私幽霊が見えるんだよ!
もの凄く辛い状況にいると、励まされるときに、その経験がいつか役に立つから、きっとそれが自分を強くしてくれるから、なんて言われる。でもそれって、ただの詭弁でしかないと思う。
いつか役に立つもの凄く辛かった経験とは、それを生き抜いた、生き抜けた人しか実感できないし、その経験が活きるときってまた辛い状況に陥ったから発揮するんでしょ? よっしゃー、辛い状況が人生にはまだまだあるぞー! と、一念発起できるものだろうか。
自分を強くしてくれるから、っていうのも、そもそも強くなる必要なんてあるのだろうか。誰かと戦うの? ジャンプ漫画の主人公なの? この平和な日本に魔王がいるの?
よくわからない。
そもそも励ます人っていうのはいまの人生に満足がいってるからそうするんでしょ。いまの人生に満足してるから、昔の苦境だっていい思い出だって語れるんだ。いまも昔も苦境な人にアドバイスを求めれば、どんな言葉が返ってくるだろう。そもそもアドバイスなんてしてくれるんだろうか。
もしも私が困っていて、いまが人生の苦境で辛い状況だって吐露したとして、励ますとしたら、どんな言葉をかけてくれるだろう。
そんなの嘘だ幻だ、って言ってくる人もいるんだろうか。そんなものはこの世に存在しないと否定してくるのだろうか。それとも、その場限りは理解を示しながら、内心では面倒くせえ電波女だ、なんて思うのだろうか。
どんな言葉をかけられても私は、この幽霊が見えるだなんて経験、今後の人生で活きるとは思えないんだけど。
私幽霊が見えるんだよ! なんて言った日には、周りからどんな目で見られて、どんな扱いをされるかわかりきっている。小学校中学校高校って、小さな学校という社会で一人というのは格好の餌食。誰だって、社会からハブられたくはない。だから私は誰にも幽霊が見える事実を話したことがない。
いつから幽霊が見えるの? なんて、訊かれたことがないのも、そのせいだ。その結果、自分でもいつから見えているのか、わからない。気付いた頃には、物心ついたときから、というやつだ。これが私の日常なのだ。
よく人間は慣れる生き物だと言う。日常的に幽霊が見えていると、私もさすがに慣れていって、いまでは私生活もふつうに送っていけている。
いまも、授業中にもかかわらず、私のノートを覗き込んでいる変な男がいるけど、誰も気にしていないのは幽霊だからだ。
「字が右に下がって行ってるな……いつ治るんだこの癖は……」
勝手に人のノートを覗き込みながら、腕を組んでぶつくさ言っているとても失礼な男だ。何度も何回も、人の板書を批判してくる。私のノートを覗き込んでいるから私の癖も知っているのだ、この幽霊は。
この癖は幽霊がありがたいことに指摘してくれたから自覚しているけど、この幽霊に矯正されるのも腹立たしいので、私はあえて治すことをしていない。だからこの呟きに対しては、治らないが答えだ。
まあ、もちろん、授業中に、板書中に、ぶつぶつしゃべっていてはおかしな目で見られてそういう人認定されて、ただでさえ生きづらいのに除け者腫れ物扱いは困るので、私は聞こえないふりをする。
ああ、べつに、私は幽霊が見えるこの状況を辛いとは思ったことがない。この話で悲しく辛いこととは、べつに幽霊が見えるという発言を人生で一度もしたことがないというのに、私には友達がいないということだ。
これはつまり、第三者にとって、私、千草千代がふつうに友達になる価値がない、ということなんだろう。面白くもなければ可愛げもなくて、人に興味を持たれないということなんだろう。
それならいっそ、幽霊が見えるという発言をするべきか。我が織田高校にはスピリチュアル部というものがあるし、私には本当に幽霊が見えている。そういうキャラ付けは、一定層に需要があるかもしれない。
「……ははは」
二年生の十一月も終わりのこの頃に? いまさら? 遅いな。
誰からも興味を持たれないというこの状況は、いつか役に立つのだろうか。
ははは。
特に部活とかにも入ってないし、習い事とかがあるわけじゃない。面倒くさいのでそういうのはやらない。もうそろそろで体育祭があるらしいけど、正直、雨が降ってほしい。それか、やりたい人たちだけでやってほしい。
団体戦で、全校生徒を三つに別ける小中と同じ方式なので、ミスをすると先輩たちから叱咤が飛んでくるのだ。まだ二年生なので楽かもしれない。一年の頃は、二年生もその対象だったので、地獄の一日だった。
球技大会があるのに、なんで体育祭もあるんだろう。なくていいのに。と思う。
そんな風に、私はどこにでもいる平凡な女子高生だ。もしも、幽霊という存在が確かにいると証明されて、幽霊が見えるということも特技として認められて、それがふつうの世界になったなら、すこしは私も個性があるかもしれないけど。現状の世の中では話半分が関の山で、胡散臭いと思われるのがオチだろう。
「そういえば千代、期末の結果はどうだったんだ」
至る所に幽霊というのはいる。
よく、墓地が連想されると思うけど、案外、墓地にいることはすくない。たぶんこうやって、幽霊も好みの相手を見つけて纏わり付いているんだろう。この男の幽霊は……たぶん、四十~五十ぐらいなので、十代の私に纏わり付いているのはかなり気持ち悪いけど……まあ、幽霊が触ってくることはないし、私が触れることもないので、許してる。
いや本当は嫌だけど! でもどうにもならない。法律は幽霊を対象にしていないし。幽霊を法律で縛れるはずもないし。
「はぁ」
「おっ? その顔は、あんまりよくなかったんだな?」
授業が終わって帰路につくと、この幽霊も一緒についてくる。家までついてくる。私が幽霊と受け答えするのは家だけと決めているのに、こいつは永遠に話し掛けてくるのだ。
したがって、いまのため息は鬱陶しい、という意味でのため息だ。
「あら千代ちゃん。今日はたまごの日よ。それから、冷蔵庫のお肉、もう終わってるから買わなくちゃ」
校門を出ると、またひとり。今度は女の幽霊だ。こっちはすこし小綺麗だけど若作りって感じで、男の幽霊とそう年齢に違いはなさそうだ。
「え、じゃあ映画見ね? 昨日公開なんだよ」
そしてまたひとり。私よりもちょっと年上だろう男の幽霊。馴れ馴れしい。ひとりで勝手に行ってほしい。
「それじゃあお肉が腐っちゃうでしょう」
「いや、映画見終わってからでいいじゃん」
「それじゃあいいお肉がなくなっちゃうわ。この時間でも遅いぐらいなんだから」
私の背後で幽霊が言い争っている。お肉について。どうせ食べられないくせに。……頭痛がしてくる。
「たまごだって、ひとり1パックなんだから。そんなに置いてないのよ」
「俺たちがいるから4パック買えるぞ!」
「お前そんなにたまご食えるのか……?」
「千代ちゃん、期限過ぎたらしっかり火を通すのよ」
「僕アイス食べたーい」
「おっ! これで5パック買えるぞ!」
頭を掻きむしった。いつのまにか子どもが増えてる。誰なの!?
「~~~~っっっ!!」
声にならない声で叫ぶ。
幽霊が五人、私の背後でぞろぞろと言い争いしながらついてくる。だからアイスも食べられないだろって!
とにかく、スーパーに行って、たまごを1パックだけ買う。お肉と野菜は女の幽霊に目利きしてもらう。人混みも冷凍庫も、幽霊ならすり抜けられるので彼らは好き勝手なところに行っては有益な情報を持ってくる。
「おい。超ひもQが売ってるぞ。復活してるぞ。買うしかないぞ!」
なんだそれは。超ひもQ?
「お前まさか……食べたことないのか!?」
たぶん、私とも十は違わない男が愕然としている。そんな有名なものなのだろうか。名前はお菓子っぽいけど。
私よりも年下っぽい子どもに視線を下ろしてみる。
「僕も知らなーい」
「お前ら人生の半分損してるぞ」
とんでもなく薄い人生だことで。
「おい」
なんだ。
目利きしている女の幽霊と、カゴを持った私。それから大人しく後ろをついてくる子ども。超ひもQの復活という有益でありがたい情報を持ち帰ってくれた青年。そこに男がどこかから戻ってきた。また有益でありがたい情報を持ち帰ってきてくれたらしい。
「いまものスゲー姉ちゃんがいたぞ。ほとんど出てた」
「マジか!」
「おうマジだマジ」
「出てたってどこが」
「そりゃあもう全部」
「モロだし!?」
「行くしかねえだろ!」
男どものくだらない会話だ。なんて下品な。
幽霊のくせにエロいことに興味津々で、精力的な男どもは、モロだしを見に行こうとする。私に止めるつもりはないし、触れないので止める手立てもない。好き勝手していればいい。
ただし。
「ちょっと?」
同じ幽霊同士なら触れるので、女の幽霊がそれはそれは満面の笑みで制止していた。
「ああなっちゃダメだからね」
私は少年に優しく声をかける。よく意味を理解していないようだ。
「ガリガリくん買ってー」
「うん。いくらでも買ってあげるから」
ずっとそういてほしい……というのはブラックジョークか。幽霊なのだから成長も何もない。
ガリガリくんも忘れずにカゴに入れて、レジを並んでいると、ボコボコになった男どもが戻ってきた。幽霊同士の殴り合いということか。恐ろしい。あと、この女の幽霊だけは怒らせないようにしておこう。




