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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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私はそれ以降、幽霊を見ることはなくなった。


 疑問符が浮かぶ。理解に努める。よくわからない。

 マリモの口からペットボトルが離れるのを見てから、切り出す。


「いわゆる、幽霊?」


 それはつまり、厳密には幽霊ではないということか。

 あれが幽霊なら、誰が幽霊じゃなかったというのか。

 幽霊ではないなら、何だというのか。

 一言に含ませるには多すぎる疑問だったけど、マリモは自分でもよくわからない私のこの煩雑とした気持ちを汲み取ってくれたようで、


「どこから説明すれば……」


 そうつぶやき、またペットボトルに口をつける。


「まあ、最初から話しますね」

「お願い」

「最初に不思議に思ったのは、なんでしろあのところに千種先輩が来たのか、でした」

「それは説明したよね?」

「はい。おじさん幽霊……つまり、千種先輩のお父さんが紹介してくれたから」


 その通りだ。頷く。


「なにかおかしい?」

「いえ。おかしくはありません。ただ、なら、千種先輩のお父さんは、どうやってしろあのことを知ったんでしょう」

「それは、ほら、私に取り憑いてるからさ、学校でもよく見かけてたんじゃない? 天知さん、有名人でしょ?」

「だからって、幽霊の案件を持ち込もうとは思いませんよ」

「……たしかに」


 その通りだ。校内で有名な女子高生に、同じ高校の生徒の父が相談をする、娘を任せる、というのは考えにくい。その父が幽霊であるならばなおさら。


「ってことは、お父さんはしろあのことを知らなかったんです」

「えっ!?」

「お父さんは知らなかった。しろあのことを知ってる人から、教えられたんです」


 そういうことに、なるのか……。

 無意識に、顎に手が伸びる。そういうことになると、どうなるのか。


「しろあのことを知っている、なおかつ、幽霊との接触ができる。そんな人物、そうそういません。それですこし探したら、まあ、見つけましたよ。しろあを紹介したって人」

「そ、その人って……?」


 話の流れからすると、その第三者は私のように幽霊と意思疎通が図れて、裏で糸を引いていたような黒幕的イメージがするんだけど……。


「ああいえ。べつにその人は悪い人じゃないんです。むしろ、お父さんのほうから頼んだみたいで」

「それは本当なの?」


 もうお父さんはいない。だから確かめる術もない。その黒幕が嘘をついている可能性だってある。


「本当です。そういうところに関しては、公平なので信用できます」


 私は黒幕のイメージがあって、あんまりいい印象もないんだけど、マリモは信用に足る人物らしい。彼がそう言うなら、きっとそうなんだろう。


「まあ、本当にお父さんから持ちかけたんなら、悪者じゃないのか」

「パチンコで盛り上がったらしいですよ」

「……ああ、覚えてる」


 小学生の男の子を連れて、できもしないパチンコに行くおじさんを中毒者と罵った覚えがある。まさかそんなことをしているとは。


「お父さんはなんでその人に? 天知さんを探してた理由は?」


 結果的に天知さんを紹介されただけで、天知さんを探していたわけじゃないんだろうけど。天知さん、あるいは彼女のような人を探していた理由とは、何だったのだろう。


「お父さんは自分たちが、千種先輩の未来にとってあまりいい存在じゃないと思っていたようで。記憶は消したけどいつ戻るかもわからないし、いつまで留まり続けられるかもわからないし、成仏してしまったら、もう守れない。だからその前に、生きてる人に助けを求めたんです」

「……ん? いま、記憶を消したって言わなかった?」

「はい」


 はい、じゃないが。


「私って記憶喪失なんだよね?」

「そうですけど、そうじゃないって言いますか……事故が原因で記憶喪失なら、千種先輩はそれを知ってるはずですよね。記憶を失っていても、記憶を失っていることは知ってるはずです。でも、知らなかった。これはおかしくないですか?」

「……まあ、ふつう、病院で言われるよね」

「他者から言われて自覚するはずのことを、千種先輩は自覚していなかった。病院で目が覚めたとき、もう千種先輩も自覚してると思いますけど、その時点では記憶喪失になんかなってなかったでしょう?」

「……うん」


 病院で、目が覚めたとき。お医者さんに、何があったか覚えているかと訊かれた。私は、覚えていると答えた。自分の名前もはっきり言えたし、自分の身に何が起きたかも覚えていたし、ほかの家族のことも、そこで訊いた。

 もしもそこで記憶喪失になっていれば、お医者さんから記憶を失っていると知らされるはずだから、私が記憶喪失であることに衝撃を覚えることはおかしい。


「だから、俺は思ったんです。千種先輩の記憶は、病院が原因じゃない。病院を退院したあとに起こったことなんだと」

「……」

「言わなくても、わかりますよね」


 そのまっすぐな瞳に、私は弱々しく顎を引いた。


「お父さんが……誰かが、私の記憶を消した」

「はい」


 なんでそんなことをしたか……それは一番、私が自覚している。


「千種先輩は、自分だけが生き残って罪悪感と自責の念に駆られた。何度も、死のうとしたらしいですね。家族はそんなこと、もちろん望んでいなかった。だから、記憶を消すよう頼んだ」

「……人の記憶ってそんな簡単に弄くれるものなの?」

「幽霊がいますからね。そんな不可思議なことも起こりますよ。お父さんにしろあを紹介した人は、ちょっと特殊な出自なので」

「天知さんを紹介してくれた人が、私の記憶も消したんだ」

「お父さんからの依頼で」


 言われれば、なんとなく……私の家に、男の人が来た気もする。

 ゆるいパーマをかけた茶髪で、大学生かそれよりも年上な、男の人。

 かなり曖昧な記憶なのは、その直後に記憶を弄られたからだろう。


「……家族のことを忘れれば、私が罪悪感を覚えることもない。死のうとも、しない。……そういうこと?」

「お父さんは、そう考えたらしいですね」

「バカだなぁ……」

「千種先輩に、生きてほしかったんですよ」

「……うん」


 それは、本人の口からも直接、訊いた。


「でも、バカだよ。……本当に、バカ。けっきょく、自分たちの存在が記憶を戻すきっかけになってるんだしさ」

 

 幽霊が見えなければ、みんなが私に取り憑いていなければ、記憶も取り戻さなかっただろうに。


「そこは、やむなしってところだと思いますよ。そうしないと千種先輩を守れないので」

「さっきも言ってたね。守るって?」

「例の男の子の幽霊ですよ」


 たしかに襲われた。きっと襲ってきていた。あのまま飲み込まれたらどうなっていたかわからないし、彼が動き出したのは父、母、兄の全員が消えてからだった。


「あれがいわゆる幽霊。よく想像する、怨念が元となる悍ましい幽霊、怨霊です」

「……そうは見えなかったけど」


 幽霊が見えるようになって、意外と幽霊は怖いものではないと思った。

 穂乃花ちゃんを始め、父や母、兄、それからガリガリくんをとにかく要求する子どもっぽい男の子。人の形を留めていたし、意志もあったし、明るく賑やかだった。


「それは、千種先輩のせいですね」

「私!?」

「はい。千種先輩が、彼に力を与えていたんです」


 私が、原因……。どこまで私はトラブルメーカーなんだろう。


「千種先輩は彼を見てしまった。彼の存在を認識してしまった。だから彼は千種先輩に取り憑いたんです。そして、ガリガリくんを要求した」

「が、ガリガリくんが悪かったの……?」

「ガリガリくんが、というより、彼の要望を聞き入れて、現世の食べ物を与えてしまったことが悪いんです。だから力を蓄え、結果的に人らしい形を取り戻してしまった。イザナミとイザナキは知ってますか」

「なんとなく」


 ふたりとも、神様だったはずだ。それしかわからないけど。

 マリモはそれなら話が早いと頷いた。


「死んだイザナミを求めて黄泉まで行ったイザナキに、イザナミは、黄泉の国の物を口にしてしまったからもう私はこちらの住民なのです、って言うんです。食べるというのはその世界に仲間入りするっていう重要な意味があって、だから男の子は現世の食べ物を千種先輩に要求してたんです」

「現世に留まり続けてた、現世の仲間になろうとしてた、……現世の住民になろうとしてたってこと」

「はい」

「だから私が、力を与えてた……」

「はい。現世に、千種先輩に干渉できる程度の力は、持ってましたね」

「じゃあ、あれに追いつかれてたら」

「千種先輩は死んで、代わりにあの男の子が千種先輩の身体で生き返ります」

「乗っ取られてたってこと……か」


 理解できると、途端に怖くなってきた。


「幽霊は総称ですから。細かく分類できるんです。地縛霊だったり怨霊だったり、……守護霊だったり」


 守護霊。

 その言葉は、不思議とじんわり温かくなるものだった。


「私の家族は……」

「はい、守護霊です。あの怨霊から、千種先輩を守ってくれていたんです。それが、自分たちの存在が記憶を取り戻すことになるかもしれなくても、一緒にいた理由ですね」


 だから、いつでもどこでも誰かしらが私についてきていたのか。思い返すと、お父さんはよく男の子と一緒に行動していた。それは監視の意味があったのかもしれない。


 白んできた空を見上げて、私は心の中で家族に感謝を告げた。


「あ、来た」


 マリモの声にふり返る。ひとりの女性が歩いてきた。バイクで駆け抜けたとき、マリモがお願いしますと合図した人に似ている。爆走の一瞬では細かく姿を認識できなかったけど、間近で見ると、美人だ。


 すらっとした長身に靡く赤毛。天知さんのような近寄りがたさがあるけど、種類が違う。天知さんの場合は雲の上の存在で住む世界が違うと思わされ、ある種の尊敬があるけど、この人の場合は近づけば何をされるかわからない畏れがある。切れ長な目は等しくすべてを見下しているような高慢さがあるのだ。それでも何をふんぞり返っているんだ、生意気だ、と思えるような嫌気がなくて、相当な美人でありその高慢さこそが相応しいと誰もが認める美人だった。


「加賀さん。ありがとうございました」


 マリモが頭を下げた。どうやら加賀というらしい。私も遅れながら、頭を下げる。


「ひとつ、貸しだな」


 一言、それだけ言って、彼女は行った。


「ふう。さて、帰りましょう」

「うん」


 バイクには乗らなかった。ヘルメットがないからだ。


 私はそれ以降、幽霊を見ることはなくなった。


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