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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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帰省なの!?


 マリモがまさかバイクの運転ができるとは。


 一旦、相談部は解散となった。駅前再集合とのことで、行ってみるとすでにマリモらしき人物がバイクに跨がっていた。その後ろには天知さんも乗っている。彼女はだいぶ、膨れっ面だった。

 離れたくないというよりも、ほかの女に後ろに乗られることを嫌っているようで、天知さんは回した腕をきつくホールドしている。


「苦しいんだけど。……逢坂」

「私のこと都合よく扱ってない?」


 そう言いながら、あいちゃんは天知さんの脇を抱えるようにした。最後の最後まで、天知さんは顔をマリモの背中に擦りつけてマーキングに余念がなかった。


「なんか、ごめん」

「そう思うなら三十センチほど距離を空けてください」

「遠回しに死ねって言ってる?」


 不承不承、嫌々渋々大変不本意ながらもやむを得ず致し方なく、といった風な天知さんから、ヘルメットを受け取る。ヘルメットからはかすかにシャンプーの香りがした。


「お願いだから、安全運転で」

「じゃあ、しっかり掴まっててください」

「う、うん」


 マリモの身体に手を回して、なるべく身体を預ける。もちろん、他意はない。バイクの二人乗りなんかしたことがないから、怖いのだ。


「はがあぁっ!?」


 しかし天知さんには関係ないようで、魂がどこかへ抜けていったようで、しなしなに崩れていった。

 紙より薄くなった天知さんを、あいちゃんは抱きかかえる。


「じゃあ、しろあのこと、頼む」

「き、気を付けて」


 マリモが頷くと、バイクがゆっくり動き始め、スピードが乗っていく。


「ちょっとこわいかも……」

「ゆっくり行きますから」


 独り言のつもりだったのに。ヘルメットの中から声がした。変な感じだ。こっちの声も、聞こえてしまうのか。




 高速道路に入ると、さらにスピードが乗った。車とは違って風が直で身体に触れる。ほとんど叩きつけるようで、アウターがばたばたと忙しない。寒いだろうから、とマリモはグローブを貸してくれたのだが、助かった。たぶん素手だったらかじかんで感覚がなくなって、バイクから落ちてしまう。


「もうそろそろ見えてきます。その前に、サービスエリアに入りましょう」

「う、うん」


 よくわからないけど、運転手がそう言うのだから従っておく。

 緑の看板に沿って、バイクは高速道路から外れる。スピードも落ちていく。サービスエリアには人も車も多い。バイクを駐車場に駐めて、私はようやく足を地面につけた。凝り固まった身体を解すように、伸びをする。


「はあぁ……」


 ヘルメットを外して髪の乱れを整えていると、マリモも笑いながらグローブを外す。


「お疲れ様です」

「あ、ごめん。運転してもらってるのに」


 私よりも何倍も、マリモのほうが疲れているだろうに。疲れ切ったような感じを出してしまった。


「いえ。よく知りもしない後輩のバイクですから。緊張もしますし怖いでしょう」

「まあね」

「否定してほしかった」


 すこし前の私なら否定するんだろうけど。こう言えるだけ、気心が知れたってことだ。


「ご苦労だ後輩。何か奢ってやろう」


 背中をバシバシ叩いて労ってやる。


「太っ腹ですね。どうしようかな……」

「……安いのにしてよ?」


 返事がない。返事がないのが怖い。

 マリモはヘルメットを外す。外すと驚くことに、その素顔が露わになる。いつもは前髪が目も鼻も覆っていて、だからマリモと私はすぐに思ってしまったんだけど、これは、


「誰だ?」

「マリモですけど」

「呪いを受けてマリモになったんだ」

「王様ですか、美女ですか」

「うーん」


 キスか、バラか。


「バイクだね」

「人じゃない」

「だってバイクに乗ったときだけ戻れるんでしょ?」

「そんなこともないですけど。体育とか家にいるときとかは、こうです」


 マリモの下にはクールな顔立ちが隠れていた。目鼻立ちもしっかりとしているし、凛々しい目つきに知的な瞳だ。後輩だけど、大人っぽい感じがする。私よりも背は高いし。


「じゃあなんでそんな髪型してるの」

「心の貧しい魔女の呪いにかかってしまって」

「?」


 これもなにかの比喩か。私にはわからなかった。


 店に入る。ご当地のグッズコーナーが展開されていて、自販機がいくつも置いてあって、食券販売機もある。食べられるのは、ラーメンにそば、カレーや丼といった定食を始め、アイスクリームにパフェといった小腹を埋めるものもある。


「ママこれ! ママ!」


 私の横を駆けていったのは、小学生ぐらいの男の子。指をさして一生懸命にアピールしている。


「……」

「先輩も買います?」

「あれを?」

「べつにいいじゃないですか」


 ねだられた母親らしい人は、はいはいとしょうがなさそうに、それをカウンターに持って行く。


「違うから。私が見ていたのは、こっち」


 私の趣味を小学生男児と一緒にされるのは心外なので、親子がいなくなってから私もそこに近寄った。


「織田犬……」


 なんだその反応は。


「かわいいでしょ」

「う、ん……と。まあ」

「かわいいよね」

「……はい」

「なら買う?」

「……まあ、いいお土産になりますし」


 織田犬。つまり織田市のグッズ、ご当地キャラみたいなものだ。犬のキーホルダー。ちなみに男の子がねだっていたのは剣。織田剣。こっちもキーホルダー。

 カウンターに持って行く途中で、ぴたりとマリモは足を止めた。ふり返る。


「奢ってくれるって話はどこへ」

「何の話だ」

「とんでもない先輩ですね」


 なんだそれは。それじゃあまるで、買いたくないものを買わせている、みたいじゃないか。


 その後は小腹を埋める程度に肉まんだけ買った。寒い冬にはよく効く。


「先輩の奢りは美味しい?」

「味は変わらないですね」

「とんでもない後輩だね」




 トイレを済ませ水分補給も済ませ、改めて腰を据えて事故現場の確認をしてみる。


「どうです? なにか、思い出しそうなこととか気配とか、ありそうですか」


 そう訊かれるけど、それらしい兆候はない。完全に初見、という感じもしないんだけど、じゃあなにを見てどこでそう感じるのか、と言われると言語化には苦しむ。

 首を横に振ってダメと伝える。マリモは落ち込むこともなかった。きわめて明るい声のまま、


「まあ、このサービスエリアに寄ったかどうかはわかりませんからね。記憶喪失も、ふとした何のきっかけもない瞬間に戻ってくることもあるらしいですし、気長に、できることをやって待ちましょう」


 と、言ってくれた。私は小さく頷く。


 自販機で買ったホットの缶を両手で包みながら、バイクに戻る。ヘルメットとグローブをつけて装備を戻して、マリモの合図に返事を返すと、バイクも走り出した。

 それから、事故現場を横切るのはすぐだった。

 どこから来ているのかわからないドキドキや身体の熱を感じていると、現場を横切る。横切ってしまう。


「すみません。高速道路は止まれないので」

「わかってる」


 身構える暇もなかったのは、一見するとそこが事故現場だとはわからなかったから。

 これだけの交通量があるけど、一年前に玉突き事故で死傷者を何人も出した場所があそこだとわかっているのは、たぶん私とこのマリモだけ。

 ぺしゃんこになった車が残っているわけもないし、破片がその辺に転がっているはずもない。突き破られたガードレール、凹んだ壁が一年後もそのままになっているわけもなく、私たちのように目を凝らしていないと、ほかのガードレールや壁と違って新しい、とはわからないだろう。

 次のサービスエリアまで何キロか記されている緑の看板も真新しく設置されていた。ニュースや記事で映っていた事故現場でも、あの小さな縦看板に車は突っ込んでいたので、新しいということはそういうことなのだろう。


 ドキドキや身体の熱は、あっと言う間に風に攫われてしまった。あとに残ったのは、寂寥感だけ。私は、ここまで来ても、家族のことを思い出せなかった。


 次のサービスエリアに駐まる。休憩でも何でもなく、バイクに乗ったままマリモは訊いてきた。


「どうですか」

「ううん。ごめん。ダメみたい」

「謝ることじゃないですよ。一番苦しいのは千種先輩ですから」

「ありがと」


 すこし温くなって味も微妙になったホットのコーヒーを喉に通す。


「で、事故現場まで来たけど。いつまでついてくるつもりなの」


 私に取り憑いているので、平気で幽霊たちは私がいるところに現れる。三者三様、いやぁ……、まあ……、あはは……と、顔を見合わせて笑っている。


「っていうかここまで来たんだから、私たちがどこに行こうとしてたのか、教えてよ」


 それでもまだ、いやぁ……、まぁ……、あはは……と笑っている。さすがにカチンときた。


「お盆のシーズンだったんでしょ!? 帰省なの!? お父さんの実家? お母さんの実家!? どっち!」


 私が感情を露わにしてやっても、こいつらは笑っている。何がしたいんだ。


「……実は成仏したくない、とか?」

「そそそそそんなことはないだろ! 何言ってんだまったく! ……まったく。…………ったく」

「あ、そんなつもりだ」


 私のお父さんは腕を組んで下手くそな口笛を披露している。これが私の家族で、この人たちの血を継いでいると思うと、悲しくなってくる。この男の子だけだ。ガリガリくんだなんて。なんて素直なんだろう。

 すると、マリモの笑い声が聞こえてきた。


「賑やかな家族ですね。何やってるのかはわからないけど、楽しそうです」


 都合のいい解釈のし過ぎだ。


「この人たち、実は成仏したくないんだって」

「だから違うって!」


 父がまだ否定するので、


「ほう? なにが違うの」


 と言うと、人差し指をちょんちょんし始めた。いい大人が。気持ち悪い。面倒くさいから早く言ってよ。


「お前の記憶が無事に戻ったらその……成仏する」


 事故現場を通っても戻る気配がないから、それを利用しているんだな。やっぱり成仏する気がないんだな。


「帰ろう。マリモくん。この人たち、ダメだ」

「何かあったらすぐに言ってくださいね」


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