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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
逢坂愛花はアイドルである
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33/99

警察や政治家が頼る奥の手


 後藤は、釈然としていなかった。苛立っていた、とも言えた。それを、自分よりも半分しか生きていないであろう小さな少女へ、隠しもしなかった。そうすることで、抗議をしているつもりでもあった。となりに座る社長に対して。


「まあまあ、そう言わず。どうか、このとーり」


 先ほどから、こうだ。後藤は、懸命にため息を飲み込んだ。


 後藤の勤める事務所はアピアランスという。誰しもが知る大手の事務所ではないが、その道の者なら一度は耳にしたことがあるであろうアイドル事務所だ。後藤はそのアイドル事務所の社員で、マネージャーを務めていた。今年24歳。独身。きっちりとスーツを着こなし、見た目からも想像できるとおり、自他共に生真面目を認める性格だった。


 となりに座るのが、東城英二。後藤の勤める芸能プロダクション、アピアランスの社長だ。今年44歳。バツイチと同僚から聞いたことがある。へらへらとした笑みを引っ提げ、一生懸命にゴマを擦っている。今時、珍しいだろう。手をすり合わせて機嫌をうかがうのなんて。


「こんな人生経験も浅い高校生に、大の大人が媚び諂って、恥ずかしくないんですか」


 不遜な物言いをするのは、東城がゴマを擦ってご機嫌を取る相手だった。


 ここはマンションの一部屋だった。家主であろう彼女は、ソファーで足を組み替えると、ティーカップを優雅に口へ持っていった。

 オフィスでも仕事のために借りたのでもなく、生活感が感じられた。ここで普通に過ごしているのだろう。リビングではあったが他人の家に、しかも女子高生の家にお邪魔するのは、緊張した。仕事柄、年下の女の子と呼べる相手と関係を持っているが、だからこそ、一定の線引きはしていた。


「と、そちらの後藤さんは言いたげのようですよ?」


 カップから口を離した少女は、後藤の顔を見てそっと笑う。言い訳も何も出なかった。図星だったからだ。横目で東城を見やる。しかし東城は、気にしていない。もしくは、彼自身も心のどこかでそう思っているからか。


「いや、すみませんね。まだ彼は、新人でして」

「わたしに嘘は通じませんからね?」


 にこりと微笑む少女に、東城がすこし仰け反った。ははは、と乾いた笑みを漏らす。

 彼女は高校生と自称した。訪れる前から、東城からもそう聞いていた。その時点で疑いが色濃くなっていったのだが、こうして相対すると、後藤は疑いを確信し、少女と東城へ、苛立ちを隠さずにはいられなかった。

 ふざけている場合では、ないのだ。


「天知さん……でしたか」


 後藤は口を開いた。問い詰めるような声音だったと自覚していたが、抑えるつもりもなかった。

 天知、フルネームで天知しろあ。彼女は目を伏せて促す。


「社長から、あなたのことを教えられました」

「ほう。どんな風にでしょう」

「失礼のないように。彼女に嘘は通じない。心が読めるのだ。……と」


 後藤は批判するような眼差しで、天知を睨んだ。

 身長差は30センチはあろうか。生真面目な顔は強面とも解釈できる。その後藤に睨まれても、天知はどこ吹く風。何が面白いのか、口角をあげた。


「わたしに心なんて、読めませんよ」

「ええ。そうでしょう」

「どこかで尾ひれ背びれがついたのでしょう」

「ええ。それがうわさというものです」


 天知しろあ。美少女だった。しかし単に美少女と御していいのか怪しいところもあった。さらりと音を奏でそうな白髪は肩で切り揃えられ、青い瞳は晴れ渡る空のように澄んでいた。百年に一度の花、千年に一度の奇跡と銘打つアイドルが多いが、それなら天知は、人類史の結晶と呼んでいいだろう。数多のアイドルを担当し、分析してきた後藤にそう思わせてしまった。それはかえって、不気味に映った。この世の者じゃない、人間じゃないような気がしてしまったのだ。

 もしかすれば、後藤の苛立ちは、自己防衛の一種だったのかもしれない。


「しかし実績はあるようです」


 天知しろあは、ある界隈では名が通っていた。

 なんでも、警察が何十年と解決できなかった事件を、解き明かしてしまったとか。なんでも、政治家が最後の手段、奥の手として、縋るとか。十中八九、盛った話だ。こんなか弱く幼い女子高生に、警察が、政治家が頼るだろうか。

 それらは、宣伝目的で流した嘘に過ぎない。しかし実際、天知には実績があった。政治家が、警察が、とかではない。八方塞がりとなり、警察や探偵に依頼をしても門前払いとなってしまった事案を、彼女は一晩で解決してしまったらしい。それもまたうわさで、人によってその事案も違ってくるらしいのだが。

 ネットにホームページがあるとかではない。訪れた場所はマンションの一室であり、事務所を構えているわけでもない。つまり、彼女に辿り着く方法は限られている。それは、彼女に依頼したことがある人から聞く、すなわち、口コミだ。東城も、知り合いに彼女の存在を聞いたと言っていた。


 後藤はひとつ息を吐く。


「正直、私はあなたを信じ切れていません。ウチのアイカを任せるには、少々、心許ないからです」


 となりで東城が、狼狽えた。しかし後藤は天知の機嫌を取ることもせず、正面から向かい合った。


「もうすこし、私のガタイがよかったら変わっていたでしょうか?」

「何かしら、武の心得とかがあると嬉しいのですが」

「残念ですが、ありませんね」


 後藤は曖昧に笑った。


「そもそも、わたしが売り込みをしているわけではありませんし」


 天知が困ったと言いたげに、眉を八の字にした。


「あなた方の、その……アイカ? さんがどうなろうと、関係ありませんよね?」


 その通り。ここへ、東城と後藤は訪れた。自ら訪れたのだ。呼ばれたのではない。こちらが、お願いしている側だ。


「どこから聞きつけたのか、あなた方のような人が多いのです。わたしはべつに探偵を名乗っているわけでも、便利屋という職に就いているわけでもありません。偶然の縁や、友人知人の悩みに乗っているだけ。なのに、いつしか、依頼すれば何でも解決してくれると勘違いした人が、こうしてやってくるのです」


 天知は辟易とした様子で首を振る。まるで何百年と生き、あらゆる諍いを見てきた長老のようだった。


「おふたりの困りごとは、たしか……アイドルグループ内でのいじめ、でしたか。被害者はアイカというアイドル。誰が犯人なのかを、突き止めてほしい」

「できれば、穏便に」


 東城が口を挟んだ。


「まあ、イメージ商売ですからね」


 天知はひとりで納得した。東城が、自社内でのいじめが公表され、アピアランスの看板に汚名が着せられることを避けたいと考えている、とでも思ったのだろう。昨今は芸能界に限らず、清廉潔白を求められる。いつでも誰でも暴露できる恐ろしい世界だ。そしてそれが正しく暴露されることは、ほとんどない。


「それだけじゃない。俺には責任がある」


 そう。アイカをアイドルに引き込んだのは、他ならぬ後藤自身だった。街で見かけ、無視できる逸材ではなかったのだ。


「アイカをアイドルにしたのは俺だ。その責任が俺にはある。アイカは……変わってしまった。無理もない。もう、アイドルはやりたくないのだとしても、辞めるのだとしても、止められる立場じゃない。だが、けじめはつけないといけない。アイドルの前にひとりの人間だ。せめて、問題を解決する。しなければならない」


 キッチンから、ひとりの女性が歩いてきた。苦労していそうな女性だ。肌は青白いというのに、目には深い隈がある。控えめに言っても不健康だ。


「ありがとうございます、佐白先生」


 天知は彼女のことを、佐白先生と呼んだ。先生。母親ではないし、保護者でもないらしい。学生と教師が、ひとつ屋根の下というのはどこか勘ぐってしまう。

 天知は佐白が持って来たお盆から、ひとつクッキーを取り出す。透明な袋は中が透けていた。チョコクッキーだ。


「おふたりも、よかったらどうぞ」


 東城はこれはどうも、とクッキーを手に取った。後藤も、勧められたのを断るのも失礼かと、遅れて手を伸ばす。

 一足先に口に含む天知。小さな口で啄むその寸前、彼女は思い出したかのように言った。


「ああ、後藤さん。そうです。スマホ、確認した方がよろしいかもしれませんよ」


 サクッと、クッキーを味わう天知。後藤は困惑を逃れられなかった。

 ここに来る前、東城からはスマホの電源を切るように言われていた。しかし仕事の連絡もある。緊急を要するかもしれない。後藤は頷きながらも、マナーモードに切り替えるだけに留めていた。

 東城の叱るような視線を無視しつつ、ポケットからスマホを取る。驚いた。何度も連絡が入っている。この十分間で、同じ人から。しかもその相手は、件のアイカ本人からだった。


「失礼」


 断ってから、後藤はリビングを出た。玄関前に立つ。ここなら話は聞こえないだろう。折り返した。ワンコールで、繋がった。


「アイカか。すまない立て込んでて。どうした……」


 息巻いてから、後藤は感じた。違うと。この通話の先にいるのは、アイカではない。


「誰だ」


 やがて、


「すみません。自分、逢坂さんのクラスメイトでして」


 男はそう名乗った。騙っている様子はなく、剣呑な雰囲気もなく、後藤の早とちりだったらしい。


「あ、ああ。そうでしたか。すみません」


 この時の後藤は、軽く考えていた。


「それで、どうしましたか」


 学校にスマホを忘れたとか、そういうことだろうと。


「いま、逢坂さんは病院に運ばれたところです」

「……はい?」


 だから病院と発言には、耳を疑った。激しいアトラクションにでも乗っているようだ。上げて下がったところで、また上げられた。乱高下だ。気持ち悪い。相手にそんなつもりがないことはわかったが、後藤は訊き返さずにいられなかった。


「ど、どういうことですか。病院? なにが……アイカは、無事なんですか」

「手術は終わってます。命に別状はないみたいで、いまは病室で眠ってます」

「しゅっ」


 手術? 大袈裟なのか……それとも、それだけ深刻な状況なのか。命に別状がないと言われても、心は安まらなかった。


「電話口で言うよりも、来てもらった方がいいと思うので。織田総合病院です。どのくらいで来られますか」

「あ、ここからなら、その……十分もあれば」

「わかりました。自分は天理です。待ってます」


 後藤は考える暇もなく、答えていた。電話は切れる。高校生の男子にしては落ち着いていた。アイカのクラスメイトなら高一だろう。大人としての意地が残っていたのか、後藤は取り乱れることはなかった。


 急ぎリビングに戻る。未だ、東城は交渉しているようだった。ゴマを擦り機嫌を取り、それに天知はのらりくらりと躱している。乗り気じゃない態度を醸し出しながらも、はっきりと断ることはしない。

 後藤はふたりのやり取りをばっさりと切り捨てた。


「社長。いまアイカから連絡がありました。病院に運ばれたようです」


 東城も後藤のように、病院という穏やかでない言葉に目の色を変える。天知は静かだった。二つ目のクッキーに手を伸ばしている。いくら赤の他人とはいえ、病院に運ばれたと聞けば多少は心配もするだろう。天知にはそれがなかった。そういえば、スマホを確認するように言ったのは彼女だ。その助言は、まるで、彼女はすべて知っているかのようだった。


「そ、それで。どうした、何があった」


 立ち上がる東城を宥めるように、後藤は言う。


「いえ。それが自分もよくわからず。電話は本人ではなく、クラスメイトからでして。電話で話すよりも直接と」

「ああ。それで、どこだ」

「織田総合病院」

「えぇ……?」


 東城はふり返った。答えたのが後藤ではなかったからだ。アイカの運び込まれた病院を言い当てたのは、天知だった。

 彼女は静かだった。しかし、そこには冷たさがあった。不機嫌だったのだろうか。彼女の機嫌のいい顔を見たことがないためわからない。もしかしたらいまになって、アイカへの気遣いが湧いたのか。


「急ぎましょう。車ならすぐです」


 天知も同乗する気満々だった。学校帰りでワイシャツとスカートだけだった天知は、ハンガーに掛かっていたブレザーへ袖を通す。すでに玄関では靴を履いていた。


「何をしているんですか。早くしてください」


 天知に急かされ、東城も後藤も慌てて準備をした。


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