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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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37/99

まるで普通の人間ではないみたいな


 一同は織田高校の校舎を出た。高校の駐車場に駐めていた黒のハイエースに乗る。これは社用車でもあり、アイドルたちを乗せて現場まで運ぶことがある。事務所を出て天知宅のマンション、織田総合中央病院、そして織田高校まで、このハイエースで来ていた。


 そろそろ18時になりそうだった。夏前で日は延びているが、もう二、三十分もせずに沈むだろう。空は茜色だった。

 運転席に後藤が乗り込み、後ろに天知と天理が並ぶように座った。バックミラーで天知の顔色をうかがう。焦りがあるわけでも、確信があるわけでもないようだ。まあ、現場に一度訪れ、関係者から一度だけ話を聞いただけで女子高生が確信を持ってしまったら、警察の立つ瀬もないだろう。


「それで、どこへ行く」


 現場に訪れると言ったのは天知だ。次の行き先を尋ねた。


「わたしたちのマンションへ」

「もう終わりか? 何かわかったのか」

「本当は、アピアランスを見たかったのですが……後日でいいでしょう。時間が時間ですから」

「明日は土日。学校もないだろう。俺も休みだ」


 だから多少遅くなっても、お互い平気だろうとすこし食い下がってみた。


「土日だからですよ」


 どういう意味か。


「テスト明けにデートする約束なんですよ。せっかくの土日なんですから、今日は早めに寝るんです」


 天知が天理の手を握る。ねー? と同意を求めるように、愛らしい彼女のように笑って天理を覗き込む。バックミラー越しに、その天理と目が合った。


「すみません」

「……いや」


 事実、後藤ひとりではできることは限られている。警察でないのだから権利もない。高校を訪れて、用務員と養護教員から話を訊くのだって、一筋縄ではいかなかっただろう。在校生徒がやっているアイドル活動のマネージャーは、学校からすれば無条件で受け入れる対象ではない。現場を見ることだって、手順を踏む必要があったはずだ。

 つまり、後藤は天知の方針を決めることだって変えることはできない。依頼しているのはこちらだ。彼女たちの仕事に、後藤が無理を言って参加させてもらっているようなもの。極力、邪魔をしない。後藤の最低条件はそれだろう。


「今日のところは、かいくんの嘘を暴くことで手打ちにしてください」


 そうだった。天理には何か、嘘があるのだ。


「嘘じゃないけどな」

「じゃあ、隠しごと?」

「それが妥当なところか」


 通う高校での殺人未遂、同級生が危うく死にかけた、というのに、あまりにも暢気だ。もう言っても仕方ないことなのだろうけど。


「出発する」


 後藤は車を発進させた。


「さて、どうする? 自分から洗いざらい吐いてみる? それともわたしに絞り取られてみる? いつもみたいに」


 いつもみたいに? 後藤が疑問に思ったところを、天理は完全に無視した。


「後者で」

「もう。やっぱりかいくんは、わたしにお尻の下に敷いてもらいたいんだね」


 なんとなく、天知の言いたいことはわかった。いいところのお嬢様と言われても、格式ある家のご令嬢と言われても、納得しかない美少女の天知から出るにしては品のない言葉だ。だが彼女は楽しそうで、それは少女らしい。普通の女の子のようだ。後藤が口出しすることでないのは確実だった。


「単純に、俺がどこで下手を打ったか、後学のために訊いておこうと思ってだな」


 天理はげんなりしたように言った。自らの情事を暴露されているようなものなのだ。気分はよくないだろう。逆に、天知に羞恥心というものはないのだろうか。


「下手を打った、ね。その表現は正しくないかな。これに関しては、かいくんにはどうしようもなかったんだよ」


 まだ後藤には話が見えない。天理の隠しごと。どうしようもなかった。隠さざるを得なかったこととは。


「わたしたち高校生には、必須の持ち物がある。学生カバンだね」

「……そうか!」


 危うく、クラクションを鳴らすところだった。運転をしていなければ、拳を叩いていただろう。


「テストでも、文化祭とか体育祭とかでも、学生カバンを持ってこないことなんてない。でも、逢坂さんのカバンは、どこにもなかった」

「ロッカーや棚を調べたのは、そういうことだったんだな!?」

「ええ。もしもそこに残されていたなら、逢坂さんは帰るつもりでなかったと、行動は読み解けます。しかし残されていない。とすれば、逢坂さんは帰るつもりだった。そこで南階段を、何者かによって突き落とされた。その直後、かいくんが現れた。そこにはまだ、カバンはあった」


 天理から否定の言葉は出ない。


「用務員の田中さんが掃除をしている時も、カバンはなかったんです。もしも残されていれば、確保しますからね。大野先生もそれらしいものは見てない。つまり、かいくんが持ち去ったんです」

「俺じゃない可能性は?」


 そこで初めて、天理は反論をした。


「というと?」

「俺もずっと、逢坂のそばにいたわけじゃない。逢坂が階段を転がり落ちてから、俺が逢坂を発見するまでの間。大野先生を呼びに行っている間。もしかしたら、犯人は逢坂ともみ合いになり、カバンの奪い合いの形になり、突き落としてしまったのかもしれない」

「それだと、犯人に殺意はなく、あくまで事故だって言ってるよ。ならなんで、犯人は申し出ないの? 助けようともしないで、一目散に逃げてる」

「死んでると思った、俺の足音に気付いて、とか」

「う~ん」


 天知は前髪を手で撫でるようにして弄る。渋い反応だ。


「かいくんが言ったんじゃん。揉めているような感じはなかったって」


 天理は、自分の言葉でトドメを刺された形となる。後藤の記憶にもある。彼は逢坂を発見した時のことを、自ら語った。その際、『すくなくとも、俺は揉め事やそういう類いの悲鳴は聞こえなかった』と言った。

 もしも、犯人がいたのだとしたら、不意打ちで突き落としたことになる。悲鳴を上げる間もなく、もみ合う暇もなく。それは明確な殺意で、狙いはアイカの命となり、カバンは持ち去らない。


「なら、階段に落ちたアイカのそばにあるカバンを拾った、というのはどうだ?」


 天理の援護をするわけじゃないが、後藤は思いつきを言ってみた。


「わざわざ階段を降りて?」

「ないことでもないだろう」

「かいくんが駆け上がってくるのに?」

「……そうか」


 リスクが高すぎる。そこまでする理由も、やはりわからない。


「それに、かいくんが大野先生を呼びに行っている間、っていうのもないよ」

「どうして」

「そうなると、血の付き方が不自然」


 血の付き方。現場にある血の跡。拭き取られてピンクに近くなっている床を思い返してみる。


「かいくんが逢坂さんを発見した時、すでに血が流れている。カバンにも血がついてると考えるのが自然。そのカバンを運べば、階段に落ちるよ。でも、上りにも下りにも、それらしい血の跡はなかった。何かで包むほど用意がいいなら、学校で犯行に及ぶなんてリスクの高いことはしない。そもそも逢坂さんを殺したいならカバンを盗むことはしないし、カバンを盗むだけなら所持している状態から狙う必要はない。しかも、それはかいくんが気付かないってことになる。カバンの消失に。あり得ないよ」


 天理への信頼度の高さがうかがえる。もしも傍らにあるカバンを放置したまま保健室へ駆け出し、その隙に犯人がカバンを持ち去ったのであれば、天理はその違和感に気付く。気付かないはずがないと言っている。それを言い出さないということは、天理自身が持ち去って隠していたから。

 矛盾はないように見える。天知は、天理にまっすぐ視線を向けた。


「時間が空けば、カバンは吸った血を滴らせる。それがなかったということは、カバンが血を吸う前に、つまり逢坂さんが落下してから即座に、誰かがカバンを持ち去ったということになる。犯人にカバンを持ち去る理由がない。となれば、別の誰か。第三者。そして大野先生や田中さんの話を繋げると、かいくんしかいない」


 赤信号で止まる。バックミラーで天理を待った。すると、彼は前傾姿勢になった。屈むその体勢は、足元に手を伸ばすようだった。


「そう。俺が逢坂のカバンを持っていった」


 天理が持ち出し、自分の膝に乗せたのは、底面と持ち手が少量の血を吸って変色した青の学生カバン。アイカの物と思しきカバンだった。いつの間に持ち込んでいたのか。


「どういうことか、もう一度説明して?」


 天知に促される。天理は言葉を選ぶような間を取った。信号が青となり、後藤は前を向く。


「べつに、嘘はついてない。しろあの言った通りだ。俺は後頭部から血を流す逢坂を見つけた。そこにカバンもあった。すでに血を吸い始めてたよ。正直、俺はその時点で誰かわからなかったんだ。どこかの誰かさんが、女子の名前とか顔とか覚えてると怒るから、クラスメイトで見覚えはあるな、程度にしかならなかったんだ」


 どこかの誰かさんと強調して、天知に意味ありげな目を向けた。当の天知はすっとぼけている。天知は相当、嫉妬深いらしい。クラスメイトの名前と顔なんて、覚えない方が難しいだろうに。


「逢坂に呼びかけても返事はない。だから俺はカバンを借りた。階段を降りて、保健室に向かう道中、申し訳ないが物色させてもらった」

「そこでスマホも見つけたんだね?」

「そうだ」


 天理は驚いたようにも、睨みを利かせたようにも思えた。後藤は言う。


「どうしていまスマホが出てくる」

「最初にわたしがおかしいと思ったのは、かいくんが逢坂さんのスマホだけを持ってたから。スマホはカバンか、でなければ制服のポケット。でも、かいくんはそれをするかな? 意識を失ってる女子の身体を、まさぐるようなことするかな?」

「俺じゃなくてもしないだろ」


 ふつうに考えて、後頭部から大量出血をする、階段から転がり落ちたと思える女性を目の当たりにして、身体をまさぐろうと発想すらしないだろう。


「そう。だから、スマホはカバンにあったんだろうなって思った。でも、なら、なんでかいくんはそのカバンのことを言わないんだろう、持ってないんだろうって思った」

「だから、持ち去った……と?」


 天知の観察眼と、推理力には脱帽する。うわさが丸っきり嘘ということはなさそうだ。後藤はまるで気に留めなかった。


「しかもそのことは言わない。持ち去った事実を隠しているのだから、何かあるのだろうとは思った。だからわたしは、逃げ道を潰した」


 現場を見に行き、カバンがどこにもないことを確かめ、証言によって天理以外が不可能だと固めた。


「最初は学生証を探してたんだけど、これが一番に目に入ってきて」


 観念した天理は、天知にカバンの中身を見せるようにした。


「うわ、これは、ひどい……」


 悲壮な声をあげ、かさと紙の音が聞こえ、後藤は見ずともそれがわかった。たしかに、天理が形容に困ってこれと言うものだ。そして、同時に胸が痛くなる。


「言葉にするのもはばかられる物ばかりですね。早く辞めて、邪魔、死ね、尻軽、色目使うな、媚びやがって」

「言葉にするな」


 言った途端に言葉にする天知は、もうわざとだろう。天理はその天知の口を塞ぐように手で抑える。もごもごしていたが、突如、天理は飛び退くようにした。自分の手を見つめている。噛まれでもしたのだろうか。


「後藤さん、これらは?」


 バックミラーへ、天知は紙をいくつか掲げてみせた。後藤は頷く。


「ああ、それが、アイカへのいじめ、その一部だ」

「一部?」


 後藤はすこし悩む。


「ほかにもいくつか受けてきたいじめはある。だが、アイカ自身にそれを話させるのは酷というものだ。聞き出すことで、心にヒビが入るかもしれない。だから話せる程度しか聞いていない。きっと、俺が想像するよりもアイカは傷つき悩んでいるだろう。天知さんたちを信頼していないわけではないが、俺が勝手に話すのもはばかられる」

「なにも、犯人を特定して吊し上げればいいってものでもない」


 天知は何か言いたそうにしていたが、それよりも早く、天理は口止めするがごとく、言った。


「事件の形としては解決で、依頼としてはそれが頼まれたことかもしれないが、そのせいで逢坂がより、追い込まれることもありうる」


 天理の見解は、後藤の懸念と合致していた。大事にしたくない、というのもそこに絡んでいるのではないか、と独自の解釈もしている。


「そうなってもべつに、わたしたちに責任はないでしょ……」


 天知の言い分もまた、正しかった。彼女からすれば、面倒極まりない複雑な事案だろう。警察は事件があれば捜査し、司法は法律に照らし合わせて執行される。そこに同情の余地はない。

 だから後藤は、警察やそれらしい機関に頼まず、怪しい女子高生に頼んだ、とも言えるのだが。


「ふつうの人間はそこで、罪悪感とか責任感とか、感じるんだよ」


 それではまるで、天知が普通の人間ではないみたいではないか。まあ、彼女は傑出した容姿ではあるし、ふつうとは違うのかもしれないが。

 そんなことを思いながら、後藤はハンドルを握り直した。


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