僕がそいつを殺すよ
週明けに登校すると、僕は重苦しい空気を全身でひしひしと感じた。それは教室が異様な雰囲気になっているとかではなく、僕の登校に向けたもので、僕の登場に向けたもので、僕を敵視するような視線が、クラス中から僕ひとりに集まったことによる、負の空気感だった。
沈黙の中の小声も僕を敵と認識して攻撃するもので、自分の席に座ると、頭上に影がかかった。
「おい萬好」
萬好というのは僕の名字で、下の名前は芳樹。萬好芳樹というのが僕の名前だ。
名前を呼ばれた僕は顔を上げた。そこにいるのは睨みを利かせる男子。クラスで幅を利かせている、いわゆるクラスカースト上位の男子。最底辺の僕に話し掛けるなんて、いや、それ以前に僕の名前を覚えているだなんて、光栄だ。
「なんで来なかったんだよ」
「ああ。金曜日はちょっと体調が悪くて」
べつに彼とは話したこととかない。実は中学からの友達、とかでもない。委員会とかグループ活動で一緒だったこともない。遊ぶ約束をするような間柄ではないのだ。だから来なかったことを追及されると、僕は、先週の金曜日のことしか思い当たらない。先週の金曜日は体育祭で、僕はそれを休んだ。
でも、僕は彼のように運動神経がいいわけでもないし、誰かから頼りになるほどの要を担っているわけでもない。球技大会も体育祭も、どちらも要らないタイプの人間だ。というか、なんで二回もあるんだよ。
「っ。体育祭じゃねぇよ!」
叫ぶような声と共に、僕は胸ぐらを掴まれた。
それでも、クラスから支持されている彼は、この行為も肯定される。この場では暴力でさえも正義の行動で、きっと、仲間思いの熱い男として彼の地位はまたひとつ上がるのだろう。
対して、友達もいないし地味だし顔も頭もなにか秀でているところがあるわけでもない僕の行動は、すべてが悪になる。
彼は目尻に涙を溜めながら、言った。
「なんで紫月の葬式……来なかったんだよ……!」
「……ああ」
僕は目を逸らした。
「そっちね」
なんで。なんでって言われると、彼に説明しても理解は得られないだろう。僕も、べつに理解されたいとは思わない。
「べつに、よく知らないし」
それが彼にとってのダメ押しだったか。
胸ぐらを掴むのと違う手が後ろに伸びる。その手は拳の形になっている。僕は殴られるのだ。
「きゃあ!」
誰かが僕の血を見てそう叫んだ。
「おい……仁! やめとけよ!」
誰かが彼の肩を掴んで引き留めた。
正直、僕が殴られるよりも前にそうしてほしかったけど、彼らが仁を止めるのはべつに僕のためじゃなくて、仁のため。僕が殴られるのを止めたんじゃなくて、仁が殴るのを止めたのだ。
その証拠に、鼻息荒い仁を引き留める彼らは仁を心配するような同情するような顔をしていて、倒れた僕には、まるで悪者を糾弾するような視線ばかりが集まっている。
鼻が詰まっていた。鉄の味がした。鼻血が出ている。
僕は指で拭ってから、教室を出た。
「ま、萬好く」
意外にも、僕を気遣ってくれる人はいるらしい。でも、僕の味方をすれば彼女までもが悪者になってしまう。無視して教室を出て、廊下を歩いた。
「……」
クラスメイトの紫月が、死んだ。僕らは、クラスのアイドルを失った。僕はその葬式に、行かなかった。
「仁と付き合ってたとか?」
「なんで?」
でも僕には紫月が見える。触れないけど、ここにはいる。
「質問返し……」
淡く柔らかいアジサイのような髪色をしていて、上品な印象が最初に来る。でも実際はそんなことはなくて、ふつうの女の子のような一面があり、あっけらかんとした性格だ。外見から受ける第一印象とはかけ離れたような笑顔をするけど、不思議と違和感がなくて神秘的な魅力が増し、クラスはいとも簡単に彼女の虜になった。
僕は紫月の、笑ったときにキュッと細まる目が好きだ。
「あれだけ怒ってたし、よく連んでただろ?」
仁はクラスカーストの上位で、紫月は頂点だったけど、同じグループには属していたから、一緒に行動したり会話している姿はよく見かけた。たぶん、放課後も遊んでいたんだろう。
「嫉妬ですかぁ?」
からかうような口調に、目がキュッとなる笑い方。僕はこれに弱い。
「……化けて出るなら、あっちに行ってやれば?」
「うわ、ひど。あたしがそんな尻軽だと?」
重くはなさそうだけど。
紫月はお尻に手をやった。
「ふふんっ。べつに付き合ってたとかはないです。まあ、あっちは好きだったんだと思うけどね」
「もしも僕がそんなことを言ったら、自意識過剰に思われそうだけど、紫月が言うとそうなんだろうな、ってなる。不平等だ」
「好意を向けてくる人、自分を狙ってる人ってわかりやすいからね。公平ではあると思うよ」
「嫌味か」
「皮肉だ」
紫月にはわかりやすいと分析できるほど、好意を、狙われた経験があるということ。モテたという経験があるということ。僕にはそれがないということ。
「なあ、紫月」
「んー?」
「なんで紫月は、死んだんだ?」
「事故。警察も言ってたでしょ」
「じゃあなんで……!」
身体の熱が膨れ上がる。チャイムが鳴った。僕は遅刻か。誰かが保健室に行っていることを伝えてくれれば遅刻判定にはならないだろうけど、みんな知らぬ存ぜぬになる。僕はクラスの敵だから。
「……はぁ」
熱を吐き出して、ゆっくり歩みを再開する。
「じゃあなんで、ここにいる」
紫月は死んだ。交通事故、だったらしい。クラスのアイドルで、みんなに好かれていた太陽は、呆気なく死んだ。
それなのに、紫月はここにいる。いわゆる、幽霊……なんだろう。幽霊は、未練が形となって現れる。それなら、紫月には、
「何か、言いたいことがあるんじゃないか? 紫月を……殺したやつが、いるんじゃないか。だからこうやって、死ぬに死にきれないんじゃないか」
紫月は黙った。黙っていてはわからない。
「どうなんだよ」
「どうしてあたしの葬式に来なかったの?」
「また質問に質問で……」
いつものやり方は、僕がそれに従って答えているからだろう。答えてしまっているから、紫月はこうすれば僕の意識が逸れると学んでいるのだ。だから今回ばかりは、僕は紫月の質問を無視した。
「もしも紫月を殺したやつがいるなら、僕がそいつを殺すよ」
嬉しそうに、紫月は目をキュッとさせた。
「あたしが化けて出たのはね、葬式に一番来てほしかった人が来てくれなかったからだよ」
僕のことだろうか。いやいや、これこそ自意識過剰というやつだろう。……でも、もしそうなら。
ちょっとだけ、自分を褒めたい。




