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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
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30/99

人間社会の面倒なところ


 そわそわしていた。


 エレベーターの中で、しろあは前髪をちょいちょいと直しつつ、心落ち着かなかった。2階、3階と上昇を教えてくれるパネルは、いつもより緩やかな気がする。理由は、明白だ。となりにいるかいくんが、それはもうわかりやすく、不機嫌だったからだ。


「なにか、怒ってる?」

「ああ、怒ってる」

「なにに怒ってるの?」

「なにに、怒ってると思う?」


 ささっと前髪を弄った。

 怒ってはいるらしいけれど、カバンは持ってくれている。そしてかいくんは、理不尽に怒ったりはしない。なにか、怒らせる理由があったのだ。はてさて、何だろう。


「俺、いちおう怒ってるんだけど」

「うん、わかってる」

「のに、なんでそんなニマニマしてるの」

「頭の中がかいくんでいっぱいだから」

「幸せなやつだな」


 手を握ろうと伸ばしかけたところで、エレベーターは止まった。到着してしまったようだ。中途半端だ、まったく。


 かいくんに鍵を開けてもらい、家へ帰る。いつものように靴を脱ぎ捨てると、かいくんはぶつくさ言いながらも揃えてくれる。足跡のように脱いだニーハイも拾ってくれる。


「ただいま~」

「おかえりなさい」

「だからなんでいるの佐白ちゃん!」


 今日はキッチンにいなかった。リビングのソファーでぬいぐるみを抱きながら、テレビを見ている。ここはかいくんとふたりの愛の巣だというのに、ここ最近、球技大会付近から、ほぼ毎日佐白ちゃんは家に来ている。


「言っていいのか」


 佐白ちゃんはしろあより後ろ、かいくんに確認を取った。


「それ言ったら、もう言ってるようなもんじゃないですか」


 かいくんは苦笑い。そういう、佐白ちゃんの不器用なところはいつもは減点だが、今日ばかりは二重丸を差し上げよう。


「天理に頼まれたんです。ここ最近、すこし忙しくなるかもしれないから、遅れそうだったら夕飯を作ってくれ、しろあ様の面倒を見てくれ、と」

「ほほう……??」


 ここ最近、忙しくなる……。


 ブレザーをハンガーにかけたかいくんは、すでに洗面台に移動している。しろあもあとを追った。


「かいくん、かいくんや」

「なんだいしろあ」

「最近、忙しいらしいじゃない」

「そう。でももう終わったから平気」

「浮気!?」

「手を洗いながら、飛ばした三つぐらいのステップを是非とも教えてくれ」


 かいくんはしろあの後ろに立つ。かいくんの胸辺りに、しろあの頭が来るような身長差だ。かいくんはしろあの袖を捲ると、手を挟む。ふたりで手があわあわになる。包まれている感覚がしてしろあは上機嫌。


「だってここ最近って言えば、あったことは倉賀野ちゃんのことでしょ? わたしに内緒で連絡を取ってたんでしょ? これって浮気でしょ?」

「まず倉賀野の件はここ最近じゃない。連絡もしろあガン見だった。友達付き合いはさせてくれ」

「浮気するやつはみんなそう言うんだ!」


 後頭部で頭突き。けっこういいところに入ったらしい。痛そうだ。ざまあみろ。


「はあ……ここ最近って、もっとあっただろ。もう、というかいま終わったことが」

「……三浦くんのこと?」

「考えないと出てこないことなんだな……」


 辟易してる。


「それこそここ最近のことじゃないからね。一ヶ月も前から、わたしはこうなるために動いてた」

「それはご苦労なことで」

「だからエネルギー充填。ぎゅーっ」


 抱きつく。離される。手をタオルで拭かれる。

 洗面台を離れ、リビングへ。この話をするのなら、佐白ちゃんにもしたほうがいい。社会的にはしろあもかいくんもまだ高校生。大人である佐白ちゃんには、話を通しておいたほうが何かと好都合。

 テレビを消す。


「あ……」


 悲しげな声を漏らす佐白ちゃんに、しろあは一言。


「お話があります」




 しろあの渡した録音機とスマホから、佐白ちゃんはある程度事情を把握したようだ。


「なるほど。事情は把握した。なにかあれば、私もサポートに回ろう」

「すみません。お願いします、佐白先生」

「気にするな。しかしなかなかあくどいものだな、三浦という男は」

「うん。面倒だったよ。もっとこう、わたしの持ち物を盗むとかなら窃盗で現行犯タイホー! もできたんだけど。まさかのストーカーを自作自演だなんて。盛大なマッチポンプだ」


 やれやれだとしろあも肩をすくめる。


「だが、なるほどな。これで天理の行動の意味も紐解ける」

「かいくんの?」


 のほほんと倉賀野ちゃんと浮気していた以外に、なにかあったのだろうか。


「はい。しろあ様はきっと、天理に言っていないのでしょう。今回の件」

「うん、言ってないよ」


 だから様をつけるなと言っているのだが、話の腰を折るのも嫌だったので答えた。


「かいくんが加わると面倒なことになるからねー」

「平和的解決にしてるだけなんだけどな」

「じゃああののびてたふたりはどうしたの」


 引きずってきた前野と岡部。平和的解決に、気絶は相容れない。


「見つけたときにはもうすでに」


 手を合わせる。ご臨終です。なんとも下手な嘘だ。


「かいくんが浮気してた間、わたしは懸命に悪者と格闘していたんだよ。今日は一日中甘やかしてもらうから!」


 すっとかいくんは立ち上がった。


「佐白先生、なにか飲みますか」

「コーヒー」

「わたしコーラ!」


 かいくんはキッチンに立って湯を沸かす。


「でも、ひとつ不思議なのは、けっきょくあの一回目のストーカーは誰だったんだろうなあって」


 天井に視線を向ける。佐白ちゃんは鼻で笑った。


「知ればいいじゃないですか」

「なんかそれは、負けた気がする」

「誰と戦ってるんですか」


 べつに誰との戦いでもない。ただ、知る限り、あれは前野でも岡部でもなかった。三浦の慌てっぷりも本物だった。当然だろう。彼らの作戦に最も邪魔なのは、本物のストーカーなのだから。


「あれが本物のストーカーだったら、三浦くんの存在は意味を成さない。彼らの作戦では、前野くんか岡部くん、あるいはふたりでストーカー役をすることになっていた。そこで三浦くんが救世主として現れて、奮闘する。ストーカーに有効な助言をしたり、時には身を挺して庇ったり」

「ですがそれが本物のストーカーだったなら」

「うん、そう。べつに三浦くんの助言は効果を発揮しない。何を持っているかわからない不審者相手に、庇うこともできない。結果、わたしは大人しく警察に助けを求めに行く。三浦くんに寄り掛かることもない」

「すると、彼らの作戦は瓦解。最悪、お縄につく」


 そういうことだ。彼らの作戦上、本物のストーカーこそが最大の障害になり得るのだ。


「だからあのストーカーは誰だったのか……いやー困った困った。ヒントがなさすぎる」


 かいくんがコーラを持って来てくれた。二リットルのペットボトル。コップはいらない。ポテチはもらう。


「ありが」

「言われてるぞ、ストーカーさん」


 唖然とする。開いた口が塞がらないとはこのことか。かいくんは観念したかのような面をしていた。


「やっぱり、わかりますか」

「ああ。お前は、しろあ様のことを見守っていたんだろ。そのあとに、三浦のことも監視していたに違いない。だから、忙しかったんだ」

「浮気じゃなかったんだ……!」

「まだ言ってるのかよっ」


 ポットが音を立てている。かいくんはキッチンに戻った。


「でもなんで? なんでストーカー紛いなことをしたの?」

「それは、さっき佐白先生が言っただろ」


 もう一回言ってほしい、とかわいくおねだり。


「本物のストーカーが現れることが、三浦たちにとって最も障害になるから。それだけで、作戦は破綻するから。そうだろう」

「まっ、そういうことですかね」


 湯気の立つカップを、かいくんは佐白ちゃんの前に置く。しろあと同じ黒い液体だが、あれは苦味しかない最悪の味だ。


「でも、なんで? わたし、かいくんに何も言ってないよ?」

「それは、あなたと同じでしょう」

「わたしと?」

「ええ」


 佐白ちゃんは息を吹きかけ、すこしだけコーヒーを啜った。


「天理は倉賀野のことを言ってない。しかししろあ様は気付いた。それは天理のことをよく見ているから。天理に近づく異性がいたら、その気配を感じたら、調べ上げてはね除ける」

「そ・れ・って~~……!?」

「そういうことです」


 最後に、かいくんは自分のカップを持って来た。しろあはにんまりする。


「かいくんってばわたしのこと好きすぎるでしょ~!」


 抱きつく。


「溢れる!」


 躱された。痛い。




「むふふふ……」


 すりすりとしろあはかいくんの胸に頬ずりをかました。


「佐白先生、なにか言いましたか」

「なにも言っていない」

「絶対嘘だ……」

「ただ、実は天理もしろあ様のことをとてもとても愛しているということを教えてあげただけだ」

「知ってるよ。こういうの、ツンデレって言うんだよね?」


 かいくんは、ホットココアを啜る。


「なら、最後まで言うけど」

「うんー」

「しろあ、今回のやり方はダメだ」

「えぇ~何がぁー?」

「しろあはもう、神様じゃない。ふつうの人間だ。ふつうに恋もする女の子になった。そうだろ?」


 頬ずりを、やめる。


「たしかに、いまのしろあはまだ力がある。でも何でも知ってるわけではないし、何でもできるわけではない。たとえどれだけ相手を完封する罠を周到に用意していても、あの場で、三浦が衝動的な行動に出ていれば、しろあはただじゃ済まない。そこらの男子高生に、力では勝てないんだ」


 そこで、ひとつ区切る。かいくんはどこか不安げに、瞳を揺らした。


「もしも俺があそこで三浦を止めなかったら、どうするつもりだったんだ」


 なにも考えていないと思っているのだろうか。それは心外だ。


「もちろん考えてたよ。あそこで、もしも三浦くんがわたしを抑えつけて殴りつける。これすなわち暴行。骨が折れる内臓が傷つく。これすなわち傷害。もしも押し倒されたなら強姦未遂。挿入まであったなら強姦」


 しろあは拳と拳を合わせる。


「逮捕。懲役刑です」


 むしろ、かいくんが来たせいで、彼らは何のお咎めもなしなのだ。これに懲りて反省するか、いつ暴露されるか生きた心地がしない生活に退学を選ぶかも知れないが、牢屋よりは何倍もマシだろう。そして、逆上という可能性だってあり得る。反省のはの字も知らないことだってあり得るのだ。


「……?」


 かいくんは自分が来なかったらどうするんだと言った。だから考えはあったと言った。だが、かいくんのみならず、佐白ちゃんまでもが、言葉を失っていた。


「それは、つまり……しろあは自分に危害が加わるとわかって、あえて挑発していたのか」

「まあ、そういうことになるのかな?」

「どうしてそんな……いや。もっと自分のことを大事にしろよ」

「してるよ?」


 してるが、狡猾な彼らに人間社会的制裁を加えるにはこうするのがベストだったのだ。


「人間って面倒、人間社会はもっと面倒。わたしが知ってるんだから、それがすべてなんだよ。あれは、女の敵」

「……今回は、なにを知ったんだ」

「三浦くんたちあの三人組。これが初犯じゃないよ」

「それって……」


 しろあは頷く。


「中学時代にも、同じことしてる。マッチポンプでストーカーをでっち上げて、半ば洗脳状態。人間不信になった女の子がいる。その子はいまも家から出られなくて、高校には行けてない。その元凶である彼は、懲りずにまた同じことをしようとしてる。許せないよ」


 かいくんにちょっかいをかけてくる倉賀野ちゃんのことを知ろうとしただけなのに、芋づる式に彼らの裏の顔を知ってしまった。とても見過ごせなかったし、見過ごしていれば倉賀野ちゃんも、そして長期的にしろあも狙われていた。かいくんとの楽しい高校生活は邪魔されたくない。


「犯罪の前兆を見つけても、法律では裁けないし警察は逮捕もできない。だからわたしが刺激してその予定を早めてあげなくちゃならない。予兆じゃなくて、犯罪にしないといけない。全部知ってても証拠がないとわたしの証言には信憑性もないから、敢えて泳がしてボロを出させないといけない。過去にあくどいことをやっていても、被害者が泣き寝入り、気力がないってことで無罪放免になってる人もいる。ならべつの罪で罰を与える」


 未遂と既遂では本質的には同じなのに前者のほうが罪は軽い。中学時代に同じ手段で手に入れた三浦の元彼女の件に対してしろあが罪を問うことはできない。よって、すこしでも重い罪にしようと思って、かいくんには伝えなかったのだ。


 難しい顔をした後、苦渋の決断の末、かいくんは重々しく溜め息をついた。


「まあ、わかったよ。じゃあ、もう、怒らない」


 かいくんが怒っていた原因とは、こういうことだったのか。

 怒っていた理由はわかったが、しかしどうしてそれで怒られるのかまでは、やっぱりわからなかった。


「代わりに、悲しむ」

「どうしてそうなった」

「今後、自分の身体を囮にするような真似はしないって誓わない限り、俺は悲しむ」

「私も悲しんでいいか」

「ぜひ。では、佐白先生も。どうぞご一緒に。せーの」


 かいくんの合図に合わせて、佐白ちゃんは悲しんだ。うわーんと大の大人と男子高校生がみっともない。


「おーよしよし。大丈夫ですよ、お乳がほしいのかな。それともおしめ?」

「ふざけるなよ」

「あれ、わたしが怒られてる?」

「俺は本気で泣いてるんだ」

「……そっか」


 以外に、なんて言えよう。しばらく、かいくんと佐白ちゃんの泣き声は続いた。


「わかった。わかりました! もうしません。これでいい?」


 そう言うと、途端に目の色を変える。


「今度からは、ちゃんと言ってくれ。そこまで含めて、ちゃんと。俺はしろあを守るためにいるんだから」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。


「すきっ!」

「もう私帰っていいですか」

「ぜひ!」




 むかしむかし、全知全能の神様がいた。


 世の中には、人知れず神様が生きている。その神のひとりである彼女は、自分がなぜいるのかわからなかった。誰から生まれたのか、いつから存在するのか。どうして、どうやって、どこへ行くのか。なにもわからなかったが、彼女はなにも思わなかった。それが、普通だったから。

 自由という概念がなければ自由は求めないし、心がないのだから機械的な思考しかしない。

 彼女は目の前に現れた迷える人たちに、助言を与える。ただ与え続ける。求めていなくても、捧げ物、供物を渡されたのだから、等しく彼らには与えなくてはならない。

 全知があるのだから、大抵の悩み事は解決できる。全能があるのだから、ある程度の良縁も授けられる。

 今日もまた、やってくる。しかしそれが、転機だった。

 彼は、彼女に心というものを教えてくれた。自由というものを教えてくれた。

 全知全能の神様がいたのもいまは昔の話。いまでは、そう。ちょっと物知りなだけの、普通に恋する、人間に不慣れな乙女になったとさ。


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