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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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知りたくもない


 しろあは後藤の運転する車に揺られ、アピアランスの事務所に運ばれていた。事務所は駅から近く、歩いて五分程度だろうか。夏休みというのも相まって、行き交う人は多い。夏なのだから、太陽も肌を焼いて熱いではなく痛い。


 本当ならこの夏休みは、かいくんといちゃちゃする予定だった。


 海やプールに行って、砂浜で追いかけっこしたりのんびり流れるプールとやらに浮かぶつもりだった。だというのに、夏休み目前でまたしてもかいくんが面倒ごとを持ってきた。女子を引っ掛けてきた。しかも、込み入った事情しかない案件だった。


 しろあの名前はどこかの界隈のどこかの人たちには通っているらしいが、当然しろあにそのような意図はない。知り合いや友人に頼まれれば相談に乗るし助言もすこしはしてやるが、本業は高校生で学生。アルバイトならまだしも、職を持っているほうが稀だろう。すこし前のように、拝まれて供え物を渡せば何でも受ける神様ではなくなったのだ。いまでは賽銭は投げる側だし、本坪鈴も鳴らす側だ。

 後藤マネージャーと東城社長の訪問だって、佐白ちゃんがどこかから持って来た案件だ。しろあは嫌だと言っているのに、勝手にスケジュールは組まれるし、しろあへの依頼だというのに、しろあが断るとかいくんは良い顔をしない。困っているんだから助けてやれよ、と言うが、人間というのは全員が全員、かいくんのようにお人好しではないし、街中で明らかに体調が悪い人がいても、対応に当たるか道を変えるかは、人による。

 だから今回の、アイカというアイドルがいじめに遭っているという相談が来ても、どうにかこうにか弁を尽くしてお帰り願おうと思っていたというのに……まさか、そのアイドルがしろあと同じ高校に通っていて、階段から突き落とされて、それをかいくんが発見して、しかもそのアイドルと嘘を共有して、アイドルは犯人を庇って……。


 ため息しか出ない。


 初めての夏休みは、しろあにとって最悪な幕開けでしかなかった。ため息もつくものだろう。あの男は、もうすこししろあを大事に扱うべきだ。惚れていると毎晩意志表示をし、惚れさせた責任を毎朝思い返すべきなのだ。


「悪い、待たせた」

「いえ」


 車を駐めに行った後藤が戻ってくる。アピアランスというアイドル事務所の前でひとり放り出されているしろあを、道すがら面白がる連中は大勢いた。老若男女問わず、彼女がいてもしろあに惚れている男はいた。場所が場所だし、スーツ男に案内されてアイドル事務所に入っていくところを見られると、しろあもアイドルに見られているのだろうか。


 アピアランスの事務所は建物の二階だった。一階はダンス教室らしく、そこをアピアランスが契約し、アイドルたちが練習としても使えるようになっているようだ。


 しろあからすれば、この東城社長と後藤マネージャーがしろあを訪れ、相談内容についての概要を語った時点で、すべての真相を知っていた。誰が何をしていたか、しろあは教科書を読むよりも簡単だった。何のため、ということについては、言葉や文面といった形になっていない部分もあって推測するしかないところもあったが、それも些細なところだろうし、知る必要はなかった。


 犯人のミスや証拠も明らかになっているのだから、動機ぐらい、自白してもらえればいい。そうでなくても、司法としては客観的な情報が揃っているのだから、起訴はできる。だから本当は、しろあは後藤マネージャーと高校に行く必要も、あの用務員や養護教員と話す必要もなかった。かいくんに、自宅でこのあらましを訊くだけで充分だった。しかし後藤マネージャーは、それではしろあへの疑いを強めるだけだろう。ただでさえ、見た目と高校生という身分で疑われているのだ。そこへ、


『わたしは何でも知ってるんです』


 なんて言ってみれば、逆に通報されてしまう。それに、しろあは自分が元神様であったことは、極力言うつもりがない。元であって、いまは何でも知れる人間。知ることができるだけなのだから。


 後藤マネージャーの信頼を勝ち取るためにも、客観的視点という意味でも、しろあは彼を連れて高校に赴き、かいくんの嘘を暴くしかなかった。あそこで逢坂から頼まれたから、と自白しなかったことで、しろあはこの件がそう容易くないことを、かいくんが強固であることも察したのだ。


 何でも知れるしろあからすれば、アピアランスという事務所の構造や従業員の人数、在籍するアイドル、のみならず、彼らの交友関係や家族構成も知れるし、過去に誰がどんな行動をしていたかも知れる。ロッカーへの犯行に、監視カメラもないとのことだったが、しろあはすべて知っている。彼女たちの下着姿を覗いてしまったわけだが、それはしろあの頭の中だけだし、現行の法では罪にも問えない。それに、しろあだって進んで見たかったわけではないのだ。


 まあ、何はともあれ、しろあがアピアランスの事務所を訪れるのはこれが最初の経験で、そして、最後の経験にもなるだろう。


「こっちだ」


 後藤の案内に、しろあは慣れない素振りでついていく。事務所のオフィスらしく机と椅子が並び、パソコンが一台ずつ置かれているフロアから、ひとつの個室へ案内される。

 面談でもするのか、狭い個室には机と、それに向き合う形のパイプ椅子があるばかり。しろあは腰掛けた。


「じゃあ、いいんだな」

「はい。お願いします」


 後藤マネージャーが白であることを、しろあは知っている。彼にはしろあが何をするかも話してある。後藤マネージャーはしろあを見る目を変えていたようだが、それでも全幅の信頼を預けるまでには日数が足りないのだろう。緊張の面持ちで頷くと、部屋を出て行った。

 すこしして、後藤は戻ってくる。ひとりの女子を連れて。


「……誰? 新しい子?」


 小馬鹿にした態度だ。しろあを年下と舐めているのだろう。事実、そうなのだが……彼女の見立ての中学生とは違う。しろあは高校一年生で、二年生の彼女のひとつ下だ。


「アイカさんの代わりです」

「え」


 微笑むと、彼女は言葉を失った。しろあは微笑んだまま言う。


「冗談です」

「……」


 笑えないようだ。

 後藤は生真面目で強面とも間違われる顔だが、肝っ玉は小さいらしい。心臓が飛び出そうな顔をしている。


「すこしお話があるんです。付き合ってくださいますか?」


 前の椅子を促した。警戒心は解かないが、後藤マネージャーに連れて来られたのだから、無視するにもいかないのだろう。渋々と座る。


「では、秋保さん。いくつか質問します」


 アイカが赤で、ユナがピンクならば、この秋保、アイドル名でアキは、青だろうか。顔も整った部類には入るが、しろあの足元にも及ばないし、アイカやユナと比べると見劣りもするだろう。


「同じグループであるアイカさんへのいじめの件について、何か、知っていることがあればすべて話してください」


 単刀直入に切り込む。秋保は、失笑を禁じ得ないと言わんばかりだ。


「何の話? いじめ? そんなことあったの?」


 知らないと押し通すのは無理というものだ。


「そうですか。秋保さんは、何も知らない……と」

「当たり前でしょ。そんなことになってれば……」

「なってれば?」

「……いろいろ支えてた」


 天知に嘘をつくというのは、世界を騙すような所業だ。彼女の胸中は、察するのも容易い。天知の手の平の上だ。


「それはよかったです。わたしも、人を疑うのは好きじゃないので。では、秋保さんは無実。無関係ということですね?」

「そうだよ、私は……って、待って。なんで私が疑われてるの?」


 同じグループだから容疑が濃い、というのが自然な流れだが、ならなぜいま、このタイミングなのだ、という話になる。アイカへのいじめはもう一年も前から始まっているのだ。


「実は先日、アイカさんは殺されかけたんです」


 悲痛な面を浮かべる。後藤マネージャーは狐に摘ままれたような顔をしていた。


「ころさ、れ……?」

「いじめの件は、どうもアイカさん自身が伏せていたようなのですが、殺されかけたということにあっては警察も黙っていられません。後藤さんや東城社長も、警察にいじめの被害に遭っていた、という話はしてしまったんです。アイカさんはいまも意識不明で予断を許さない状況にある。かなりの恨みがあり、計画的殺人だったというのが警察の見方。そこで、秋保さんの名前が出たようです」

「私の……?」

「ええ」


 後藤マネージャーが背筋を凍らせるように身震いをした。アイカが意識不明だというのは嘘だし、秋保の名前が出たというのも嘘。これらについては、後藤マネージャーに説明していない。

 秋保は、頭を抱えた。


「だれが……もしかして、裏切ったの……?」


 秋保は、自身が売られたと、悟っただろう。


「では秋保さん、お手数おかけしました。何も知らないということで、もう帰って頂いてけっこうですよ」

「ちょ、ちょっと待って!」

「はい?」

「私じゃないの。私は……アイカを殺してなんかない!」

「そうですか」


 冷たくあしらう。その証言に信用はあるのか、と。秋保は苦渋の末、言った。


「わ、私はたしかにアイカをいじめてた。でも……殺しなんてしない! それに、私だけじゃない! 私だって、本当は嫌だった!」

「ふむ。では、ほかに誰が? 誰が主導だったんですか?」


 殺人の容疑から逃れるためなら、自白もするだろう。仲間に罪を着せられそうになっていると思えば、簡単に裏切りもするだろう。まあ、そもそも仲間と呼べるほど殊勝な関係値には思えないが。


「ほかのメンバー。ミレイと、トーカ」

「なるほど」

「み、ミレイがやろうって最初に言い出したの! 私はやりたくなかったけど、でも、断ったら私が標的になるかと思って……」

「なるほど」

「わ、私は……どうなるの?」

「知りませんよ」


 しろあは突き放した。


「まずは我が身を案じ、他人に罪を押し付けて、それでもなお嘘をつき続け、嘘で塗り固めた人の末路なんて、知りたくもありません」


 なぜミレイがやったという証言だけは信じてもらえると思ったのか。その都合のいい頭は到底理解できない。

 がっくりと項垂れた秋保を、後藤マネージャーは送った。


「それでもなおつき続ける嘘って、何なんだ? まだアキは、何か黙っていたのか?」

「それは次の人に言ってもらうとしましょう。では、ミレイさんを呼んでください」


 後藤マネージャーは、悲しげな顔を隠せずにいた。自分たちの担当するアイドルが、こうも殺伐としていたなんて、信じたくもないだろうし辛くもあるだろう。しかし、これが現実だ。


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