なにが起きたの?
味噌汁の二杯目を飲んでいると、キッチンに男の子が入ってきた。
「……そっか。きみもいたんだ」
私の家族以外にも、あの事故での死亡者はいる。三台の玉突き事故だ。後ろの二台の中に、彼もいたのだろう。そして、死んでしまった。
どうして私に取り憑いているのかは、わからないけど。
「どうしよっか。きみのご家族に会いに行けばいい? なにか、伝えたいこととかあったの?」
鍋に蓋をする。菜箸とお玉、それからお椀をシンクに置く。とりあえず、ガリガリくんを冷凍庫から引っ張り出した。でも、ちょっと、いまは無理かも。
「ごめん。ガリガリくん、もうすこし待ってもらっていい?」
ゆっくりと、男の子は首を横に振った。
「もう、要らない」
「あ、そうなの」
飽きた、とか?
「あの人たち、消えたの?」
「……うん。みんな、成仏? しちゃった。だからあとは、きみだけ」
「そっか」
勘違いでなければ、その瞬間、男の子はニヤリと笑った気がした。
「じゃあ、もう、いいね」
「……なにが?」
それは、どう形容すればよかったのかわからなかった。禍々しい、どす黒い、瘴気のようなものが、男の子から発せられた。私は、本能的に逃げた。いや、逃げたというより、ただ怯えただけだ。キッチンの勝手口から、転がり出ていた。
「な、な、……なに」
勝手口の隙間から、何かが漏れ出ている。怖い。あれは、ダメな気がする。
「千種先輩!」
呼ばれた。
私を呼ぶのは、あのマリモくんだった。
裸足で駆け出して、彼のバイクに乗り込む。
「行きますよ!」
マリモの背中にしがみつく。高速道路のときよりも速いのではないか。そう思うほどのスピードで、住宅街を駆け抜けていく。
マリモがミラーで後ろを確認した。私も顔だけふり返る。バイクの速度でも振り切れてない。
「見えます? いまどこですか」
「一直線に向かってきてる!」
「道とか関係なしかよ」
幽霊は物に触れられない。家も通り抜ける。バイクがトップスピードでも振り切れないのは、そのせいだ。
バイクはどうしても曲がり角でスピードが落ちてしまうけど、あれには道も関係なしに直線距離で迫れる。禍々しい瘴気が迫ってくる。
「というか、どうして!?」
「話はあと!」
それもそうだ。
ひたすら私は、マリモの背中にしがみつくしかない。
深夜でもあるし早朝でもある。人によって変わってくるであろう頃合いは空も微妙な色合いで、車通りはほとんどないようなもの。マリモのバイクは空いた道路を、信号も無視して突っ走る。
彼が向かった先は、河川敷だった。
土手の上を爆走。正面には人影がある。物はすり抜けるけど、人は大丈夫なのだろうか。
「お願いします!」
知り合いらしい。マリモは河川敷ではなく、彼女を求めてここまで来たのか。ただ逃げていただけではないらしい。
女性は頷くと、あの瘴気を正面から迎え撃った。私からすれば女の人は飲み込まれたように見えたけど、土手を抜けるともう、あの瘴気は追ってこなかった。
橋の袂で、バイクは止まる。
「どうですか」
「うん。もう追ってきてない」
「そうですか。よかった……」
胸を撫で下ろしているところ悪いけど、私には話が見えない。
「なにが起きたの?」
「千種先輩を襲うとした……男の子でしたっけ? まあ、あれがいわゆる、幽霊ですよ」




