ダブル告白
玉砕した前野に声をかけるのは野暮というもの。そっとしておく。三浦は天知と片付けに戻った。自分たちの持ち場が終わった者から順次解散ということで、終わり次第校舎に戻る。自分の下駄箱を上げて、かさっという音に眉をあげる。上履きに履き替えて廊下に出たところで、同じ格好をしている人がいた。
「天知さんも?」
「そういうことみたいです」
ふたりして、紙を持っていた。三浦の物には、一文だけ。放課後、教室で待っててください、とのこと。
「差出人の名前がない」
三浦は天知に見せるよう、傾けた。
「でも、なんとなくわかった」
「思い当たる節があるんですか」
「まあね。この書き方から」
天知の好奇心を刺激したようで、三浦は得意顔になる。
「待っててください、だからね。ふつうは、待ってますじゃないかな。すくなくとも、僕だったら告白する相手を待たせはしない」
「なるほど。つまり、待たせてしまうかもしれない理由があるんですね」
「うん。片付けとかでね」
球技大会運営実行委員の中の誰か、ということになる。そこまでは、断言の域だ。
「でも、実行委員の誰かって言われると、ちょっと難しいかな。天知さんだったら嬉しいんだけど」
「違います」
「そうもきっぱり言われると悲しい」
「違うものは違うので」
三浦は傷が浅い内に退くことにした。
「で、天知さんじゃないとなると、実行委員で関係があったのは、ひとりだけだね」
「それは?」
「佐藤さんかな」
天知とは積極的に、時間を見つけてふたりきりになった。しかし同じクラスの学級委員である佐藤とは、自然とふたりになることが多かった。
「とはいえ、まだ可能性が高いってだけだけどね」
「いえ。ですが、間違ってないと思いますよ。行事が終われば距離が遠くなる。それで自分の気持ちを自覚した。理解できます」
となると、すでにもう、佐藤は教室にいそうだ。片付けの持ち場は同じで、先に校舎に戻っていく姿も見たから。
「そういう、天知さんは? 誰からか見当は付いてるの?」
「はい」
即答。確固たる根拠もありそうだ。
「ちなみに、誰からか、訊いても?」
「こんな文面でした」
覗かせてもらう。
「……放課後、すこし待っていてほしい。……これだけでわかったの?」
「はい。ひとりしかいません」
差出人なし。どこで待っていてほしいかも言われていない。三浦と同じ理屈で、文面から察するに実行委員であろうことはわかるが、それ以上は。この文面から、たったひとりに絞られるのか。
皆目見当がつかない、と首を捻っていると、天知はくすりと笑った。
「なにか、ヒントない?」
「ヒント、そうですね……。わたしはべつに、文面に着目したわけではありません。この文じゃなくても、わかったと思います」
反対方向に首を捻ったときに、閃いた。
「ああ、字か」
天知は静かに頷く。
「ご名答」
「ってことは、天知さんも知ってる相手なんだ」
顔色をうかがう。
「……同じ学級委員の、男子」
「違います」
違った。どうやら、三浦と同じケースではないらしい。
あと、三浦が知っている限り、天知と関係のある男子は、ひとりしかいない。
「生徒会長?」
「ご名答」
問題集を解いた子どもに向けるような優しい笑みで、天知は頷いた。
「じゃあ、二度目になるってこと?」
「そうですね。前回は、名前もありましたしもうすこし丁寧な文でしたけど」
実行委員の集いの際、生徒会長は天知を気にしていた。未練が残っているのだろう。わからなくもない。
三浦は肩を回した。
「じゃあ、お互いに頑張ろう」
教室に入る。さすがに、残って駄弁っている人はいなかった。ひとりだけ、窓際に立って何もしていない人がいた。それが自分を呼び出した人だと、信じて疑わなかった。案の定、佐藤だった。
「いちおう、確認する。これ、佐藤さん?」
紙を掲げてみせる。内容も見えていないだろう。それでも頷いたのだから、信じる。
後ろ手で扉を閉め、自分の席まで歩いた。ほぼ、教室の真ん中に立つ。夕暮れの空を背景にしながら、佐藤は立っていた。表情は、判然としない。大きく息を吸うのだけ、感じ取れた。
「一緒に学級委員をやってて」
そう佐藤は語り出す。告白が始まった。
「わたしの苦手なことを察してくれたり、代わりにやってくれたりしてくれる、そういう優しいところを、……好きになった。実行委員として、クラスを盛り上げてくれるところもいいなって思って…………三浦くんが、天知さんのことを好きなのはわかってる。でも、球技大会が終わって、ただの学級委員になったら、もう接点がなくなると思ったら、伝えずにはいられなかった」
佐藤は、大きく息を吐き出す。
「好きです。付き合ってください」
真正面から、三浦は受け止めた。佐藤の瞳がまっすぐ自分を見ていることを強く実感した。揺れそうで、それを自制心で支えるような瞳に、大きな勇気も感じた。しかし。
「ごめん」
三浦は、先に目を逸らした。
「佐藤さんの言う通り、僕はいま、天知さんのことが好きなんだ。だから……ごめん。気持ちには、応えられない」
「……うん」
とだけ、佐藤は言った。笑っていたのか、泣いていたのか、三浦にはわからない。走って教室を出て行く姿だけ、視界の端に映った。




