↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
PR
168/199

否定って、何なの?


 逢坂たちも学校の敷地内から出て、帰路についた。


「はぁ。いまから帰ったら絶対寝過ごすよね、これ」


 べつに今日は土曜日でも日曜日でもない。平日だ。学校はある。


「だって。謝りなよ」


 眉目秀麗、人当たりのよさそうな笑みをする古江琉重。


「いや、お前が謝れよ」


 クールな顔立ち、迷惑そうにムッとする天理かい。


「なんでさ」

「逢坂はここに来るはずじゃなかった。ウチにいればしろあと一緒に寝てもらっててかまわなかったんだ。お前が連れて来たんだろ?」


 そのふたりが友達のように語り合い、責任の押し付けをしている。逢坂はふたりの一歩後ろを歩いていた。


「ねえ。それ、寒くないの?」


 天理の服は破けているところがある。なのに袖はまくって、上着のカーディガンは腕に引っ掛けている。腰には剣。古江が十拳の剣とか言っていた代物だ。


「むしろ心地いい」

「いい運動になったな」


 肘で強めに押した。古江は笑っている。

 あんまり見ない天理だ。天知にする接し方に似ているが、これと比べると天知はずいぶん丁寧な扱いなのだと実感する。男女の差だろうか。


「訊いていいかわからないんだけどさ」


 と逢坂が言うと、


「逢坂さん、訊いていいかわからないことは訊かないのが妥当なんだよ」


 と言う古江と、


「訊いてダメだったらダメだって言うから。言っていいよ」


 と言う天理。


 真反対なふたりに、逢坂は気遣うことなく言った。


「ふたりってもっと、険悪な仲だと思ってたんだけど、違うの?」


 ふたりは顔を見合わせて、それから古江が肩を組んだ。


「僕らはズッ友。大の仲良し親よりも親しいと書いて親友なのさ!」


 近い近い、と天理は古江の頬を押しながら、


「どうしてそう思うんだ?」


 なんて訊き返してくる。


「だって、文化祭のとき」


 すると、ふたりはふたたび顔を見合わせた。そして、古江は噴き出す。天理は額に手をついた。


「これはやられた。逢坂さん、こいつを尾けてたのか」

「尾けてたっていうより……探してたんだけど。クラスの看板がないって言われて、でも天理くん、部室に置いてたからおかしいなって」

「どこまで聞いてた?」


 そんなにあのマッチョメイド喫茶で話していたことは、聞かれたくなかったことなのだろうか。


「たぶん、ほとんど全部」

「……はぁ」


 やっぱり、聞かれたくなかったことらしい。


「なるべく忘れてくれ」

「質問に答えてくれたら、すこしは忘れるかも」

「おお。やるねえ。どうする?」


 天理は観念したようだ。


「まあ、付き合いが長いのは事実だと思う。中学の頃、学校以外での付き合いをした顔は、琉重だけだ」

「僕はそうでもなかったけどね」


 イラッとしている。


「ああ、そんな感じがする」


 さらにイラッとしている。

 天理が中学生でもこんな風だったのかはわからないが、古江琉重の眉目秀麗な顔立ちと性格では、ひとりになるような感じがしない。


「でも、ここぞって場面になると、どうしてか、僕はこいつ以外を誘う気にはなれなかったんだ」

「そのおかげで、なかなか面倒なことに巻き込まれた」

「面白かっただろ?」


 天理は否定も肯定もしなかった。代わりに、天理は話をすげ替える。


「それで、今回も俺は阻止できたってことでいいのか」


 古江はにこりと口角をあげる。


「お前が、ただの善意で、良心で、相談部に話を持ち込んでくるはずがない。しろあを動かして、どうしたかったんだ」

「萬好は最初、誤った答えを出した。自分の父が、紫月さんを汚した、ってね」


 古江は滔々と語る。


「べつに僕は、萬好が間違いでも正しい答えでも、どっちに辿り着いてもよかったんだ。いずれにしろ、萬好は自分の父に恨みを、殺意を抱いた。これが重要だった。でも、やったね。その殺意は止められた」


 古江はふり返る。逢坂と目が合う。


「止めたのは天知さんでしょう」

「そうだけど、天知さんが自発的に止めるはずがない。どこで誰が誰を殺そうと、天知さんは基本、無関心だからね」


 天理の不機嫌、怒りを感じ取ったのか、古江は


「ああ、勘違いしないでよ。誰でもそうなる。僕らもそうだ。地球の反対側でも人は死んでる。いまこの瞬間も人は死んでる。けど僕らは悲しまないし止めようともしない。それはなぜか? 知らないからだ。僕らと天知さんの違いはそこ。天知さんは知っている。知ることができる」

「その理屈で言うと、しろあは知ってるんだから悲しみ止めるべきだろ」

「だからこそ、さ。天知さんにとっての人の死、人殺しなんてものは、地球が回るのと同じぐらいごくごくふつうのことなんだ。いちいち気にも留めないし止めようだなんて考えない」


 言い訳のように捲し立てたが、しかし、


「でも、だからこそ、身近な人のことは助けるべきなんじゃないの? 道路で水道管が破裂していても止められないけど、家族が蛇口を閉め忘れていたら閉めてあげるでしょ?」

「正論だね」


 とは言うものの、だからと言って持論を覆す様子はない。


「逢坂さんが蛇口の閉め忘れを指摘してくれたおかげで、天知さんは今回、言葉を尽くして萬好の殺意を止めてくれたわけだ」


 天理がふり返ってくる。天知はそのことをしゃべっていないようだ。逢坂も特に、天理には言っていない。


「まあ、それで全部を水に流す、だなんて単純な作りを人間はしていない。だからけっきょく、萬好の中の殺意は完全には消えず、真相に辿り着いた瞬間、再燃した。その火種は空気を送ってやるとよく燃える。萬好は自分の父を殺そうとしたよ。包丁を持って、あとすこしで首に突き立てるところだった」


 今度は逢坂が目を見開く。天知の絞り出した言葉は一時凌ぎに過ぎなかったのか。それとも、真相がまだあると仄めかすことがいけなかったか。


「……お前」

「その通り。くろあさんだ」


 天知から聞いている名前だ。片割れ。天知が全知ならくろあは全能の名残を持っている。彼女が、火種に空気を送った。


「でもこれまた阻止された。間一髪のところで思いとどまった。だから、プランは第2に移ったんだ」

「第2? って?」

「早く帰ることをオススメするよ。いまは天知さん、お家にひとりだからね。きみは守ってやれない。全能の名残と全知の名残では、分が悪い。前者が断然有利だ」

「……まさか」


 逢坂は嫌な予感が過ぎった。だから天理は、逢坂を呼び出したのか。

 縋るように、あるいは申し訳なさで、逢坂は天理を見上げた。しかし、その横顔は平然としている。


「いまから帰ってももう遅いだろ。何時間経ってると思ってる」

「はははっ。正解。くろあさんが天知さんと接触して、話をして、去ってから、もう二時間は経過してるよ」


 逢坂は天理の服の裾を引っ張った。


「は、早く帰らないと!」

「だから、もう……」

「あ! あとひとつ! 言い忘れてたことがある!」


 叫ぶような声は、しかし遠かった。

 顔を上げれば古江はすでに信号を渡っている。気付いたときには点滅が終わり、赤信号。


「僕は彼女たちと違って、人の命を弄んでいるつもりも、無関心なつもりでもない。だから逢坂さん、萬好の殺意を止めてくれてありがとう。直毘神とのウケヒ、ありがとう。じゃあね!」


 そう言うと、古江は背を向けて歩き出す。車が通るともう、その後ろ姿はなくなっていた。




 逢坂は、古江が渡った横断歩道とはべつの横断歩道を渡った。渡りきってから、焦りの欠片もない天理に訊く。


「ねえ、いいの? 急いで帰らなくて」

「いまから急いで帰っても、くろあはいない」

「そうじゃなくて……!」

「逢坂が想像しているようなことは、何も起きてないよ」

「え……?」

「くろあは何でもできる。その気になれば、しろあを殺すこともできるさ。それこそ、交通事故とか。病気とかな。でもそれはしない。それはしろあを否定したことにはならないから。琉重も言ってただろ? 接触して、話をして、去って、って。危害は加えてないさ」


 天理がそう言うのなら、そうなのかもしれない。ただ……だからと言って、不安が消えるわけでもない。


「……ねえ。くろあさんの否定って、何なの?」


 どうやれば否定したことになるのか。どうやって否定するのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。