頼りない彼氏だった?
紫月は反対に首を傾げた。まるで、なんの
「なんのこと?」
ため息をついた。やれやれと首を横に振った。どこまでも、僕は紫月のことを知らなかったらしい。
一階の連絡通路に立つ。窓を開けて、縁に腕を預けた。
「さっき、クリップボードを捲ったら、紫月の名前があった」
「あたしが保健室に行くのはダメ?」
「そうは言わないよ。でも……はぁ。わかるだろ? 言いたいこと」
「質問に質問で返した」
「たまには僕の質問にも答えてくれよ」
激しいモーターの音が鳴る。チェーンソーの音だ。中庭では、事務員のおっさんが電動のチェーンソーを構えて、無造作に伸びたボサボサな木々を剪定している。
「体調不良とかで保健室に寄るのはわかる。でも、紫月はほとんど毎日保健室に行ってたみたいじゃないか」
「あたし、重いからね」
「そうやってまた……」
僕が踏み込みづらい話題をあげる。まあ、いいさ。死人にプライバシーもくそもない。
「そうだったとしても、決まって放課後に訪れてるのはどうして? それに理由もまちまちだ」
「じゃあ生理痛って書けって言うの?」
「そうじゃない、けど……」
僕が踏み込もうとしたら、紫月がぐいと引っ張ってきた。負けだ。敵わない。
「僕がそういうことを言いたいんじゃないって、紫月が一番、わかってるだろ……」
窓の縁に、腕だけではなく顎も乗せる。ふんと鼻から息を出すと、紫月は窓の外から目線を合わせてきた。笑ってやがる。くそ。かわいい。
紫月が一番、僕が何を言いたいのか、わかってるはずだ。あのクリップボードに挟まれた紙、保健室を訪れた人は必ず署名をする紙。そこに署名をした紫月。なぜ、紫月は署名をしたのか。
僕は、いま、どういう感情なんだろう。悲しいのか、寂しいのか、妬いているのか。怒っているのかもしれないし、無力だったことへの虚無感に苛まれているのかもしれない。
自分でもよくわからないまま、紫月の目をじっと見つめる。
「……」
徐々に、紫月の頬が赤みを帯びてきた。幽霊でも紅潮するとかあるんだな、と思っていると、ふいと目を背けられてしまう。
「……悩んでたなら、なんで僕に言ってくれなかったんだ」
僕は、紫月が保健室の常連になった理由こそが、あの心の保健室が理由だと思っている。
いや、確信だ。
紫月は体調不良だとか生理が重いとか、そんな理由で保健室に通っていたんじゃない。
本当に体調不良なら、あんな署名はしない。
「そんなに僕は、紫月にとって、頼りない彼氏だった?」
まあ、実際そうなんだろう。僕は、紫月が悩んでいることに気付けなかった。彼氏のくせに、まるで紫月のことは知らなかったのだ。
「それとも、僕が彼氏だったから? 彼氏じゃなくて……彼氏になんかならず、幼馴染みのままだったら、よかった?」
たぶん、クラスメイトの誰よりも、この世の誰よりも、紫月と時間は共にしていたはずなのに、きっと、一年も過ごしていない仁や友達のほうがずっと、紫月のことを知っていたんだろう。
僕には時間があったのに。唯一、時間があったのに。悔しい。後悔している。だから、いまからでも、その悩みは聞いてあげたいし、その悩みの種は解消してあげたい。
もしも紫月を殺した人がいて、そこまで追い詰めた人がいたなら、そいつを殺すぐらいしか、僕にはできない。だからそれぐらいは、させてほしい。
「さあ。どうだろうね? どっちだったら、よかったと思う?」
そうやって紫月は、また質問に質問で返してきた。




