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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
天知しろあは何でも知っている
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22/99

信じるvs知ってる


 六月。梅雨であっても不思議ではない頃、微塵もその顔はせず、晴天だった。

 今年は空梅雨なのだろうか。目立ちたくない、足を引っ張りたくない、運動が苦手といった球技大会反対勢力たちは、この雲ひとつない青空をさぞかし憎んでいるだろう。てるてる坊主なんて嘘っぱちじゃないか! と、地団駄を踏んでいる人もすくなからずいそうだ。


 外でやる種目、サッカーにソフトボールにテニスは雨天中止なため、この快晴に前野は心からの感謝とガッツポーズをしていた。

 天知の体育着姿が見られたのは一度だけで、あとはべつのクラスとの練習だった。そのためあっと言う間に球技大会の練習は終わり、一組の男子たちがやはり羨ましくなり、球技大会当日、三浦はクラスメイトに注意事項を伝えるだけで、実行委員とは名ばかりの肩書きに終わった。


 第一体育館ではバスケとバレー、第二体育館では卓球をやっている。外から直接、体育館に入るのでは人の流れが激しく事故にもなりやすく、靴がごちゃごちゃとなるため、一旦生徒玄関に上がってから、校舎から体育館に入ることとなっている。これを伝えるのも学級委員の仕事だった。

 倉賀野はバレーを希望していた。試合の時間が被らない限り、前野は観に行くことになるだろう。三浦と岡部も一緒に行くことになりそうだ。


 外に出る。サッカーのコート前に立てられたテント内にあるホワイトボード。そこには紙が貼られている。トーナメント表だ。試合時間と、対戦するクラスが記載されている。


「俺たちの試合は、第三試合みたいだな」

「まだ一時間以上、時間ある。バレー行こう。倉賀野たちの試合がいつか観に行かなくちゃ」


 前野と岡部の会話は話半分にする。三浦の視線はホワイトボードでも、サッカーのコートでもない。明後日の方向にあった。


「おい彰。行くぞ」

「悪いけど、僕はこっち」

「はあ?」

「僕も自分の作戦を遂行する」


 そう告げると、渋々ではあるものの頷いた。

 前野の作戦には協力する。その代わりに、彼らも三浦の作戦には協力する。そういう、対等な関係性だ。対等であるがゆえに、優先すべきなのは自分の作戦。


「じゃ、頑張れよ」

「そっちも」


 前野はひとりで不安だから声をかけたのかもしれないが、三人でいる必要はない。岡部がいれば充分だろう。三浦は、ひとりで事足りる。

 部活で走るサッカーコートのサイドラインを歩き、足裏の感覚は軽いものから硬いものとなる。ボールが高く打ち上げられてもグラウンドから出ないためのフェンスに手をかけた。

 かしゃんと小さな音が鳴り、近場の女子はふり返る。


「三浦くん!」


 すでに三浦の顔と名前は広まっているようだ。


「待って。なにも言わなくてもわかる。大丈夫。ちょっと待ってて!」


 飛び出していった。

 ただいまキャッチボールをしていた女子は一目散に駆ける。天知のもとへ。二、三告げながらこっちに指を向けてくるので、三浦はいつも通り笑って手を上げた。天知は手を前に揃え、丁寧に頭を下げてくる。

 べつに三浦も、天知を呼んでもらおうとは思っていなかった。しかし、呼んでもらえるなら断る必要はない。クラスメイトに背中を押される形で、天知はやって来た。


「こんにちは。三浦くん」

「こんにちは。ごめん。練習の邪魔をするつもりはなかったんだけど」

「大丈夫ですよ。たぶん、早とちりでしょうから」


 天知の背中に隠れて成り行きに聞き耳を立てている女子へ、天知は小言を言った。


「誰か呼びましょうか?」


 天知も天知で、べつに自分目的だとは思っていなかったらしい。三浦はゆっくり首を振る。


「いや。大丈夫。もう呼んでもらったから」

「はい?」


 首を傾げて判然としない天知。三浦は明言せずに進めた。


「天知さん、もう試合なの?」

「そうです。一試合目のようで。準備しています。相手は二年生のようです」

「そっか。よかった。それだけ知りたかったんだ」

「それはまた、どうして」


 惚けているのだろうか。まあ、それでもいい。上等だ。


「天知さんの応援がしたかったからね」


 すると、天知は目を瞬いた。後ろでこっそり隠れている女子が密かにきゃーっと沸き立つ。


「なるほど。そういうことでしたか。ありがとうございます。頑張りますね」

「うん。でも、張り切りすぎないで」

「はい。リラックスです」


 バットを持ったまま、ふんすとガッツポーズを取る。三浦が背を向けると、天知のクラスメイトである女子はさらに昂奮した様子で捲し立てていた。


「天知さん。やっぱりそういうことだったんだ。三浦くんと……!」

「いえ違います。三浦くんとはちょっとした事情があって」

「でもうわさになってるよ! 天知さんが放課後、男の子とふたりで帰っていたって……!」

「いえですから。それは」

「それに三浦くん。いまの露骨だよ。天知さんのことを応援してるって! もう全力アプローチだよ……!」

「ですから……はあ」


 背中で聞きながら、しめしめと内心ほくそ笑む。

 三浦のアプローチは天知に通用しないかもしれないが、周りはその限りではない。天知は目立つ。男子と一緒に、ふたりで帰っている姿を見られればすぐにうわさになる。天知が気付かなくても周りに好意を感じ取ってもらえれば、迂遠な手法を取る三浦と違って、直接天知に伝えてくれる。

 だからべつに、三浦は天知を呼んでもらう必要がなかったのだ。あそこでただ天知を密かに見つめていれば、周りがその事実を教えてくれるのだから。



 

 天知はバットを振ってスイングのフォームを確認したり、ボールを投げて肩を温めていたりとウォーミングアップに励んでいた。その姿はとても様になっていた。サッカーばかりやっていて、野球やソフトボールには通暁していない三浦でも見惚れるものだった。素人目にも、天知はソフトボールができると思わされた。熟練者が見れば目を疑うに違いない。

 勉強もできて、頭もよくて、所作も丁寧。誰にも優しく常に笑顔の美少女。運動もできてしまっては、いったい何ができないのだろう。天は天知しろあに二物も三物も与えた。


 天知しろあ率いる一年一組の試合が始まると、どこからともなく流れたうわさによって人集りができた。しかし三浦は誰よりも早く陣取っていた。サッカー部での活動もあって、穴場も知っていた。

 木陰になる場所、バッターボックスの真後ろを陣取っていた。天知が来るまでに、バッターの顔がよく見える角度に調整しておく。すると、


「おっと……ごめん」


 肩がぶつかってしまった。


「いや。大丈夫。こっちも、よく見てなかった」


 どうやら、穴場を知っている人がもうひとりいたらしい。そして彼の目的もまた、天知のようだ。お互い、よそ見ばかりしていた。


「……あ。きみ」


 ふと、思い出した。もう、一ヶ月以上も前になるのか。四月の初め頃。部活動の仮入部期間、見学が許された時期に、一度だけ、サッカー部で見かけたあの顔。


「ん?」


 どうやら、向こうは覚えていないらしい。まあ、一度限りなのだから、致し方ない。すこし負けた気がするものの、苦笑して、自分を指さした。


「サッカー部の仮入部にいたよね? 僕とPK対決をした。覚えてない?」


 彼は、ふっと笑った。自嘲気味だった。


「覚えてるよ。三浦彰。むしろ、いまさら? って感じ」

「いまさら……?」

「ひどいな。いちおう、クラスメイトなんだけど」

「え」


 自分の名前を覚えていたことに安堵したのも束の間、耳を疑う。


「本当に?」

「本当だよ。俺も一年三組だし。なんなら球技大会も同じ。サッカーだよ」

「え。……ええ。いや。そんな……えぇ?」


 そこまで言われてもわからない。岡部も同意したように、あのときの彼はクール系で、三浦に負けず劣らずの顔整いだったのだ。三浦は積極的に自分を広めていった、という言い分は通じるが、それでも、クラスメイトという距離感で三浦が気付かないはず。

 訝しんでいると、彼はふたたび笑った。そして、前髪を下ろす。


「これでわかる?」


 映画とかなら変装を解いて正体を表す衝撃的なシーンなのかもしれないが、三浦は苦笑いをするしかなかった。ただ、


「わからなくなった。けど、そのおかげでわかった」

「そう。なら、よかった」


 なにがよかったのだろう。


「俺もクラスメイトだから。仲良くはしたい」


 そういうことか。


「それは、うん。僕も」

「いちおう、名乗っておく。俺は天理。天理かい。好きに呼んで」


 天理かい。

 彼は名乗ると再び、前髪を上げてピンで留めた。そうすると、クールな顔立ちが現れる。普段はああして、前髪を下ろしているのだろう。ピンを外すと、彼の前髪は目元どころか鼻まで覆ってしまう。野暮ったい印象しかなく、どう頑張ってもうわさにはならないし、空気と一体化してしまいそうだ。


「余計なお世話かもしれないけど、髪、切ったほうがいいよ」

「同感」


 首を傾げる。同感とは、他人事のようだ。


「俺も切りたい。頭洗うの時間かかるし、乾かすのも面倒だし、抜け毛も多いし、排水溝詰まるし、目に入って痛いし」

「だったらなおさら、切りなよ。いい美容室、教えようか? せっかくかっこいい顔してるんだから、勿体ないよ」

「三浦に言われてもなあ」

「いやいや。むしろきみに言われても」


 目の前では一年一組のソフトボール選手と、二年のどこかの組のソフトボール選手が整列していた。この場所を知らない人たちは、外野のさらに奥で詰め寄っている。サッカーのコートを通ることになるから、ここは近寄りづらいのだ。


「なにか、切れない事情があるの?」


 深いわけでもあるのなら、あまり追及するのもよくない。


「まあ、事情はある。深刻なわけではないけど」


 ふーと天理はフェンスに身体を預けた。


「切るなって言われるんだ」

「誰に」

「……家族?」

「家族」


 そういう家庭の方針なのか? 長髪以外認めない。短髪は天理家の敷居を跨ぐな! と?


「まあ、面倒だし切りたいとは思うけど、切るなって言われたら、ねえ?」


 切れないでしょ、と肩をすくめた。そこに鬱憤が溜まっているわけではなさそうだ。仕方ないなあと言わんばかり。


「好きなんだね。家族のことが」

「嫌いだったら家族にはならない」


 変な言い方だ。それではまるで結婚でもしているかのよう。三浦はいまの家族にはなったのではない。もともとこの家族だったのだ。家族になるならないは、それこそ夫婦が使うべき表現だ。


 審判が、プレイボールと叫ぶ。試合が開始した。


「そういえば」


 一年一組が先攻のようだ。バッターボックスにひとりの女子が立つ。天知ではない。


「天知しろあからは、手を引いたほうがいい」


 気持ちのいい音がする。ボールがグローブに収まった。ストライクだ。

 目が点の状態で、三浦はゆっくりと横を見る。


「天知しろあは、三浦、お前の手に負える相手じゃない。大人しく、手を引いたほうがいい」


 天理は横目でこちらを見ることもなく、試合に目を向けていた。また、ストライクだった。

 次でスリーストライク。ワンアウトになる。バッターも、それはわかっているだろう。どうやら、ここまではボールを見極めていたらしい。三球目。気持ちのいい音がする。高い音だ。打った。


「天理も、天知さんのことを狙ってるんだ」


 得心がいった。ランナーは、一塁で止まる。


「そういうことを、言ってるんじゃないんだけどなあ」


 やっとこっちを見たかと思えば、それでも横目に過ぎず。天理は物わかりの悪い子どもにするように、首を横に振った。

 二番打者は、手慣れたように打つ。一塁、二塁が埋まった。


「悪いけど、そう言われてはいそうですか、って簡単には引き下がらないよ。それに、いまは僕のほうがだいぶリードしてると思うんだけど?」


 お似合いカップルと言われているし、三浦の顔を見たら天知を呼びに行くぐらいの認知度はあるし、ふたりで帰ったこともうわさされている。


「僕は天知さんとお似合いって言われてるんだ」

「それは一年生の中でだったらって意味だろ」

「でも三年の生徒会長も振られてる。二年生からも告白されてるけどすべて断ってる。あとは僕ぐらいしかいない」


 三番打者が立った。


「すでに僕は天知さんと関係を築いてるよ。ふたりでも帰ったし。知ってるよね?」


 知らなくてもいい。いま教えたのだから。しかしどうやら、すでに知っていたらしい。天理は露骨に不愉快な面をする。


「べつに、天理が天知さんのことを好きなのはかまわない。どうアプローチしようとも、勝手だと思ってる。でもそれは僕も同じだ。こうやって、天知さん本人じゃなく、こそこそと回りくどいことをするのは卑怯だし、姑息だし、陰湿だよ」


 キャッチャーが投げる。ボールだった。


「きみもそう思わない? もしもこれで僕が引き下がったとしても、天知さんにアプローチをかける男はいくらでも現れる。その度にこうやって、手を引けって言い続けるの? それは天知さんにも悪いんじゃない?」


 ふつうに、気味も悪いだろう。知らない男が裏から手を回しているのだとしたら、天知も薄気味悪くなる。天理にいい印象は抱かない。


 三番打者も、ボールを打った。これで、満塁。そして、満を持して、四番を請け負ったのが、天知しろあだった。

 彼女は自信満々に、大胆不敵に笑う。バットを持ったまま肩をぐるぐる回し、その姿には、やって見せると気概が感じ取れる。天知なら、打つだろう。三浦はそう思った。


「じゃあ、賭けをしよう」

「賭け?」

「そう、賭け」


 目で促す。


「あのしろあが、打てるかどうか」


 しろあと下の名前で呼び捨て。距離感がバグっている。軽く引いた。


「打てるかどうか? 何本目とかは関係なく?」

「ああ。打てるかどうか。それだけ」

「それならもちろん、打てる。そう信じてる」


 三浦は即答した。


「じゃあ、俺は打てない」


 天理はさほど自信も感じさせず、淡々と言って述べた。まるで、もう見てきたかのような冷め具合だった。


 ピッチャーはボールを手の中で確かめ、まっすぐバッターボックス、キャッチャーのグローブに焦点を合わせる。大きく一度腕を回し、足を前に出して伸ばす。遠心力と体重移動を乗せて放つ。ウインドミル。

 対する、天知しろあ。彼女もフォームは完璧。バットは握るというよりも優しく包むイメージ。軽く肩に担いで、腰を落とし、最後までボールから目を離さない。

 ぼすっと、ボールはグローブに収まった。最後まで、ボールから目を離さないままだった。


「ストライークッ!」

「まあ、まだ一球目だしね。ボールを見てたんだ」


 天理は何も言わなかった。無言で黙って見つめている。

 二球目。

 ピッチャーの投げに合わせて、天知は身体を捻る。そして思いっきり振り抜く。

 ぼすっと、ボールはグローブに収まった。


「ストライークッ!」


 空振りだ。


「あとは調整するだけ。大丈夫、天知さんなら打てる」


 三球目。


「ストライークッ!」


 ダメだった。

 満塁だったものの、アウトに終わった。

 天知はバットを引きずって、肩を沈め、激しく猛省した様子でベンチに戻っていく。


「すみませんでした……」


 悲しげに、悔しそうに、そう謝る天知を見て、彼女が本気でやったことは疑う余地もなかった。

 三浦は天理に視線を振った。そのあとの試合は特に見なかった。音だけがして、それでなんとなく判断するだけ。


「しろあは運動、できないんだよ。それぐらいは知ってるだろ」

「……たしかに練習試合してたとき、天知さんはピッチャーで全部打たれてた」


 意気揚々とマウンドに立って、肩を痛めて得点を重ねるという結果に終わって、いまのようにクラスメイトに慰められていた。


「それに、最後までけっきょく、目瞑ってたしな」


 ふはっと天理は笑った。三浦はそこまで見ていなかった。虫唾が走る。


「天知さんとはどういう関係なの? 中学が一緒だったとか?」

「いや。一緒じゃない」

「じゃあ、どういう……」

「一言二言で言える関係じゃない」


 それ以降、天理は言わなかった。言うつもりがないのだろう。


「天理くん!」


 それに、邪魔も入ったから。


「……倉賀野」

「あ……邪魔、だったかな?」


 前髪をささっと弄る倉賀野は、三浦を認めると気まずそうに笑った。


「いや。べつに。なにかあったか?」

「う、んと……ちょっと」

「わかった」


 頷くと、天理は倉賀野のもとへ歩み寄る。


「あ、そうだ。三浦」


 忘れていたようにふり返ると、


「忠告、したからな」


 それだけ言って、倉賀野と並んで歩いて行った。その後ろ姿に、倉賀野が仲良くしている男子の光景がぴたりと重なる。

 けっきょく、あの賭けは何だったのか。


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