僕たちは僕たちの幸せの形を見つける
相変わらず分身がかいくんを包囲していたものの、分身にしゃべるという機能までは備わっていないのか、質問していた爾小を本物と断定し、かいくんは吶喊した。
爾小も分身を包囲から切り替え、隊列を成すようにした。
十数個の水の大砲が、継続的に放水される。かいくんは津波に突撃するようなもので、無謀にしか見えない。しかもその津波は意志を持っている。かいくんが回避行動を取っても、左右に揺れても高く跳躍しても、永遠に追尾してくる。
高く跳躍し、逃げ場を失ったかいくんへ、突き上げるようにして迫ってくる怒濤の水の柱。
それをかいくんは、空中を蹴るようにして逆さまに落ち、真正面から斬撃を放つ。
打ち上がる水の柱は断ち切り、かいくんは隊列の眼前にまで迫った。十拳の剣を持った近距離タイプのかいくんが、近距離まで詰め寄ったなら、状況がひっくり返る。爾小の隊列が何をするよりも早く、かいくんの一太刀、二太刀のほうが早い。
分身は斬られると人の肌、形を保てなくなり、無色透明の水へとなってからグラウンドに水溜まりを作っていく。
瞬く間にかいくんは斬り伏せ、いくつもの水溜まりを作っていく。分身はすべて斬り伏せた。残りは爾小本人、本物のみ。
しかし、爾小が、直毘神が、何もせず負けを眺めているだけのはずもなかった。
分身が分身ではなくなり、ただの水が形を保てなくなり、地面に水溜まりを作る。その最後の分身に、爾小は姿を隠していた。無色透明となった人型の水、その胸から本物の人の手が飛び出て、かいくんの胸に触れたのだ。
「神直毘」
攻撃が終わった直後は絶大な隙。途端に、かいくんは、
「ぶほっ」
口から血を噴き出した。
「大直毘」
片膝を突くかいくんに、容赦のない爾小。
「感謝しろ。お前の歪んだ背骨をいくつか直しておいた。それから肩の傷と、疲労した脳、消耗した体力と筋肉も直しておいた」
つまり爾小はかいくんに塩を送ったと。ならばなぜ、吐血することになったのか。
「まあ、現実とのズレや慣れてしまった身体の矯正は痛みを伴うからな。しばらくは動けないだろう」
そう言うと、グラウンドの、至る所に存在する水溜まり。それらが、ぐつぐつと沸騰するように沸き立った。
「これで終わりだ」
たしかに爾小の言う通り、かいくんの姿は綺麗そのものだった。汚れも傷も出血もなくなり、汗も引いている。だというのに、それこそが気怠げだと言いたそうに、かいくんは口許を抑えている。その口周りと抑える手だけが、赤い。
爾小が人差し指を振りかざすと、その一振りに合わせて、ぐつぐつといまにも暴れ狂いそうな水溜まりが、決壊した。
決壊した水は、鋭さを持ってかいくんを襲う。それは回避する隙間が、一切ない。
「そこまで」
液体の水が固形のような形を持ち、かいくんの肉体を突き破らんとしたまさにその時。
僕の目の前で座り込んでいたはずの美音が、いつの間にやらかいくんと、その決壊した水の間に割って入っていた。
液体の水は、本当に固体となって、氷のように空中で制止されている。
「朝陽だ」
爾小がゆっくりとふり返る。朝陽の光が、僕らにも差し掛かった。
「ちっ」
舌打ちをすると、固形となった水は、パリンと氷のように割れた。雪よりも小さな結晶が、煌めいている。
「先に帰ってるぞ、美音」
「わかってるよね。爾小ちゃん」
美音に呼び止められた爾小は、鬱陶しそうにふり返りもせずに、
「わーってるよ。そいつらには手は出さない。ただし、当たり前のことだが悪霊になって中つ国に、その住民に、被害を出そうものならこのウケヒの範疇の外だ」
「うん。もちろんだ」
「お前らもだぞ!」
僕たちだった。
「は、はい!」
返事をした。反射的に。でも、べつに求めているわけではなさそうだった。宣言したら宣言したで、さっさと立ち去ってしまった。
美音がかいくんに手を差し出している。かいくんはその手を借りて、立ち上がっていた。
「平気かい?」
「……ええ。凄く平気です。平気過ぎて、気持ち悪い」
「ははは。直毘神の技を喰らったんだ。名誉だよ」
「ありがとうございます」
僕らも、かいくんのもとに駆け寄った。
「大丈夫だったか?」
口許と手を真っ赤に染めた人が言うことじゃないだろう。
「それは、こっちの台詞です。なんとお礼を言えばいいのか……」
「お礼は要らない。俺がやりたくてやったことだから」
「そうは言っても!」
紫月がそう逸った。でも、かいくんには紫月が見えていないのだ。
すると、美音が間を取り持つようにこう言ってくれた。
「ふたりとも、かいくんには感謝してるみたいだ。素直に受け入れるといい」
「じゃあ、そうだな。……頼むから、幸せになってくれ。誰に何て言われようと関係ない。ふたりだけの幸せがあるはずだ。だから、頼む」
それがお礼になるのか。僕も紫月も目が点になる。けど、笑えなかった。なぜか不思議と、そこには重みがあったから。まるで僕らが幸せなら、自分も希望が持てるとでも言いたげに。
「わかった」
僕は、深々と頷いた。
「僕たちは僕たちの幸せの形を見つける」
そうしてかいくんは、ホッとしたように笑った。
「ありがとう」
やっぱり違和感だ。お礼を言われることじゃないのに。
「よし。これで一件落着だな。ってことで、俺は帰る。爾小ちゃんも待たせているし。いいか?」
「はい。ありがとうございました。またお礼は後日。改めて」
「うん」
美音もあっさり立ち去っていく。僕らも頭を下げた。
「ああそうだ」
と、思い出したように、美音は立ち止まる。顔だけふり返った。
「かいくん。お迎えがいるから」
ちょんちょん、と指を校舎のほうへ向ける。たしかに、人影があった。それもふたつほど。




