なにもここまで本格的にしなくても……
顔の前で手をぴたりと合わせ、天知さんは思いついたように言った。
「せっかくですし、わたしたちもここに来たんだぞ、という証拠の一枚を撮っておきましょう」
「誰に見せるのよ」
「そりゃ、相談者に見せないとでしょう」
「……そっか」
幽霊がいないことを確かめてくれ、というのが相談だった、という話だ。その相談者には、私たち相談部がその廃墟に行ったという証拠を見せ、なにもなかったとこの身を以て証明する必要があるだろう。口だけでは信じてもらえない。
天知さんが何を言っているんだしっかりしてくれ、と目で制すると、逢坂さんはごめんと頭に手をやった。
リュックサックにはなんと、驚いたことに、三脚まで入っていたらしい。天知さんが
「ちょっと手伝って」
と逢坂さんを呼びつけ、
「はいはい」
と逢坂さんは出てくる折りたたみ式の三脚を繋ぎ止めていく。
「なにもここまで本格的にしなくても……」
「ねえ?」
夏希のつぶやきに頷いて同意する。天知さんは立派な一眼レフを取り出し弄っていた。逢坂さんが組み立てに苦労しているので、
「私、自撮り棒なら持ってるけど……」
そう提案したんだけど、
「渡辺さんはしっかり立ち位置を考えておいてください。わたしたちの場所も!」
と、鋭い声で言われてしまった。
どうやら、天知さんにはカメラの趣味があったらしい。意外ではあるけど、面白いとも思った。
まあ、言われてしまったからにはそうするしかない。とはいってもそこまで考えるほどでもない。絵画を画角に収めるので、四人いる私たちは左右にふたりずつでいいだろう。私と夏希が絵画の左に立って、逢坂さんと天知さんのスペースを右に空けておく。身長差的にもちょうどいいはずだ。
「できた?」
「たぶん……どうなの?」
「いいんじゃない?」
「適当……」
三脚が組み立てられたらしい。カメラをその上にセット。逢坂さんにも立つよう指示した。
「ここ、いいですか」
「うん」
「なんか、すみません」
「いやいや、逢坂さんが謝ることじゃないよ」
なにか問題があれば、天知さんが修正してくれるだろうし。
一度、天知さんはカメラを覗き込んだ。設定を終えると、逢坂さんの前に立つ。
「さん、に」
フラッシュが焚かれた。
たったったっと駆けた天知さんは出来を確認する。
「どう?」
「うん、問題ない」
親指を返してくれたことで、私たちもその出来栄えを見ようとしたけど、天知さんはカメラをリュックサックに仕舞ってしまった。
「見せてくれないの?」
「後のお楽しみです。現像してお渡ししますね、月曜日にでも。せっかくなので、額縁に入れましょう」
「そこまでしなくていいけど」
でもまあ、現像してくれると言うんなら、そうしてもらおう。
今度は苦労もせずに逢坂さんは三脚を解体した。天知さんがリュックサックを背負い直して、微妙な空気が流れる。
私は切り出した。
「これで終わり? 幽霊なんかいなかったし、ここまで変な現象には出会わなかった。誰か、おーいなんて呼ばれたような感じ、した? もちろん私はしてない」
すこし耳を澄ませるようにしてから、天知さんは言った。
「風の音しかしてませんね」
耳を澄ませると聞こえるのは、風が壁や隙間を通ってきたときのびゅうびゅうという音だけだ。
「逢坂さんは?」
「何もなかったと思います」
「夏希は?」
「何もなかったと思う」
「よし」
手を合わせた。ゴム手袋なので、拍手のような音は鳴らなくてぽんという感じだった。
「幽霊はいない。帰ろう」
廃墟に入る経験なんてまるでなくて、漫画のネタ、資料として活かせるからよかったけど、そうじゃなかったら一刻も早く帰りたい。ポジティブにもタイムリミットがある。
「ちょっと待ってください」
天知さんに呼び止められた。
「肝試しの四人組は、ここに二時間弱滞在したことになります。わたしたちがここに入ってからまだ一時間も経っていません。もうすこし、残りましょうよ」
「一時間も二時間も変わらないんじゃない?」
「なるべく状況は同じにしたいんです。じゃないと結果も同じにならないじゃないですか」
それは、ごもっともだ。けど、
「それなら、逢坂さんが言ってた通り。最初にひとりで入っていかないとじゃないの? そもそも四人で入って四人で上って四人で証明写真撮ってる時点で、状況はまったくの別物」
「怖いんですか」
「……」
「怖いんですか」
にこりと微笑む天知さんの笑顔こそが一番、怖かった。
「そんなわけ」
「ではもうすこしいましょう。なにより、それなら、彼ら四人組が聞いたという、おーいという呼ぶ声がまだ謎です」
「聞き間違いだったとかじゃないの?」
「はたしてそれで納得できますか?」
もしも月曜日、この中の誰かが病欠でもして、あの声は誰だったの? とでも言おうものなら……聞き間違いだとは思っても万が一が過ぎらないと言えるだろうか。
「できないね」
「では、ここからが部活の時間ですよ」
変な部活だ。私は頭を抱えた。




