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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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救われ守られ


 それから一週間が経って、ようやく逢坂にも自由が戻ってきた。


 この一週間は病院と家の往復。どこへ行くにも父か母のどちらかがついてくるし、気軽に散歩にも行けない状況だった。ふたりの心配は重々承知しているのだが、息が詰まっていることも否定できなかった。


 腕の骨折は向こう一ヶ月は治らないらしい。これでも骨折にしては軽傷に入る方と言うものだから、驚いた。そこからリハビリだ。逢坂はいったい、いつになれば病院通いから解放されるのか。すくなくとも、夏休み期間中に終わることはなさそうで、軽く気が滅入っている。

 それがすこしでも吹き飛ぶようにと、逢坂は散歩に出ていた。


 逢坂は織田市で生まれて織田市で育った、正真正銘織田市民だ。小中高と徒歩圏内に家がある。家から五分とせずに駅に入れる。開発が進んでいて、逢坂が中学の二年生の頃に、駅前には九階建ての商業ビルが建った。いま思うと、それ以前まではそこに何が建っていたのか。もう思い出せない。

 ふと、街中の広告が視界に入った。駅や商業ビルのスクリーンにデカデカと映し出される。都内ならそうなのだろうが、あいにく織田市の駅にも商業ビルにもそんなものはなかった。広告というのも、目線はほぼ平行。歩道にある。市内のイベントを知らせるもので、どちらかといえば掲示板に近かった。


「そうか、もう夏祭りか……」


 逢坂にとっては見慣れたもの。何年とその告知紙は体裁を変えていないのだろう。すくなくとも、逢坂が小学生時代、意識せず認識していたそれは、記憶と同じだった。

 花火がふたつほど打ち上がったところを、見上げる形で写真に収めている。そこに、織田市花火大会と目を惹くように記され、日にちも記されている。

 織田市の夏祭りは毎年行われている恒例行事で、七月最終の土日に開かれている。織田市内外から県民は集まり、県外からも殺到すると言われている。特に花火が打ち上げられる土曜日は顕著だ。駅前は途切れない量の人が埋め尽くしている。


 逢坂はその掲示板に近しい場所に貼り出された告知紙を流し見る。


 交差点で足を止めた。左に曲がれば駅だった。商業ビルも、目と鼻の先。駅の西口からまっすぐ伸びる片側二車線の道路が右に伸びていた。その道に立つ外灯に、提灯がつり下がっている。この時期になると、夏祭りの開催のために準備されている。逢坂は信号で右に曲がった。


 左手にある大通りは、夏祭りの日は歩行者天国となる。屋台が道の両脇を固め、それだけで熱いというのに、当日は十メートルを歩くのに1分かかるほどの人混みだ。人いきれができるほどで、逢坂はいったいこれの何が楽しいのだろう、と思ってしまった。

 とはいえ、逢坂は今年は行こうかと迷っていた。なにしろ、中三の頃はいけなかったのだ。実は毎年行っていたにもかかわらず、去年だけはかみ合いが悪く行かなかったのだ。それがなんだか、逢坂の中で気持ち悪く消化不良に陥っている気がしないでもない。


 しかし、行く人がいない。


 高校に入ってから逢坂は、友達付き合いというものをしてこなかった。

 いじめを受けてから、逢坂は周りの人間を基本的に敵と見做していた。あえて噛みついたり、突っかかったりはしていないし、向こうから話し掛けられればそれなりの受け答えはしていたが、それなりに過ぎない受け答えをする相手と、友達になろうとする物好きはいなかった。

 友達というのは、双方の歩み寄りによって成り立つものだ。

 逢坂はあらゆる人をまず疑うところから始める。始めるようになってしまった。それが見た目に反映されたのだろう。怖い、睨んでいると評される鋭い目つきは、鋭くなってしまったのだ。


 中学時代の友達もいるにはいるが、高校が別々となれば関係は途切れるもの。逢坂も連絡はしなかった。なのにいきなり、夏祭りに行こうというのは迷惑だろうし、警戒もされるだろうし、はっきり言って気味が悪いだろう。逢坂の腰も重い。


「ひとりで行くのもなあ」


 それこそ、何が楽しいのだろう、だ。

 ひとりで黙々と、熱気と人混みに揉みほぐされ、遅々とした進みにいらいらしながら、屋台で目的の料理を買い、花火を見る。考えるだけで、味気ない。疲労の方が勝りそうだ。


「それに、この腕だし」


 人との接触はある。それでまた骨に異常が、となれば考えなし、浅はかというやつだろう。なら、家族と行くか。いやいや、それはさすがに恥ずかしい。そこまでして行きたいものではない。

 などなど考えていると、道がすこし細くなった。車道は片側一車線だ。


 右手に、広場が見えてくる。遊具のない公園とでも言えばいいか。地面はコンクリートだし、子どもどころか人っ子一人いないのだが、よくイベントに使われている。


 夏祭りでも、この広場は使われるのだ。

 夏祭りでは山車が出る。法被を着て、足袋を履き、男連中は山車を引く。女が笛を吹く。山車には太鼓もあり、小学生の子どもたちが順々に叩いていく。それで街中を回り、最終的にこの広場に集結する。地域ごとに山車はそれぞれあって、朝から音楽を奏でていた山車が、夜に広場に集まってからは、壮観だ。

 十以上の山車が円となり、町独自の音楽を奏で合うのは殴り合いに近しい。土曜日は花火、日曜日は山車が、夏祭りの最高潮だろう。


 逢坂も、小学生時代は一年生から六年生まで、太鼓を叩いた。町内会で、夜遅くまで練習したあの日々は、非日常感があって楽しかった。普段は日中しか会わない学校の友達と、夜に会うのだから。

 思えば、逢坂のアイドルとしての起源は、そこだったのかもしれない。


 幼稚園の合唱や音楽の授業で音楽というもの自体には触れ合っていたのかもしれないが、逢坂が明確に音を楽しんだのは夏祭りの太鼓なのかもしれない。太鼓を叩くと大人たちが掛け声をあげたり、笛が合わさって曲となり、最後にはアピールするがごとく音で殴り合う。

 その証拠に、広場の反対側にある音楽ホールについての思い出は、あまりない。


 中学時代、市内の中学校が集まって合奏を披露したことがあった。小学生の時も、マーチングとして歩きながら楽器を弾いたこともあった。ただしそれだけだ。

 あれは楽しかったというよりも、やらされた感が強かったし、ミスをすれば全てぶち壊しだ、といった強迫観念から逃れられなかった。基準があって、採点があって、順位付けされるからなのだろう、といまなら逢坂は自己分析ができる。

 夏祭りの太鼓に順位はないし、アイドルも、人気やセンターといった格付けのようなものはあるが、一位を目指してやっているわけではなかった。


 ふたたび、信号で足を止めた。


 いちおう、夏祭りに行く人に当てはあった。約束もしていた。中学三年生、受験もあったしアイドル活動もあったし、なにより仲が深まったのは夏祭りの時期を過ぎていて、来年は一緒に行こうと約束していた友達がいた。

 それは橘柚奈。アイドル名としては、ユナ。逢坂と同じく、下の名前そのままだ。アイドル名は自由に決めていいと後藤に言われていた。しかし逢坂は、変に凝ることをしなかった。

 本名を使うと言ったとき、後藤はあまり良い顔をしなかった。だが逢坂には、愛花という名前に親しみを持っていた。両親からもらった大事な名前で、その名でいままで人生を歩んできたから、それ以外に名乗りは考えられなかったのだ。


 事務所の方針がそうなのかは知らない。後藤のマネージャーとしてのやり方なのか、東城社長の意向なのかはわからない。アピアランスにはほかにもアイドルが在籍しているが、逢坂はしゃべったことがない。後藤が受け持っているグループもあるらしいが、そっちにも詳しくない。

 ユナ以外の、同じグループである三人も、逢坂はよく知らない。

 逢坂はユナと仲良くなり、お互いに本名や通っている中学、家も教え、プライベートでも交友を持ったが、ほかの三人はアイドルの顔しか知らないし、逢坂も教えていない。年上なのか年下なのか、同級生なのかもわからないほど、希薄な関係性なのだ。


 カッコーの音に、逢坂は我に返った。急いでいるわけでもないのに、背中を押されたような感覚で足が出る。信号を渡っていた。


 逢坂は柚奈と夏祭りの約束をしたが、それが叶うことはないだろう。

 同じ高校に通うという約束は達成した。柚奈は、一年六組だったはず。しかしこの頃、逢坂は柚奈とまともに会話ができていなかった。


 高校入学してからすぐに、柚奈の異変には気付いていた。話し掛けても反応が遅く、徐々に避けられるようになった。学校でも目が合うと、露骨に別の階段を使おうとしたりするのだ。

 理由はわからなかった。思い当たる節がなかった。

 なにか、してしまったのだろうか。謝りたいが、なにを謝ればいいのかわからない。逢坂も、柚奈に声をかけることはしなくなった。辛かったし、怖かったから。勇気が出なかった。しかしいまにして思うと、逢坂はそこで踏ん張るべきだったのかもしれない。


 柚奈が自殺未遂をしたと聞いた。これにも、理由がわからなかった。思い当たる節がなかった。

 だが、もしかしたら、柚奈はなにかを悩み苦しんでいたのではないか。逢坂が離れてしまったことが、最後の一押しとなってしまったのではないか。そう思わずにはいられなかった。

 逢坂は柚奈に救われた。柚奈に守られた。いじめを受けているときも、柚奈が一番の味方で、支えになってくれて、励ましてくれた。親友がしてくれたことを、逢坂は親友にできなかった。これでどの面を下げて、夏祭りの約束なんて口にできよう。


 警察は、勝手な憶測でユナがアイカに嫉妬して突き飛ばしたと語った。しかしすでにアイカは活動休止している。それは矛盾だ。アイカは死んだも同然。ならば愛花が殺される道理もない。柚奈が逢坂を避けるようになった理由も、自殺するまでの理由も、皆目見当がつかない。

 だがわからないで終わらせるつもりはない。

 また逃げることになってしまうからだ。

 逢坂は、天知しろあに頼んだ。


 きっと、彼女はすべてを解き明かしてしまうのだろう。天知しろあが大言壮語をしているようには見えなかったし、後藤や東城社長も彼女を頼っているのだから、実力は折り紙付き。天知しろあへの依頼は、逢坂愛花の覚悟でもあり宣言でもあり、己に課した枷のようなものだ。


 逢坂は、事の発端まで記憶を遡ることにした。


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