そんなふたり揃って言わなくても
相談内容は、幽霊がいないことを確かめてくれ、とのことだった。
たしかに幽霊なんかいなかった。彼らの聞いた、おーい……という声も、彼ら自身が叫んだ声の反響、つまるところ幽霊の正体は自分たちの声だったというわけだ。
スマホで時刻を確認すると、一時間は余裕で過ぎていて、二時間に差し迫るところだった。家に帰る頃にはすでに日を跨いでいることだろう。お母さんは寝ているか、寝ていないなら、せめてお父さんも起きていてほしい。
家に帰るのがちょっと憂鬱だな、なんて思いながらも、廃墟巡りはそう易々とできることではないので、後悔はなかった。
「相談の答えは出たならさ、探検とか、してもいいかな?」
いっそのこと、朝帰りでもいいかもしれない。ホテルの部屋や温泉、従業員エリア等、廃墟となったいまの姿をスケッチ……はできなくても、写真に収めることができれば、いい資料になる。
「小学生みたいだよ、美穂ちゃん」
「目的を達成したなら帰るべきでしょう。怪我をしそうですし、空気もよろしくないのであんまり長居するべきではないと思います」
「……はいはい。そんなふたり揃って言わなくても」
冗談じゃん、と唇を尖らせてみると、慰めてくれるのは逢坂さん。
「まあ、また来ましょうよ」
「いい後輩だ……! 来年の期末テストの内容を教えてあげる」
「それはちょっと……」
これまた冗談。
そういうことで、私たちは廃墟のホテルを出た。ゲームや漫画なら閉じ込められるような展開だけど、そんなことはなく。ふつうに扉も施錠して、門の間に身を滑らせ、自転車を押しながら林道らしい道を歩き、整備された片側二車線の大通りに出る。
「わたしたちはタクシーを呼びますので、お先に帰ってもらってけっこうですよ」
言いながら、早速天知さんはタクシーを呼び始めた。
「本当? 大丈夫? ふたりだけで」
「渡辺先輩のほうが心配ですよ。気を付けてくださいね」
「大丈夫大丈夫! もしも夏希が襲われそうになっても、私が返り討ちにしてやるから」
私は襲われるタイプじゃない。襲われるとしたら、私よりも夏希のほうだ。
「じゃあわたしが美穂ちゃんを守るね」
「おお。それは頼もしい!」
「私は真面目に言っているんです」
べつに私たちも茶化しているわけじゃなかったけど、逢坂さんにお灸を据えられた。
「家に帰ったら、ちゃんと連絡してくださいよ」
「それはもちろん。逢坂さんも、天知さんも、家に着いたら連絡して。それまで寝ないから」
「わかりました」
天知さんもタクシーの手配は終わったらしい。じゃあ、と私は手をあげる。
「はい、お気を付けて。そのヘッドライトたちは、月曜日にでも返してくれればいいので」
「ありがと」
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
ぺこりと頭を下げる天知さんと、手を大きく振る逢坂さん。私も一度、大きく手を振って、自転車に跨がった。
深夜も深夜なので、人通りはもちろん、車通りも本当にない。外灯も等間隔にあるだけで、時折ぽっかりと暗闇が広がっている。自転車に備わっているライトだけでは充分とは言えないので、ヘッドライトとハンドルに取り付けた懐中電灯がありがたかった。
川の上に架かる長い橋までやってくると、やっとちらほらと車の通りが増える。渡りきると田舎から都会にやってきた、という感じなので、ヘルメットとヘッドライトが恥ずかしい格好に思えてくる。
「げっ」
それは、交差点で信号待ちしているときだった。
「あ~あ。……終わった」
一般の車両とは違って、赤いライトを回転させながらゆっくり近づいてくる車がいた。ちょうど信号は青になったけど、これで自転車を飛ばそうものなら、けたたましいサイレンの音も追加して追ってくるのだろう。ほかに歩行者も自転車も車もなかったので、私は観念するしかなかった。
なんで声をかけられるか、それぐらい予想がつく。私はまだ17歳。未成年。高校生。この時間帯は、条例か何かで出歩いてちゃいけない。でもまあ、塾だったとかいま帰りとか、そう言えばなんとかなるだろう。逮捕なんてされやしない。
そう気楽に構えていたから、私は、その警官の声掛けに、間抜けな返事をしてしまった。
「こんな時間にひとりで何してるの?」
「えっ?」
そう。この警官はいま、ひとりで、と言ったのだ。
私は、夏希と一緒に帰っていた。なのに、どうして。
「……うん? どうしたんだ?」
私がふり返ると、警官も同じようにふり返り、そして見渡すようにした。
「え、なんで……」
後ろに、一緒に自転車を漕いでいたはずの夏希が、どこにもいなかった。




