自分でやるよ
ふたりの影が近づいてくる。そこには三人いるらしいが、逢坂の目にはふたりしか見えない。
「ほら」
鞘を投げる。天理はそれをキャッチすると、十拳の剣を鞘に収めた。
「何しに来たんだよ。琉重」
天知にも見せない、くたびれた様子で言う天理。
「だからお迎えに」
それを平然と、いつも通りだと笑う古江琉重。
「なんでお前にお迎えしてもらわないといけない」
「と言われると思って」
古江に紹介をされる。逢坂はおずおずと、一歩、前に出た。
「……こんばんは。いや、おはよう?」
すでに朝陽は姿を見せている。空は白んでいた。
「……逢坂」
言わずともわかる。なんでここに、と目が言っていた。
その疑問はまあ、逢坂自身も同じだった。
「この人に待ち伏せされてて」
昨日の夜、お風呂に入ってベッドに入ったところで、スマホが鳴った。通知に目だけを通そうと思ったところ、相手は滅多にない天理からの、それも呼び出し。
『なんでこんな時間に』
とは思ったものの、あの天理だ。よっぽどのことがあるのだろう。しかも呼び出しの内容が、
『しろあを見ていてほしい』
とのことだったので、なにかのっぴきらならぬ事態に巻き込まれているのでは、と、急いで上着だけ引っ掛けて家を抜け出してきたのだ。だからいま、逢坂はファスナーを降ろせばパジャマとなる。すこし肌寒い。
それでいざ、天知と天理の家であるマンションを訪れたら、そのエントランス前に、この男、古江琉重がいたのだ。そして、彼からは、
『あいつが危ないんだ』
と言われて、
『でも、天知さんが』
と返したのだが、
『天知さんは死なないけど、あっちは死んじゃうかもしれない』
と言われて、そこまで言われては、逢坂もどちらを優先すべきかは明らかだった。とはいえ、実際に学校の校門を乗り越えてこの場所に訪れ、あの激しい漫画やアニメの中でしか起きない戦闘を見ては、逢坂が来て何ができたのだろう、とは思わずにいられなかったのだが。
言葉数はすくなくても、天理は逢坂と古江の経緯を理解したのか、ため息をついた。
「あの」
そう声をあげるのは、萬好芳樹という少年。
どこにでもいそうな平凡な顔立ちに、気弱な態度は、最初こそいじめの対象と言われても納得できた。いじめの対象は大人しい相手を選ぶものだ。しかし事の真相を天知から聞かされては、その印象も百八十度が変わっている。腹の中では何を考えているかわからない。隙を見せれば食われるような油断ならない相手だ。
「その……なんでふたりが? それに……どうして、古江がここに」
萬好は最愛の相手が幽霊として見えているらしい。それでも、天理が繰り広げた現実味のない戦闘を目の当たりにしては、困惑、混乱、気後れは避けられないのだろう。あらかじめ、天知が元神様で、この世界には神様がいると知っていた逢坂でも、頭痛はしているのだから。
古江は肩をすくめた。天理はそれで任せられた、との判断を受け、もう一度ため息。
「萬好のクラスでいじめがある、という相談を、しろあにしたのはこいつだ」
萬好は目を見開く。古江は人のいい笑みを浮かべていた。
「なんで古江が……」
古江琉重と萬好芳樹は同じクラス。クラスメイトだった。
「僕らはクラスメイトじゃないか。クラスメイトがいじめられていて、クラスが不穏な雰囲気なのは気分のいいものじゃない。ただでさえ、紫月さんが亡くなってみんな気が立ってるんだから」
萬好の疑問は、微妙に意味が違っても逢坂、それから天理も抱いていたものだろう。たったいま、萬好に説明した善人らしい行動の理由も、表面でしかないと天理は疑っている。
事の経緯は、こうだ。
突然、ある日古江琉重が相談部を訪れた。そのときは仰天ものだった。天理はあからさまに嫌そうな顔をして何度も追い払おうとしたが、一生徒として相談部を訪れた古江琉重を追い払うのは不当な差別、と言われれば天知への悪評に繋がりかねないので、やむなく迎え入れた。そうするしかなかった。
その結果が、天知が萬好と羽生の前で論理的な思考をし、実行すれば犯人はわかると脅し、萬好に自白させる、という行為。いじめなんてなく、ないいじめの犯人に仕立てる計画の暴露、だったのだ。
「でもそこに、紫月さんはいるんでしょ?」
古江が問いかけると、萬好はふり返るようにした。
「うん。いるよ」
もちろん、逢坂には見えない。おそらく天理にも、古江にも。
「萬好」
今度は天理が呼ぶ。まっすぐにお互いが向き直った。
「約束だ。お前は、萬好紫月のせいで、と言われるような行動、結果を絶対に引き起こさない。いいか」
天理が争っていた女性が、直毘神であるとは古江からの説明を受けた。直毘神が萬好兄妹を狙っている理由も、教えてくれた。
萬好紫月は、生前、人を殺した。直接的ではなくとも、長い下準備のもと、誘発するように仕向けた。執念があると判断されるだろう。法律、司法のもとの判断ならば極悪で極刑と断罪されるものだ。
しかし、萬好紫月は死んだ。
自分が計画し実行した飲酒運転による交通事故は、何の因果か自分自身のもとに巡ってきた。それは、自分の命を以て罪を償った、と言えなくもない。
たしかに、萬好紫月はよくないことをした。しかしもう、そこにいるのは萬好紫月であって、萬好紫月ではないものだ。
直毘神の懸念通り、生前と同じく極悪な幽霊になるかもしれない。実際、萬好芳樹は父を殺そうとし、萬好紫月はそれを止めなかった。
ただ、いい幽霊になれないわけではない。そこには萬好芳樹の生き方と、萬好紫月の強い意志が関わってくる。
「……うん」
深く、しっかりと、頷いた萬好は、強く瞑った目蓋を上げる。
「僕は、父さんを殺さない。殺したら、紫月も心残りがなくなって成仏してしまう。もちろん、他にも、紫月がいたからこうなったんだ、と糾弾されるような真似は、決してしない。僕は、紫月とふたりで、幸せに生きていくよ。……今度こそ」
死んでから結ばれる、というのも皮肉なものだ。ふたりは腹違いの兄妹で、腹違いの兄妹は日本では結婚を許されていない。片やクラスのアイドルで、片やクラスメイトその1。死んでから結ばれる、というのはなんとも皮肉な話だ。
「ありがとう」
「ああ。何かあったら、言ってくれていいから」
「自分でやるよ」
萬好はそう笑って、去って行った。
今後、校舎ですれ違うことはあれど、声をかけることも目を合わせることも、お互いにないのだろう。




