せめて告白くらいは……ねぇ?
そういえば、天知は何通学なのだろう。
校門を出て左に曲がり、信号で止まる。授業終わりの帰宅部が帰る時間帯にしては遅く、部活動終わりの帰りにしては早い。中途半端な時間帯は、周りに同じ制服姿は見当たらなかった。
最後に時間を確認し、スマホをポケットに仕舞う。自転車ではなく徒歩でよかった、と三浦は天知のとなりに並びながら思った。
「天知さんは歩きなの?」
「そうですよ」
「ずっと?」
「ずっと、とは?」
どう言ったものか。慎重に言葉を探す。
「うわさだから気を悪くしたらごめんなんだけど、天知さんはどこかのご令嬢とかお嬢様とか言われてるんだよ」
「ええ、存じてます」
「それにはまあいろいろ理由があって」
そのしゃべり口調も拍車をかけている。振る舞いや人間離れした容姿からもそう言われているのだが、もっと決定的なことが。
「学校に迎えが来たって」
「迎え。どのような?」
「高級車。海外高級車。リムジン。それが学校の校門前で待機していて、執事がドアを開けてくれたとか」
しかしくすくす笑う天知の反応的に、どうやらうわさに過ぎないらしい。
「やっぱりうわさだったんだ」
現に、天知はこうして徒歩で帰宅している。
「そうですね。わたしの家に高級車なんてありませんよ。迎えも、頼んでも来てくれません」
やはりうわさ。好き勝手言い放題だし、どちらかというとそうであってほしいという願いが多分に含まれる。天知しろあにはお嬢様であってほしいし、庭付き噴水付き豪邸に住んでいてほしいし、メイドや執事、庭師を雇っていてほしい。それがうわさというものだ。コントロールしなければ、願望の塊となる。
とはいえ、頼んでも来てくれないとはどういうことだろう。
「そうだ。いちおう、伝えておこうと思って」
思いついたように、三浦は話題を変えた。春の風が空気を入れ替えてくれる。
「光輝。……前野と倉賀野さんの件」
「なにか進展がありましたか?」
「進展はないけど、進展するかもしれない」
「というと?」
「後退、もしくは破滅に終わるかもしれない」
「焦らしてるんですか」
「ごめんごめん」
茶化しは見極めが必要だ。
「光輝、倉賀野さんに告白することにしたみたいなんだ」
ぱっちりとした目を、ぱちぱちと瞬きする。
「それはまた、突然ですね。てっきりもう諦めたとばかりに思っていました」
「倉賀野さん、なんか男子と仲良さそうだったもんね」
「ええまったく羨ましいことに……って、違います」
あのとき見た天知は、本人ということで合っていたのか。なかったことにしたいらしいので、胸に秘めておく。
「ぎくしゃくして、距離が開いて、六人グループは自然消滅したのではなかったですか?」
……そこまで言ったか。たしかにぎくしゃくしてるとは言ったものの、グループの消滅までは言ってない気がするが……まあ、天知が知っているのだから、言ったのだろう。
「そう。僕らは光輝が倉賀野さんと親密になれるよう、密かに協力してた。でもあの一件があって、ちょっと気まずくなって、アプローチは躊躇。それどころかなんて声をかけるべきかすら迷ってしまって、もうほとんど話してないんだよね」
早瀬と佐々木とすら、若干距離が開いている。グループラインも機能していない。
「そんなときに、倉賀野さんが男子と仲良さそうにしているところを見てしまったんだ。それも、ふたりきりで。肩を並べて。いやもうほとんど触れ合っていて」
「肩が触れ合って……」
深刻そうだ。
「倉賀野さんも、なんだか素直な感じがしたしね。僕らといるときよりも、積極的というか明るいというか……」
「せ、せっきょくてき……あかるいぃ……」
眉間に皺が寄っている。
「倉賀野さんとは知り合いなの?」
「え?」
「いや。なんだか妙に感情的だったから」
友達が男に奪われる焦燥感でもあったのか、というつもりで尋ねた。
どこから取り出したのか天知はハンカチを額に、首筋に、口許に当てた。汗も涎も何も垂れていなかったと思うが……。
「こほん」
天知は咳払いした。
「知り合いではないですよ」
「なら、友達とか?」
「いいえ。わたしも、倉賀野さんも、特に親しくありませんから」
ならトイレ前で見た姿と、いま見た姿は、どういう意味だったのか……。
「もしかして、男子のほう?」
「はい?」
「は、違うか……ごめん」
つい謝ってしまうほどの威圧を頂戴した。興味もない、見ず知らずの異性とそういう組み合わせをされるのは、まあ気分のいいものではないだろう。
「まあ、けっきょく」
三浦は話を戻した。
「光輝は、それで告白することにしたんだよね」
「すこし、早計だと思いますけど」
「僕もそう思う」
だが、三浦は止めなかった。
「でも、もうそれしか方法がないんだと思うんだよね。友達から始めようという魂胆だったんだけど、それが崩れてしまったわけだからさ」
「しかも倉賀野さんには親しそうな男の子がいる……」
「うん」
焦りもあるのに、前野にそれを阻止する手立てはない。八方塞がりなら、もう、一か八かの賭けに出るしかない。
「僕は告白って賭けでする行為じゃないと思うんだけど、まあ、今回ばかりは仕方ないかなって。最終手段」
告白しなければ前野に可能性は0だ。0なら自分の気持ちに踏ん切りをつけるためにも、するだけ損はない。天知も同じ考えなのか特に何も言わなかった。
「だから、これまた相談……というか、頼ってばかりで申し訳ないんだけど」
「はい?」
「天知さんの意見も、すこし訊きたくて」
嫌な顔こそしなかったが、話は見えないのか眉根を寄せた。
「というと」
「天知さんは告白された経験が多いでしょ?」
「自慢じゃありませんけれど、週に二回は」
感情の起伏はない。謙遜することもなく、誇ることもなく、ただ事実を述べているといった様子だ。
「でも天知さんは毎回、断ってる」
「そうですね」
理想が高い、好みじゃない、いまはもっとやりたいことがある、すでにそういう相手がいる、家の方針、許嫁……そもそも他人に興味がないと言っても、天知なら納得できそうだ。彼女の横に立つ男。輪郭はぼやけている。
そこにどんな理由があるのかはわからない。だがいま三浦が訊きたいのはそこではない。
「だからもしも、告白経験多し、百戦錬磨の天知さんですら、受け入れてしまうような、胸に響いてときめいてしまうような告白の台詞とかがあれば、教えてほしいんだ」
「百戦錬磨……ですか」
その横顔からは、悪くない感触を得る。
「こう、理想的なシチュエーションとかさ」
「シチュエーション……」
「放課後の、教室。夕陽が沈む中……とか」
「ふむ……」
「デートの終わり、別れ際とか?」
「ああ、悪くないですね……」
思い浮かべているようだ。うっとりしている。
「まださようならはしたくないと言われ、わたしも……! と抱き合う」
「そうそう!」
ありありと鮮明に描けた。三浦は天知の理想に追いついた。
「そして電車が流れていく。もう今日は帰れない、どうしよう……じゃあ、ウチに来る? そしてふたりは、燃え上がった熱をぶつける。お互いを貪る。愛の名のもとに……」
「……あれ?」
理想に追いついたと思ったら、急にアクセルを踏んで走り去って行ってしまった。こちらは恋愛ラブコメを語っているのに、天知の話すそれは……大人の恋愛だ。
「あ、天知さん? いちおう、僕ら高校生だよ?」
「……そうでした。失礼しました。終電を逃す時間帯なら、まず補導されますね」
「うーん」
そういうことを言ったのではないのだが。
「は、話を戻すね」
ふぅ、とひとつ息を吐く。
「たとえば、どうやって告白されるか、とか」
「どうやって……」
「直接、言葉。手紙。あとはメッセージ」
「メッセージは、百害あって一利なしな気がしますけどね」
「それは同感」
告白する側はいろいろ考えた結果なのかもしれない。緊張していて、いざ面と向かってとなると言葉に詰まりそうだから、そういう流れ、空気だったから。まあ、理解はできる。ただ、メッセージは逃げたように思ってしまう。逆の立場となって、メッセージで告白されたときの場合を考えると、なにも効果がない気がするのだ。
「手紙も……人を選びそうな気がします」
「いちおう言っておくと、光輝の告白は球技大会が終わったあと。呼び出してするつもりらしい」
「それを早く言ってくださいよ」
唇を尖らせる天知に、三浦は笑って謝った。
「ごめんごめん」
前野には悪いが、天知との会話をもっと楽しみたいのだ。
「まあたしかに、悪い選択肢ではないと思いますよ。無難でもある、とも言えてしまうのですけれども」
校門を出て曲がり、最初の横断歩道を渡ればあとは大通りを一直線で駅前に繋がる。さすがに駅前まで来れば人通りも多くなり、そこには見慣れた制服姿も多くいた。
「球技大会が終われば、期末テスト。そしてすぐに夏休み。現状の三浦くんたちでは、夏休みに倉賀野さんと遊ぶことも不可能でしょう。一ヶ月半もあるのですから、そのどこぞの馬の骨とも知れない輩が、倉賀野さんを手籠めにするには充分過ぎますね」
「手籠め?」
天知の評価は手厳しいものの、それはつまり忖度ない批評でもあるということ。
「やっぱり倉賀野さんとは親しいんじゃないの?」
とはいえ、口を出さずにはいられない。彼女の言葉を借りるなら、どこぞの馬の骨のとも知れない輩に対して、天知はかなり辛辣だ。倉賀野がどこぞの馬の骨とも知れない輩のものになってしまうのが気に食わないと口調は苛烈になっている。やはり親しいのだろう。そう勘ぐってしまう。
「ですから、その前に。先手を打つならそこしかないというのは理解できます。ちょうどいいイベントがありますからね。上手くやれば、距離も縮まります」
天知は三浦の勘ぐりに反応してこなかった。無言の抗議だ。大人しく受け入れる。
「うん。だから、負けるわけにもいかないんだ。理想は、僕らのクラスが優勝すること。最低でも、僕らサッカーは勝ち進まないといけない。光輝にも、輝けるチャンスを与えないといけない」
そうして勢いづかせて、倉賀野にかっこいい姿を見せつけて、最後まで足掻いて好感度を稼いでから告白をするのだ。
「なるほど」
天知はひとつ頷いた。
「それなら、わたしからのアドバイスは不要だと思いますよ」
「え?」
ぴたりと足を止め、天知は厳然と言う。
「そもそも、わたしがここでアドバイスをすれば、前野くんはそれを参考にするのでしょう。その時点でもう、告白は前野くんのものではなくなります。前野くんの言葉でも、気持ちでも、なくなってしまう。それでは成功するものも成功しませんし、第一、辛うじて成功しても、心にモヤが残るものではないのでしょうか」
それもまた手厳しい。しかしながら正論だ。
「わたしなら、せめて告白ぐらいは、偽りのない本心からしてもらいたいものです」
「……そうだね」
べつに、ここで天知からのアドバイスがあっても、三浦は前野に伝えたりしないのだが。それに、天知に助言がほしいだなんて、前野には頼まれていない。三浦が勝手にやっていることだ。
単純に、天知のことが知りたくて、倉賀野の件を理由に会話をしていただけなのだから。
「光輝にも、そう伝えるよ」
「はい。成功することを、祈っています」
けっきょく、天知の理想のシチュエーションもされたい告白も、教えてくれることはなかった。見抜かれていたのだろうか。
「では。わたしはこちらですので」
ぺこりと頭を下げる。天知は駅から離れていった。三浦は手を振り、エスカレーターに乗る。電車に乗って、家に帰った。




