幽霊って、証言台に立てないよね?
四時間目の体育。体育は男女で別れている。僕ら八組の男子は、七組の男子との合同だ。どこにも半袖短パンの姿はなかった。僕以外は。
ふつうに、風を引きそうだ。
「はっくしょん!」
いまは十二月。冬の真っ只中。校庭に出れば吐く息が途端に白くなるというのに、僕だけは半袖短パンだった。
体育祭も終わったので、次の学校行事は定期テストを除くとマラソン大会となるらしい。嫌な時期だ。体育祭のように休もうか。なんて、そんな勇気があるはずもなく。
マラソン大会に備えた体育の授業では、トラックを七周とか走る。これでも辛い。地獄だ。だというのに、当日のマラソン大会に比べるとこれは半分にも満たないという。15キロ。恐ろしい。今日は本番と同じルートでないことだけが、せめてもの救いか。
ほぼビリッケツだったわけだけど、僕からすれば手抜きはしていない。疲れた。身体も熱を発している。汗も掻いた。でも冬なので、すぐに乾いてしまう。その乾いた汗が肌には貼りつくと、氷を押し当てられたような感覚になる。
僕のクラスメイトや七組の男子は、ランニング中にジャージを脱いでいたとしても、終われば着れる。体温は下がらない。僕だけだ。ジャージを着るという選択肢がないのは。
理由は単純。見上げればわかる。校庭から校舎に戻る途中、保健室が視界に入る。保健室の勝手口付近には物干し竿があって、そこには紺色のジャージが干してある。名前までは見えないけど、僕のだ。僕が干したんだから。
この時期にジャージを忘れるはずがない。使い物にならなかったから、使わなかっただけ。ずぶ濡れになったジャージを着るのは、真冬に冷水を浴びるようなものだ。
着替えを終えて、教室に戻る。すでに時間は昼休みだ。腹が減ってしまった。僕は机の横に引っ掛けてあったカバンの中を漁る。……漁る。
「……ん?」
違和感。あるはずのものがない。
僕はたしかに、弁当箱を入れたはずなのに。
カバンに物を多く入れるタイプではない。学校に必要なものはそう多くないからだ。だから見つからない、なんてことはない。
「はぁ」
教室のゴミ箱に近寄って、蓋を開けた。あった。僕の弁当箱。弁当箱ごと、中身が捨てられてあった。
くすくすとした笑い声は、幻聴だったら嬉しい。
体育は着替えがあったし移動もあったし、教室からもすぐに人はいなくなった。隙は大きいだろう。それ以前に、一時間目も移動教室だった。その間ではない、とも言い切れない。
こういうことをやりそうな筆頭の仁に目を向ける。取り巻きの男子その1その2はやっぱり笑っていた。僕が惨めだと彼らの腹の肥やしになるらしい。その近くには女子もいる。紫月と仲が良かった女子だ。どうして女子の笑い方はこうも癇に障るのだろう。紫月の笑顔は何よりも好きなのに、同じ生き物、性別とは思えないほど、あの女子たちの笑い方は醜い。ある意味、取り巻き男子その1その2の笑い方は豪快でさっぱりしているからなのだろうか。
で、仁。仁の反応は……
「……んだよそれ」
僕の予想とはちょっと違っていた。
笑うこともなく、気分が晴れているようでもなく、かといって僕の身を案じているとか同情心があるとか、そういうのではない。ただただまっすぐな視線で、ひょっとすれば睨んでいたのかもしれない。となると、僕への憎しみがまだまだ留まらない、といったところだろうか。
弁当の中身はこの際はどうでもいいけど、弁当箱とバンダナは回収しておく。昼は適当に、自販機でパンでも買うとするか。
「本格的になってきたね」
どこかへ行って、勝手に気分を直してきた紫月が、僕に一言だけ、囁いてきた。
まったく。どこで何をして、何をどこまで見ていたのか。
「幽霊って、証言台に立てないよね?」
「立てないよ」
「だよね……」
それからまあ、数日間、僕はいわゆるいじめに該当しそうな被害にいくつか遭ってきた。
たとえば、財布がなくなった、とか。飲み物を買いに自販機へ行こうとしたら財布がないことに気付いて、探したら中庭の池にぷかぷか浮いていた。中身は、小銭もお札もすべてなくなっていて、ポイントカードとかその辺も紙がふやけていたりと、使い物にならなくなっていた。
それから、僕が万引きする瞬間の写真が学校にタレコミされていたらしくて、担任と生徒指導の先生と三者面談をすることになった。担任はまだしも、生徒指導の先生はヤクザでも通じる顔つきなので怖かったけど、僕には身に覚えがなかったのできっぱり否定した。そのタレコまれた写真を見せてもらったけど、指の形が変だったし腕が変なところから伸びていたので、それを説明すればAIによるいたずらだとわかってもらえた。それ以前に、僕はその写真が撮られた日時、別の場所にいたのだから犯行は不可能だ。
「今日はどうなるかな~? いよいよ、袋だたきになるかもよ? 校舎裏に呼び出されて、土下座の強要……とか?」
校門をくぐると真っ先に、紫月は僕の意欲を削るような発言をしてくる。しかも嬉々とした表情で。
「紫月ってサディスティックだったのか。知らなかった」
「でもあたし以外に痛めつけられるのは許しません」
「ははは。捻くれた愛情だ」
「いえいえいえ。芳樹ほどじゃないですよ」
「褒めてないぞ」
「うん、あたしも」
「……??」
意味がわからない。
「話が通じてないな。これだから幽霊は」
「ああー! いま幽霊差別しましたね!?」
「べつにいいだろ。死んでるんだから」
「ああー! しかも二度も!」
「紫月以外の幽霊が見えるわけでもないからな。言うなれば、これは幽霊差別ではなく紫月差別だ。特例ってことだ。喜べよ」
「生きてるときに適用されたかったです」
「それは……」
それを言われると、……どうしようもない。
「ごめん」
「あははっ」
紫月は目をキュッとした。負けた。くそ。




