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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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スイッチを押すように


 そうめんとかきあげ天ぷらをごちそうになったあと、逢坂は一足先にマンションを出ていた。これから、後藤が天知たちを迎えに来て、それからアピアランスに共に向かうらしい。逢坂は彼らとはべつに、ケリを付けるべき事案があった。天知からいじめの犯人特定法と、犯人についても教えてもらったので、解決に同乗する必要性はなかった。


 なにより、逢坂には優先すべきことがあった。一秒でも勿体ない、なんなら駆け出したいぐらいだった。


 犯人についてはわかったが、まだ逢坂にはわからないことがあった。それは天知にもわからないとのことだが、いまでは逢坂もそれでよかったと思えている。

 柚奈にしかわからない、柚奈が隠し殺している本心を、逢坂は他人から訊くべきではない。逢坂自身が、柚奈から訊き出す。それしかないのだ。


 手に握りしめたままのスマホが震動した。逢坂はすぐに目を通す。いままで何度も避けられ、あの期末テスト最終日も無視されたのだが、こうもあっさり応じてくれた。歩道橋に来てくれたときは、いじめももうそろそろ解決しそう、と送ったから、柚奈もこの案件は気がかりなのだろう。


『いじめの犯人がわかった。来てくれる?』


 それに対し、柚奈からは、


『わかった』


 とだけ。


 簡素な一言はこれからの話し合いの場が重々しいと言っているようなものだったが、逢坂は自分を奮い立たせて空を見上げる。自分本位で迷惑と心配をかけてしまったのだ。それを取り返せるだけ、ありがたいと思うべきだろう。


 本来なら、この場はなかった。


 天知は逢坂や柚奈の事情は度外視で、依頼のいじめ犯人だけ捜索していたのだから、逢坂はたとえがいじめ問題が解決しても、しこりが残ったような不快感は拭えなかっただろう。もしかしたら次は本当に、殺されていたかもしれない。殺させていたかもしれない。

 この場を提供してくれたのは、天理だった。彼にはあとで菓子折と、それからいい報告を持っていくとしよう。それがきっと、一番のお礼になる。



 

 公園へ、着く。


 砂場があって遊具がある子ども向けの公園ではない。もちろん遊具のあるエリアもあるが、逢坂はそこから離れていた。地面は石畳で、固い感触が靴越しに伝わる。左手には緑があり、右手には小川がある。鯉が浮かんでいた。


 年齢層の幅広い公園の使用用途は多岐にわたる。ランニングコースは初心者、中級者、上級者用のコースを、公園側が用意してくれている。それだけの敷地があるということでもある。散歩コースとして、キャッチボールをするため、許可を取ればバーベキューもできるらしい。

 それらは主に空が開けた場所で行われているのだが、いま現在逢坂が見上げても空は緑で覆われている。森林コースはこの静かさを求める人間が集う場所で、集う人間たちもこの静かさを壊さぬよう騒ぎ立てることはない。この蒸し暑い夏はエアコンの効いた屋内にいたいのだろう。ほとんどが通り道として使っているため、人はすれ違う際にしか見かけなかった。


 小さな四阿が見えてきた。焦げ茶色の屋根をしていて、こぢんまりとひっそり立っている。小休憩用、雨宿りには使えるが、いま雨は降っていない。休憩している人はいるようだが。

 特筆することのない四阿に人が注視することはない。木製の丸テーブルに、背もたれもない同じく木製の長椅子が三つ。コの形で、テーブルを囲んでいる。ここで内密な会話をしていても、誰の耳にも入らないだろう。逢坂には、大声で責め立ててやろうという気はさらさらなかった。それでも感情が溢れてしまう可能性は否めない。そうなってしまったら、小鳥のさえずりや川のせせらぎが、掻き消してくれることを願おう。


「待った?」

「べつに」


 軽く声をかけたが、場所と違って安穏としていない。


 柚奈は先日、歩道橋で会ったときと変わりなかった。長袖タートルネックに短パン。呼び出されて急いで上だけ着替えました、といった姿だ。足を組み腕を組み、がさとビニール袋が音を立てる。ここに来るまでのコンビニで、飲み物でも買ったのか。


 逢坂はいまも腕を硬く固定され、白い包帯でぐるぐる巻きにされているのだが、精神的には安定している。立ち向かう気力もある。それもこれも天知と天理のおかげだろう。昨日までは、もしかしたら柚奈と同じどんよりとした負のオーラをまとっていたかもしれない。

 柚奈はふて腐れて拗ねているとも、荒んで自棄になってるとも捉えられた。逢坂とは真逆で、身体的には健康状態だと思えたが、精神的には危ういとしか思えなかった。自死をするほどなのだから、当然と言えば当然か。

 逢坂は柚奈と対面する形で腰を降ろす。どちらとも、その気になればすぐに帰れる。


「で? どうするの?」


 呼び出したはいいものの、いざとなるとどう切り出せばいいか考えあぐねていたところ、柚奈がぞんざいに言った。


「あたしを警察に突き出す? それとも殺す?」

「……殺す?」

「抵抗しないよ。あたしは愛花を殺そうとしたんだから、愛花も、あたしを殺す権利はある。やり返しても悪くない」


 逢坂は初めて、殺すという選択に思い至った。しかしそんなこと、するつもりはない。

 もしもここで逢坂が録音でもしていれば、柚奈は罪を自白したようなものだ。なによりの証拠となる。殺されることすら厭わないといった態度からすれば、いまの柚奈は、警察や逮捕も怖くないということなのだろうか。


「しないよ。私は柚奈を殺さない。友達……親友だと、思ってるから」


 それは柚奈の逆鱗に触れるものだったらしい。こめかみが痙攣したかのように、ぴくつく。


「それに、柚奈の思い通りにもしたくないから」


 逢坂はそんな柚奈をまっすぐに見据え、はっきりと告げた。


「自分で死ねなかったから、私に殺してもらおうってこと? そんなの、嫌だよ。私がそんなこと、するはずがない」


 柚奈の中で、逢坂が人を殺す人間であると思われていることも、どうしようもなく悲しかった。


「もしも私が何かしてしまったなら、謝る。謝って済む問題じゃない、謝っても足りないって言うんなら、一生をかけてでも償う。もう顔も見たくないって言うんなら、どこかに引っ越す」


 柚奈は顔を伏せた。逢坂がまるで見当違いなことを言っている可能性だってある。だったら、あらゆる可能性を言うまでだ。


「もしも辛いことがあったなら、言ってほしい。なんでもいいから。私は、そりゃあ頭がいいわけでも腕が立つわけでも、一言で人を動かせるような力はないけど、でも、柚奈を助けることぐらいはできる。ううん、する」


 それぐらいの力は、逢坂にもあるはず。それぐらいの意地は、残っているはず。


「……ははっ」


 濡れたような笑い声だった。


「バカじゃないの? 愛花にできることがあるわけないじゃん」


 嘲笑風ではあったが、ひどく不格好で、柚奈は泣いていた。


「もう、愛花にできることなんて……」


 その涙も、すぐに乾くだろう。


「愛花にできることが、まだ残っているとしたら、それはあたしを殺すことぐらい」

「それは、できない」

「そう」


 すんと表情が、感情が消える。涙はただ流れているだけ。スイッチを押して切り替えるように、人はこうも簡単に感情のオンオフができるのか。


「じゃあ、あたしが殺す。それで、あたしも死ぬ」


 ビニール袋の中にあったのは、包丁だった。柚奈はテーブルに身を乗り出し、その包丁で逢坂の命を狙う。逢坂は動けずにいた。反射的に、腕を掲げた程度。

 手から血が、飛び散った。


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