表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
PR
39/99

勝手に船を出したくせに


 警察のふたりが去ってから、逢坂の部屋がノックされるまでは、ほとんど時間がなかった。


 約束したわけではないが、いま言ったばかりの言葉を無視してふたたびノックするとはいい度胸だ、と逢坂は敵意剥き出しで答えた。


「もう来ないでくださいって言ったでしょ」

「初めて聞きました」


 扉はスライド式。横に全開となる。その声は、明らかに男のものではなかったし、そこにいるのは、逢坂よりも幾分か小さく逢坂よりも幼く見える女の子だった。


「あ、え……あ、天知さん?」


 逢坂はその人物を知っていた。彼女への非礼と、彼女の登場に驚いて、口ごもってしまった。


「はい、天知さんです。目が覚めたようで、よかったです」


 天知しろあ。織田市立高等学校で知らない人はいないであろう美少女。入学式で話題をかっさらい、話が長いで有名な校長の挨拶ですら苦ではなかったと口にする人が多く、むしろもっと長く話してほしかったと愚痴を溢されてしまう始末だった。それほどまでに、新入生、つまり逢坂の同級生たちは、天知しろあに見惚れていて、見ていたい対象だったのだ。


 逢坂もアイドルをするほど。スカウトされたし、中学の頃は告白の経験もあるから、見た目に関しての自負もそれなりにある。それでも雲泥の差だ。ひょっとすれば高校だけではなく、織田市民ですら天知しろあという名前と顔は知っているのではないか。そう思わせるだけの人気者が、なぜ逢坂の病室を訪れているのか。

 逢坂が天知しろあを知っていても、その逆はないだろう。逢坂のクラスは一年三組。天知しろあのクラスは一年一組。選択授業でも、合同授業でも、一緒になった覚えはないし、会話の記憶もない。


 天知は平然と病室を歩き、逢坂のベッドの脇でパイプ椅子に座った。


「温かい……」

「さっきまで、警察の人が」


 ようやく逢坂が言葉を発せたのは、天知の呟きへの説明だった。


「ああ、なるほど」


 天知はひとりではなかった。ふたりほど、人を連れて来ていた。ひとりは見知った顔だった。


「よう。どうだアイカ」


 スーツを正しく着て、ネクタイをきつく締め、自分にひたすら厳しい生真面目な顔をしているのは後藤秀樹。アイカたちのマネージャーだった。


「後藤さん……」

「ああ、目が覚めたって、アイカの親御さんから連絡が来て。天理さんにも連絡したんだ」


 天理? と逢坂は目を向ける。男物ではあるが、天知と逢坂と同じ高校の制服を着ていた。


「目が覚めたなら、ひまわりはちょっと違ったかもね」

「やめとくか?」

「ううん。いいよ。何もないよりはマシでしょ?」

「じゃあ、次はガーベラとかか」

「悪くないね。あ、それはもらうよ」

「ん」


 遠巻きに、天知を見かけたことはある。まるでハリウッド俳優が来日したようだな、と思ったのを覚えている。飛行機を降りて空港で、出待ちをするファンたち。フラッシュがたかれ、ボディーガードが周りを固めて人混みを押し返し、道を確保していく。超VIPの扱い。当の超VIPは、カメラやファンににこやかな笑顔で手をふり返すのだ。

 もちろん、カメラはなかった。すくなくとも、フラッシュがたかれていることはなかった。しかしあの場が光っているのは間違いなかった。天知しろあ本人が、光を纏っているというか放っているというか、キラキラとしていたのだ。屈強なボディーガートがいることはなかったが、勝手にそれを務めるような人はいたし、天知もにこやかな笑みで手を振っていた。


 ところが、どうだろう。


 いまの天知は、ずいぶん砕けている。VIPなんかではない。笑顔もずいぶん幼いように見えた。その相手が、天理という男子。

 彼は新たに買ってきてくれたひまわりと、窓際の花瓶を手にする。どうやらその花たちは彼らが持って来てくれたらしい。天知が天理から果物の詰め合わせを受け取ると、水の入れ替えか病室を出て行った。


「お見舞いと言ったらこれが定番。何から食べます? 剥きますよ」


 天知は逢坂の視線を、果物と勘違いしたようだ。


「いや、そういうんじゃなく……て、ですね」


 ふつうにタメ口を使おうとしたが、相手は天知しろあだし彼女も敬語だし敬語で返すのが妥当か、と考えていると、不格好な言葉遣いになってしまった。

 天知しろあはそれをくすりと笑う。


「話しやすい言葉遣いでけっこうですよ」

「じゃあ、そうする。天知さん……も、タメ口でいいからね?」

「いえ。敬語は敬意のために使っているのではなく、単に関係性を誤認しない、させないために使っているんです」

「ああ、なんとなくわかるかも……」


 天知しろあが同級生に砕けた言葉遣いをしているのはあまり想像できない。だからこそ、それを見かけた人は、勘違いするだろう。天知と深い仲だと勘違いしてしまう。

 逢坂も、アイドルとファンという関係性を間違わないように、常に敬語を取っている。それを明らかな線引きとしているのだ。


「……ん? でもそれだと……」


 しかしそれだと、あの天理にはふつうの言葉遣いだ。そもそも、なぜふたりは一緒にいるのだろう。


「いたっ」


 小さな悲鳴。天知の指先からは、赤い点が膨れて線となった。反対の手には、果物ナイフを持っている。


「なんでそう勝手するんだよ」


 花瓶を持って戻ってきて天理は急ぎ足で、天知の指を取った。


「舐めて~」


 逢坂は目と耳を疑った。天知が、彼氏に甘える彼女のようなことをしているのだ。


「じゃあ自分で貼れ」


 それを天理はものともせず、絆創膏を投げるようにして渡した。


「いじわる。でもそれがいい。絆創膏の常備はあるっていうのが愛の証拠だから」


 ぶつぶつと天知は言っている。

 はっとした。眉間に皺が寄っている。ひどい顔をしていたことだろう。


「俺も、すこし驚いた。学校ではこうじゃないのか?」


 ベッドの反対側に、後藤も腰を降ろした。どうやら後藤は天知とも天理ともそれなりの日数、関係を持っているらしい。この天知の態度にも慣れたらしい。


「はい。学校だと、楚々としたお嬢様って感じだったので……」

「はは。俺も、最初はそう思ってたよ」


 天知は自分の指に絆創膏を貼った。天理は座ることなく、果物ナイフを手にすると天知に代わってリンゴに刃を入れていった。


「リンゴでいいか?」

「あ、はい。なんでも……ありがとうございます」

「べつに。しろあが怪我をするから」


 しろあ。下の名前呼び? いよいよ関係が気になってくる。


「いえ。それだけじゃなくて」

「……?」


 逢坂が礼を言ったのは、リンゴの件ではない。まず言わなくてはならないことがある。


「ありがとうございます、助けてくれて」

「……ああ」


 彼、天理が、通報してくれたのだろう。あの場にいた彼が。であれば、お礼を言わなくてはいけない。医者も、そう言っていた。


「当たり前のことをしただけだから」

「それでも、助けてくれたのはあなただから」


 遠慮も謙遜も過ぎれば失礼になる。天理は大人しくお礼を受け入れたようだ。


「そう。あと、タメ口でいい。俺たち同級生」

「……わかった」

「あとクラスメイトだから」

「……え?」


 口だけだが、天理は笑った。記憶を深くまで辿るように、逢坂は目を細める。あいにくと、逢坂にその顔の覚えはない。顔の半分ほどが隠れているので、覚えるも何もないと言われればそうなのかもしれないが。


「ごめん。わからない」

「まあ、まだ三ヶ月ちょっとだしな」


 それでもまるきり顔に見覚えがないというのも、どうだろうか。失礼な気がしてしまう。現に、向こうは逢坂の顔を覚えていたわけだし。


「いちゃいちゃ?」

「曲解にもほどがある」

「浮気?」

「顔も覚えてない相手と?」


 天知の生暖かい怪しむ眼差しに、天理はリンゴを押し込んだ。むぐっと物理的に口封じされ、天知は小鳥のように小さな口で啄むようにリンゴを味わう。次に逢坂も受け取り、最後に後藤も受け取った。

 逢坂は一口かじる。


「天知さん、それから天理くん? 学校は?」

「早退しました」

「なんか、申し訳ない」

「俺たちが勝手にやってることだから」

「そうそう。べつに逢坂さんのためじゃない。かいくんの疑惑を払拭するためだから」


 かいくん。天理が天知のことを、しろあと下で呼ぶのなら、天理のフルネームは天理かいなのだろうか。


「疑惑?」


 フルネームよりも引っ掛かることを口にした。


「ええ。かいくんは、逢坂さんを通報した。第一発見者を疑えっていうのは捜査の基本だし、ミステリーでもそう。誰だって思う。しかも、かいくんはこの見た目だからね。心象も、悪くはなっても良くなることはない」

「誰のせいだと思ってるんだ」


 誰のせいなのだろう。自分のせいだろうか。


「ごめんなさい。私のせいで」

「あ、いや。そういうわけじゃ……」

「うわ、ひどいねかいくん。女の子のせいにして。責任を取るべきだよ」

「じゃあ、責任取って俺が逢坂に毎日お見舞い……いや、付き添うか。リハビリとかもあるだろうし」

「破廉恥だよ!」

「お前はどうすれば満足なんだよ……」


 天理は額に手を置いた。


「まあ、逢坂さんは気にすることないですよ。かいくんの自業自得ですから。すぐにかいくんは面倒ごとを持ってきて、どこかから女の子を引っ掛けてくるんだから」

「引っ掛けてくるって言うな」


 逢坂も、自分が餌にかかった魚のように言われるのは心外だ。


「ところで、ふたりと後藤さんはどういう関係なの?」


 両親と後藤が繋がっているのは当然だ。逢坂が親に内緒でアイドルをするはずもないし、できるはずもないのだから。しかしその後藤と連絡先を交換し、一緒に病院へ訪れた天理たちはどういった関係なのだろう。

 すると、後藤はすこし顔を曇らせた。


「逢坂さんが、アイドル事務所で何者からかいじめを受けているという相談がありましてね。それをどうにか穏便に済ませられないかと、東城社長と後藤マネージャーから依頼されていたんです。その最中に、逢坂さんの転落事故。発見者はかいくん。わたしは依頼を受けるつもりはありませんでしたけど、かいくんが厄介な立場にある都合上、無視できないため、いろいろ動いている、といった次第です」


 なんとなく察していたが、これで後藤の憂慮にも納得した。


「じゃあ、知ってるんだね。私が、アイドルをやってるってこと……」

「ええまあ」

「すまない。アイカがなるべく秘密にしているってのはわかっていたんだが、まさか、天知さんが同じ高校だったとは思わなくて」

「いや、大丈夫ですよ。謝らないでください」


 逢坂は頭を下げる後藤に、笑って手を振った。


「そこまで名が売れているわけじゃないって言っても、バレないっていう保証があるわけじゃないですし。覚悟もしてましたから」

「そうですね。SNSで宣伝もしているわけですし、偶然イベント会場で見かけてしまう、といった可能性はありますから」

「うん。私が言わないからってバレない、とは思ってないよ。そもそも、それならアイドルと矛盾してるし」


 人目を集めて、注目され、ファンを増やそうとしているアイドル。知り合い、同級生だけには知られたくない、なんて都合がよすぎる。


「だから、後藤さんは悪くないです」

「だが、例の問題を大事にしたくないと言ったのも、アイカだろう? 勝手に隠れて人へ依頼もしていたわけだし」

「それも、私のことを心配してくれていたわけじゃないですか」


 すべては逢坂のわがままだ。勝手に受験勉強を建前にして休止し、復帰とも大々的に銘打ってくれたのにまた一ヶ月で休止してしまった。後藤は文句も言わず深く追求することもなく逢坂の要求を飲んでくれたし、献身的だった。いじめとは言わず、例の問題と言ってくれているのがなによりの証拠だろう。


「でも、どうして天知さんに?」


 特別、親しいわけでもない。クラスメイトでもない。アイドルをやっている以前に、天知が逢坂愛花の存在を認知していたかも怪しい。話では、天知への相談があって、乗り気ではなかったが、天理が重要関係者になってしまったから、なし崩し的に行動している、といった流れだ。

 つまり、天知には、東城社長と後藤へ依頼するだけの何かがある、ということになる。


「俺も、東城社長から訊いた話でしかないんだが」


 と、後藤は前置きした。


「なんでも、天知しろあという名前は、ある界隈では名が通っているらしいんだ。警察も政治家も頼る最終兵器といった扱いで、未解決事件も、表に出したくない案件も、解決してくれる凄腕」


 後藤がその凄腕の天知の表情をうかがうようにするので、逢坂も同じようにした。ミカンを一口で頬張っている。果汁が口の中で弾けたのか、ん~! と甘い顔をしている。いま自分のうわさをされているというのに。


「探偵、ってこと?」

「まあ、便宜上はそれが近いが、天知さんは探偵でも便利屋でもないらしい」


 警察や政治家が頼るのだから既成の探偵や便利屋という枠組みにあてはまらないのは、それはそれで正しいのか。そもそも警察や政治家が頼る、だなんて陰謀論じみているし、それをただの高校生である逢坂が知ったというのもおかしな話なのだが。


「アイカは例の件を騒ぎ立てたくないって言った。大丈夫だと。だが、休止明けでも変わらず犯行は続いている。そして、アイカは本番前に会場を飛び出してしまった。俺はそれを限界だと捉えた。だから、勝手ながら外部に頼ることにしたんだ」


 経緯はわかった。事実、逢坂は限界だったのだろう。大丈夫だと言いながら、明確な解決方法を考えていたわけではない。ただ我慢していただけ。我慢はいずれ、終わりを迎える。

 後藤の行動はやはり、間違っていなかった。逢坂には責められない。むしろ、感謝すべきだろう。謝罪をするべきだろう。


「ありがとうございます。それと、ごめんなさい。いろいろ、迷惑をかけてしまって」

「いや、俺はいい。まずは自分を気遣ってくれ」


 頷く。

 ぶどうの粒を、餌付けされるように天理からあーんされる天知は、この間近で決して軽い雰囲気ではなかったはずなのに、暢気だった。天理も天理で、その視線を果物を欲しがってると思ったらしい。ミカンを渡された。まあ、渡されてしまったので大人しく受け取るのだが。


「じゃあ、天知さんは、私をいじめていた人の特定をしているってこと?」

「まあ、そうなりますね。かいくんが疑われているのは、逢坂さんを突き落としたのではないか、ということです。その疑惑を払拭するには、逢坂さんを突き落とした人はべつにいると証明することになります。逢坂さんを殺そうと思うほどに恨みを持っている人。いじめの犯人と考えるのは、筋が通ってますからね」


 どこか他人行儀だ。まるで天知自身はそう思っていないかのよう。


「天知さんは、そうは思ってないの?」

「わたしがどう思っているかどうかは関係ないですよ」

「……え?」

「だって、逢坂さんを突き落とした犯人なんていないんですから」


 がたりと椅子が倒れる。後藤が椅子から勢いよく腰をあげたのだ。話が違うだろう、と言いたげである。彼が露骨に動揺しなければ、逢坂も、声をあげていたところだろう。


「ど、どういうことだ。いじめの犯人がアイカを殺そうと、階段から突き落とした……そうじゃないのか?」

「わたしは一言もそんなことは言ってませんよ。犯人として蓋然性が高いのはそういった人たちである、という話だけで、そうかもしれないという可能性の一端として、情報を集めていただけで。それはもしもの保険のようなものです」


 そこで天知は、逢坂に微笑みかけてきた。


「逢坂さんが目を覚ましたのです。彼女に訊けば、それが答えです。殺されかけた人が、その犯人を庇うだなんてあり得ないですから」


 警察と同じ発想で、逢坂が彼らへした否定と同じ。もしもこの世界に幽霊なるものがいて、死人に口があるとしたら、未解決の殺人事件はなくなるだろう。裁判や弁護士検察、司法というものまで不要かもしれない。彼らに、誰に殺されたのか、というたったひとつの質問をすることで、どんな捜査や検証よりも有能なのだから。


「では逢坂さん。あなたは、誰かに突き落とされたんですか?」


 警察と同じ質問ではあったが、なぜだろう。天知は、逢坂の答えを予期しているようだった。お前が何を言うかはわかっている、と言われるのは腹立たしくもあったが、逢坂はこう言うしかない。


「ううん。私は、ただ階段を踏み外しただけ。あれは、事故」


 天知は逢坂の答えに、心底満足したと手を合わせた。彼女は乗り気ではなく、天理という親しい人間が巻き込まれたからなし崩し的に行動していると言った。それなら、もうこれで天知に動く理由はないのだろう。事故なら、天理への疑いは見当違い。面倒ごとは終わったのだから。


「なら、わたしたちはこれで終わりですね」

「いや、いじめ問題は終わってないぞ!」


 後藤が、天知を引き留めようとすこし語気を強めた。しかし天知にそれが通じるとは思えない。


「逢坂さんはことを荒げたくないのでしょう? ならわたしたち部外者が引っかき回すのは困るのでは?」


 その通りだ。

 娘がアイドルをやるということだけでも、一悶着あった。そこでいじめを受けているとなれば、すぐに辞めさせられるだろう。両親も、送り出した自分を責めかねない。なにより、いじめてきたやつらの思い通りになってしまうのも嫌だ。それは逃げであり、負けでもある。

 いじめを受ける以上の屈辱だ。


「今回はかいくんにも非がありましたし、特に依頼料の要求ということはありません。では、ご快復を願っています」


 天知は悠然と背を向ける。後藤に反論はなく、逢坂にも止める手立てはない。そもそも、止めるのが正しいのか。

 ちらと、天理がこちらを見た気がした。前髪の隙間から、視線をにわかに感じた気がした。


「じゃあ、逢坂はまた別の誰かに頼むことになるのか」


 独り言のように呟いた。逢坂は気付かされる。


「なら、新たに依頼をするっていうのは、どうなの?」


 天知は足を止めた。


「部外者を巻き込みたくないのでは?」

「だけどもう、天知さんたちは事情を知ってしまった。部外者じゃない。それならいっそ、協力してほしい。これからまた新たに話をして、別の誰かに事情を知られるのも私は嫌だから」


 ここで依頼は終わりだというのなら、また新たな依頼を始めてしまえばいい。


「依頼料なら、まだ支払ってないからある」


 後藤が加勢する。


「乗りかかった船とも言うしな」


 なぜか天理も援護してくれた。


「なんでかいくんもやる気なの」


 それは逢坂も疑問だ。


「もう船は海の上だから」


 それはもう盛大なため息をついたものだ。惚れた弱みとでも言おうか、天知は、天理がそこまで言うのなら乗せられてやろう、と気弱な笑みを浮かべて肩を落とした。


「とりあえず、依頼ということなら受けます。これでもしも逢坂さんが、何者かに殺されるなんてことになったら、後味悪いですから」

「怖いこと言うね」

「ない話じゃないですからね」


 まあ、世の中何が起こるかわからない。逢坂も、子どもの頃の自分に、将来アイドルをやっているなんて告げても、信じないだろう。アイドルは見るものであって、なるものではなかったのだから。


「依頼は受けましたが、逢坂さんはまず、その身体を治してください。車椅子で移動とか面倒ですし、それで容態が急変、死亡してしまったら、また面倒ごとになるので」

「私のこと、そんなに殺したいの?」

「面倒なのは嫌なんです」


 まあ、それはそうか。誰だってそうだろう。


「それで、どうなんですか。約束できるんですか」

「うん。できる。けど、そんな悠長にしてて大丈夫なの? 私、リハビリとかもあるから、けっこう長いと思うよ?」

「その頃にはもう夏休みです。自由時間も多くなっているので、そのほうが動きやすいでしょう」

「そうじゃなくて」


 いじめ問題解決、犯人特定をするなら、早めに動くべきだろう。証拠隠滅のおそれもあるだろうし、時間が消してしまうものあるだろうから。


「べつに平気ですよ。わたしに解決できなかったことは、ひとつたりともないのですから」


 かっこいい。


「いまの、名探偵っぽくなかった?」


 それがなければ、満点だっただろう。天理も台無しだ、と力なく首を振る。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい。お願いされます」


 しかし、そうなのか。もう、夏休みなのか。


 七月の後半ぐらいから夏休みは始まる。だいたい、期末テストの二週間後ぐらいだ。もう二週間を切っている。精密検査、経過観察、リハビリをしていれば、終業式には間に合いそうにもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ