたか、なにを言ってきたか。無自覚なそれがどれほど傷つけ、どれほど背負わせてきたか、ようやっと自覚したのだろう。


「べつに。謝ってもなにも……」


 黙ってしろあの推理、というか見てきたことを組み立てただけなのだが、自分の行いをすべて言い当てられても、橘は対して動じなかった。その視線は未だ剣呑で、しろあを穿つようだ。


「さて、これで終わったかな」


 たくさんしゃべって喉も渇いたし、さっさと家に帰っていちゃいちゃしよう。

 と思ったものの、となりのかいが動かない。かいが出てくれないと四阿から出れないのだが。足を蹴ってやると、おもむろにトートバッグに手を伸ばした。ペットボトルが出てくる。コーラだ。

 蓋を開けると、ぷしゅっと音がする。この音だけでもう美味しい。ステーキでいうところの、肉が焼けるじゅーという音と同じだ。


「ぷはー」


 一仕事終えたあとのコーラというのは、どうしてこうも美味しいのか。口許を拭う。


 しろあは何でも知ってる。すべてお見通しだ。知ることができる。だから、いったいどこまで知っているのだと橘は睨んでくるのだけれど、まるで意味がない。そもそも、もう一仕事終えたのだから、そこまで睨まなくても平気だというのに。

 しかし、こういった事案を仕事と捉えず、サービス精神旺盛で、無料で自宅配送までしてしまうような人は、いた。睨むのなら、そっちにしてほしい、としろあは思う。


「橘は、なにか反論とかはないのか」


 ほら見たことか、としろあは辟易する。止めても無駄だとわかっているので、しろあはもう止めない。嫌な予感がする、としろあの下を離れてこっちに来た時点で、おおむねこの展開になることはわかっていた。


「……は?」


 橘からすると、天理かいという人間はどう映っているだろう。逢坂を殺す最後のチャンスも阻止され、手の平から出血をしているのに平然としていて、しろあの推理中も黙っていた男が、丸く収まったあとに重箱の隅を突くような真似をしているのだ。


 いまのかいくんは前髪を上げているから世界一のイケメンで誰もが惚れるから不信感もないだろうし、そこまで悪い印象は抱かれていないだろうが、もしも前髪が下がっているいつものフルフェイスのヘルメットスタイルだったなら、きっと気味悪がられていただろう。まあ、しろあはそれが狙いで髪を伸ばすことを強要しているのだが。そもそも女に髪を触らせて、どんな髪型が似合うか話すなんて浮気以外の何物でもないだろう。


「じゃあ、俺からひとつだけ言わせてほしい」


 いままでの語りからしろあのことを警戒していただろうが、本当に橘が警戒すべきなのはかいくんのほうだった。しろあはべつに、逢坂や橘が今後どうなろうとどうでもいいし、強いて彼女の隠したい部分を暴こうともしない。この場が丸く収まればそれでいいのだ。あくまで、しろあが受けた依頼はいじめの犯人を突き止めることなのだから。

 この場にだって、本来は参上していない。


「逢坂。いまのしろあの話だと、ちょっとした違和感がないか」

「……違和感?」


 涙で思考がまともに働かないといった風だ。かいは進める。


「橘が、逢坂を、アイカをひとりにしてアイドルを辞めることもできなかった。逢坂の言葉が呪いにもなって、味方のいない中アイドルを続けた。これは理解できる。逢坂がアイドルを辞める素振りもなくまたしても休止してしまった。だから殺すしかなかった。これも理解できる。だが、そうなると、橘の自殺未遂は何だったんだ?」


 そう。そこがちょっとした違和感だ。しろあは触れずに話を進めた。

 トートバッグを漁るとポテチも入っていた。なんて準備がいい。長話になりそうなので、ポテチを食べることにする。おやつにはちょうどいい時間だ。


「警察は、橘が自殺をしたが失敗に終わり、死ぬぐらいならと吹っ切れて逢坂を殺そうとした、と言ってただろ? つまり橘の自殺が先。もしそこで死んでいれば、橘は逢坂を置いて行くことになっていた」


 それは救世主であり背負わせてしまったアイカを見捨てたことになる。


「逃げたってことになるんじゃない? 逢坂さんはもうアイドルを辞めない。どうにもならない。だから死んで逃げることを選んだ」


 思考がままならない様子だったので、しろあは逢坂を代弁するようにして言った。橘を逃げたとなじった形になり、すこし苛立ったようだが、勘弁してほしい。それは筋違いというものだ。そう思うなら、橘自身の口で言ってほしい。


「ならアイドルを辞めればいいだろ」

「正論だね。でも、人は毎回正しく動けない。それはかいくんもわかってるでしょ?」


 疲れ切ってしまって、アイドルを辞めるという選択肢すら思い浮かばず、死を選んでしまった。これは橘だけの話ではないし、アイドルといった珍しい人種に限った話でもない。


「だとしても、橘の行動はすこしおかしい。逢坂にいじめを受けていた事実を教えてもよかったはずだ。いじめの被害を隠す傾向にあると言っても、同じ傷を持った者なら分かち合うことができる。自分はアイカに救われたから、今度は自分が支える、ぐらい言ってもよかったはずだ」


 そこに関しては、しろあも反論の余地はない。


「それと、もうひとつ」

「ひとつだけじゃなかったの」


 と、橘はここに来て初めて、反論らしい反論をした。それはもしかしたら、彼女にも予感があったのかもしれない。次のかいくんの一言が、橘の最も隠したかった心の奥底に手を伸ばすのではないかと。


「言わせてほしい」

「嫌」

「逢坂」

「……いいよ。言ってほしい」


 目尻に大粒の涙を溜めながら、逢坂は強く頷いた。


「なんで東城社長は、橘や逢坂のいじめを、隠そうとしたんだ」

「……え?」


 か細い声が漏れ出た。逢坂のものだった。


「橘は、逢坂よりも先にいじめを受けた。それを、東城社長に訴え出た。だが、まともに取り合ってもらえなかった。逢坂のいじめが発覚したとき、橘は不思議に思ったはずだ。ここまで被害が重なっても動かないのだから、不信感も募らせたはずだ。大事にしたくない、自社が汚名を被る、というのはまだわかるが、それでもやりようはあったはずだ。何もしない、というのはあまりにも愚策過ぎる」


 もしもそれでいじめが、何かの拍子で表沙汰になり、東城社長が黙認していたとなれば、加害者だけではなくアピアランス、東城自身も被害を被る。あまりにも立ち回りが下手だ。つまり、東城社長にはなにかがある。


「橘が逢坂に自分も同じだったと告げられなかった理由、東城社長が愚策を採った理由。それは、これが答えだ」


 橘が死のうとした理由、逢坂を殺そうとした理由。残酷にも、かいくんは逢坂に教えてしまう。橘が心の奥底に沈めてきたものを、引っ張り出してしまう。

 かいくんがスマホを丸テーブルに置いた。それを、橘は薙ぎ払った。スマホは石畳を跳ねる。橘は息を荒げた。肩で息をし、胸を抑え、うずくまる。

 かいくんはスマホを取って戻ってきたが、画面は割れていた。しょうがないな、としろあは自分のスマホを取り出す。


「次は、割らないでくださいね」


 警告してから、スマホを丸テーブルに置いた。かいくんは、視線を明後日のほうへ飛ばす。


「……これは?」

「いわゆる匿名掲示板ですね」


 なにも聞きたくないと橘は頭を抱え、耳を塞いだ。逢坂はその尋常じゃない反応に心構えをしつつ、しろあのスマホを手に取る。そして、青ざめる。


「なに、これ……」

「それが、東城社長が警察を介入させたくない理由と、ロッカー室に秘密裡にでもカメラを忍ばせなかった理由です。単純に、隠しカメラは先に存在していたから」


 ちらと逢坂が神妙に視線をあげてくる。あ、と付け忘れを思い出した。


「ちなみに、かいくんには見せてませんから」

「それって天知さんは見たってことでしょ……?」

「まあ、そうなりますね」


 その掲示板を見たというか、東城社長の悪行を知ろうとして見てしまったのだが……まあ、当事者からすれば違いはないようなものだろう。

 見たくなければスクロールしなければいいし、それが橘の想いでもあったというのに、逢坂は顔色を悪くしながらも掲示板を遡っていく。

 匿名掲示板では、あらゆる内容についての議論が盛んに行われている。政治やスポーツ、ゲームにアニメに、そして芸能。真っ当な議論もあれば、誹謗中傷や根も葉もない噂に欲求の捌け口ともなっている。後者のほうが閲覧者も投稿者も多いし、人目にもよくついている。


 そこには、芸能、アイドル関連もあり、メディア露出が豊富ではないにもかかわらず、逢坂や橘が活動するアイドルグループの名前もあり、そこへの書き込みの量はほかと桁違いだった。その要因は実に明快で、内容はこういうものだった。


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