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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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物事はそう複雑ではない


 しろあは公園に来ていた。


 犬の散歩をする飼い主とすれ違う。小鳥が枝から枝へと羽ばたいた。小川のせせらぎを耳にすると、こぢんまりとした四阿が見えてくる。人の気配もした。


「舐めてあげようか?」

「時と場所を考えてくれ」


 それは、いまではなく別の場所なら舐めてほしい、ということだろうか。


 四阿には、三人ほど人がいた。その中の、手を抑えるかいくんに声をかける。かいくんの手は赤々としていた。丸テーブルには包丁が置いてあり、刃には血が付着し、丸テーブルにも点々とした血が滴っている。よくよく見れば、地面にも数滴残っている。


 四阿には丸テーブルをコの形で囲うように椅子が置かれている。橘柚奈が膝の上で両拳を握るようにして俯いている。若干、震えているようにも見受けられた。それと対面する形で、逢坂愛花と天理かいが横並びになっている。しろあのスマホにかかってきた電話の主はかいだったが、声は逢坂だった。

 逢坂は要領を得ず、狼狽えて不明瞭な状況説明をするばかりだったので、しろあは居場所を訊き出しこうして赴いていた。


 知ろうとしなくても、なにがあったかは大体わかる。しろあでなくてもわかることだ。


 逢坂と橘がこの四阿で話し合いをしようとしていて、しろあはアピアランスでいじめの自白を促そうとしていた。もちろん、かいくんはしろあと共に来るはずだった。しろあもそのつもりだった。しかし、直前になって、別れたのだ。嫌な感じがする、と。そして大抵、かいくんの嫌な予感というのは当たる。


 人気のない場所で、殺し殺されの間柄の橘と逢坂がふたりきりなのだ。しかも、橘はすべてが明るみに出たと思ったのだ。無理心中してやろうと思い切った行動に出るのも、否定はできない。その否定できない状況下にあれば、彼女がそうするように囁きもするだろう。かいくんの嫌な予感の正体は、それだ。


 橘が逢坂を殺そうとし、それをかいくんが抑えた。包丁を握って止めたのか、素手で受け止めたのか、そのどちらかだろう。それに動揺と衝撃を受け、混乱した逢坂はまともにしゃべれなかったのだ。

 かいくんも、刃傷沙汰になるとは思っていただろうから、準備はしていただろう。トートバッグには応急処置の道具が入っているはず。手の包帯はそういうこと。その手当ての補助も、逢坂はしたのだろう。だから横並びになっているのだろう。それ以前に、ほかに座る場所として適当な場所はないように思える。だから、致し方ない。しかし、致し方ないことと了承できるかどうかはまったくの別問題である。


 しろあはかいくんとテーブルの狭い間を膝を曲げて通り、逢坂とかいくんの間に尻をねじ込んだ。


「そっちは、終わったのか」

「うん、終わった」


 しろあは何でも知れるが、人の気持ちまではわからないし、心の中までは知れない。それでも、推測ぐらいはできる。いじめの加害者は往々にして協調性や仲間意識はなく、指先の刺激ぐらいで瓦解する関係性だ。アイカと、それからユナをいじめていた彼女たちも、それは例外ではなかった。


「ということです、橘さん。すべて終わりました。逢坂さんと、それからあなたをいじめていた秋保さん、美玲さん、燈香さんは皆、認めてくださいましたよ。これからどうなるかは後藤さんの立ち回り次第。すくなくとも、あの人なら橘さんと逢坂さんの意志は反映されるのでは?」


 そこで、逢坂が困惑を強めた。


「ゆ、柚奈がいじめられていた……?」


 しろあは頷く。


「さて、そろそろ船から降りましょうか」


 乗りかかっただけの船で、ずいぶん遠くまで来てしまった。目的のない旅というのも浪漫があっていいけれど、それで足元の氷山を見落としてしまうのはとんだお笑い種だ。


「警察や、逢坂さん自身の疑問。橘さんが逢坂さんを、人気を奪ったことに対する嫉妬で殺そうとしたのなら、そもそもアイカは実質引退の身で、そんなことをする必要はなかった。つまり、これは間違い。橘さんの動機は嫉妬なんかそんな生易しいものではない。それに、人気に嫉妬したなら、橘さん以外にも動機としては成り立つ。まあ、実際には突き落としたのは橘さんなんですけれども」


 しろあが知るまでもなく、橘も認め、逢坂が隠し、かいくんも目撃している。


「人は段階を踏むものです。憎しみを持っても、殺意には直結しませんし、ましてや行動に移すなんて稀も稀」


 ついカッとなって、という衝動的判断や、やらざるを得ないといった防衛反応にも近しい危機回避ならまだしも、人気に嫉妬したから殺す、というのは実に短絡的すぎる。そこまで短絡的な思考の持ち主なら、一年も待てはしないだろうし。


「だから逢坂さんは、いじめられた。集団から、グループから追い出されそうになった。これがいじめ。一つ目のいじめの理由ですね」


 アイカがいなくなれば自分が一番になる、と思っていたのであれば、やっぱり短絡的思考の持ち主ではあるのかもしれない。次点でユナが人気だったわけだし、彼女のことも排除したとして、次はあの三人の中で一番の座を争うことになる。それで自分がそこに座れなければ、また排除に動くのだろうか? 仮にその座に就けたとして、ほかの二人に迫害されると怯えながら活動できるのだろうか?


「一つ目?」

「ええ。一年前に起こったいじめの犯人と、直近、復帰を邪魔しようとしたいじめの真似事を再開した犯人は、別にいます」


 しろあはこう思う。


「物事はそう複雑ではありません。結果から辿っていけば原因に突き当たる。そこに人が、意志を持ってあらゆる介入をし、嘘や感情といった足跡を残していくから、複雑に見えるんです」


 いじめをやってきた犯人と、殺そうとした犯人を同じに考えるから、人気に嫉妬した以外の理由を考えられないのだ。


「今回、アイカをいじめていた犯人Aと、逢坂さんを殺そうとした犯人Bの、ふたつが考えられるんです」

「じゃあ……」


 逢坂の考えている通りだ。


「橘さんがしていたことは、アイカの復帰の阻止。しかしそれが叶わず、逢坂さんは無情にもステージに立とうとした。だから、殺そうとした。殺すしかなかった。これが橘さんにとっての、段階、ですかね」

「私が復帰しなければ、こんなことにはならなかった……ってことなの?」

「というか、逢坂さんがきっぱり辞めていればよかったんですよ」


 逢坂は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。自分に矛先が向いてくるとは思わなかったのだろう。自分は被害者で、非はないと思っていたのかもしれない。清廉潔白な人間なんていないように、一部の非もない人間というのもいないというのに。


「橘さんは、逢坂さんがアイドルになる以前から、いじめを受けていたんです。毎日、辛い日々を送っている最中、アイカがやって来た。アイカは、ユナからすべてを持っていったんです。人気も、センターも、いじめも。ユナからすれば、アイカはまさに救世主でもあり、背負わなければならない業でもあったんです」


 心身ともに疲弊していたユナは、それでも気丈に振る舞い、懸命に抗い戦うことを選んだのかもしれない。社長にも訴え出た。しかし、どうにもならなかった。その時の絶望感たるや、なかっただろう。

 誰が味方で、誰を信用すればいいかわからず、全員が敵のように思えた絶望の只中に現れたのが、アイカであり逢坂だった。

 ユナとしても、橘柚奈としても、救世主でしかない。けれど同時に、それは罪にもなった。ユナが受けるはずだったいじめを、アイカが受けることになったのだから、責任も罪悪感も感じるだろう。


 逢坂が、橘がいじめを受けていたという衝撃の事実に、何かを言いたそうにしたが、息を飲んだ。その目は、それがどうして殺されることになるのか、と問うていた。

 しろあは言う。


「橘さんは、アイカが休止を選んだとき、期待をしたんです。このまま、アイドルを辞めてくれれば、と。そうすれば、自分も辞められるから。アイカが辞めないのに、自分が辞めるなんてできないですからね」


 ある意味では、義理堅いとも言えるのかもしれない。

 いじめの標的が変わったと言っても、橘が受ける誹りはない。いじめをする連中こそが悪いのだし、それを詳らかにしない大人が悪いのだし、逢坂に救ったという自覚はないのだから、辞めても誰にも何も言われなかっただろう。なまじ、親友にまでなってしまったのも拍車をかけただろうか。


「だから逢坂さんのあの言葉は、橘さんにとっては、死刑宣告にも等しかったんでしょうね」

「あの言葉?」

「橘さんがアイドルを辞めないのかと尋ねたとき、逢坂さんは、逃げたくない、屈したことになるからと言い、そして、待っててと言ったのです」


 眉を寄せた逢坂は、何のことかという困惑よりも、それのどこが死刑宣告なのかという素振り。


 高校受験のためアイドル休止をし、ふたりで受験勉強に励む最中に出た何気ない会話は、橘にとっては希望の、期待の表れだった。逢坂はそれを断ち切るだけではなく、突き放しもしたのだ。橘も受験という立派な建前があったというのに、休止しなかったのは、しなかったのではなくできなかったから。アイカから言われてしまえば、そうするしかなかったのだ。

 逢坂の言葉は、橘にとってユナへと縛り付ける呪いのようなものになってしまったのだ。


「そうして、受験は終わってしまった。ふたりとも、見事合格。しかしそれは、アイカの復帰でもあった。逢坂さんは笑顔でふたたびステージに立とうと夢を見る。橘さんはそれを満足に笑えない。だから、もう一度、同じことをしてみた」


 それが二度目のいじめ。復帰を阻むことになった、逢坂にとって、地獄の再来を告げる鐘の音は、警鐘であった。ここから離れろ、もう来るな、ここは夢見るほど綺麗な場所ではない、と、橘からできる最大の意志表示。


「時間を置いたとしても、何度でもこれは付きまとうのだと逢坂さんが理解してくれれば、諦めて観念してくれる。もう辞める、と言ってくれれば、橘さんはそこで、一緒に辞めると初めて言えた」


 けれど、そうはならなかった。


「それでも逢坂さんは、アイカは休止を選ぶばかり。もうどうにもならなかった。アイカは終わらない、自分も、あの場からは逃れられない。だから、殺すしかなかった。逢坂愛花を」


 段階を踏んでも無意味だったから、殺しに踏み切ってしまった。


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