なんだそれ。私は石なのか
幽霊たちがいると家が賑やかだ。でも、ひとりの時間というのもほしくなる。彼らは平気で私の部屋にも入ってくるし、たぶん、クラスメイトや一般的な高校生と比べるとひとりの時間がない。賑やかなのは充分楽しいけど、誰だって、教室で四十人のクラスメイトと二十四時間毎日過ごしたくないだろう。ストレスでハゲる。
私にとってそのストレスからの開放がお風呂の時間だった。
湯船に浸かって何をするでもなく何を考えるでもなく、ただ時間を過ごす。無為に見えて、けっこう大事な時間だ。
彼らは私に取り憑いているけど、それでもさすがに良識というのがあるのか。幽霊に良識や常識が通じるのかわからないけど、お風呂にまでは入ってこない。入ってきたら……どうしよう。どうすればいいんだろう。
まあ、いいか。入ってきてないんだから。
心身共にリフレッシュして、お風呂を出る。脱衣所を出るとすぐに、あの子どもがいた。
「ガリガリくん……」
「はいはいガリガリくんねガリガリくん。ガリガリガリガリガリガリくん」
タオルを頭に被ったまま、冷凍庫からガリガリくんを取り出す。時間が経ったのでちゃんと固体になっていた。
「ねえ、ひとつ訊きたいんだけど……」
リビングに戻ると、青年が何かを噴き出すようにした。
「え、なに?」
「お前……あのなあ。その格好、どうにかしろよ」
「なにが?」
女の幽霊も目を丸くしている。
「ちゃんと服を着てからこっちに来なさいってことよ!」
まあ、たしかにいまの私は下着姿と言えるけど。べつにブラトップは下着という感覚はない。さすがの私もパンツとブラジャーだけで出てこようとは思わない。
それよりも、青年の反応が面白かった。私は身体をくねらせてみる。
「うっふん。昂奮しちゃった?」
青年はやれやれ、と首を振る。
「ガキに昂奮するわけないだろバーカ」
「失礼な! こちとら女子高生だぞ!」
「おお! 千代も成長したな!」
男の幽霊がそう発言すると、途端に空気が冷えた。
「きもっ」
「えっ。そういう反応を求めてたんじゃないのか?」
「おっさんが言うのはダメだろ」
その通りだ、まったく。いや、お前が言うのもダメなんだけどね? 私の何を知ってるんだよ。
「なっ……! お前誰に向かって……!」
湯冷めした。私は脱衣所に戻る。
リビングでは、女の幽霊による強烈な喝が飛んでいた。たぶん、両成敗に遭っているだろう。
脱衣所でパジャマに着替えてから改めて戻ると、やっぱりボコボコになっている青年と男がいた。
「なんなんだこいつらは」
リビングのソファーに座って、子どもの幽霊ご待望のガリガリくんのお時間。袋を開けると、歪な水色のハンマーになった姿が現れる。
私は、さっき訊きそびれたことを訊こうと口を開く。
「ひとつ訊きたいんだけどさ」
ドラマに夢中になっている幽霊三人とガリガリくんに夢中になっている幽霊。相槌はなかったけど、無視でもなかった。
「このガリガリくん、なんで私が食べるの?」
ガリガリくんは本来、二重構造になっているらしい。外側は滑らかだけど、内側はシャーベットになっている。でもこのガリガリくんはそんなことなかった。一度、溶けてしまったからだろう。
それでも味が落ちることはない。お風呂上がりというのも相まって、むしろ美味しく感じられる。そして、となりでは私が味わったガリガリくんに、ご満悦の表情をする子どもがいた。
幽霊ならガリガリくんは会計に通さずとも食べられるだろうに、子どもは私に買わせて私に食べさせるのだ。
もちろん、幽霊なのだから物体に触れられずすり抜けてしまうのはわかっている。それなら尚更、私が食べると味わえるという理屈が、理解できない。まあ、理屈も何も、幽霊にはないって言われるとそれまでなんだけど。
私の抽象的な質問は、この場にいる幽霊四人に向けてしたつもりだった。でも誰も答えない。それは私の質問の仕方が悪かったのか、それとも、
「俺たちもよくわかってないんだ」
言ったのは、青年だった。
「自分のことなのに?」
「お前だってそうだろ。人間だから人間という仕組み、構造を全部知ってるか? 知らないだろ?」
「まあ、たしかにそう言われるとそうだけど」
「それとおんなじ。いきなり幽霊として爆誕したんだ。物には触れないってのも、触れられなかったからそうだってわかっただけで、お前が食べたものなら味わえるってのも、実際にそうだったからわかっただけ。なんでなのかはわからない」
「ふーん。じゃあ、夜ご飯の味とかもわかるんだ」
頭の後ろで指を組むようにして、天井を仰ぎ見る幽霊。
「まあ、仮説っつーか、何の根拠もない予想だと、お前に取り憑いているからじゃねぇの?」
「はい?」
「墓参りで墓石の前に供えるだろ。ああいうのは幽霊は味わえるんだよ」
「なんだそれ。私は石なのか」
「そうよ」
女の幽霊が頷く。ぎょっとする。認めたらダメだろ。
「だからちゃんとしたものを食べてほしいの」
「……はいはい」
私が中途半端な料理をして中途半端な味を作っているとわかっているから、くどくどと口うるさくするのか。面倒だな。
「つまり千代がビールを飲めば、俺もビールが味わえるってことだぞ! これはお得だな!」
男の幽霊が力説する。いちおう、訊いてみる。
「お得ってのは、なにが?」
「ん? だってそうだろ? 一本のビールを千代が飲むだけで、俺も、ここにいるみんな、ビールを味わえる。一本で、五本分になるってことだ! これはお得だろ!」
「ってことだ! じゃないよ。私は未成年だし買えないし、そもそもこんな子どもを数に入れないで!」
ガリガリくんを催促するような、小学生の子どもにビールを与えるべきではない。私はガリガリくんを頬張った。
「幽霊に年齢制限とかなくね? 死んでるんだから身体への影響とかないだろ」
「おっ、その通りだ! よく言ったぞ!」
「私は生きてるんですけどね?」
子どもの幽霊が、腕を引っ張るようにした。触れられないので実際には引っ張られてないから、単にガリガリくんの催促だと私は解釈する。
「ん? ごめんごめん」
頬張ると、子どもは首を横に振った。
「じゃなくて」
「?」
「なんで、お外では僕たちのこと、無視するの?」
ぎくりとする。
そうか。この子からすると、私は無視しているように見えるのか。ほかの人はそもそもが見えていないから、無視ではない。でも私は見えている。だから、無視していることになる。
「あー、っと。えっとね」
どう言ったらいいんだろう。
「幽霊は基本的にいないとされてるからな。俺も、自分がなるまでは死後の世界とか幽霊とか、信じてなかったし」
そう切り出したのは青年。
「だから、いわゆる現世? で、千代が俺たちと会話してると、変な目で見られて変な人だと思われるんだよ」
そういうことだ。そういうことなんだけど、なんだか、彼らのことを変だと言っているような気がして、ちょっと、悲しくなる。言うなれば、彼らは死んだだけで、人間なのだ。意思疎通も図れるし味わえるわけだし、変ではない。
人種や性別といった個性に近しいと思うけど、やっぱり、そんなことを考える私は彼らが見えるからこその考え方で、世間的には変な人になるのだろう。
「まあ、元々千代には友達とかいないから、ノーダメージのはずなんだけどな!」
「がははっ!」
「お前が観念して俺たちとしゃべって、変な人になるまで、ずっとしゃべりかけるぞ!」
「マジ最悪!」




