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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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乗り気じゃなかった


「……はっ!? 私がアイカを殺した!?」


 美玲は黄色担当だった。クラス内ならたしかに容姿端麗かもしれないが、アイドルをするほどまでかと言われると、首を捻ってしまう。


「ちょ、ちょっと待って、アキ? それともトーカ!?」


 同じやり取りをしたが、反応は別物。何も言わず自白してくれる。

 しろあは黙った。黙ることで、圧をかけた。向こうが疑心暗鬼に陥るだけの時間をくれてやる。


「私じゃないからね!? そもそもトーカが……」

「なるほど。トーカさんが主犯だと」

「そ、そう! 私はやってない!」

「ほかに言いたいことは?」

「……」

「ないですか。では、認めるのはアイカさんへのいじめだけ……と」

「……ユナのいじめも、バレてるんでしょ」


 膨れ上がった疑心暗鬼は、口を閉ざすことを知らない。美玲からすれば、熟考した末の決断だったのだろう。顔が汗だらけだ。


「ユナさんへのいじめは、誰が主導だったんですか」

「……トーカ」


 後藤マネージャーが、いまにも問い質したいのを懸命に堪えようと、拳を握りしめていた。

 洗いざらい吐いた美玲を送った後藤マネージャーが、戻ってくる。扉が閉まる前から、口を突いて出ていた。


「ユナもいじめに遭っていたのか!」

「そういうことになりますね」

「どうして……」


 それは、何に対するどうしてだろう。ユナが被害を訴えなかったことか、ユナがいじめられていたことに対してか。


「逢坂さんが来るまで。……アイカが現れるまで、ユナが一番人気でセンターだったんですよ。逢坂さんへのいじめがやっかみ、嫉妬であることを考慮すれば、以前のユナもそういう立場にあり、そういう被害に遭っていたと考えるのも、自然でしょう」


 ユナが一番人気、センターを奪ったことへの嫉妬ややっかみでいじめ行為に発展した、と考えるのなら、ほかのメンバーにだってそれは成り立つ。


「しかし、そう考えると……橘さんは、とても複雑で辛い立場にあったでしょうね」

「ある意味で、ユナはアイカに救われたことになるの……か」


 一番人気とセンターをかっ攫い、同時にいじめという辛い仕打ちも持って行ってくれた。ユナからすると、アイカは救世主だったのかもしれない。


「次は、トーカか。呼んでくる」


 後藤マネージャーが扉に手をかける。


 しかし、しろあが複雑で辛いと言ったのは、それだけじゃない。ユナは自責の念にも駆られただろう。自分のいじめを持って行ってくれた、救ってくれたのだから、救わないといけない。そんな責任感を感じていてもおかしくない。そして、絶望も知っているのだ。味方がいないということも。

 孤立無援で、背負い込んだ責任に潰され、そこに何かひとつでも刺激が加われば、橘の行動もねじ曲がり、心も悪い方向へ吹っ切れてしまうだろう。




「それで?」


 最後に呼び出された燈香。彼女は綺麗だった。文句の付けようはない。強いて言うなら、アイカとユナと一緒になってしまったところだろうか。何かが違えばセンターで一番人気もあり得ただろう。あと一歩届かず、といった距離感が、彼女の心を歪めてしまったのか。


「アイカさんが」

「誰かに殺されかけた、ってのはわかった。でも私には繋がらない。だってやってないもの。それに、それっていつのこと? アリバイとか、あるでしょ。そもそも、あなた誰? 私が疑われてるなら、なんであなたなの? 警察に事情聴取? とかされたことないんだけど」


 すこしは頭が回るようだ。

 犯人が自白して、共犯者の名を挙げたとしても、それだけでは絶対とは言い切れない。燈香には自信があるようだ。自分がいじめの犯人だとバレることはない、と。

 後藤マネージャーが、しろあに劣勢だと思ったのか憂慮する。しかししろあが動じることはない。自信があるのなら、それを崩すだけのこと。


「なぜ、燈香さんはそこまで自信があるのでしょう」

「やってないから」

「証拠が出てこないと思っているから、ですね」


 微笑むしろあに、平静を装う燈香。


「なぜ、証拠が出てこないと思っているか。そこまで完璧な立ち回りをしているのでしょうか。いいえ、証拠の残らないいじめなんてありません。では細心の注意を払って、すべての証拠を掻き集めて処分したからでしょうか。いいえ、それでも気にしてしまうのが人間の心理です」

「何が言いたいの」

「あなたは、証拠が出てきても平気だと思っているのです」


 いじめをやっていないから平然としているのでもなく、証拠が出てこないと堂々としているのでもない。証拠が出てきても、無問題と思っているから自信があるのだ。


 口を引き結ぶ燈香。しかし、喉が動いた。緊張している。


「ああ、そうでした。なぜ、わたしなのか、でしたね。これは実は、わたしもずっと疑問だったんです」


 扉前で、燈香の背後に立つようにしている後藤マネージャーへ、しろあは目を向けた。


「後藤さん、燈香さんが気になっているので、教えてあげてください。どうして、わたしだったのか」

「それは……アイカが、大事にはしたくない、ということだった。だから、内密に解決してもらえそうな、探偵業のような天知さんへ依頼を」

「ええ、そうです。ではわたしのことは、誰から訊いたのでしょう」

「東城社長が……」

「ですがおかしいと思いません? アイカへのいじめは、一年前から起こっていることなんです。その頃に、わたしや探偵等秘密裡に処理してくれそうなところへ依頼する、のなら理解はできます。しかしそうではなく、一年後になってやっと重い腰を上げたと思ったら、それでもまだ秘密裡に処理しようとするのは、すこし頂けません」


 後藤マネージャーは、顎に手を置いた。


「後藤さんは、こんなことを言ったんじゃないですか? いい加減、警察に言うべきだ、と」

「ああ、言った。東城社長に、時間は解決してくれなかった。なら、然るべき機関に相談するべきだと言った」

「その返答が?」

「天知さんだった」

「そう。最初、アイカ自身が大事にしたくないと言った。当時は後藤さんもそれを了承した。東城社長も、それに甘えたんです。アイカがそう言っているなら、と。もしも本当に心配しているなら、後藤さんと同じ時期、後藤さんに同意して警察に言うべきだった。そうでなくても、ふたりだけでもできることはあったでしょう。たとえば、ロッカー室にカメラを置く。ふたりだけの秘密として、相互監視としてその場だけ、置く。それでもよかったはずなんです」


 たしかにアイドルの着替えはプライバシーといった観念からも御法度だし、誰だって下着姿は覗かれたくないだろう。しかし、だからこそ、アイカやユナは被害に遭った。必要なことではあるし、録画もその場限りで即座に消去すればいいのだ。被害者を無視して、加害者を守る必要はない。


「だからわたしは、依頼に乗り気でなかったんです。なぜなら、信頼されていないから。本当はこの案件、解決してほしいと思っていないから」


 むしろ、しろあはやるべきではなかったのだ。


「後藤さんは、わたしに最初、不信感を抱きましたね? こんな年端もいかない高校生になにができるのだ、と。憤慨さえしていたかもしれません」

「あ、ああ。当時は、疑っていた」

「東城社長もそうだったんです。高をくくっていたんです。こんな小娘に解決できることはない、と。つまり、後藤さんに対するパフォーマンスだったんですよ。自分はいじめ問題解決に尽力しているんだぞ、と」


 後藤マネージャーの目の色が変わる。同時に、燈香も強張る。自信が剥がれていく。


「なにより、わたしなら丸め込めると思っていたんです。もしもなにかわたしが決定的な証拠を見つけ出したとして、それを報告すれば、東城社長に扱いは一任されます。握り潰すこともできる。わたしがその後、騒ぎ立てても後の祭り。捜査権も逮捕権もありません。だから東城社長は、わたしに依頼をしてきた。そして、それが燈香さんの自信の源でもあります」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……それはつまり、東城社長が燈香たちを庇って……いじめ問題を揉み消している、ということにならないか?」

「そういうことになりますね」

「なんのために?」


 しろあの口から言うべきだろうか。東城社長の悪行は。


「ユナは、いじめを報告した」


 ぽつりと、燈香はこぼす。


「私はそれを聞いてしまった。社長に直談判するユナ。犯人が私たちであるとも言っていた。後日、私たちは呼び出された。個別だったけど、各々何を言われているかはわかった。当然、いじめの関与を認めるわけがない。やっていても、認めるわけがない。社長は、私たちが認めないでいると、それで満足そうにした。そこで、わかった。この人は、べつに誰が傷ついてもいいんだ、って」


 後藤マネージャーは、愕然としていた。自分の社の長が、よその家から預かっている大事なタレントであるアイドルを、そんな風に思っているとは毛ほども知らなかったのだろう。


 燈香はひとりで出て行った。後藤マネージャーが、深くため息をつく。


「これで、終わりか?」

「いいえ。まだです」

「まだなのか……」


 ふたたび、後藤マネージャーはため息をついた。


「ところで、天理さんはどこに?」


 ちょうど、電話がかかってきた。


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