.……そうみたい
第一中学校は、織田高校から見ると駅を跨いだ先にある。徒歩では三十分かかるかどうか程度だった。家とは真反対というわけではないのが幸いだ。
マフラーを巻いて手袋を嵌めて耳当てをして、防寒対策をしっかり施した天知さんと、制服の上からコートを羽織りタイツを履いたあいちゃんと連れ立って歩くのは、恐れ多かった。
私はスカートの下にはジャージを履いてるし、ブルゾンもただの黒で味気ない。それとも、ふたりならこの装いでも絵になるのだろうか。
風が私たちの身体を吹き付ける。雪は降っていなくても気温が低く、風は冷たい。部室は温かったんだな、といまさらながらに思う。
校門から出てくる中学生からの注目を浴びる。私にはおこぼれというか余波というか、男女問わずすべてが天知さんへの注目だった。中学生の間でも、
「え、天知さん……?」
「あれが天知先輩かぁ……」
と口々に言っている。
天知しろあの人気ぶりを目の当たりにした。織田市民に知れ渡っているというのはあながち、間違いじゃないのかもしれない。
その天知さんは、唇だけではなく赤らんだ鼻もマフラーに埋めようとして、もごもごと口を動かす。
「は、早く入りましょう。とにかく、中に」
「寒いの苦手なんだ」
意外そうにあいちゃんが呟いた。すると、天知さんは目が乾いたのかしょぼしょぼした目で瞬きを繰り返した。
「苦手じゃない人間がいますかっ。だから人は抱き合ってお互いの体温で補うんでしょ。布団の中で汗を掻くんでしょ。常套句だよ。わたしも家に帰ったら」
「うん! さて行こう!」
強引に、あいちゃんは天知さんの口を塞いだ。もがもがしてる。
「常套句? 何の?」
「ダメです先輩。まともに取り合っちゃ」
続きが気になった。あいちゃんの反応から続きを考えてみる。……なるほど。
「天知さん、いちおう言っておくけど、私に取り憑いてる幽霊四人、まだいるからね?」
「……自重します」
「うん。あとあいちゃん」
「わ、私? ですか?」
「意外とエッチなんだね」
「え、は、いやっ……」
私はすぐにはわからなかった。天知さんが言わんとしていることを。でもあいちゃんはすぐに気付けたのだ。そういうことじゃないか。
あいちゃんの顔は一瞬で赤くなる。
「ちが、違います! 天知さんがそういうことばっかり言うから」
「うん」
「絶対信じてないですよね?」
「うん」
「……最悪」
天知さんがそういうことばかり言うというのはとても信じられない。だったらあいちゃんがエッチというほうが信じられる。べつに健全だ。誰だって興味はあるだろう。
「なぜわたしを見る」
「元凶だからでしょ!」
かわいい後輩だ。
職員玄関から入る。
「ごめんください」
天知さんが事務員と会話してくれた。私たちが誰なのか、用件を伝えると、二、三何かを言伝した。事務員は指を差してくれる。そっちに顔を向ければ、職員室の札が見えた。スリッパを三つ借りて、職員室にも訪れる。
こういうのは、張本人だし先輩でもある私が先行するべきなのかもしれないけど、天知さんのほうが場慣れしている感は拭えないので、甘えることにする。職員室をノックして、入っていった。
「織田高校から来ました、一年の」
そう名乗る声がくぐもって漏れてきている。
「あの、先輩」
「ん?」
呼びかけたのはいいものの、といった風で、あいちゃんはなんだか言い辛そうだ。にへらと気弱に笑う。
「中学校って一年前まで通ってたのに、こうして訪れると、まったく別物な感じがしますよね」
「……そうだね」
そんなことを言いたいんじゃないんだろうな、というのはわかった。でも、あいちゃんが言わなかったのだから、問い質すような真似もしないでおく。
「あれ。千種さん?」
声をかけられてふり返る。まさかここで名前を呼ばれることになるとは。
「やっぱり。久しぶりね。どうしたの?」
「あ、はあ……」
誰だ?
まあ、学校にいる大人なんだから、先生なんだろうけど……。
「忘れちゃった? ほら、園芸部で……」
「……おお。千種」
また後ろから呼ばれた。忙しい。
ふり返る。今度は職員室。天知さんの後ろにはまたひとりの教師がいる。
「元気そうでよかった」
「ありがとうございます……」
いちおう挨拶はしておくけど、この男の人も誰だろう。教師なのはそうなんだろうけど……。
「場所、変えるか」
たしかに職員室の前を塞ぐのはよくない。
「すみません、青木先生」
男の教師は、年配の女性教師にそう断りを入れた。彼女はいいのよ、気にしないで、と言って、最後に、
「またね、千種さん」
と言ってくれた。これにも私は曖昧に答えるしかなかった。
未だ名前のわからない男の教師? についていく。あいちゃんがこそっと言ってきた。
「先輩って中学の頃、園芸部だったんですか」
「……そうみたい」
部屋はそう広くなくて、きっと応接室なのだろうけど、机があって椅子が向き合う形で二脚ずつあるだけ。
「どうぞ」
促されて、私は座った。天知さんとあいちゃんは座らないらしい。
「で、どうしたんだ。急に」
やけに馴れ馴れしいな、と感じた。私が黙っていると、天知さんが後ろから助け船を出してくれる。
「この写真は、この中学校のマーチングのメンバーで間違いないですか」
マリモが見つけ出した写真。中学生の女の子。軍服風の制服で、連結した太鼓を抱えている。
「え、あ、ああ……そうですけど……」
ちらと私を見る。なぜ私を見る。
「この写真を撮った人物を探しているんですけれども、この中学校の専属カメラマンだったりしますか」
男は首を捻った。
「いや、そうじゃないと思いますけどね……だって」
そして私は、この男の次の発言に、度肝を抜かれることになる。
「それは千種のお父さんに提供してもらったものですから」




