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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
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27/99

誰がお荷物だ!


 三浦はあれから、天知と一緒に帰宅を共にしていた。


 部活を休んだ日もあった。先輩や顧問に目くじらを立てられない程度にサボり、定期的に天知に付き添った。彼女のマンションの下まで送っていき、その間に自分の存在を、男の存在を主張した。周囲では、いつしか天知は男子と帰っているといううわさから、三浦と付き合っているというものまで変化していった。実態は違うものの、ストーカーにそう思わせられるのなら、否定しないままがいいだろう。

 実際、天知も強いて否定する真似はしなかった。そんな折、出し抜けに天知は、言った。


「もう、付き添って頂かなくても、大丈夫ですよ」


 いつもの通り校門で待ち合わせをしていて、行き交う人すべてから視線を一身に浴びる天知は、そう申し出た。

 面食らっていると、天知は歩き出す。追いかけた。


「三浦くんのおかげです。追いかけてくれたあの日以降、わたしがあの姿を見かけることはなくなりました。部活も何回も休ませてしまっていますし、三浦くんとのうわさも出始めています。申し訳ないです」


 信号で止まる。天知は顔を伏せていた。


「まあ、僕が好きでやってることだから」


 一旦、言葉を区切る。


「それに、僕はサッカー部では期待の新人ってことになってる。これぐらいのハンデは、むしろちょうどいい。天知さんとのうわさは、こんな状況で言うのはあれかもしれないけど、僕は嬉しいよ。天知さんこそ、仕方ないとはいえ、僕とそういう関係で揶揄されてるでしょ? ごめんね」

「いえ。わたしがそのようなことを言える立場ではないので……」


 信号が変わった。横断歩道を渡る。


「それと、付き添いの件。うん、わかった。天知さんがそう言うんなら、僕もそうする。今日でラストにする。でも、もしなにかあったら、またストーカーを見かけでもしたら、遠慮なく僕を頼ってほしい」

「ありがとうございます」

「うん」


 学校でも、下校中でも、天知の態度は変わらない。ひょっとしたら、自分の感情を表に出すのが難しいのかもしれない。しかし得体の知れないストーカーに付きまとわれて、怖くないはずがない。

 三浦は目を光らせ、注意する。


「それで、心当たりってないの?」

「どうでしょう」


 すこし困ったような表情だ。まあ、無理もない。


「難しいか。むしろ、当てはまらない人のほうがいないよね。天知さんなら」


 すれ違っただけの男でも、天知のあとを追いかけるには充分過ぎるだろう。


「たしかに。ですが、三浦くんは大丈夫だと断言できますね」

「え?」

「あ、分身とかできたりします?」

「で、できないよ」

「ですよね。同時に人は、同じ場所にいられません。ですので、三浦くんはあのストーカーではない」


 茶化すように微笑む。天知からの信頼、信用、近づいた距離感。


「僕が信頼できるって言ってくれてもいいんだけど」


 軽くジャブを打つ。天知はふふふっと笑った。冗談だと思われたらしい。


「冗談はさておき」


 三浦は真剣に言う。


「あれから僕も、すこし考えたんだ。天知さんだと全員が全員、怪しく見えると思うから。僕視点から、怪しいと思える人を言ってみる。それを吟味してみてほしい」

「わかりました」


 頷いた天知に三浦も頷く。


「まず、あの日僕が見た制服は、僕と同じものだった。ストーカーは、同じ高校に通う男子だと絞れる」


 それは天知も見ているところだろう。異論はなさそうだ。


「残念ながらネクタイは見えなかった。だから学年の特定にまでは至らなかった。次に考えたのは、動機だ」

「動機」

「うん。たしかに天知さんのことが好きな男子は大勢いる。告白してきて、玉砕していった人たちも大勢いた。でも彼らがみんな、ストーカーになったかと言われればそうではない」

「なるほど。ストーカーするほどまでの」

「そうだね。だからこの場合は、執着心が強い人ってことになるのかな」


 恋愛感情が犯罪にまで発展することはふつうのプロセスではない。ふつうのプロセスを踏まない人は、普段の態度からもその偏執的な一面が感じ取れる。


「あとは、時間だ」

「時間?」

「あの日は、球技大会の日だった。僕らは片付けをしていて遅くに帰っている。ほとんどの生徒は帰っていたんだ。あのストーカーも、もちろん待ち伏せをしていた可能性は捨てきれないけど、第一に疑うのは、同じく片付けで遅くまで残っていた、実行委員の誰か」


 三浦と一緒に帰る姿を見て、抑えが利かなくなったのかもしれない。


「そうすると、僕の中ではふたり、疑わしい人物が出てくる」


 というよりも、この推理は逆算して考えたものだ。最も疑わしい人物ふたりが、あの日同じ行動を取っていて、ピースが嵌まるような音がしたのだ。

 天知の目はふたりの名前を催促している。鋭い目つきに気圧されながらも、三浦は堂々と口を開いた。


「生徒会長と、天知さんと一緒の学級委員」


 大して、天知に驚愕の色はなかった。彼女も予想していたのかもしれない。あるいは、生活の中でなにかを感じ取ったのか。

 ふいに、天知は笑ったように見えた。不敵に、にやりと。しかし髪の毛先に触れた水の感覚に頭を上げてしまい、戻ったときにはもう、その笑みはどこにもなかった。


「三浦くんの推理は、お見事だと思います」

「ありがとう。推理って言われると、照れるけど」

「ですがわたしはもうひとつだけ、気になる点があります」

「それは?」

「三浦くんは、そのおふたりよりも、足が遅いのでしょうか」


 眉をひそめた。


「三浦くんは追いかけました。しかし見失ってしまった。見失うほど距離ができたのです。信号もない道なのですから、サッカー部で先輩方とレギュラー争いをする三浦くんが、追いつかない道理は、脚力においてもスタミナにおいても、ないはずです」

「……たしかに」


 三浦がストーカーに目をやったとき、ストーカーは首を引っ込めた。その瞬間が、スタート。しかし三浦が角を曲がった頃には、ストーカーはすでにアンダーパスを渡った先にいた。距離は、同じ。三浦は縮められなかった。すなわち、ストーカーと三浦の足はほとんど同じ速さだということになる。いや。見失ってしまったのだから、距離は離されたのだ。向こうのほうが、むしろ速い……。


「わたしが学級委員を共にしている田中くん。彼は五十メートル八秒台です。三浦くんは?」

「六秒前半」

「生徒会長の九重さん。彼は運動もできます。ですが飛び抜けてできるわけではありません。七秒前半。ふつうに、速い。その程度です」


 生徒会長の五十メートル走の記録。いつ調べたのか。三浦が考えていたことは、天知もすでに考えていたということなのだろうか。


「1500メートル走でも三浦くんは上位でしたね。三浦くんより上の順位は、両手で数える程度。そこに九重さんも田中くんもいない。スタミナでも、三浦くんのほうが上です」

「……僕の考えは的外れだったってことか」


 生徒会長は天知と一悶着あったし、田中はやたらと三浦のことを目の敵にしてきたし、そういった行動に出ても不思議ではない偏執的な部分を感じ取れていた。しかし、瞬発力も持久力も勝る相手なら、三浦が見失わないというのも正論だった。


「あ」


 とそこで、ひとつ思いつく。


「もうひとりだけ、怪しい人がいた」

「ほう。それは?」

「天理。天理かいだ」


 すっと、天知の目が細まる。空気の変化を感じた。


「天知さん、知ってる?」

「いえ。どうして、その天理かいとやらを怪しく思うのです?」

「球技大会の日、天知さんが試合をやっているとき。僕はこっそりバッターボックスの裏から観戦していたんだ。穴場だと思っていたんだけど、もうひとり来てね。それが、天理だった」


 生徒会長のように天知に接触することはなく、田中のように露骨な態度を示すのでもなく、天知に気取られないように、近づく者に口を出す。これもまた、偏執的だ。


「それで、天理は言ったんだ。天知しろあはお前の手に負える相手じゃないって」

「はいぃぃ?」


 仏頂面になった。お嬢様感はなく、なんだかふつうの女の子だった。不機嫌で、苛立った女の子がいた。だがそれもそうだろう。


「天理も、天知さんのことを見ている風だった。天知さんに想いを寄せていることは、すぐにわかったよ」

「想いを寄せている相手のことを、手に負えないなんて……まるでお荷物みたいに言いますかね」


 たしかに、そう聞こえなくもない。勝手にお荷物扱いされて、勝手に手に負えないと言われたのだから、不機嫌にもなるだろう。


「だからこそじゃない? 自分しか天知しろあが引き受けることはできない。自分しか天知しろあのことはわからない。自分が、一番」


 それならば、かなり黒い思考だ。


「ほかには、どんな会話を?」

「……賭けをしたんだ」

「賭け?」

「そう。天知さんが、ボールを打てるかどうか」


 言ってから、しまったと思う。

 雲行きの悪さを感じ取ったように、天知はさらに険を深めた。


「で?」


 言葉からも、天知の感情が読み取れる。三浦は弁明するがごとく、早口になった。


「僕が打てるに賭けた。天知さん、張り切ってたし自信もあったし、なにより練習したんだなってわかるフォームだったし。僕が賭けると、すぐ。天理は、打てないを選んだ」


 力なく項垂れる。伏せられた顔、その表情は、覗けても覗かない。カバンを握る手が拳になっていることが、すべてだ。


「で?」


 まだ終わりではないだろうと言われていた。言わないのも怖いので、三浦は最後までしゃべる。


「天知さんがアウトになって、その……実際に打てないとなると、天理は軽く笑った。それで、こう言ったんだ。しろあは運動ができないんだって」


 しろあと呼び捨て、さらに自分は天知のことをわかっているとでも言いたげな立ち回り。整った顔に隠れて、なかなかどうして、天理はかなりあくどそうだ。


「それで終わりですか」

「うん。終わり」

「本当に?」

「ほ、本当だよ」


 なぜそこまで食い下がるのか。惚けているのでもない。天知は察したのか、剣呑な眼差しを切って息を吐く。


「賭けは、どうなったんですか」

「……あぁ」


 それは、三浦も気になっていたことだった。


「わからないんだ。けっきょく、何を賭けていたのか。訊こうとも思ったんだけど、倉賀野さんが来て」

「倉賀野さんが……?」


 また剣呑な目が戻ってきた。


「……そ、そう。倉賀野さんが来て、ふたりでどこかへ……行った」


 舌打ちのようなものが聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。そういえば、忠告したからな、とも言われた気がする。忠告とは……いったい。


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