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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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行かせない


「人は嘘をつきますし嘘をつかせますが、物事が能動的に嘘をつくことなんてないんです。そう、カバンに足が生えて歩いて行くことはない。消えたのなら、人が足となってカバンを移動させたということ。わたしがおかしいと思ったのは、逢坂さんのカバンです」

「カバン?」

「ええ」


 カバンのなにが、おかしかっただろうか。


「かいくんは逢坂さんを見つけたとき、傍らにあるカバンも手にした。理由は、逢坂さんを知るためだったね。まだ、落ちていた人物が誰だか確信がなかったから、学生証でも見つけようと思って、カバンを漁った」

「ごめん。勝手に中身を見て」

「いや、緊急事態だったし」


 逢坂にそこをとやかく言うつもりはない。


「そこでスマホを見つけ、後藤さんに電話をしたことで、わたしたちは病院へ駆け付けることになった」


 一連の流れをなぞるようにする。逢坂が意識を失っていたときの話で、逢坂の知らないこと。

 脳裏に行動を思い描く。


「でもそうなると、おかしなところが出てくる」

「おかしなところ?」

「そう、おかしなところ」


 どこだろう、と眉を寄せるばかりの逢坂だが、自分の嘘が、天理につかせた嘘がバレないと思っていたのだから、この脆さや荒さを見抜くのは無理と言われれば、そうなのかもしれない。


「たとえば、カバンの中身の誹謗中傷の数々を見たとしても、それを隠す必要はない。なぜなら逢坂さんは被害者だから。隠したいのは、罪を問われる加害者のほうでしょ?」


 それが露見して困るのは加害者のほう。むしろ、逢坂は被害者で、訴え出ているほどなのだから、隠す必要がないように感じられるのはそうだ。


「逢坂は大事にしたくなかったと言っていた。それに、いじめの被害者は往々にして、隠す傾向にある」


 なんらおかしなところはないだろ? と天理は言う。しかし天知はふるふると首を振った。


「うん。それだけなら、おかしなところはない。傾向があることもわかっている。でも、わたしにはいじめの犯人を特定する依頼が来ていた。逢坂さんがいじめを受けていたことは知っていたし、後藤さんもそう。かいくんなら、自分が疑われていても逢坂さんを守ろうとするのは違和感ない。おかしいし嫌だけどね。で、これらの前提を踏まえ、かいくんはわたしたちにカバンの件を言わなかったことになる。これはおかしくない?」


 顎に手をやり、天理は自分の振るまいを客観視する。


「たしかに、おかしくはあるな。むしろ、見せるべきだった。積極的に。逢坂のためにも、それが正しく思える」


 後藤から天知へ依頼があったという。いじめの一件で。天知は知っていたのだ。なのに、天理はいじめの事実を隠そうとした。

 いじめの被害に遭っているという事実を隠したい、はすでに破綻している。あとは大事にしたくない、だ。大事にしたくないのであれば、迅速に片付けるべきだろう。であれば、手掛かりになりそうな何かは隠すのではなく、開示していくべき。関係者の面々がそれぞれ本当のことを証言することが、早期解決へと繋がるのだから。

 そこでも天理は、黙っていた、と。たしかにおかしい。


「でも、それだけ? それだけじゃ、まだ、そういうこともあるか、ぐらいにしか思えないんだけど」


 不自然な選択肢を選んだからと言って、その人が嘘や隠しごとをしていると断言するのは早計だ。

 人が正しくない行動を取ることと、そこに悪意がないことは、同居する。毎回、人が正しい選択を取れるかどうかは、その当人とその状況如何によって左右されるだろう。


 天知からすると、逢坂は悪足掻きをしているように映っただろうか。コーラに手を伸ばし、コップに注いだ。


「ほかにもいくつか、あるよ」


 コップを傾ける。喉が小さく動く。


「そもそもあの日、逢坂さんは何をしていたのか、という疑問も残っている。テストが終わって、放課後になって、早く帰ることを指示されていたのに、昼食も食べずに教室で、三時間弱もなにをしていたのか」

「寝ちゃってたんだけど」

「そんなに眠かったんだ」

「う、ん」


 寝ていたのは事実だし、ごたごたで勉強による疲労と、元々の心労が重なり、テストが終わったということで一段落すると、ふとした拍子で肩の力を抜け、睡魔に抗えなかった。逢坂はそう自己分析している。


「寝てしまったことに対して、そこまであげつらうつもりはない。でも、寝るまでの間、なにをしていたのかは気になる。テスト終わりに、よし寝るぞ! とはならないからね。しかも学校の教室で。だからわたしは、誰かと待ち合わせをしていたんだと思ったの。人目のない場所で、静かに話し合いを持ちたい。だから教室で待機していた。けれど、その待ち人は終ぞ来なかった。それでも逢坂さんは、待っていた。待ち続けた。きっと、確約はなかったんだろうね。だから、逢坂さんは待つしかなかった。いつまで待てばわからなくて、つい睡魔に抗えず眠ってしまった。なにもしないでいれば眠気に襲われるのは自然だからね。それで、目が覚めたとき、観念して帰ることにした」

「……待ち合わせって? 告白とか?」

「まあ、ある意味では告白かな。されることを期待していたんでしょ?」

「……」


 逢坂は否定できずにいた。

 天知の手によって、ひとつひとつ紐解かれていく。まるで、すべて見てきたかのように逢坂の行動を言い当ててしまう。


「決定的だったのは、逢坂さんが、かいくんにお礼を言ったところだったかな」

「え?」


 お礼を言うのは、当たり前のことだろう。助けてもらったのだから。

 しかし天理は失態を悟ったように、ばつの悪そうな顔をした。


「逢坂さんは、かいくんを知らなかった。同級生だってことも、クラスメイトだってことも。名前もなにも知らなかったのに、よくお礼が言えたね」

「そりゃ」


 と、絶句する。

 そうだ。逢坂がお礼を言うのは、おかしい。言えないはずなのだ。


「かいくんは、逢坂さんから応答がないと言った。返事もなく意識もなく、だから仕方なくカバンを漁ることになったって言った。つまり、逢坂さんはかいくんの姿を認識していない。誰に助けてもらったか、わからないはず。もしかしたらわたしだったかもしれないのに、わたしにはどうしてここにいるのかと驚き、かいくんにはまっすぐお礼を言った。これはどう説明する?」

「……」


 またしても沈黙してしまう。説明のしようがない。


「この時点で、逢坂さんには嘘があることが確定事項になる。ひとつ、本当はかいくんのことを知っていた。じゃあなんで知らないふりをして、敬語を使ったりクラスメイトだってことに驚いたのか。ふたつ、そもそも逢坂さんには、転落してからもすこしの間、意識があった。後者だと考えると、いろいろ辻褄が合う。たとえば、かいくんのスラックスに血の手形が残っていたところとかね」


 まだあるよね? と天知は天理を見上げた。どうやら、天理のあの日の制服はクリーニングにも出さず保管してあるらしい。


「天理くんのスラックスに手形が残ってると、どうなるの?」

「逢坂さんが、かいくんの足止めをしたことになる。下から上がってきた人の足止めをするのなら、それは階段を上がろうとしたってこと。かいくんが、目に見えて重傷な逢坂さんを見捨てるなんてあり得ない。より重大で、確実なシーンでも見ていない限り、ね?」


 同意を求め、天知は天理の手を取った。自分の太ももに乗せるようにして、そこに自分の手を乗せて、弄んでいる。


「その、シーンって?」


 逢坂は喉が乾いているのを自覚した。それでもウーロン茶に手を伸ばそうとは思わなかった。


「犯人を見たんだよ」




 その通りだった。


 逢坂は、自分を突き落とした人を見た。正確には、その特徴を見たのだ。人相を見たわけではないが、逢坂が見間違うはずもない、ピンクを見た。転げ落ちる中、色として流れていくピンク。ハーフツインの、ピンク。


「そういえば、かいくんは犯人を見てないとは言わなかったね。逢坂さんを放置して探しに行けるわけがないって言ってた。揉める声や悲鳴も、本当になかったんだろうね。じゃあ、嘘をついたわけじゃないんだ。カバンのことだって、訊かれなかったから言わなかっただけ」


 そこは逢坂の知らないところだったが、そうらしい。天理はうんともすんとも言わなかった。


「ごめんね? 疑って」


 天知は天理の手を自分の頭に持っていった。撫でさせている。


 よくよく考えれば、天理は元から逢坂の嘘は杜撰だと思っていたのかもしれない。だからこうして、この場を設けた。天知に解かせることで、逢坂の嘘を暴こうとしているのだ。逢坂自身も、この嘘は褒められたものではないと自覚している。


「それって、私が犯人を庇ってることになってるよね?」

「そうなるね」

「なんで? 殺されかけたのに」


 この押し問答はやった。警察相手に。

 天知は、またそれか……と気怠げに首を傾ける。彼女とするのは初めてだったはずだが。


「そうだね。もしもの話、かいくんが私を階段から突き落としても、わたしは自分で転んだだけと言うと思うよ。それでわたしは、後々かいくんに罪滅ぼしをしてもらう。きっとどんなことを言っても受け入れてくれるよ。婚姻届を出すことも、同じ墓を立てることも。引け目があるから」

「過剰な信頼だな」

「たぶん、かいくんもそうだよ。もしもわたしがかいくんを階段から突き落としても、警察に突き出すことはしない。なんでそんなことをしたんだ、俺なにかしたか!? もう俺のことは好きじゃないのか、しろあちゃん俺を置いていかないでくれぇ! って、毎晩枕を濡らすと思うんだよ」

「可哀想に、頭を打っておかしくなってしまったんだな。犯人はとんでもない悪魔だ」

「愛でしょ。絶大な愛でしょ! 世界が敵になっても味方になるんでしょ!」

「世界が敵になったんなら、相当なことをしでかしてるだろう。その味方になるって、そいつも相当だな」

「愛にマジレスするなんて!」


 世界を敵に回すしても愛しているぞ、という比喩に過ぎないだろう。本当に世界を敵に回すほどの大罪を犯す、と宣言をしているわけじゃない。

 って、いまは恋愛感情についての議論ではない。逢坂はぶんぶんと首を振った。


「じゃあ、犯人は私の想い人? 告白もそういうこと?」

「いやいや、これはあくまでもたとえ。一例に過ぎないよ。友達、友情でも適用される。で、かいくん。かいくんがあの日、階段の上で見たのは誰だったの?」

「橘柚奈っていう女子だったな。ピンクのハーフツイン」

「わあ。逢坂さんと同じ事務所所属のアイドルだったね。なんて偶然」


 仰々しい。


「なら、なんで私は柚奈を庇うの?」

「親友だからなんじゃないの? すくなくとも、逢坂さんは親友だと思ってるんでしょ?」


 柚奈はもう、逢坂のことなど親友……どころではなく、友達とすら思っていないのかもしれないが。


 投げやりな天知の口ぶりは、そこまでの興味がなかったからだろう。逢坂があれは事故と言えば、天知はそれ以上調べることもしなかった。そしていまの彼女への依頼は、いじめの犯人特定。階段から突き落とした柚奈のことなんて、どうでもいいのかもしれない。どうでもいい相手との関係性や真相なんて、もっとどうでもいいだろう。


 それでも、かさぶたを剥がすような痛みはあった。


「じゃあ、どうして柚奈は私を殺そうとしたの? ……ううん。それ以前に、柚奈はどうして私を避けて、自殺まで……」


 それこそ天知の知るところではないだろう。そうとはわかっていても、逢坂は言うしかなかった。ここまでわかっているのなら、すべてがわかっていて、すべてに答えをくれるのではないかと、縋るしかなかった。

 その思いが通じたのか、天知は息を飲んだ。


「わたしは逢坂さんが橘さんを庇う理由はわからないし、どうして殺そうとしたのか、殺そうと思ったのか、自殺を選んでしまったのかもわからない」


 ぽつぽつと小雨のように、天知は呟く。


「でも、橘さんの行動が、悪意の塊だって断言するのは早いと思うよ。だって、もしも本当に逢坂さんを殺そうとしてて、この世から消えてほしかったなら、もっと違うやり方はあったはずだもん。衝動的な行動にしては、いじめという前段階が不合理。恨み辛みがあるなら、もっと綿密な計画殺人を画策しているはずでしょ? あの日、逢坂さんは橘さんを呼び出してた。橘さんを待っていた。もしもそれがどこかから知れてしまえば、橘さんの容疑は濃厚になるというのに」

「なにが言いたいの……?」

「わたしにもよくわからない」


 涙を堪える逢坂と、天知は似たような顔をしていた。自分の気持ちの言語化に苦しんで喘いでいるようだった。


「逢坂のやったことは一見、理解不能だ」


 そこで口を開くのは、天理だった。今度は、天理は自分の意志で天知の頭を優しく撫でている。


「自分を殺そうとした相手のことを黙って、俺にも行かないでと、行かせないと言った。追いかけるなと足を掴んだ。でも逢坂からすれば、それはおかしなことじゃなかった。もしかしたら、橘もそうなのかもしれない。なにか、逢坂からすれば理解不能でも、橘には背負っているものがあるかもしれない」


 天理は天知の心理を代弁するように言った。


「そういうことだろ?」

「う、ん……たぶん」


 確認を取られ、天知は弱々しく、辿々しく、頷く。


 逢坂は、あの日からずっと、悩んでいた。どうして、なにかしたか、してしまったか、なんでなにも言ってくれないのだと。悩んで苦しみながら、周囲には嘘をついた。心配してくれていた人たちに、隠しごとをした。さらにそこに、他人も巻き込んだ。関係のない天理にも、嘘を強要してしまった。

 警察に、柚奈に突き落とされたのではないかと訊かれた。嫉妬が理由ではないかと。であれば、いじめの犯人も柚奈の可能性が高い。実は追い出したかったのだ。一緒にいたあの時間は嘘で、裏では恨み辛み、憎悪を燃やしていた。それを暴くのも怖い。暴きたくない。あれを嘘だとは思いたくない。

 それに、それなら、すでにアイカは休止を選んだ。ユナが一番人気でセンターを取っている。目的は達成した。殺しなんて、する必要がないだろう。

 警察にぶつけた疑問は、逢坂が考えても考えてもわからなかった最大の疑問だった。


 なぜ、柚奈に殺されなければならないのか。


 しかし、根本的に間違っていた。勘違いをしていた。

 なにか、柚奈には重い事情があったのではないか。

 重い事情があったなら殺しが肯定されるのか、と問われれば、逢坂も答えには窮する。しかしこと柚奈においては、その限りでもない。被害者も逢坂本人だ。逢坂は死んでいないのだし、ふたりの間で決着をつけるべきだろう。

 もしもその事情に、逢坂が深く関係していて、恨まれ憎まれるようなことをしてしまったのなら、それは逢坂にも非があるというものだ。


「まだ、間に合うのかな」


 独り言のつもりだったが、


「もちろん」


 天理が肯定してくれた。

 根拠はなくても、その力強さは不思議と、力が芽生えてくるようだった。


「じゃあ、決戦の前の腹ごなしだね!」

「決戦て」


 とは言ったものの、たしかにエネルギーは必要だ。


「で、作るのは?」

「頼んだよかいくん! 愛情増し増しで!」

「はいよ」

「あ、逢坂さんに愛情入れたら承知しないからね!」

「……はいよ」


 言い返すのも面倒だと、天理は席を立った。キッチンへ消える。


 お昼はそうめんだった。人の家で、しかもそこまで親しいわけでもないふたりと食卓を囲む。彼氏彼女の中に同席しているようなもので、正直、居たたまれない。

 かき揚げはおそらく、いままでの人生、市販やうどん屋さんで食べてきたもののどれよりも美味しかった。レンジでチンしただけよりも、トッピングとして追加したよりも。出来たてだったというのもあるだろうが、病院食の影響も大きそうだ。


 そうめんを啜りながら、逢坂は、天知がやろうとしていることを訊いた。どうすればいじめの犯人が名乗りを上げるのか。話を聞けば、たしかに、彼女のやり方ならいじめの犯人も罪を認めるだろうと納得できるものだった。しかし、やり方が汚い。まあ、いじめをする相手に汚いも何もないのかもしれないが。


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