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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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何か隠してるっぽいね


 マリモがそれらしい記事をコピーして持って来てくれた。私はそれを一枚一枚、精査していく。


 大抵の新聞にはどんな事件、どんな事故が起きたのか、そして死んだ被害者の顔も掲載されていることが多い。私に取り憑いている幽霊四人の顔の横に新聞を置き、その顔と幽霊の顔とが一致するか、識別していく。

 中年の男性と女性、壮年の男、少年の男の子。彼らは皆、ここが地元であると判明している。年齢である程度の篩には掛けられているし、市立図書館の存在を当たり前に思っていることから年代もかなり限定された。それでも事件事故の数は膨大だ。この間の穂乃花ちゃんのときのよりも多い気がする。四人だからだろうか。

 病死は名前こそ載っているが、顔写真が載っていることはない。これで病気による死亡だった場合は、すべてが徒労に終わるということだ。面倒くさいことこの上ない。


「違う」

「違う」

「違う」

「違う」


 それぞれ、近しい年齢の死亡案件を見ては顔を見比べるのだが、どれも一致しない。四人もいるのだから、一人ぐらい見つかってもいいのではないか。


 そうこうしている間に、チャイムが鳴る。生徒の下校時間を知らせるチャイムだった。すでに夕陽は沈んでいる。冬に差し掛かったこの頃は、空が黒くなるのもあっと言う間だ。


「今日はこの辺にしておきましょうか」


 天知さんがそう切り上げる。誰も異論はない。

 かなりの長時間やったと思うのに、それでも不一致の束はまだ手をつけていない束の半分にも満たない。


「それ、もらってもいい?」


 腰を上げた天知さんに、私は言った。


「ほら、これぐらいなら、家でもできるから」

「わたしはかまいませんけれど」


 この作業はただの作業なので楽しくない。面倒くさい。面倒くさいことはさっさと済ませるべきだ。


「家にまで、ついてくるんですね……」


 やっぱりそう簡単に幽霊に対するイメージは軟化しないらしい。見えないとどうにもならないのだろう。


 私は苦笑する。


「じゃなきゃ料理とか教えてもらえないしね」


 後片付けを済ませて部室をあとにする。天知さんが鍵をかけて施錠した。


「わたしたちは鍵を返すので。先に帰ってもらって平気ですよ」

「うん。じゃあ、そうする。ありがとう。三人とも」




 翌日も私は、放課後、相談部を訪れていた。すこし、いやかなり、申し訳ない気持ちになっていた。


「だ、大丈夫ですか……?」


 あいちゃんが気にかけてくれる。私は笑って、


「大丈夫」


 と言ったけど、どうもその空元気は見抜かれたようで、


「どうしました?」


 天知さんに再度、尋ねられた。

 私は笑って、……上手く笑えていないことを自覚して、乾いた声を出した。


「ごめん。昨日、家でコピーしてもらった記事と、幽霊四人の顔を見比べたんだけど……ダメだった」

「全部、ですか」

「うん」

「四人とも」

「うん」

「そうですか……」


 思ったよりも私は、面倒な相談を持ち込んでしまったらしい。穂乃花ちゃんの一件を解決したからと、すこし短絡的だったか。反省だ。


「ひとりぐらいはいると思ったんですけれど……」


 天知さんは当てが外れたことを嘆くこともなく、前向きな表情で前髪を撫でる。すでに次善の策に思考を巡らせているようだ。


「こうなってくると、私が見落としたんじゃないかって思えてくるよ。もう一回、コピーを見直すのは……面倒だなあ」

「ですね。そこを気にしていたら、永遠に辿り着けないです」


 そう天知さんにフォローしてもらったけど、私は天知さんのように柔軟な発想も頭が回るわけでもないので、できることは見直しぐらいになってしまう。


「私たちも見えればよかったんですけど……」

「いやいや、見えないほうがいいよ。こんなの、面倒なだけだから」


 あいちゃんが気遣ってくれたけど、本当に、見えないほうがいい。取り憑かれでもしたら、それこそ厄介で面倒だ。


 ふと、私は気になる。


「あれ、そういえば今日はマリモくんはいないんだ」


 彼は影が薄いし印象もぼんやりとしているけど、いないとなるとそれはそれでなんだか物足りない感じがする。


「先に行っててくれって言ってました。マリモくんはあとから来るそうです」

「そっか」


 天知さんは思考を巡らしている。あいちゃんと駄弁って邪魔するのもよくない。彼女にだけ働かせるのもよくない。

 私はすでに精査は終わっているものの、万が一の可能性に賭けて、改めてマリモくんがコピーしてくれた記事を見直す。


「あなたたちもなにか思い出せないの? 年下にばかり働かせて。自分のことなのに、申し訳ないとか思わないの?」


 すこし強い言葉を使ってみる。


「って言われてもなー」


 口をへの字にする青年。


「そうねえ……」


 頬に手を当てるおばさん。


「すまん!」


 後頭部に手を置くおじさん。


 ダメだこいつらは。使えない。


 少年に催促されたので、今日も今日とてガリガリくんを頬張る。右手でガリガリくんを持ちながら、左手で記事の顔写真と見比べていく。

 それを何度か繰り返していると、後ろの扉が開いた。部室に新たな来訪者。


「あ、マリモくん」

「え、悪口?」


 つい出てしまった。


「……ごめん」

「謝るって認めたってことですか」

「ごめん」


 最初のごめんは言ってしまってごめん。このごめんはごめんと言ってしまってごめん。


「いいから。マリモくん、座って」


 あいちゃんも加勢してくれた。マリモくんはひとつ息を吐くも、それで切り替えて天知さんのとなりに腰を降ろす。


「で、何してたの?」


 顎肘ついて、天知さんを間に挟んであいちゃんは問いかける。マリモはノートパソコンと、それからサイズは身体の横幅ほどありそうな画用紙を何枚か携えていた。


「幽霊はどうして自分が死んだかは覚えていない。でも、丸っきり記憶がないわけでもない。しろあも言ってただろ? この街は変化してる。その変化が彼らにとって目覚ましいものだったのか、それとも、当たり前のものだったのか。それがわかれば、彼らが生きていた年代、そして月日も判明する」

「ふうん? で?」


 私はもっと違うところに突っ込みたかった。マリモは天知さんのことをしろあと呼んだのだ。下の名前で、呼び捨てで。……なんてことだろう。

 天知さんのファンクラブとか熱烈に想いを寄せているとかではない私ですら、ちょっとそれはどうなんだと思う。私でさえそうなのだから、天知しろあが生きる意味です、と思っている人がこれを耳にしたらどうなってしまうのだろう。

 壁に耳ありという。怖い。首を横に振った。たぶん、大丈夫。すくなくとも、私は関係がない。


「だから、この街の開発とか、刷新されたものをクイズ形式にしてみたんだ」

「へえ。やるね。マリモのくせに」

「どうも」


 私が始めたことだけど、マリモマリモと言わないであげてほしい。


「ってことで、いいですか。千種先輩」

「え、あ、そっか」


 クイズと言っても、彼らの答えは私しか知れないのだ。


「うん、いいよ。やってみよう」


 マリモは昨日、家に帰ってからもこうしてクイズを作ってくれたのか。ありがたいことだ。マリモのくせに。


「じゃあ、第一問。市立図書館はすでにあったのか」


 マリモは画用紙をこちらに向けてきた。市立図書館の正面姿が映し出されている。正確には織田市立中央図書館らしい。

 市立図書館とは高校のとなりにあり、徒歩五分もかからずに到着する4階建ての図書館。穂乃花ちゃんの母親、明日花さんを特定するために行った場所。


「あった」

「あったわね」


 そう揃って、おじさんおばさんは答えた。

 青年は、


「あったんじゃねぇかな」


 と、あやふやな答えをした。


「はっきりしてよ」

「……小二の夏休みで自由研究の調べ物に使った。それが初めてだった気がする」

「おじさんおばさんはすでにあった。青年は、小二の夏休みに自由研究で使ったって」

「小二っていうのは七歳か八歳ですね。じゃあ、もしもその年にできたのなら、その人は二十か二十一歳ってことになります」


 おお。すごい。ちょっとしたことだけど、確実に情報は埋まっている。


「きみは……」


 私は小学生らしい男の子にも視線を振った。でも、首を横に振る。


「その年齢なら、すでにあったよね」


 天知さんの背後にはホワイトボードが準備されていた。あいちゃんがそこを四分割して、おじさんおばさん青年小学生と区切っていく。青年の下で年齢が埋まった。


「はい、第二問」


 マリモは市立図書館の写真が載った画用紙を後ろに回す。今度は縦長のビルが出てきた。見覚えはある。


「駅前が開発されて商業施設ができました。それはいつ頃?」

「……俺が中学の頃だったか? 8階建ての細長いやつだろ?」

「いやぁどうだったかな……。いつの間にかできてたぞ……」


 青年もおじさんもその存在は知っているらしいが、特に着目して生きていたことはないらしい。


「あ、ああ! あそこね! よく知ってるわ」


 驚いた。おばさんはよく知っているらしい。知っているのではなく、よく。


「そうなの?」

「ええ! その商業施設がある前、開発される前にあった商業施設の中で働いてたの。新しくオープンするまで何回も工事が延期されてたのよねえ? 最初のオープン予定日から二年、あら三年だったかしらたしか。それぐらい工事が停滞してたの。オープン日は朝から並んじゃって。一日じゃあ見切れなかったわね」


 きっと私は面食らっていたのだろう。応答がないのを見て、マリモくんが訊いてくる。


「なんだって?」

「そうそうそれで」

「まだ話してる」

「ま、まだ?」


 いったい何を話すというのだ、という顔をしている。私も同意だ。いまは、


「あ、オススメはね、三階の」


 と言っている。誰も訊いていない。青年もおじさんも付き合いきれないと顔を覆っている。


「そうだわ千代ちゃん、今度一緒に行きましょう。お洋服買いに」

「はいはい、行きます行きます。四階の古着屋ね」

「三階よ」

「うん、三階の古着屋」

「古着屋じゃないのよあそこは。実は」


 私はおじさんと青年に圧をかけた。どうにかしろと。


「う、うわーもっと話が聞きたいなあ」

「お、おう! もっと聞かせてくれよ」


 私はおばさんに触れないので口を塞ぐこともできない。彼らはおばさんの身体を引きずるようにして、準備室の隅っこに移動した。


「はぁ」


 これでやっと耳が静かになる。


「おじさんは特に気にしてなかったらしい。青年は、中学の頃からあったな、ぐらい。で、おばさんは、これがもう饒舌。開店初日に並んだって。二年だか三年だか工事の延期があったとか……あぁあとは、前の商業施設で働いてたらしい」


 あいちゃんがおばさんの情報を書き込んでいく。オープン初日に並んだ、二年~三年の工事延期。以前の商業施設で働いたことあり。


「それから、三階の古着屋がオススメなんだって」

「だから古着屋じゃ」

「ああ、ああ! そうだな。うん!」

「お前もいちいち言うな!」


 おばさんを抑え込むのにおじさんと青年が苦労してる。ちょっと面白い。


「じゃあ、第三問」


 逢坂さんがホワイトボードに書き終えたのを見計らって、マリモはまた画用紙を後ろに回す。


「これは誰で、何をしている?」


 そこに写っているのは、制服を着た女の子だった。中学生だろうか。高校生には見えず、幼さが残っている。髪はボブで、顔は丸顔。べつにどこにでもいそうだ。特徴らしい特徴は強いて言えば、心底面倒くさそうな目だろうか。あとはそばかすがある。

 私が彼女を見てすぐに、制服を着ているのに中学生か高校生か言えなかったのは、その制服がいわゆる学校に着ていくブレザーやセーラー服の類いではなかったから。


「……」

「……」


 私には皆目見当がつかない。彼らの誰かには縁のある人物なのだろうか、それとも有名人なのだろうか。そういえば、おばさんにもそばかすがあるな。

 そう反応をうかがってみるも、おばさんは唖然として口元にひっそり手を当てている。このおばさんの中学生時代なのか? 青年もおばさんと同じような顔をしていて、私と目が合うとさらに気まずそうに目を逸らした。


「ああ、これなら知ってるぞ。俺が撮ったやつじゃないか?」


 ふたりとは違う反応を見せたのはおじさん幽霊だった。


「知ってる人?」

「知ってるもなにも、だってこれ」

「おい」


 青年幽霊が、おじさん幽霊の肩に手を置いた。首を横に振る。それ以上言うな、と言っているようだった。私にはよくわからないけど、おじさん幽霊にはそれで伝わったらしい。


「あ、ああ。そうか。……いやっ、違うな。勘違いだ。俺はこんな中学生知らんぞ!」

「中学生なんだ」

「あ」


 ブレザーでもセーラー服でもない制服は、白いスカートに白い帽子を被り、白の長袖の上から赤いジャケットを羽織っていて、軍服っぽさがあった。そこに中学生の女の子は打楽器を背負っている。太鼓が六つ連結している打楽器の名前はちょっと思い出せないけど、たぶん彼女はマーチングに参加しているのだろう。


「どう?」


 マリモに訊かれる。いちおう、男の子にも視線を振ってみるけど、彼はこちらを見向きもしない。知らないということだろう。


「ふたりも知らないってことでいいんだよね?」


 青年とおばさんに再度、確認を取る。


「お、おう」

「え、ええ」


 ふたりの返事は何かぎこちない。


「知らないらしい。でも、何か隠してるっぽいね」


 ぎくり、としているけど、なんでそれで隠せたと思っているんだ。


「ちょっと!」

「しっかりしてくれよ!」

「わ、悪かったって!」


 おじさん幽霊が詰め寄られているけど、


「ふたりの反応もけっこうわかりやすかったよ?」


 と言ってやれば、しゅんとしてしまった。


「たぶん、その写真を撮ったのはここにいるおじさんらしい。それどこから取ってきたの? 撮影した人の名前とか、わからなかったの?」

「そこはわからない」

「ふーん?」


 マリモがいったいどこからその女の子の写真を持って来たのかはわからないけど、たまたま無作為に選んだ写真がおじさんと縁があった、と考えるのは都合が良すぎる。で、あれば、


「じゃあ考えられるのは、おじさんは写真家だった。マーチングとかの専属の。そういうこと?」


 あいちゃんがホワイトボードに記入していく。おじさんの欄に、写真家(?)と追加された。


「なら、この写真は織田第一中学校から引っ張ってきたから、そこに行けばわかるんじゃないですか」


 とのことで、私は頷く。


「そこで学校の専属カメラマンについて訊けばいいのね。死んでしまった人がいれば、その人がこのおじさんである可能性が高い」


 隠しごとをしているおじさんを脅すようにした。どうせ真相は日の目を見るのだ、いま自分で言うか? と。でも、おじさんはオロオロとするだけ。青年やおばさんにも縋っているけど、軽くあしらわれている。


 私はちらと、目の前の三人に縋るようにした。


「一緒についてきたり、してくれる?」

「自分はこのあとちょっと予定があるので、そこまでは」


 早速断ったのはマリモ。マリモのくせに。

 あいちゃんは、どうする? と天知さんの意見を仰ぐ。天知さんはそれを受けて、


「はぁ」


 ひとつ息を吐く。


「行きましょうか」

「ありがとう!」


 助かる。高校生になったいま、中学校に入るのは心理的に、ちょっと恥ずかしい。


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