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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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35/99

現場検証は捜査の基本(物証なし)


 アイカが病院に運び込まれたのは、金曜日だった。アイカの通う織田高校は期末テストだったらしく、この金曜が最終日だったようだ。


 お昼過ぎにほとんどの生徒が校舎をあとにしていた。残っているとしても一階の図書室か、部活に励んでいたらしい。校舎は一般棟と特別棟に別れていた。そのふたつの棟を結ぶ渡り廊下があり、見下ろすとロの形に似ている。実際に鳥瞰すると縦棒が長いので、Hに横棒がもう一本追加されていると思ってもいいのかもしれない。

 アイカが見つかったのはその一般棟の南階段。四階から三階へと降りる階段の踊り場。部活で校舎に残っている生徒もいたのだが、部室は特別棟の教室を使われているため、異変には救急車のサイレンでやっと気付いたらしい。

 教師もテストの採点で職員室にいるばかりで、やはり天理が気付かなければ、アイカの命は危うかったのだろう。


 後藤は、織田高校の一般棟南階段、四階から三階に降りる途中にある踊り場で、改めて天理からの詳細な説明を聞いていた。

 白い床には、拭き取った形跡が見て取れる薄らとした赤、もはやピンク色の不格好な円が、広がっていた。アイカがどのような体勢で倒れていたかが想像できてしまう。大量の出血に、顔をしかめてしまった。


「音がして、階段を駆け上がった。そしたら、逢坂が倒れていた」


 天理は制服を着替えていた。あの血が点々とした制服を着ているわけにはいかないだろう。深い青色をしたジャージに着替えている。上履きではなく、スリッパだった。


「何か、逢坂さんは言ってなかったの?」


 同じく現場で、天理が自分の行動を再現するのを見ていた天知は言った。彼女は制服のままだった。


「特に何も」

「かいくんが近づいたときに意識はあった?」

「いや、なかったな」

「もしも犯人を見ていれば、何か言っていたかもしれない……ということか」

「はい。ダイイングメッセージです」


 死んでないぞ、と天理はツッコむ。至って真面目で真顔に言うものだから、後藤はスルーしていた。


「じゃあ他に何と言えば」


 そう言われると、後藤も首を捻ってしまう。


「ふつうに最後の言葉とかでいいだろ」

「最期! かいくんもやっぱり殺してるじゃん」

「字が違う」


 あの家の天知と後藤に見せる天知と、天理への受け答えはやはり別人に思えた。


「暢気だな」


 バカップルを見ているようで、つい後藤は苦言を呈してしまう。ここには遊びに来たのではなく、実際の現場を見ればヒントが、何かしら証拠が残っていないかを探りに来たのだ。


「それとももう、何かわかったのか」


 天理は小さくすみません、と謝った。


「まあ、ここに証拠が残っているはずもないですから」


 身も蓋もないことを天知は言う。天理はふたたび、すみませんと謝った。

 階段を上り始める天知と天理。その背中を慌てて追いかけた。


「証拠が残っていない?」

「ええ。明らかに誰かが掃除してます。おそらく、かいくんが通報して救急車に逢坂さんと一緒に乗り込んだあと、教師の誰かが拭いたのでしょう。血溜まりを放置するわけにはいきませんからね。そこにもしも、あからさまな証拠が残っていても、その誰かが一緒に片付けてしまいます。それか、すこし気が回れば、回収してくれているはずです」

「なら、職員室にも行くのか?」

「はい」

「職員室は四階にあるのか?」

「まさか。一階ですよ」


 ならばなぜ、いま後藤たちは階段を上っているのか。その答えを、天知は語ってくれた。


「ここには認識のすり合わせと、確認に来ているのです」


 四階に到着。左手にはスライドドアがある。外へ出られるようだ。屋上という扱いになるのだろうか。渡り廊下の上を歩くことで、特別棟に渡ることができるようだ。右に折れるとトイレを右手にする形になり、左手側に長い廊下が続いている。


 天知は左手にあるスライドドアに一度、手をかけた。がたがたと硬い音がする。施錠されていた。


「ここの鍵は、内側からも外側からも施錠できるんだね」

「鍵がいるみたいだな」


 もしもここを移動して特別棟に逃げた人がいたとしても、鍵が必要になってくる、と。


 天知は廊下のほうへ折れていった。


「一年生のテストは正午過ぎに終わりました。わたしも、かいくんも受けました。二年生や三年生は文理選択、選択科目によって一日のテスト数が左右されるようですけど、わたしたち一年生にはまだありません。つまり、一年生全員は正午過ぎにテストを終え、遅くとも12時半には放課となったはずです」

「正確には覚えていないが、間違ってないと思う。俺たちもそのぐらいに終わった」


 そうだ。天理はアイカのクラスメイト。同じクラス。となれば、放課になったタイミングも同じ。

 天知は軽く頷く。


「後藤さん。かいくんからの電話があったのはいつのことです?」


 スマホから履歴を遡る。16時を過ぎていた。


「16時過ぎだ」

「かいくんが連絡したのは、病院に運び込まれ、逢坂さんの手術が終わり、とりあえず落ち着いたところ、で合ってる?」

「ああ」

「で、あれば、逢坂さんは何をしていたんだろうね。放課となってから、すくなく見積もっても3時まで。放課後、三時間弱もの時間、いったい何を」


 天理は天知の視線を受け、天井を見上げる。


「居眠りしてたとかじゃないか?」

「家に帰ってから寝ればいいでしょ。なんでわざわざ、学校で寝るの」

「どうしようもないほどの眠気に襲われたとか」

「放課後だよ? 周りうるさいよ?」


 たしかに、授業中なら眠気に抗えずに眠ってしまう経験も、後藤にはあった。しかし放課後で、帰ってもいいのだったら、帰ってから寝ようとするだろう。帰宅や部活、雑談と騒がしいであろう教室で眠ろうとはしない。それでも、ぜったいではないが。


「第一、そう見えたの?」

「いや、べつにそんなことはなかったな。教科書読んでた」


 すると、天知は天理の足を蹴った。


「なんで蹴った」

「なんで他の女を見てるの!」

「とんでもない罠だったな」


 どうやら天知は嫉妬深いらしい。さらに女の子らしい一面が増えた。


「教科書読んでたっていうのは、どういうことなんだ?」

「どうと言われても……それ以上でもそれ以下でもないと思うんですけど……」


 本当だろうか。天知の顔色をうかがっているのではないのか。


「わたしは、誰かと一緒だったんだと思う」


 一年三組の表札を見上げる。そこは天理と、アイカのクラスだ。


「正確には、誰かを待っていたんだよ」


 扉に手をかけ、教室へ入る。後藤は繰り返した。


「誰かを待っていた?」

「一緒に帰る約束でもしていたのか、はたまた呼び出しでも受けていたのか……それは逢坂さんにしかわからないことですけれど、だから逢坂さんは、放課後になっても教室で教科書を開いていた。教室から人がいなくなるのを、待っていたんですよ」


 天知は教室に入ると迷うことなく、ひとつの教室に進んだ。その教室の引き出しを目で見て手で触って、ひっくり返すようにして確かめる。しかし埃やカスが落ちるだけ。


「まあ、テストでしたからね。そりゃ机の中身は空っぽだ」


 次いで、教室の後ろに向かった。正面にある黒板と違って小さな黒板だ。そこにはお知らせや、部活の宣伝が貼り付けられていた。胸よりも上に黒板があれば、その腰よりも下には棚がある。奥に長い棚は、学生カバンがすっぽり入れられそうだ。どうやらその棚は一生徒にひとつずつ与えられたもののようで、出席番号らしきシールが貼ってある。


「まあ、ここも片付けるように言われてたしね」


 逢坂愛花。出席番号は早い方だろう。二桁になるはずがない。アイカの棚を覗いた天知は、そのまま平行移動して全ての棚を確かめた。収穫はないらしい。


「何を探してるんだ?」


 天理の問いは、後藤の胸中を支配するものと同じだった。


「呼び出しなら、告白。口で言ったのか、スマホだったか、手紙だったか。手紙なら、机にあるかもしれないって思ったんだけどね」


 放課後、校舎裏に来てください。教室に来てください。定番な告白の呼び出し文句で、それが紙切れであろうことも、机の中に忍ばせてあるであろうことも、後藤には自然と飲み込めた。


「あとは……廊下か」


 教室はもう充分なのだろうか。廊下に出て行く天知を見送り、後藤は教室を一望した。懐かしい思い出が蘇ってくる。まさか大人になって、教室を訪れることになるとは思わなかった。


 天理の証言通り、放課後となって騒がしい教室で、自分の席に座って教科書を開くアイカを想像してみる。テスト終わりというのなら、自己採点でもしていたのだろうか。お昼過ぎにテストが終わった、それならテストは四つぐらいか。自己採点をしていると、教室から人が減っていく。そうすると静かになっていく。静かな教室で、アイカは眠ってしまった。この流れだと、アイカは一人だったとしても、不思議じゃない気がしてくるのだが。


 教室の扉に手をつく。天知は廊下にあるロッカーの前でしゃがんでいた。扉は開いている。机や棚と違って、空っぽということではないらしい。しかしめぼしいものはないのか、ひとつ息を吐くと扉を閉めた。


「呼び出しじゃない、となれば……誰かを待っていたということになる。逢坂さんの交友関係は?」

「そこまでは知らない」

「だよね!」

「なんで嬉しそうなんだよ」

「もし知ってたら百裂拳だよ。すでに死んでるよ」

「なんでケンシロウなんだよ」


 本当になぜケンシロウなのだろう。渋い趣味だ。


「後藤さんは?」

「さすがに、プライベートのことまでは」


 あくまでマネージャーとアイドルという関係。後藤が知っているのはアイカであって、逢坂愛花のことではない。


「ふぅむ。物証はない、か……」


 天知は教室も用済みと、歩き出した。後藤は天理と一緒に追いかける。今度は例の南階段ではなく、北階段を使って降り始めた。


「ひとつ、気になったんだが」

「どうぞ」

「いや。天知さんじゃなく」


 天理が、俺? とこちらを向く。目を丸くしていたのかもしれないし、鋭い眼差しをしていたのかもしれない。いずれにしろ、前髪が隠してしまっている。後藤にとって不都合だ。虚を突いても、変化を掴めないのだから。


「天理さんは、何か部活を?」

「いえ。帰宅部です」

「なら、どうして校舎に残っていたんですか?」


 天理から即答はなかった。後藤は畳み掛けるように続ける。


「アイカが放課後、テストが終わって三時間をここで過ごしているのが不自然、と言ったのは天知さんです。それなら、それは、天理さんにも通じる」


 たったいま、天理は帰宅部と言った。それなら、他に残る理由は考えられない。まさか眠っていたのだろうか。


「忘れ物を取りに戻っただけですよ」


 嘘かどうかの、判別はつかない。その真偽を確かめる術も、残念ながらなかった。


「では、もうひとつ」

「ひとつじゃなかったんですか」

「どうして、自分に電話をしたのでしょう」


 後藤は無視して問いかけた。

 前を歩く天知は、口を挟んでこない。将来を誓った相手が疑われることに不本意と言ったのだから、小言を言われるかと思っていたのだが、そんなことはなかった。

 天理の目は前髪に隠れてわかりやすい反応は得られない。天知も、後頭部、つむじしか見えず、どんな表情をしているかはわからない。連絡をくれて助かった。後藤にとってありがたいことだったから疑うことすらしなかったのだが、よくよく考えてみるとおかしい。


「まずはこういった場合、両親に電話をするべきじゃないんですか」

「両親には学校の方から連絡が行きましたよ」

「ならそれで充分なはずです。なぜわざわざ、自分に連絡を寄越したのか。名前だけでは、関係性も明らかではないはず。それとも、アイカがアイドルで、自分がマネージャーだと、知っていたんですか」


 アイカのスマホの中には、後藤以外の連絡先もあったはずだ。その中で、後藤秀樹を選び電話をかけ、事の顛末を伝えた理由とは、いったい何だったのか。後藤だったからすぐに病院へ行ったが、関係性が希薄であれば、急に呼び出されても困ってしまうこともあるだろう。

 アイカも、学校には話を通しているらしいが、クラスメイトに宣伝するような真似はしていない。それとも、ふたりは特別親しい関係なのだろうか。


「いいえ。逢坂がアイドルをやっているだなんて、知りませんでしたよ」


 後藤の疑いは深まる。


「ただ、今日、しろあの元をあなたたちが訪ねると、知っていただけです」

「え?」

「わたしたちは将来を誓ってますからね。同棲してますし、あの家はわたしたちの愛の巣です」

「悲しいことに」

「嬉しいことに、ね」


 東城も後藤も、その日に突然、家の扉を叩くような行為はしない。事前にアポイントメントは取っている。相手はある界隈では名の通った大物で、ゴマを擦っていた東城が礼節を欠くこともしない。自分の名前と、後藤のことも伝えていたのだろう。彼氏か、許嫁か、それに近しい相手に伝えるのも、不自然ではない、か……。


「本当は、あの場に自分も同席するはずだったんです。ですが忘れ物を取りに学校へ戻っていて、そうしたらあの惨状に出くわしてしまったので……」


 天知がのらりくらりと躱し、依頼に拒否も承諾もはっきりとした意志表示をしなかったのは、天理を待っていたからなのだろうか?


「後藤さんと、東城社長の名前だけは知っていましたから。逢坂のスマホにその名前があって、もしかしたら、と電話したんです」

「……そうでしたか」


 不自然なところは、ない……か? もしもこれが嘘なら、淀みがない。本当のことを言っていると思って、いいだろうか。


「すみません。疑ってしまって」

「いいんですよ」


 と、断ったのは、天知だった。

 天知は怒っていたわけじゃないらしい。未だ後頭部とつむじしか見えないが、どんな表情をしているかはわかった。彼女は笑っていた。くすくすと少女らしく、声を出して笑っていたのだ。


「だって、かいくん嘘ついてますから」


 天理の目ももちろん、前髪に隠れている。しかし、強張ったのは、わかった。


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