ああ……そうなんだ
自宅に到着した。その頃にはもう、すっかり夜だった。
冬で日が沈むのが早いというのを考慮しても、放課後から高速道路の往復をすれば帰宅が夜なのは当たり前だった。
「ごめんね。こんな時間まで」
「いえ。わかってると思いますけど、あんまり自分に無理させないようにしてください」
「うん、わかってる」
手を振る。バイクは住宅街を抜けていった。
「……はぁ」
しかしこれではどうしたらいいのだろう。
家族の思い出の地を辿っていけばいいのだろうか。父と母、それぞれの実家に行けばまた何かわかるのだろうか。でも、行きたくない。なぜだかそう思う。たぶん、記憶喪失である事実が強まるからだろう。彼らからすれば孫なのに、私は赤の他人にしか思えない。そのギャップを目の当たりにしたくないのだ。
家の電気を点ける。とりあえず、自分の部屋も兄の部屋も、両親の部屋もひっくり返すことにした。
兄の部屋に入ろうものなら、
「そこは俺の部屋!」
などと立ちはだかるけど、べつに私が触れないのだから幽霊も触れない。素通りできる。案の定、エロ本があった。表紙から趣味がうかがえる。そうかそうか。お前はそういうやつだったのか。
「いい趣味してるな」
父が肩を組んでいる。趣味が通ずるのはさすがは親子というところか。
「何してるの? 千代ちゃん」
母はそうやって知らんぷりをしているけど、それがかえって痛ましいようで、
「もうお嫁に行けないっ!」
兄は顔を覆っていた。嫁にも婿にも行けないだろうに。死んでるのだから。
「まあ、ちょっとね」
そう私は誤魔化してから、兄の部屋には目当てのものがなかったので、両親の部屋に進軍すると、
「おいおいおい。千代。いったいどこに行こうってんだい」
父が立ちはだかってきた。べつに素通りできるのに。……素通りできるけど。
「なにかやましいものがあるんだ」
「あらそうなの?」
「そそそそそんなことは」
「俺が見られたんだ。親父も見られなくちゃ不公平!」
兄と母の圧に負けて父は部屋を明け渡してくれた。
兄の部屋同様、その部屋も隅々まで漁る。ベッドの下、裏。タンスもわざわざ移動させる。バッグの中身もひっくり返した。特にめぼしいものはない。しかし、私は見逃さなかった。私の手がシャツではなくカバンに行ったことで、ホッとしたような父の顔を。
「ここになにがあるの」
「はわわ……」
シャツも身体検査のように手で撫でる。ジャケットに差し掛かると、いよいよ父は青ざめた。
「どうしたの、そんな血の気が引いたような顔をして」
「いやいや、血は通ってないぞ俺たち」
「あはははははは!」
「がはははははは!」
私はジャケットの内ポケットから、怪しさ満載な感覚を掴む。
「……んん? 面白いものがあった気がするよ。なんだこれー」
私はそれを、三人に、主に母に見せつける。
「ちょっとなによこれ!?」
ピンク色の紙。筆記体で書かれたのはおそらく店名。住所やらメールアドレスやら書いてあって、可愛らしい名前まで書いてあるではないか。
「千代ちゃん検索!」
すかさず検索。出てきたのは、
「うん。やっぱりキャバクラ」
「ふ~ん? へぇ? そうなのお父さん」
「いや、いや違うって。これは会社の付き合いで」
よくありそうな言い訳だ。
「喧嘩は私に聞こえない場所でお願い」
耳を握られて、父は母とどこかへ行った。
静かになった私は、各々の部屋にもないので家すべてをひっくり返した。そうしてやっと、お目当てのブツが手に入れられた。
「なにしてんだ?」
兄が訊いてくる。家の荒れっぷりは強盗に入られたかのようで、私の事情を鑑みると錯乱しているように思えるのかもしれない。
「私が中学のとき、マーチングをやってたなんてね……知らなかった」
中学の卒業アルバムをめくる。あのマリモが見せてくれた写真と同じ、私がマルチタムを背負っている写真が収められている。……そうだ。この太鼓がいくつも連結している打楽器の名前は、マルチタムだ。なんで思い出せたんだろう。
「似てる?」
卒業アルバムに載った自分の横に、いまの自分を見せてみる。兄は困ったような反応だ。
「そりゃ、お前なんだからな」
「そりゃそうか」
卒業アルバムにはところどころ、私が載っている。なのに、どれも知らない。
今度は家族の思い出のアルバムをめくった。赤ちゃんがいる。赤ちゃんの頃からの写真がある。若い頃の母や父がいて、
「どう?」
「さすがに赤ん坊のお前とは似てねぇな」
「そりゃそうだ」
まだ髪も生えていないし、ほっぺはふっくらしていて、手足はちぎりパンのようにむちっとしている。
幼稚園児の私。号泣だ。なんで号泣しているのかわからない。と思えば次の写真ではもう満面の笑み。なぜか満面の笑みで、布団ばさみを抱きしめている。なんでだ?
小学生。遊園地にいる。夜のテーマパークだ。雪にダイビングして顔面が真っ白。
中学生。入学式で父と母と一緒に写真を撮っている。自宅で兄と横並びになっている。姿勢がいい。顎を引いて手を横で揃えて。何をしてるんだろう、と写真に載っている家の場所に目をやる。
傷があった。傷にしては、均等だ。短い線が入っていて、小一、小二……中三、高一と書かれている。横も同じだ。そっちが兄だろう。
「俺たちの身長だよ。計ってたんだ。毎年」
「ああ……そうなんだ」
なるほど、とアルバムに戻る。
写真の中の彼らは楽しそうだ。アルバムとはそういうものだろう。私も微笑ましくて、つい笑ってしまう。微笑ましくて、笑っているのに、視界がぼやけてくる。アルバムが滲んでしまわないように、私は目を拭った。
兄が、頭を撫でてくれた。




