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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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メルヘンなんだ


 命の恩人でもあるクラスメイトの男子、天理かいとは、連絡先を交換していた。彼は、なにもなくても連絡していいからと言った。なんだそれは、と疑問符を浮かべたものだ。ふつう、なにかあれば連絡して、だろう。


 口頭でも天理にはあのときの感謝をしたが、メッセージ上でもお礼は重ねた。彼からは気にしないで、当たり前のことをしただけ、と同じ返答をもらって、終わった。トーク欄はスクロールもできないほど短い。二、三回ほどしか、逢坂はメッセージを送っていなかった。逢坂のほうからお礼以外で連絡することはなかったし、天理のほうからも連絡が来ることはなかった。

 だから何の前ぶりもなく、いきなりマンションと部屋番号だけが送られてきたときは、警戒したものだ。


 逢坂は、天理に呼び出されていた。


『明日、来れないか』


 と。理由を尋ねると、


『そろそろ、しろあが解決してしまう』


 とだけ。


『いじめの犯人がわかったの?』


 と再度尋ねると、天理は


『それはまだ』


 と返してくる。しかし


『突き止める方法はもう考えてあるらしい』


 と。

 つまり、犯人と思しき容疑者は、絞られているのだ。それらの人物はある程度の嫌疑がかかっており、天知の中では、どうすれば名乗りを上げるかまで、見えているという。


 アピアランスの社員と所属アイドルを含めて、何人いるのか、逢坂は正確な数を知らない。三桁いても不思議ではない人数の中から、天知はどうやって、絞ったのか。そして、どうすれば彼らが名乗り出るというのか。


『わかった。明日、行く』


 逢坂はそう返した。天理とは、きちんとしたい話もあったから。メッセージ上の、形が残る話ではなく、顔を突き合わせての話し合いを、したかった。彼ならきっと、信頼できるから。


 そうして逢坂は、マンションに到着していた。


 メイン玄関となる入り口には、小さな窓がある。顔だけ、おじさんが見えた。管理人というやつだろう。逢坂は初めてこのマンションを訪れた。仕事として、彼が逢坂を警戒するのは至ってふつうのこと。べつに逢坂にやましいところはない。この家の人に呼び出されだのから。

 そこまで思って、はたと手を止めた。天理はここに住んでいるとは一言も言ってなかった。

 扉を開けるには、鍵か番号で部屋の中から入れてもらうのだろう。スマホのトーク欄を見直し、天理から教えてもらった部屋番号を打つ。


「あ、私です。逢坂」


 カメラに顔を映すようにして、言った。


「いま開ける」


 声は、男。天理のものだった。


 扉が開く。何もやましいところはないが、それでも訝る視線というのは心地よいものではない。管理人に頭を下げ、足早に抜けた。

 エレベーターで階層を指定する。駆動音が感じられ、到着すると減速。両肩にほんのり力がのし掛かるのを感じる。ちんと軽い音でエレベーターの扉が開いた。逢坂は左右に首を振る。正面の部屋番号を遠慮がちに遠目で見て、そのとなりも見て、ならこっちか、と天理の部屋に足を進める。


 呼び鈴を鳴らした。

 男子の家に訪れるというのは、初めての経験だ。とはいえ、家族もいるだろうし、ふたりきりというわけではないだろう。


「おはよう」


 がちゃりと扉が開くと、男の顔があった。逢坂は息が詰まった。


「あ、おはよう、ございます……えと、天理くんに……かいくんに呼ばれて。……お兄さん?」


 父親ではないだろう。そこまでの年齢には見えなかった。天理という名字は聞いたことがない。大学生だろう。もしも天理かいの兄だとして、二年生三年生の先輩だとしたら、すくなからずうわさになる。天知ほどではないだろうが、逢坂も、面識も交流もない先輩でも数人の顔と名前は覚えている。運動ができる、勉強ができる、顔がいい。このお兄さんもまた、そこに名を連ねる逸材だった。


「いや、俺に兄はいないよ」


 ふふっと、そのお兄さん? は笑った。


「俺だよ。俺が天理かい」


 言うと、自称天理かいは、前髪を下ろした。前髪を留めていたピンを外した途端、鼻まで覆ってしまう。あの天理かいだった。


「えぇ……」

「ん? なにか、変?」

「……いや」


 どきっとしてしまった自分が、負けてしまったような気分だった。逸材だなんて表現してしまった自分が、恥ずかしかった。

 というか、変じゃないわけがないだろうに。


「お邪魔します」


 天理かいの素顔の衝撃に、緊張というものは吹き飛んでしまった。お邪魔することにする。

 逢坂はリビングに通された。ふつうだった。

 カーペットが敷かれ、ソファーとテーブルがあって、テレビが壁にかけられている。ふつうではないか、テレビが壁なのだから。


「意外と金持ち?」

「俺はそんなことはない」

「両親が、って?」

「うーん、微妙に違う」


 きょろきょろとしてしまった。


「その辺、座っていいから」

「あ、いや。お母さんとか、お父さんとかは? いちおう、挨拶をって」


 そう言って、逢坂は紙袋を持ち上げた。他人の家にお邪魔するのに、なにも持っていかないというのは逢坂の中にはなかったし、そういう教育もされてきた。


「親はいない」

「仕事とか?」

「そもそも一緒に住んでない」

「あ、へー。そうなんだ……」


 ということは一人暮らし。やっぱり金持ちではないか。

 一人暮らしに、憧れを抱かないでもない。しかし、それより、逢坂は気付いてしまった。ふたりきりではないか、と。


「ちょっと待ってて」


 お茶を渡される。


「あ、ありがとう」


 ウーロン茶だった。


 夏の気温と肌を焼くような太陽で、喉はからからだったし冷たい飲み物はまさに生き返るようだった。

 天理はお茶を渡すと、どこかへ行った。リビングからもひとつ、部屋に行けるようだが、玄関からリビングまでの廊下にも、いくつか扉はあった。天理はそちらへ消えた。


 その辺、というのがこの場合、どこを指し示すのか、逢坂は思考を巡らせた。

 ソファーはL字だった。しかし、他人の家に来て、まだ友達でもない相手の家で、ソファーに座るべきだろうか。座ってもいいものだろうか。これが柚奈の家だったりしたら気兼ねなくそうするのだが、逢坂は悩んだ。それにソファーに座るにしても、どこに座るべきだろう。堂々と真ん中に座るのはあり得ないし、端にちょこんと座るのも、だったらカーペットの上でいい気がしてしまう。

 などなど考えていれば、天理は戻ってきた。


「まだ十時じゃぁん」


 ふにゃふにゃで蕩けたような声だった。どう考えても男の声ではないし、それは逢坂よりも幾分か小さく、幼くも見える女の子だった。

 ぶかぶかで、手が袖に隠れてしまっている。サイズがあっていないのは男物のシャツだからだろうか。膝上まで隠れ、もしかすればその下はパンツなのでは、と際どい格好をしているのは、天知しろあだった。天知は学校で見るのでも、病室で見るのとも違う、ほとんど目を開いていない様子だった。

 髪は寝癖がついていて、盛大にあくびをし、袖で目を擦っていた天知は、ようやっと、逢坂に気が付いたようだ。

 目が合うと、しょぼしょぼとした老婆のように、んん~~? と逢坂を覗き込むようにした。


「お、おはよう」

「わあ。逢坂さんがいるよ。逢坂さんがいるように見えるよ」

「お邪魔してます」

「なんでいるんだろう。これは夢かな? 夢じゃないとおかしいね。じゃないと、かいくんがわたしたちの愛の巣に、女を連れ込んだことになっちゃうよ」


 たしかに逢坂は女だが、女呼ばわりされるのは癪だ。


「夢じゃない。逢坂は本物だ」

「夢じゃないならなんでいるの」

「俺が呼んだから」

「やっぱりおっぱいなんだ……!」


 天知が憎き親の仇ごとく、逢坂の胸を射抜くようにした。反射的に、手で隠してしまう。

 べつに逢坂は豊満ではないし、胸も巨乳でもないだろう。しかしアイドル活動によって身体は鍛えてきたし、スタイル維持のために食事にも気を遣ってきた。メリハリはある。天知の身体からすると、逢坂は巨乳なのかもしれない。逢坂にとっての巨乳は、天知からすると、爆弾だろうか。


「とりあえず、これでも飲め」


 天理は逢坂にするように、ウーロン茶を渡した。コップを両手で持ち、こくこくと一息で飲み干す。


「コーラじゃないじゃん」


 逢坂の中で、天知しろあ像が音を立てて崩れていった。


「ちゃんと顔洗って、着替えてきたらな」


 もっと、お淑やかなイメージがあった。

 規則正しい時間に、小鳥のさえずりで目を覚ます。執事に今日の一日を聞いて、この時間からもうピアノでもやっていそう。そんなイメージは、一気に崩れていった。

 とはいえ、それらのイメージも逢坂が築き上げたというよりかは、クラスメイトの男子たちの噂をそのまま取り入れただけなのだが。なのだが、すくなくとも、十時をまだとは言わないし、コーラを所望するとは思っていなかった。

 天理と、男子と家でふたりきりではなかった、とほっとする反面、なんだか見てはいけないものを見てしまった罪悪感に似たなにかがあった。

 天理は天知の執事というより、保護者感が強い。


「ふたりって、どういう関係?」


 天知が顔を洗いに戻っていったので、逢坂は天理に尋ねた。彼は自分のコップを持ってくると、ソファーに座る。となりを促されたので、自然と座れた。


「まあ、どういう、って訊かれると、関係性は形容するのに困るけど」


 照れがあったわけでも、隠しているわけでもなさそうだ。天理は苦笑いを浮かべると、コップに口を付ける。前髪は、ピンで留めてあった。


「将来を誓った関係です」


 いつの間にか、天知は戻ってきていた。天理と逢坂のとなりに割って入り尻をねじ込むようにして座る。


「かいくん、コーラ」

「はいはい」

「あとポテチ」

「着替えてないからだめ」

「ぶー」


 顔は洗ったらしいが、まだワイシャツ姿だった。座ると太ももがほとんど露出していて、鼠径部まで見えそう。パンツを履いていないのか。たしかに、季節的には温かいが。

 天理が冷蔵庫に立ったのを見計らって、天知は囁くようにして言ってきた。


「だから付け入る隙とか、ないからね」


 独占欲の塊だった。淑女なんていない。女の目だ。


「いや、そんな目で見てないから」

「ほんとかな~」


 どちらかと言えば、天理はかっこいい顔の部類に入るだろう。クールな顔立ちだが、笑えば男の子らしい。普段顔を隠しているのも相まって、不意打ちされるとギャップでどきっとする。

 たしかにそれは事実ではあったが、眼中になかった男子の知られざる一面を見たことへの衝撃であって、逢坂は決して、恋に落ちたとかではない。一目惚れを否定するつもりはないが、逢坂は面食いだったりイケメンなら何でもいいといった見境がないわけでもないのだ。


「それで、将来を誓った関係って、つまり許嫁とかってこと?」


 天理がコーラとコップを持ってソファーに腰を降ろすと、天知はその膝の上に腰を降ろした。


「許嫁とかではないよ。ただ、将来を誓ったの」

「実はメルヘンとかなの?」

「違うよ! 本当に、かいくんが告白したの! 一生を添い遂げるって!」


 本当なの? と目で訴える。天理は、悲しげな顔をした。


「言ってやってよかいくん!」

「実はメルヘンなんだ」

「だから違うって!」


 ふふっと逢坂は笑った。すくなくとも、ふたりが親しい間柄なのは間違いなさそうだ。


「もーー……。じゃあ、次はわたしの番ね」


 未だ信じていない逢坂へ、天知は不承不承と話を変えた。


「なんで逢坂さん、ここにいるの」


 それに関しては、逢坂に罪はない。天知がここにいるなんて知らなかったし、逢坂が押しかけたわけでもないのだから。


「俺が呼んだんだ」


 天知は見上げた。逢坂も同じく、天理に目を向ける。けっきょく、どうして天理は今日、逢坂を呼んだのか。天知がいるのであれば、逢坂の想定していた話はできなくなる。


「このあと、逢坂の事務所に向かうことになってる。13時頃に、後藤さんと約束してある。そこで、しろあはこの依頼に決着をつけるつもりだ」


 天知はコーラを注いだコップに口をつけた。


「犯人はわかってないけど、あぶり出す方法は、もう考えてあるんだよね?」


 頷く天知には、鋭さが宿っていた。


「どうするつもりなの?」

「それはまだ言わない」


 どうやら、天理もその方法に関しては知らないらしい。


「だって、わたしにだけ、本当のことを言わせようだなんて、ずるいと思わない?」


 逢坂は生唾を飲んだ。誤魔化すように、ウーロン茶を喉に通す。


「しろあが失敗するとは思ってない」


 口を開いたのは、天理だった。


「しろあが言うなら、そうなんだろう。犯人はきっと、自ら名乗り出る。そこは疑ってない」

「じゃあ、いいよね? わたしたちが依頼されたのは、逢坂さんをいじめてきた犯人なんだから」


 そう。逢坂はそれを頼んだ。いじめてきた犯人の特定。それだけ。それ以上は、望んでいない。それ以外は、求めていない。


「でも、逢坂はそれでいいのか」


 そこで水を向けられ、逢坂は逃げるように顔を逸らした。


「天知さんに、言ったんでしょ?」


 もう話の流れから、なんとなくわかっていた。しかし、天理は首を振る。


「いいや、言ってない。言うつもりもない。それが逢坂が望んだことだから」

「そうだよ。かいくんは言ってない。もしもわたしが問い詰めても、逮捕されるようなことになっても、かいくんは言わない。それがかいくんだから」


 つまらなそうに、青空のような瞳には雲がかかっていた。逢坂にはそれがどうしてだか、わからなかった。

 天理がそうすることも、彼が言っていないのなら、どうして天知が知っているのかも。


「このままだと確実に、逢坂はよくない方へ進む。逢坂だけじゃない。いろんな人が、不幸なことになる。気持ちはわからなくもないけど、言うべきだ。ひとりで抱え込むべきじゃないし、俺は、言ってほしい」

「なんでそこまでするの? べつに、私たち友達でもなんでもないでしょ? クラスメイトだってことも、知らなかったぐらいなのに」


 すると、天理は目を丸くした。そしてふっと、柔らかい笑みを作る。


「世の中、困ってても助けない人は大勢いる。それなら、助ける人がいてもいいだろ?」


 もう逢坂には、下心しか感じなかった。逢坂にその気でもあるのかと。しかし、そうではなかった。


 天理は、至って真面目に、ごくごく普通に、やらない意味がわからないといった顔で言ったのだ。もしも善意の塊に例えを出せと言われれば、逢坂は天理かいを出すのだろう。彼は、自分が逢坂を突き落とした犯人であると疑われ、殺人容疑をかけられたようなものなのに、逢坂の身勝手な嘘を、一緒に抱え込んでくれたのだから。


「そう、かいくんはこういう人なの。下心とかないからね」


 自分だけに優しい人と、誰にでも優しい人、どちらを彼氏にしたいかという意見の分かれそうな議題で、初めて逢坂は前者がいいと思った。もしも自分の彼氏が、天理のように誰にでも優しかったら、悲しくなるだろう。

 彼女だからという特別感がなくなるのだ。天理は、彼女じゃなくても優しいし、彼女じゃない人にも優しい。


 やれやれと首を横に振り、しかしそんなところが好きなのだと、天知は薄らとした笑みを浮かべた。


「天知さんがどうするか、教えてもらってもいい?」


 なら、どうするべきかわかってるよな? という刺すような目に、逢坂は頷く。


「うん。言う。ちゃんと言うから」

「なら、仕方ないね」


 逢坂はすこし、天知に申し訳ない気持ちになった。自分の彼氏が、他所の女と嘘を、秘密を抱えていたのだから。だがこれは逢坂に落ち度はない。逢坂はふたりの関係を知らなかったのだから。これは、天理かいという男子が悪いのだろう。逢坂が悪いわけではないのだろう。


「いちおう、なんでバレてたのか、訊いても?」


 天理の言ってないが嘘の可能性もあるが、本当に言っていないのなら、天知はどこで、逢坂の嘘を、天理につかせた嘘を、察したのか。


「人は嘘をつきますし嘘をつかせますが、物事が能動的に嘘をつくことなんてないんです。そう、カバンに足が生えて歩いて行くことはない。消えたのなら、人が足となってカバンを移動させたということ。わたしがおかしいと思ったのは、逢坂さんのカバンです」


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