僕たち、兄妹だったんだ
それから一週間が経った。
仁たちも謹慎が空けて、何よりも早く、仁は僕の席を訪れた。
「いいか」
頷く。
たぶん、クラスメイトはまだ僕と仁が敵対していると思って、また呼び出しからの報復とでも思っているのだろう。
廊下の突き当たりまで行って、普段、人が来ない非常階段に出た。あんまり、人に聞かれたくはない話だから。
「どうなんだ? その……」
言い辛そうにしていたし、聞き辛そうにもしていたので、僕のほうから言う。
「まだだよ。まだ……してない」
「そうか……」
僕が壁に腕を預けて外を眺めていると、仁も同じように僕の横に並んだ。そこにはどこか安堵を感じているようだった。
「いや、なんか……あのあと、いろいろ考えたんだ。で、いま、お前から、やってないって言葉を聞いて……ホッとした。これが、率直な思いだ」
「そう」
喜んでいいのか、よくわからないけど。
「第一、やってたらすぐわかるでしょ。ニュースとかで」
「だからほら、完全犯罪? とかよ」
「そんなのあるわけ」
「どうだか」
僕を責めて詰るような目つきだ。
「お前のおかげで、俺たちは見事にいじめの加害者だからな」
「それは……」
「ははは。だからお前なら、やれるんじゃねぇのかって思ってたんだけど……なんでまだやってねぇんだ?」
早くやれよと急かしているのではなく、素朴な疑問といった感じだった。
「あのあと、帰りに、また天知さんと会ったんだ」
僕のいじめのねつ造、濡れ衣や冤罪を暴いた天知さん。仁からすればヒーローだろうに、晴れやかな顔をしないのは、僕と同じで天知さんがいると不穏な空気になるからだろうか。
「何言われたんだ」
「僕の父さんが紫月を好き放題していたのなら、僕らに嘘をついてあの交差点に行ったのはどうしてなのか。その疑問が解けないって」
「……なんで天知さんは俺たちの推理を知ってるんだよ」
「さあ」
よくわからない。考えてもわかることではない。
ただ、天知さんに不穏な気配を感じたものの、あそこで僕と紫月に向けた思いの丈だけは、情に溢れた本物だったと思える。紫月もそう思ったから、僕に打ち明けてくれたのだろう。
「あとそれから、あの日だけじゃなくて、紫月は仁たちの誘いを断ってたんじゃないかって言われたんだ」
「そりゃあ、あるだろ。ほかの女子も俺たちも部活がある。予定が合わないことはしょっちゅうだから、断られることはよくあったぞ」
紫月は特に部活に所属していなかった。でも、男子三人の中に女子ひとりだけ、紫月だけが参加するというのも、気まずいだろう。ほかの女子が部活だったときに、それを建前に断ったというのは至って自然だ。
「でも僕は、ほとんど毎週、紫月が出掛ける姿を見てる。仁たちと遊んでくるって言って家を出る姿をね。テスト期間ならテスト勉強、文化祭なら打ち上げって風にね。訊くこともすくなくなってた。どうせまた仁たちとだ、って思って」
「じゃあなんだ。紫月が俺たちに嘘をついてたのは、あの日だけじゃないって言いたいのか」
「うん」
「なんで……」
裏切られた、とでも思っているのか。僕も、同じ感覚だ。
「ひとつ、いまから変なこと言うけど、いい?」
「……ああ」
「僕が葬式に行かなかった理由、言ったよね?」
「……参列するなら親族側になるからだろ」
「うん。それと、死んだとは思えなかったから、なんだ」
「……それは、俺もだ。葬式に行くまで、行っても、現実味がなかった」
「そうじゃないんだ」
僕はゆっくり、首を横に振った。仁は首を傾げる。
「僕にはまだ、紫月が見えるんだ」
「……は?」
「幽霊、って言えばいいのかな。化けて出る、ってやつ。はっきり死を確認してから、紫月と再会したんだ。交通事故のあとだし、病院で遺体も見たのに」
まあ、当たり前だけど、仁は信じられてないようだ。それどころか、僕に気を遣うように何度か頷いた。
「あ、ああ……そうか。それで?」
「信じてないね」
「いやっ」
そう思っているなら、そのままでいさせてやろうという気遣いが目に見えている。現実を突き付けず否定しないでやろうという優しさはありがたいけど、これはべつに僕の思い込みとか、僕が作りだした幻覚とかじゃない。
「誕生日に花束を、しかもあたしの年齢分の花を持ってくるのは、正直クサい」
「なっ……!」
「うわ、本当なんだ」
「うわって何だようわって! インパクトが大事だと思ったんだ! 印象に残るように」
「ギブ。ギブギブ」
苦しい。僕は仁の腕をタップした。相変わらず野蛮人だ。恥ずかしいからだろう。力加減もできていない。
「っつうかなんで知ってんだよ! 誰にも言ってねぇのに!」
「だから紫月に訊いたんだよ。仁とふたりだけの秘密はないのかって。そしたら、教えてくれた」
「紫月めぇ……」
「でも僕はいいと思うよ。意外とロマンチストなんだね」
「バカにしてるだろ」
そんなことないんだけどな。僕には決してできない。そんな愛の籠もったストレートな表現。
「はぁ。まあ、わかったよ。幽霊とか、本当にいるんだな……」
僕は登校してくる生徒や朝練の片付けをするジャージ、ユニフォーム姿を眺めていたんだけど、仁は空を仰いでいた。その口をつり上げて。
「悔しいぜ。お前の前には出るのに、俺の前には出てこないんだからよ」
ははっ、と自嘲気味の笑みだった。
「で? この一週間、何もやってなかったわけじゃないんだろ?」
仁が話を戻したので、僕もそれ以上、何も言わない。
「うん。この一週間は、まあ、ほとんどが返信待ちだったんだ」
「返信?」
僕はカバンからある物を取り出す。仁に渡すと、眉をひそめた。
「なんだこれ?」
「開けてみてよ」
「いいのか?」
「うん。僕はもう、見たから」
開封済みの茶封筒を、許可を得てからも仁は遠慮がちに開けていく。中身の紙を、取り出す。
「僕たち、兄妹だったんだ」
「それは前に聞い、た……」
紙の内容を見て、その紙が、僕が一週間、何の返信を待っていたか理解した仁は、開いた口が塞がらないといった感じで、
「……うん」
「……お前、これ!」
「うん」
すでに結果は知っている。もう僕は目を通した。だからいまさら動揺しない。でも、それでも、すこしは顔に出ていたか。
「……くそっ」
仁は苦々しく、吐き捨てる。
そう。それはDNAの鑑定依頼。その返信。僕の父のDNAをこっそり採取して、紫月のDNAを家中から探して、髪の毛を探し出して、送った。その結果、親子関係ありという結果だった。
僕の父は、紫月の父でもあったのだ。
僕と紫月は、兄妹だったのだ。歴とした、兄妹……異母兄妹だったのだ。




