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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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いじめはなかった


 買った飲み物を飲み終えた者と、持ち歩く者に別れた。僕と仁は飲み終えて容器は捨てて、天知さんたちはまだ飲み干していないようだった。暖にするには温くなってしまっただろうし、冷めたホットは味も落ちるだろう。だから僕は温かい内に飲み干した。


 駅前に植えられた樹木の周りに、円形になったベンチがある。僕はそこに腰を降ろした。目の前には、仁が突っ立っている。威圧している風でもあるし、通行人から顔を隠している風でもある。

 天知さんたちは僕の背中、反対側に座っている。わかめ男が立ったままなのは、ここで乱闘が起こったら即座に動いて止めるためだろうか。


 冬の寒さに当てられて、身体の熱もすこし落ち着いただろうか。でもいまから言うこと次第で、いつ仁の沸点に到達するかわからない。一発だけ殴られる、という結末が一番嫌だ。できれば僕はボコボコにされたい。ちゃんと僕が被害者で、仁が加害者として、目撃されたいんだけど……わかめ男がいるので、それも無理だろう。まさか仁を止められるほど腕力のある男がいるとは。


「温くなっちゃった」

「一口ちょうだい。私のもあげるから」

「えぇ。コーヒーでしょ? 苦いの嫌だ」

「でも友達っぽいかもしれない」

「一口だけね?」


 なんて、和やかな会話が後ろから聞こえる。


 仁は何も言わず圧をかけてくるばかりで、わかめ男の見えない視線も不気味だ。僕が口火を切るしかないのだろう。


「どこから話そう」

「最初からだろ」

「だからその最初がどこからって話なんだよ」

「あ?」


 僕は仁が嫌いだし、仁も僕が嫌いなんだろう。でも、ここまで短絡的な印象は持っていなかった。よっぽど、紫月のことが好きで、よっぽど、その葬式に来なかったことを恨んでるらしい。


「まあ、べつに、僕はそもそも、仁にいじめられてる、なんて一言も言ってないんだけどね」


 目がぴくりとひくついた。


「で」


 それでも自制が効いたらしい。目覚ましい成長だ。


「いじめがあると通報した。僕がボコボコにされている動画を投稿した。そしたら、学校側は、勝手にふたつを結びつけてくれたんだ」


 腕を組み、貧乏揺すりに爪先で地面を叩く仁。頑張って己を縛っている。すごい。どんどん成長している。


「たしかに、匿名の通報とか言ってたな。お前以外いないのはわかってたから気にしなかったけど……」

「仁たちが出て行ったあとに水が降ってきたなら、僕が仁たちを犯人だと思うのは間違い。仁たちも、トイレにいる間に水の降る音がすれば気付く。つまり、あのトイレには仁たちと僕以外に誰もいなかった。仁がやってないなら、あとは僕だけだ」

「……てめぇ」

「仁たちがトイレに来て出て行ったあとで、僕は自分でバケツの水を被ったんだ。だからバケツを調べても仁の指紋なんか出てこない。掃除メンバー以外は、僕のものしか出てこない。必要ないって言ったのは、そういうこと」

「……なんで俺たちがトイレに行くってわかったんだよ。いや、その前に、俺ら以外のやつらがいたらどうしたんだよ」


 びっくりした。意外と冷静じゃないか。


「べつに、あの日じゃなくてもよかった。一週間、一ヶ月、一年……どれだけでも待った。一回だけでよかったんだ。僕と、仁たちだけがトイレにいる瞬間を作れれば、それだけで」


 あの日だけ偶然、スマホをセットして録画していた、なんてわけがない。あの日がダメなら明日も、明後日も、その次もその次も、いくらでも繰り返していた。


「朝、仁に殴られて、殴られたおかげで、閃いたんだよ。仁は僕を嫌ってる。そして、クラスの敵になった。仁には僕がいじめる、排除する理由があって、クラスもそれを正しいとする空気になっていた。なら、仁が僕をいじめても、誰も疑わないし告げ口もしない」

「……」

「財布だって僕が自分で沈めた。お金は朝の内に募金箱に突っ込んでおいた。万に一つも、財布から誰かの指紋が出てくることはない。弁当は自分で捨てて自分で回収した。ジャージだって、僕が自分で濡らした。半袖短パンで体育をすることになったのだって、自分の行いの結果だ」


 そもそも財布なんて、抜き取られる隙がない。

 クラスすべてが敵になっていて、本当に水を浴びせられてたなら、財布は最も警戒する。財布を教室に放置するのなんて、持って行ってくださいと言ってるようなものだ。鍵つきのロッカーに仕舞うか、常に肌身は出さないようにしている。担任だって常々そう言っている。

 移動教室で教室から人がいなくなり、ジャージを盗み出して誰の目にもつかず濡らして使い物にできなくする隙があるのは、僕だってそうだ。弁当箱もそう。ゴミ箱に捨てるのは僕もできる。

 いじめの予兆があったというのに、扉すらないロッカーに仕舞っておくだなんて、不用心にもほどがある。机の脇にカバンを引っ掛けておくだけだなんて、強盗を家に招くようなものだ。


「……意味わかんねぇ。なんでそんなことしたんだよ」


 そこには仁も、些細ながら怯えがあった。僕は、狂っているのかもしれない。彼らがこれを狂気と呼んでも、僕は使命感とかやる気とか、その辺にしかならない。


「仁はいじめなんかしてないんだ。その事実を作るためには、ああするしかなかった。結果、どうなった? 仁は、いじめがあるという告発を、僕が仁たちを告発したんだって思い込んだ。疑われたって思ったんだ。校内放送で呼び出されて、あらぬ疑いをかけられれば、腹が立つだろう。ふざけんなって思うだろう。そして、仁は僕の挑発を挑発とも思わず乗ってきて、僕は案の定、ボコボコにされた。なかったいじめができあがったんだ」


 教師は、学校は、歴としたリンチの映像動画という証拠によって、彼らをいじめの犯人だと認めた。クラスは、クラスメイトは、僕の敵。仁の行動を、口には出さず手伝ったりはしないけど、内心では喜んでいる。敵を排除する仁の行動は英雄的な行動として、担ぎ上げられる。

 誰も、仁がやっていないとは疑わない。


「そこまで……そこまでやっておいて、じゃあなんで許したんだよ。俺がお前に謝罪の気持ちなんかこれっぽっちもねえことぐらい、わかってんだろ」


 たしかに、僕の行動は矛盾に見えるだろう。自分の身さえ厭わない執念、狂気がありながら、心の籠もっていないごめんなさいで許すのは、おかしい。

 仁たちがいじめてなんかない、すくなくともやったのはリンチだけとわかっているのは、仁たち自身と僕だけだ。謝罪は形だけ、むしろ神経を逆撫でるような行為であることは火を見るより明らか。


「許してるわけ、ないじゃないか」

「は……?」

「許さないって言ったら、どうなってた」

「……」


 あの場で、匿名の告発文、動画の投稿により仁たちがいじめの犯人だと断定されて、僕が許さないと確固たる意志を見せていたら、どうなっていたか。


「学校側が、これを公にするか? 学校が、学校内でのいじめ問題を認めて、警察に届けて教育委員会に報告して、世間様に認めるか? いいや、そんなはずがない」


 僕が、謝ってくれれば許すと言ったとき、彼らはホッとしたのだ。これで、大事にならない、と。死亡者が出たあとでいじめ問題だなんて、嫌だろう。

 ……ふざけるな。


「退学か、転校か。そんなもので許すはずがないだろ。お前らにその後の人生なんか与えない。お前らの人生は破滅させる。謹慎が空けたら僕はこれらの証拠をあらゆる場所にリークする。ネットのあらゆる場所、お前らの親の仕事先、友人知り合い、親戚中に送りつける。どこへ逃げても、どんな場所にいても、絶対に見つけ出して同じことをしてやる。お前らに未来はない。平穏な日々は、この謹慎の間だけ。精々、あと一週間だ。それを楽しむことだね」


 仁は僕を嫌ってる。僕も仁が嫌いだ。仁が僕を嫌っている以上に、僕のほうが仁のことを嫌っている。仁だけじゃない。仁と一緒にいたやつらも嫌いだ。男も女も関係ない。クラスメイト全部、学校全部、生徒か教師かなんて関係ない。全部、嫌いだ。

 いじめをなるべく小さく収めるよう言われた、と被害者である僕が言えば、学校も、大人も、終わりだ。


「な、なんで……」


 僕なんてドブネズミでしかなかったはずだけど、窮鼠猫を噛むなんていう言葉の通り、ドブだろうとネズミだろうと、意地はあるのだ。

 ドブネズミを強気に獲物と見下ろしていた仁は、自らに訪れる破滅の未来に震え上がったようで、恐れ戦いている。


「なんで?」


 僕はその一言に、その一言が、……ここまでしても自覚しない愚かな頭に、我慢ならなかった。


「なんでだって? なんで!? なんで……なんでなんでなんで! ……お前がそれを言うのか!?」


 僕は、仁の胸ぐらを掴んでいた。仁のほうが背丈は高く、胸ぐらを掴んでも僕が背伸びするばかりだけど、今後、これ以上はないだろう力を発揮した。


「お前のせいだろ!? お前が……お前たちが……紫月が死んだのはお前たちのせいだ! お前たちがいなければ……そうすれば、あの日、紫月は事故になんか…………」


 あの日、紫月は、遊びに出掛けた。いつも通り、仁たちと遊ぶと言って、家を出た。その途中で、事故に遭った。

 こいつらがいなければ、こいつらなんかと連まなければ、こいつらと友達になんかなって、こいつらなんかと遊ぶ約束をしてしまったから……こいつらがいたから。だから、紫月は死んだ。


「紫月が死んだのは交通事故。ああそうだ事故だ。それでいい。事故だ。しょうがない。しょうがないさ。でも事故に遭ったのはお前らが原因だ。お前らが産まれてこなければ紫月は死ななかった。お前たちなんかを産んだ親にだって責任はある。許さないからな。紫月の未来を奪ったくせに、お前たちだけに、明るい未来なんか与えない。絶対に、許さない」


 わかめ男は、止めてこなかった。

 けっきょくは僕の非力でひ弱な細腕じゃあ、迫力も何もなくて、仁を苦しませることもできないからなのだろう。止める必要もないのだろう。いまにでも絞め殺してやりたいのに。

 それとも、僕に同情してくれたのだろうか。僕の気持ちがわかってくれたのだろうか。僕の紫月は、彼にとっては、主として仕える天知さんになるはずだ。人生を、存在意義を失ったようなものだ。その怒りを尊重して、止めないでいてくれたのなら、ありがたい。


「ちょっ……ま、待てよ……」


 苦しそうに藻掻いている。紫月はもっと苦しかったはずだ。


「お、俺たちは……あの日、遊ぶ約束なんか……してない、ぞ……」

「嘘をつくな!」

「う、うそ、じゃ……」


 そこでようやく、わかめ男は止めてくれた。


「邪魔するな」


 仁のように無理やり握力で握り潰してくることはなかった。優しくそっと手を添えて、首を横に振る。


「ここで殺したら、楽になるぞ」

「……」


 それは、ダメだ。死なせない。死なせてなるものか。一時の苦しみでは許さない。

 僕は、手を離した。


「ゲホッゲホッ……!」


 仁は、喉を抑えて嘔吐いた。口の端からは涎が垂れていて、袖で拭うようにする。

 息を整えてから、仁は、僕に、いつもとはちょっと違う視線を向けてきた。普段、紫月が生きていた頃に、たまに視界の端にちらついた、ムードメーカーらしい柔らかい目つきだった。

 まるで僕に同情するような目つきに、僕は舌打ちした。


「そうか……そうだったんだな……」

「なにひとりで納得してるんだよ」

「……あの日、俺らは紫月と遊ぶ約束してない」

「……だからそんな嘘」

「嘘じゃねぇって」


 ズボンのポケットから、仁はスマホを取り出した。すこししてから、画面を向けてくる。そこには、紫月とのトークが表示されていた。


「たしかに、俺は紫月を誘った。けど、断られたんだ、あの日もな。……デートがあるって、初めて、きっぱり、言われた」

「は……?」

「だから……試しにお前の名前を出したら、ほら、うんって」

「はあ……?」


 意味がわからない。


「だからその日は、俺たちは……まあ、俺が、慰められてたんだ。紫月にデートを断られて、彼氏もいることがわかって、慰められてたんだ。疑うなら、あいつらに訊け。それか、行った場所教えるから、店に行ってカメラとか見せてもらえばいい」

「そんな簡単に……」

「簡単じゃないからやめんのかよ」


 仁にそう言われるのは癪だ。でも、それだけ強く言うのは、本当にそうなんだろう。現に、紫月のトークがある。


「だから俺は、お前のせいだって思ってた。紫月が死んだのはお前のせいだ。お前が守れなかったのが原因だって思ってた。俺だったら……俺だったら、紫月を死なせない。紫月を守れたのに。……ってな」


 僕と、同じだ。

 僕も、身代わりになるつもりだった。それぐらいは、したかった。できるはずだった。紫月が死ぬぐらいなら、僕が死にたかった。僕が死ねばよかった。

 だから仁たちが、仁が特に嫌いだった。

 あれだけ好きだ好きだとオーラ全開だったくせに、紫月のことを守れず、守ることすらせず、あまつさえ、死ぬ原因を作った仁が、心の底から嫌いだった。

 なのに、どうして。

 紫月は、仁の誘いを断った。

 断ったのに、なぜ仁に誘われて遊びに行くと言って、家を出たのか。

 仁には、僕とのデートであると、僕が彼氏であることを認めてまで、なぜ嘘をついたのか。

 訳がわからない。

 僕は必死に紫月を探した。探したけど、どこにもいなかった。


「まあ、お前のことを疑うつもりはねぇよ。ここまでやって、デートしてたのにしてねぇなんて言い張ってるとは思えねぇ。それで俺にボコボコにされて、あんだけ辛い状況に陥って、……いまのは本物だからな」


 べつに辛くなんかなかった。

 仁のことは嫌いだ。嫌いだけど、僕は仁が僕を嫌うぐらい、僕のことも嫌いだ。だからいくら痛めつけられても平気だった。


「けど、俺もお前も本当のことを言ってるんなら、紫月が嘘をついたことになる。……なんで紫月は、俺にもお前にもお互いを嘘にしてまで、あの日、断ったんだ?」

「僕にわかるはずがないだろ……っ」

「……だよな」


 呆然とする僕は力が抜けて、よろよろとベンチに尻をつけた。仁は僕の肩を叩いて、となりに座ってくる。手の平をつけて、空を見上げるようにした。


「では、結論に入りましょう」


 顔を上げると、ストローから口を離した天知さんが、僕らの前に立っていた。

 その佇まい、表情は、まるで僕たちのことなんか意に介していないようで、それは、よく言えば肝が据わっている、悪く言えば無神経、といった感じだった。


 天知さんには敵わないな、と僕は心底思い知らされた。僕もちろん、敵うだなんて一度も思ったことがないんだけど。

 もしかしたら天知さんは、すべてを知っていたのではないか。僕が仁を嵌めようとしていることを。だから、仄めかしてきたのだ。脅してきたのだ。財布やバケツ等を警察に持ち込めばいずれバレるぞ、自分の口で言うか、と。

 本当にバケツや財布に指紋がつくのか、残るのかは知らない。でも、知らないということは、その可能性が否定できないということでもある。本来付着するはずの物がなければ、僕が疑われる。そうすれば露見する。

 そして、どうやったって付着していないことは、僕だけが知っている。


 まったく、恐ろしい。


「わたしたちの元に持ち込まれた相談内容は、クラスでのいじめについて、です」


 そうだった。

 僕がでっち上げて、なかったいじめの加害者に仁たちを据えた偽りのいじめ問題。僕はあくまで手段として使っただけで、紫月の死が目的だけど、天知さんたちは紫月なんて関係ないのだ。


「どういった結末にするご予定ですか?」


 結末にする。するということは、僕たちが決めるということ。厳密には、僕が決めること、だろう。被害者でもあり訴えのできる僕が、仁の処分もいじめ問題の行く末も握っている。

 被害者と加害者が一堂に会していて、なおかつ信頼できる肩入れしない第三者がいるいまが、決めるのにちょうどいいのだろう。


 僕は一度、仁の顔を見た。


「僕に決定権があるなら、僕はもう、いいかな。いじめはなかった。これが事実だ」


 仁の目からは、どんな処罰でも受けるといった覚悟が見て取れた。僕が、いまさっき破滅に追い込むと宣言したにもかかわらず、腹をくくっていた。だからもう、それで、充分だ。


「い、いいんですか」


 メイドさんが、僕と仁の顔を行ったり来たりしていた。


「殴られたのは、事実ですよね……?」

「そうだね」


 三人に校舎裏に呼び込まれて、袋だたきにされたのは事実だ。消毒は沁みたし、食事も大きく口を開けなかったし、息苦しかったし、寝返りを打ったときに痣が刺激されて悶えたし、それらは事実だ。


「でも、その処罰として、仁たちは謹慎になったんだ。むしろ、仁には、僕を処罰する権利がある。冤罪を作って、いじめ加害者というレッテルが貼られて、謹慎処分にも課せられて……いま、天知さんが言った言葉を職員室で、警察に持ち込んで行動してもらえば、冤罪だってことは晴れる」


 きっと、僕のほうが罪は重くなる。そうしたら、本当にいじめが起きるかもしれないけど。


「それを言ったら、俺もだ。お前のことを殴ったのは、事実だ。しかも二回も。その処分が謹慎だって考えると、安いものだろ」

「……まあ、殴られたのは二回だけじゃないけどね」

「いや二回だろ。朝と、校舎裏で」

「あ、そっちね」


 二回って二発って意味じゃなかったのか。


「それに、ほとんど蹴りだったし」

「……あ、そっち」


 たしかに、二回が二発って意味でも、正しく二回だ。


「では、円満解決。いじめ問題はこれにて決着。……で、よろしいでしょうか」


 よろしいもなにも、最初からいじめなどなかったのだ。


「うん、それでよろしいです」

「いろいろ面倒かけて、悪かった」


 仁は律儀に頭を下げた。


「では、あとはどうぞご自由に。お時間取らせて申し訳ありませんでした」


 天知さんはやっと終わった、と安堵の笑みを浮かべて、くるりと背を向ける。ストローに口をつける。メイドさんが何とも言えない表情を浮かべていた。僕らのことを心配しているようで、変な物でも見たかのような表情で、


「なんで加害者と被害者があんなにあっさり仲良くなってるの……?」

「さあ」


 なんてこそこそ会話してるけど、聞こえている。


 まあ、そこが男と女の違いだろう。僕は男子なので、女子の喧嘩というものを知らないけど、陰湿だ、という話は聞いたことがある。だからこそ、滅多に喧嘩はしない、というのも。

 その反対で、僕ら男子はどうでもいいことですぐに喧嘩してしまうけど、長引きはしないし仲直りもしない。翌日に平然な顔をしていつも通りに過ごしている。バカなのかもしれない。でも、いまはこのバカさ加減に救われている。


「まだ、なにか?」


 わかめ男が僕をじっと見つめていた。

 天知さんと同業のメイドさんはすでに行ってしまったのに、わかめ男はここにいる。ただ黙って見下ろされるだけなのは、彼の姿も相まって不気味だ。


「かいくーん!」


 天知さんの声だ。大きく手を振っている。

 このわかめ男が例のかいくんだったのか。……あのメイドさんが、ラーメン屋で一緒だった友達であることにも、ようやく頭が回った。


「しろあが迷惑かけた」

「いえ。こちらこそ……?」

「お詫びと言ってはなんだけど」


 わかめ男はそう言って、僕に何かを押し付けてきた。目を落とすと、もう天知さんたちのもとへ向かっている。


「なんだそれ」

「……お守り?」

「お守り? なんで」

「さあ……」


 頭を上げた仁も、僕と似たような心境だったのか、


「何なんだあいつ……?」


 と困惑していた。


「そういえば、手、平気だった?」

「あ、ああ……でもまあ、あとすこしで潰れてただろうな」

「そんな握力強かったの」

「バケモンだろ」


 仁は自分の手に支障がないと示すように、グー、パーと繰り返した。そして、袖を捲ってみせる。手首にはくっきりと赤い手形が残っていた。


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