殺さないよ。でも、
遅刻だ。完全に、遅刻だ。
カバンはあるしすでに登校済みだけど、出席の際に席に座っていなければ遅刻扱いだ。仁はまだ、友人が登校してるって証言してくれるかもしれないけど、僕を味方してくれる人はいない。
遅刻だ。わかっていても、動く気にはなれない。
仁はいま、どんな気持ちだろう。僕はいま、この気持ちは、なんて言えばいいだろう。なんて言うのが、相応しいのだろう。自分でもわからない感情に陥っている。
「それで、どうするんだ?」
「どうする……」
どう、しようか……。
「考えてなかった」
考えても、わからない気がする。
また、ため息が出る。今度は無意識だった。
「仁は、教室に戻りなよ」
「お前は」
「僕は……授業に出る気にはなれない」
今日来たのだって、仁に報告するためが一番だった。報告する義理はないと思ったし、僕と紫月の根幹に関わる繊細な秘密だったから言うのもどうかと思ったけど、吐き出したかったのだ。……うん。そう、吐き出したかった。
「じゃあ」
僕は非常階段を降りた。仁が何か言ったような気もするし、何も言わなかった気もする。
ぶらぶらと、僕は歩いた。家に帰るというのは、一番ない選択だった。だって、家にはまだ父がいるから。父と同じ空気を吸って、一丁前に悲しんでいるところを見て、自分を抑えられる気がしないから。
「はぁ」
無意識なため息をつくと、
「またため息」
紫月が僕の顔を覗き込むようにして、現れた。
無意識に、足に任せて歩いていると、辿り着いたのは例の交差点だった。僕は自販機であったかい飲み物を買って、ベンチに腰掛ける。それらしい防寒着は何も身に着けていないただの制服姿なので、缶の温もりが身に沁みる。
信号が切り替わる。車が目の前をそれなりの速度で駆け抜けていく。
「ごめん」
僕が言えたのは、それだけだった。
「なにが?」
なにが。なにが……なにが、だろう。
言葉が見つからない。言葉を探す。探して、なかなか遅い応答をした。
「ひとりにさせて、しまったから」
僕の拙い辿々しい言葉選びが、紫月のためになるかわからない。けど、紫月は僕のとなりに座ってくれた。
「僕だった。僕だけだったんだ。紫月の痛みがわかるのは。紫月の抱えているものを、一緒に抱えるのは。なのに、僕は……」
なにもしなかった。なにもできなかった。紫月のことをわかろうと、知ろうとしなかった。
僕は紫月を、独りにしてしまった。
「紫月だけの手を汚したくなかった。僕だって一緒にやれた。僕も一緒にやりたかった……ごめん。ごめん。本当に、ごめん……っ」
紫月が僕を包み込む。温もりは伝わってこないけど、感じられた。僕にはそれが、見えた。
「違うよ。あたしは、芳樹を巻き込みたくなかったの。だからひとりでやったの。芳樹のお父さんを殺せば……そうすれば、あたしたちのことを知る人はいなくなる。誰もあたしたちが兄妹だって、ダメな存在だって知る人はいなくなる。あたしが忘れれば、あたしの中だけのことにすれば、そうすれば、あたしたちは一緒に生きていける。芳樹にも、知られたくなかったの。あたしが、汚れた存在だって」
不倫、不貞行為。その下に産まれた紫月は、自分のことを汚れた存在と言った。元々汚れている存在で、殺人という行為によってさらに手を汚した。だから、汚れすぎているということだったのだろうか。単に人をふたりころして、まだ殺そうとしている、という意味ではなかったのか。
「でも、ダメだったの。あたしが知っている時点で、もう、ダメだったの。知らないのは芳樹だけ。芳樹以外が死なないと、認められなかった」
「それなら、僕ももう……知ってしまったよ」
「じゃあ芳樹も死なないといけません」
「ははは……」
それも悪くないかもしれない。
「事故が……車が迫ってくるとき、運転手の顔が見えたの。それがおかしくってね。なんだか、お母さんの顔に見えたの。お母さんが、あたしを殺しに来たみたいに見えたの。そうしたら……動けなかった。うん。避けるなんて発想、なかった」
変な話でしょ? と、紫月は笑った。僕にはとても、笑えなかった。
「紫月は、どうやって知ったんだ? 僕らが兄妹だって」
「見たんだよ」
「見た?」
「うん。家に帰ったら、あたしのお母さんと、芳樹のお父さんがいたの。そこでふたりが、してたの。二人目を~とか、あたしのお父さんをバカにするようなことも言ってたの。世界が崩れる瞬間って、ああいうのを言うんだろうね。あとは、天国から地獄? って感じ」
「天国?」
「うん」
紫月は目を伏せた。口元だけ、かすかに笑っていた。
「その日はなんと、芳樹に告白された日だったのです」
「……」
「好きな人から好きだって言ってもらえたその日に、あたしはとんでもないものを見てしまって、とんでもない想像をしてしまって、まだ離れたくないなんて言いながら、好きな人の家に逃げて好きな人に抱きしめてもらって……でもそうすればそうする度に、どんどんどんどん虚しくなっていって……」
僕と紫月が付き合い始めたのは中学一年生の頃。あのときのことは、よく覚えている。紫月が先輩に告白されていると耳にしてしまって、焦ってしまって、そのとき僕は、自分の気持ちを自覚したのだ。
あのときの、紫月のいまにも泣き出しそうな笑顔は覚えている。いままで感じたことのない幸せを僕は感じた。紫月もそうだったと思う。そうであってほしい。でもその数時間後に、紫月の世界は崩れたのだ。
そして一年後、中学二年のとき、紫月は行動に出た。
「でもまあ、お父さんに悪いことをしちゃったなあ」
「……なんでお父さんまで殺したんだ?」
そうだ。ここでの悪者とは、僕の父と紫月の母だけだ。僕の母はこの事実を知っているのかどうか、確認のしようがないが、紫月の父も紫月と一緒に騙されていた側の人間だろう。
「べつに、殺すつもりはなかったよ」
「え」
「まさか、お父さんを迎えに行ったとは思ってなかった。それなら、帰りじゃなくて、お父さんを乗せる前に死ねばよかったのに。……どこまでも迷惑な人」
それはいままで、僕が見たことのない紫月の顔だった。たぶん、誰にも見せていないんだと思う。ひとりで、紫月はよくこういう顔をしていたんだと思う。
感情を失ったような、表情を消したような、酷薄とした顔は、やっぱり母を母と思っていないらしい。
「でもまあ、結果的によかったのかもね。あたしが本当の娘じゃないなんて知らずに死んだんだから。愛した人に裏切られたって知らずに済んだんだから。そのおかげで、あたしもまあ、芳樹と家族になれたんだから。あたしと芳樹が家族になる方法は、それだけだから」
僕もDNA鑑定が返ってきてから、いろいろ調べた。
異母兄妹の場合、結婚はできないこと。法律はDNAを重視すること。結婚したとしても無効になって関係が取り消しになること。どうにか隙がないかあらゆるケースを模索したけど、ダメだった。僕たちがこの事実を知ってしまったいま、どうやっても覆らない。
紫月の言うように、僕らが家族になるためには、憎き元凶に養子縁組を組んでもらうしかないのだ。
「関係のない、無実の人にまで、あたしは手を出してしまった。あの女は、ひとりで死んでくれさえしなかった。その時点で、あたしももう、戻れないところまで来てしまった。だから、当然の報いなの。もしかしたら、あたしたち家族はそういう星の下に生まれたのかもね。みんな、事故死」
「……紫月の母親は飲酒運転だって言われてたけど、どうやったんだ? 僕は紫月のお母さんはお酒を飲まないタイプだって思ってたけど、実はそうでもなかった?」
「飲まない人だったよ。だから、飲むようにしたの」
「飲むように、した……?」
「うん。圧をかけて、お酒に逃げるようにしたの」
眉間の皺が増える一方だ。
紫月はどこか誇らしげに語る。
「誰にも言えない秘密、あたしがそういう子だってことを、そのことを知ってるってことを、毎朝ポストに入れ続けた。もちろん、匿名でね。あたしを問い質すこともできない。万一、あたしが何も知らなかったら自分から暴露するようなものだから。お父さんにも、言えない。誰にも相談できないまま、毎朝怯えて過ごす。それを隠す素振りは滑稽だったね。で、誰にも言えないんだから、逃げる先はお酒しかない」
僕が知らない間に、紫月の家はかなりぐちゃぐちゃになっていたのだ。娘が母を陰湿な手段でいじめ続けていた。
なかなかな手腕だ。
「僕と似てるね」
「たしかに!」
僕もなかなか陰湿な手段で、仁に濡れ衣を着せて追い詰めた。
「同じ血を引いてるだけあるね!」
「まあ厳密には、半分は違うんだけどね」
母親が違うから異母兄妹。同じ血ではない。
ムスッと紫月は腕を組んだ。
「あの人はお酒に逃げた。弱いくせに、お酒に溺れた。きっとそうすれば何も考えないで済むからだろうね。あの日も、あたしが軽く勧めるだけで簡単に飲んだ。警察に飲酒のことを訊かれたけど、止めたんだけど聞かなくってって言えば、信じてもらえた。……まあ、あのときはお父さんまで死んだって聞いて、本当に気が動転してたってのもあったけど」
だから警察は、紫月を怪しむこともなかったのか。まあ、中学生が両親ふたりの殺害計画を立てて実行した、なんて誰も思わないだろうけど。それこそ、動機がないのだから。僕との繋がり、そして不倫を知らなければ、辿り着けない。
「じゃあ、僕の父さんは? どうやって殺そうと思ってたんだ?」
「狙い目は、出張の日」
「出張の日」
「うん。いろいろ考えたんだけどね。下見もしてた。芳樹の推理通りに。でも、ダメだった。芳樹のお父さんは視界の悪い道を通るわけでもないし、お酒は強いほう。そもそも同じ手は使いたくない。だから、出張の日に合わせて、朝食に睡眠薬を入れてやろうと思ったの」
「す、睡眠薬……」
紫月の母のときにそう思わなかったわけじゃないけど、本格的だ。えげつない。
「日帰りの出張なら車で行くことになる。あれこれお仕事の話は訊き出してたのです。まさか、あたしが不倫の事実を知っていて、殺意を抱いてるなんて、これっぽっちも思ってなかったんだろうね。あたしが前向きになったとでも勘違いしてベラベラ話してくれました。そして、運転中に居眠りをしてしまって……っていうのが、まあ、あたしの思い描いていた理想かな。だから、芳樹の推理は微妙に違ってるね」
「どこが」
「下見は下見だけど、あたしがしてた下見は、芳樹のお父さんが会社を出てから高速道路に乗るまでの時間を調べてたんだよ。事故に遭ったのはその道中。べつにあそこでの計画を考えていたわけじゃないし、あそこで事故られても困る。あたしが怪しくなっちゃうから。睡眠薬が、ちゃんと高速道路で効果を発動してくれないと」
「……睡眠薬が見つかったらどうするんだ」
「事故死なら解剖はされない。されそうなら、拒否する」
「できるのか」
事故死なら解剖されないというのも初めて知ったし、解剖を拒否できるというのも初めて知った。本当に、計画を立てたんだな。
「遺族にはその権利があるからね」
「でも、それがかえって怪しまれないか?」
任意の事情聴取と同じで、やましいことがないならいいですよね? 的なあれだ。
「死んでからも身体を傷つけないでとかなんとか言えば。芳樹が」
「ぼ、僕が?」
「あたしの両親は死んでるんだよ? しかも事故で。養子でもあるあたしが拒否するのは、怪しさが残る。だから本当の息子の芳樹が、拒否するの」
「……」
なんで僕がそうするとわかっているんだ、と言いたかったけど、たぶん、紫月にそうしろ、そうしてほしい、と言われたら、疑問は残ってもそうしてたと思うから、何も言えなかった。
「なんだか、紫月が怖いよ」
「あたしのこと、どう思ってたの?」
「いい意味で、脳天気」
「いい意味でってつけるときは、いい意味じゃないんだと思います」
そうとは決まらないだろう。
さっき買ったペットボトルはもう温い。
僕は腰を上げて、自販機の前に立った。喉が渇いたというのもあるけど、寒いというのもあった。何でもよかったので、安くて持ち運びやすそうな小さいペットボトルの緑茶を選んだ。このサイズで130円。量だけ見るなら、スーパーやコンビニなら同じ値段で倍の量が買える。
取り出して早速一口、口をつける。
「で、どうするの?」
紫月は、何かを催促するように言ってきた。
僕は、必要以上にペットボトルに長く口をつけた。いまは飲んでるから答えられない、というパフォーマンスのつもりで、その合間に、言葉を選んでいた。そのせいで、一息で半分以上飲み干してしまった。これでは暖にもならない。勿体ない。
「紫月が、僕と仁が誤った結論に辿り着いても否定しなかったのは、過程が合っていれば起こる未来も同じだと思ったから。だよね」
横にも縦にも首を振らなかった。そっと微笑むだけ。
「なんで紫月が、ここにいるのか。幽霊が現世に留まるのは、まあ、定番は心残りがあるからだ。その心残りは何だったのか。それは僕の父が生きていること。僕の父を殺せなかったこと。計画が途中で終わってしまったことが、紫月にとって死んでも死にきれない理由だったんだ」
僕が葬式に現れなかったから、と言ったけど、あれは嘘だ。だって、体育祭をサボってラーメン屋でお昼を食べたあの日は金曜日で、土曜日の葬式の前日だ。そのときから紫月はいた。葬式云々は矛盾している。まあ、厳密には紫月は葬式に来なかった人のことを僕だとは言わなかったけど、いずれにせよ、因果関係がおかしい。
「だから紫月は、僕の父に乱暴されたって僕たちが間違った結論に辿り着いても、否定しなかった。間違った結論でも、僕は父さんを殺してたから。悲願が達成する。否定する意味がなかったんだ。天知さんが言ってくれなかったら、僕はあのまま殺してただろうね。……なんで天知さんが、紫月が見えるのか、嘘だってわかったのかは、よくわからないけど」
「それはあたしも」
やっと口を開いた。でも、どうやら本当に驚いているようで、紫月がどうにかこうにかしたわけではないらしい。だったら最初から否定してるので、これまた紫月は訳のわからない行動をしていることになってしまう。
天知さんのことはよくわからないが、悪意があるわけではなさそうだし、あの言葉は本物だと思いたいので、一旦頭の片隅に置いておく。
「でも、ちょっとだけ補足していい?」
「もちろん」
「たしかにあたしがここにいる理由、幽霊になった理由は、芳樹のお父さんをまだ殺せてないから、だけど、幽霊になって一番に会いに行ったのは、芳樹だからね」
真面目な顔で、そう言われると……照れる。
僕は頬を掻いた。
「それは、どうも」
赤くなっているのかもしれない。紫月は嬉しそうだった。
「で、幽霊ならもっと楽々お手軽に直接、あの人を殺せるんじゃないかって思った。っていうか、いまさらあたしが殺したってバレても死んでるから、逮捕も何もない。だから殺してやろうと思った。でも、あたしはこっちの……現世? に、干渉できない。物にも人にも触れられない」
紫月の顔に手を近づける。確かにそこにいるのに、まるで何もないかのように、僕の手は紫月の頬をすり抜けていった。
僕からも、紫月には触れられない。
「じゃあ誰かに殺してもらうしかない」
当たり前の結論だ。自分でできないことは他人を頼る。それが人殺しであることだけを除けば、人間社会の基盤みたいなものだ。
「べつに芳樹じゃなくてよかった。芳樹に父親を殺させたくはなかった。それに、あたしたちのことを、知らせたくなかった。でも芳樹、もの凄く、何ていうか……黒いオーラがあった。あたしが何もしなくても、近づくもの全てを傷つけるような、そんな、危ないオーラが」
紫月を失ったことは、僕にとって人生を失ったようなものだった。自分が死ぬほうが遥かに楽だった。でも、僕はそんな危うい雰囲気だったのか。まあ、自分を本当の意味で客観視することはできない。紫月がそう言うんなら、そうだろう。
「で、トイレで水を被ったり自分の財布を池に放置したりジャージを水浸しにしたり……挑発的なことまでして、半殺しにまでされてた。正直、怖かったよ。自分のことをまったく顧みない芳樹は」
「……」
仁に殴られるのは、正直な話、気持ちが良かった。
そう言うとまるで僕はマゾヒストのように聞こえるけど、そうじゃない。
紫月を守れなかったこととか、価値のない僕のほうが生きていることとか、綺麗に言えば自責の念のようなものがあって、それが仁に殴られることで解消されていくような感じがして、だからまあ、気持ちが良かったのだ。
「でも、ちょっとだけ、嬉しかった」
「僕が惨めに地面を這いつくばってる姿が?」
「うん」
「おい」
紫月はサディスティックだったのか。なら僕と相性はピッタリじゃないか! とはならない。
「あたしのためにここまでしてくれるんだ……ってね」
「変な性癖だな。歪んでるじゃないか。天知さんの言うとおり」
「だから芳樹が、あたしが乱暴されたとか間違った結論に辿り着いても、否定しなかった。芳樹ならそれで殺してくれるだろうから。あたしのためにそこまでしてくれるのは嬉しかったし。でも……でも、天知さんの言葉を聞いて、揺れた」
好きな人には幸せになってほしい、ってやつか。
「芳樹には幸せになってほしい。だから殺さないでほしい。でも、あたし以外の人と幸せになるのは嫌だ。あたしと一緒に、汚れてほしい」
僕も、同じだと思う。紫月がべつの男といちゃいちゃして結婚なんかしようものなら、その男を殺してしまうかもしれない。それか僕が死ぬか。
「たぶん、ずっと、奥底にあったんだと思う。だからあたし、芳樹に何も言えなかった。芳樹がどっちの選択をしても、あたしは同じように喜んで同じようにガッカリするから」
紫月が素直に全部話してくれたとして、僕が父を殺そうと決意して実行しても、紫月は喜ぶし落ち込むのだ。そして殺さないと決意して実行しなくても、紫月は喜んで落ち込むのだ。
まあ、矛盾な話だけど、人間としては正しいのだと思う。
「だから、どうするの?」
それら全部を踏まえて、紫月は僕に選択を委ねてきた。
「殺さないよ」
紫月は曖昧に笑った。
「でも、許すつもりもない」
ゆっくりと、紫月の顔が上がってくる。
「元凶は僕の父と紫月の母だ。ふたりが真っ当にしていれば、こんなことにはならなかった。紫月は手を汚す必要もなかったし、あの日、あの交差点に行くこともなかった。車も、避けられたかもしれない」
僕の父と紫月の母がどんな関係だったかは、もうどうでもいい。どっちが誘ったのか、どこから関係があったのか、そんなのはどうでもいい。どんな事情であっても、いまさら過ぎる。同情なんかしない。
「だから僕の父には、生きてもらう。これからもずっと、生きてもらう。生きながら、地獄を味わわせる」
紫月が生きるはずだった幸せな未来を奪ったのだ。何があっても幸せにはさせない。簡単には死なせない。
「そのためにはまず、立ち直らせる必要がある。一丁前に悲しんでるのとか、何様だよって感じだし」
お前のせいで紫月は死んだのに、そのことも知らないで悲しみに暮れているのは見ていて腹立たしい。
「それに……」
僕は紫月を見る。紫月は軽く首を傾けた。
「それに? なに?」
「いや。なんでもない」
「えぇ。一番気になるやつ」
「じゃあ当ててみてよ」
「ヒントは?」
「ヒント? ヒントか……」
「ヒントなしは無理だよ」
「じゃあヒントなし」
「ん? 耳がおかしくなってきたかもしれません。もう一度お願いします」
「ヒントは、なし」
「芳樹は頭がおかしいようだね」
「紫月に言われたくないね」
「おいっ」




