思い出せないほうが
家に帰るまで、幽霊は言葉に迷っていた。
「その」
だの
「だから」
だの
「違うんだ」
だの。
何が違うというのか。
ああ、家に帰るまで、と言ったけど、家に帰ってもついてくるんだった。
私はネットで幽霊撃退方法を調べ、塩が効果的ですとの返答を得る。調味料の棚からアジシオの瓶を引っ張り出して、両手で構える。
「うわ、うわ塩だ! やべぇ母さん塩だ!」
「お父さん何とかして!」
「ここは俺がぐわああ!」
幽霊は家から出て行った。家にはひとりだ。ひとりになれた。
「はぁ」
私は改めて、天知さんからもらった新聞記事の内容を検索してみることにした。
ネットで検索すればいくらでも出てくる。そこそこ話題になったらしい。事故が起きたのは去年、私が高校一年生の頃のお盆。夏休みの時期、帰省ラッシュの高速道路で起こったらしい。
ニュースにもなっていて、新聞にもなっていて、動画や記事は残っている。私は余すことなく、それらに目を通した。
自分の父と、自分の母と、自分の兄。彼らの名と顔、死亡となっている。私は、顔こそ出てなかったものの名前は載っていて、意識不明の重体となっていた。
鳥瞰する形で収められた事故現場には、ガードレールを突き破って壁に激突した軽自動車があった。私たち千種家は先頭のその軽自動車に乗っていたらしい。私たちの車に激突した車、その車に激突した車もある。どれも大破しているようだった。板挟みになったのだ。当たり前か。
事故の発端となった、追突した車は大型のトラックだった。普通乗用車であっても、大型トラックが相手だと段ボールぐらい簡単にぺしゃんこにできるみたいで、身も毛もよだつ。
「ご覧ください。ここが三台が絡む玉突き事故の現場です。現場は悲惨な」
動画を再生する。ニュースキャスターの口から私の父、母、兄の名前が読み上げられる。私の名前も。
「……」
でもやっぱり、思い出せない。
幽霊が自分の死んだ瞬間を思い出せないのも、こんなもどかしさなのだろうか。彼らが肉親だと頭ではわかっていても、他人にしか思えないのだ。
それとも、思い出せないほうが楽なのだろうか。
漠然とした悲しみはある。これが、彼らが家族だと思い出してしまえば、確固たる悲しみになってしまう。
「思い出せない、ほうが……」
わざわざ自分から、悲しくなる必要は……。




