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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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変わらない救世主


 逢坂は橋の手前まで歩いていた。

 目の前に架かる橋を渡れば、一転して田舎らしくなる。逢坂もそこまで行った経験はない。橋を渡った直後には河川敷があって、サッカーや野球、車の運転の練習もできるようだ。

 逢坂は、その風景を歩道橋の上から眺めていた。


「なんでここ?」


 真下では、車が行き交う。太陽が南中を過ぎた頃だった。


「もっと場所とかないの?」

「じゃあどこなら来てくれた?」


 質問に質問で返す。彼女、橘柚奈は口を閉ざし、逢坂と同じく橋の方へ、歩道橋に腕を乗せた。


 こうして柚奈ときちんと、ふたりで会話するのは、いったいいつぶりだろう。

 荒んでいる、という表現が相応しい姿だった。まともに眠れているのだろうか、瞳がくすんでいるように見える。柚奈は無地のハーフパンツに、黒のタートルネックを着ていた。

 いまは夏休みだ。七月の後半だというのに、長袖で首まで覆う服を着ていた。ハーフパンツと一緒にするものではない。アンバランスだ。寝間着だったが、呼び出されたので仕方なく上だけ着替えた、といった感じがする。その着替えがタートルネックで、肌をあまり露出しない選出であるだけで、嫌な想像が駆り立てられる。


「いつぶり?」

「さあ。いちいち数えないでしょ」

「高校の合格発表までは一緒だったよね。で、説明会にも」

「そんな話をしに来たの?」


 遠回りの話をすると、柚奈は、こちらへ牙を剥いた。逢坂は冷静にそれを受け止める。


「違う。もっと、大事な話をしようと思って」

「……ふん」


 ふたたび、柚奈は前へ身体を向ける。逢坂も同じようにした。

 お互い、あえてお互いを視界に入れなかった。


「私のいじめの件、後藤さんが外部の人に話を通したの」

「いまさら? ようやく重い腰を上げたのね。遅すぎるけど……。で、外部の人って?」

「天知さん」


 柚奈はまったく予想もしていなかったのだろう。頓珍漢な答えが返ってきたことに、呆れて声も出ないといった反応だった。


「天知さん? それって、天知しろあのこと?」

「うん」

「念のため訊くけど、その天知しろあって、あたしが知ってるあの天知しろあ?」

「うん」


 柚奈はあほらしいと鼻で笑う。


「なにそれ。どういう意味? やっと動いたと思ったら、警察でもなくただの女子高生? バカじゃないの?」


 天知しろあは有名人で、織田高校の生徒、教師、一歩でも敷地に入れば何より覚えて帰るであろう人物だが、それは主に見た目によるところが大きい。こういった事案に現れるような権力者でもなければ、腕っ節が立つわけではない。すくなくとも、逢坂は知らない。彼女ときちんと対面していなければ、柚奈とそう変わりない反応をしていただろう。


「私たちがアイドルをやってるみたいに、天知さんにも裏の顔っていうのがあるらしいよ」


 それには興味を惹かれたらしい。


「後藤さんが言うには、天知さんは探偵……まあ、天知さん自身はそう自称していなくて、探偵が便宜上都合がいい呼び名らしいんだけど、そういった活動をしていて、警察や政治家が頼るような超凄腕なんだって」

「頭打って陰謀論者になったの?」


 嘲笑された。これもまあ、逢坂も柚奈の立場だったら同じことを言っていそうだ。


「でも、後藤さんも信頼しているっぽかった」

「その後藤さんが信頼できるって根拠は?」

「ないけど」


 後藤がなにを見てなにで判断して、天知しろあに信頼を寄せているのかはわからないが、彼が無根拠で信じているといった方が、信じられない。


「それに、私は天知さんがそうだって思ってる」

「警察や政治家が頼る超凄腕探偵?」

「とまではいかなくても」


 天知が無根拠の自信を発揮するとも思えないし、平然と解決できなかったことはないと言ってしまったのを目の当たりにして、そうなんだろうな、と思わされた。


「たぶん、私のいじめ問題ぐらい、簡単に解決してくれると思ってる」

「それは勘?」

「危機感かも」

「危機感?」


 柚奈は眉を吊り上げた。そして噴き出す。


「……ぷっ。ははっ。なに? いじめの犯人がバレたらあたしが困るって? あたしに注意してくれてるの?」


 否定も肯定もできなかった。逢坂にはわからないことだらけで、そうじゃなければいいな、と思う反面、そうだったらどうしよう、という気持ちで板挟みなのだ。だから、こうして対面した。親友ではなくなったかもしれないが、友達ではあるかもしれない。その一縷の望みに懸けて。


 逢坂は、いまの柚奈の態度を見ても、判断がつかなかった。


 いじめの犯人を、逢坂は柚奈ではないか、と疑っていたのだ。根拠はなかった。いじめる理由がわからないからだ。もしもアイカがいれば、嫉妬したというのも筋が通っていたのだが、ならどうして突き飛ばすまでしたのか、また疑問が増えてしまうのだ。

 確かな証拠も確固たる根拠もないが、もしも柚奈がいじめの犯人であったら、天知が白日の下に晒した後の柚奈がどうなってしまうか、不安で不安で仕方なかったのだ。

 

 だがそれらはまったくの見当違い。柚奈はいじめの犯人がバレてもノーダメージ、明るみになればいいとさえ思っているように、逢坂は感じられた。


「自殺、失敗したらしいね」


 逢坂は諦め、話を変えた。逢坂の話から自分の話へと変わると、柚奈も無頓着とはいられないらしい。


「なんでそんなことしたの?」

「言う必要、ある?」

「私は、言ってほしい」

「じゃあ、あたしは言いたくない。……言って解決することじゃないし」

「それでも、なにか変わるかもしれない。半分なら背負えるかもしれないし、一緒にも泣けるよ」


 そこで柚奈は、逢坂の知っている笑顔を浮かべた。だが、それもすぐに消える。柚奈が自らの手で、掻き消した。自分でも驚いているようで、なにを笑っているんだ、と己を叱責するようでもあった。


「死んでたらよかったのに」


 背中を向けられた逢坂は手を伸ばそうとするも、柚奈は言葉の壁で阻んできた。


「あのまま、死んでればよかったのに」


 柚奈はお見舞いに一度も、来なかった。それがなによりもの証拠だったろうに。

 柚奈は、逢坂が死のうがどうでもよかった。むしろ、死ぬことを望まれていたのだ。


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