本当にテンプレだね
「それで? 確かめてくれってのは?」
逢坂さんは腹をくくったように、ひとつ大きく嘆息した。
くすりと笑った天知さんは続ける。
「相談者は秋の肝試しを敢行したんですね。場所は利根川に架かった橋を渡った先にある山中の廃墟。昔はホテルとして使われていたみたいなんですけど、経営が上手くいかず取り壊しが決定。しかしその取り壊しを行おうとすると、不慮の事故が起こる」
「テンプレだね」
「ホテルの中の確認に入った人が、偶然死体を発見してしまった。作業員が作業中に怪我を負う、失踪する。道が崩れて取り残された、女の悲鳴を聞いた、男に追いかけられた。……まあ、挙げればキリがありませんけど」
「本当にテンプレだね」
「聞いたことはありますか?」
「ないかな」
「まあ、あるある過ぎて、ということでしょう」
どこかで聞いたことがあるのかもしれないけど、またそれか……と聞き流していた、というのはある。
「それで相談者は、そのうわさを確認しようと男女四人で廃墟に向かったわけです。好奇心旺盛というか、蛮勇を振るうというか。ひとりずつ廃墟に入っていって、最上階の四階にある絵画とのツーショットを撮り、戻ってくる。これをルールとして、まずひとりが入っていったんです」
考えただけでも怖い。この寒さは、時節によるものだろう。そうであってほしい。
「本来は小一時間とかかるものではありません。エレベーターは使えませんけど、階段を往復するだけです。ですが一人目がなかなか帰ってこない。電話ももちろん出ない。待ちきれなくなってとうとう、三人揃って廃墟に入っていきました」
「えぇ……」
天知さんの淡々とした語りが、怖さに拍車をかけていく。
「その人たちは警察とか呼ばなかったの?」
夏希も口を挟んだ。私がリアクションを取ったように、すこしでも気を紛らわそうとしたのかもしれない。
しかし天知さんは無視して続ける。もしかしたら、それも後々語られるのかもしれない。
「取り壊しは中途半端。廃墟となって久しく人の手は入っていない。中はどこもかしこも汚い。壁や床には穴が空き、天井はいまにも降ってきそう。スマホのライトで床の穴を照らしながら、ここに落ちたのではないか、と心配になって名前を呼ぶ。名前が地下に響いていった。返事はない。ここにはいないのか。ホッとするのも束の間、じゃあどこにいるのだ。ひとまず、四階を目指そう」
私の頭の中では、三人組が階段を上っている。おっかなびっくり、腰が引けた状態で上っていく。
彼らとは違った恐怖が、私の背筋を伝った。
「すると、おーい……おーい……。……上から声がするではありませんか。ふたたび、一同は名前を呼びます。返事は、おーい……おーい……。二階、三階、と上っていく。残すは四階。声はどうやら四階からするらしい。三人は最後の階段を上りきる。ライトで廊下の奥を照らす。人の姿はない。ただ、奥に絵画らしきものがあるのは見えた。手がかりがないかそこへ近づいてみよう。足を一歩踏み出すと突然わっ!」
「ひっ」
緊張で張り詰めた糸。ピンと張った糸。それを弾くような突然の大声に、私は悲鳴をあげてしまった。
顔面蒼白に近い逢坂さんは、天知さんの語りにビビってしまったことが悔しく、また天知さんの勝ち誇ったような笑みが気に食わないようで、
「怖かった?」
殊更明るい声音で尋ねる天知さんに、深く深呼吸すると、言う。
「つまり、一人目は中で探しに来るのを待ってて、来た人をビックリさせた、ってこと?」
「そういうことだね」
逢坂さんは気丈に振る舞っているけど、天知さんはその振る舞いを見抜いているようで、大変ご満悦の様子だ。
私は手の震えと心臓のバクバクを抑えようと、頑張って紙コップに伸ばす。
「ん? じゃあこれのどこがホラーなの? 幽霊なんて出てきてないよね?」
天知さんは殊更明るい声音で、怖かった? と尋ねた。それはつまりオチまで語った、ということなのだ。しかし夏希よ。言わないでほしかった。世の中には、言わなくていいことというのがたくさんある。私もそれが幽霊とどう繋がるのか気になったけど、訊く勇気がなかった。
というか、ホラー耐性が高いな。
「その一人目は、相当肝が据わってるね。だってひとりで廃墟の四階に、一時間も潜んでいたってことでしょ?」
「そうなるね」
「私だったら速攻警察に通報してるけど」
「廃墟って言ってもやってることは不法侵入だからね。悪いことをしてるって意識はあるんだと思うよ。だから警察には頼りたくても頼れない」
「自分が捕まっちゃうからか」
なんとなく、心霊スポットと紹介されていたり肝試しなら許される感じがするけど、たしかに私有地だから不法侵入なのか。警察を呼ばなかった理由も納得できた。呼ばないのではなく呼べなかったのだ。
「で? 続きは?」
逢坂さんはそのまま、顎肘をついて促した。
「続き?」
そう惚ける天知さんに、やり方はわかってるんだ、とジト目をする逢坂さん。観念したように、落ち着き払って天知さんは白状する。
「彼ら四人組はそのまま帰った。帰れたの。つまりその廃墟には幽霊も何もいなくて、事故に遭うことも怪我を負うことも、誰かが消えることもなかった。問題は、その後だった。肝試しが終わった週明けに、四人のうち一人が学校を休んだ。それは四階でひとり待機してドッキリを実行した人だった。三人で看病がてら、その人の家に行ったの。もちろん、実際は肝試しの一件が尾を引いてたんだよね。
『もしかして』
そうやって含みを持たせるひとりに、みんながそれぞれ笑った。
『単なる風邪だって』
病人である当人もそう笑った。でも、空気は重たかった。
『そういえば』
布団を被ったまま、
『お前らが四階に来るとき、おーいって呼んでただろ? あれ、誰の声だったんだ?』
『もちろん、僕だよ』
嫌な予感が、考える間もなく答えていた。
『ああ、お前だったんか……。まあ、男の声だったしな、お前しかいないもんな……』
そう言っていて、ほかのふたりも特に疑問も待たず誤魔化されたようだけど、彼だけは違和感を感じていた。相談者は、その人だったの」
「その違和感、って?」
逢坂さんが適度に相槌を打つ。天知さんはすこし困ったように笑った。
「四階に上がっていく彼らは、おーいって呼ぶ声に従って階段を上っていった。つまり、もうひとりの、先に入っていった男子の声だと思っていた。なのに、その男子が、そのおーいという声を聴いていた。五人目がいたってことになる」
鳥肌が立つ。秋だからしょうがない。
私は椅子をすこし夏希の側に寄せた。
「誰がおーいと呼んでいたのか。なぜ呼んでいたのか。もしもそのおーいに従って、探して、導かれていたら、どうなっていたんだろう」
きゃあーっ! と悲鳴があがるようなホラーではなかった。じわじわと浸食されるような、答えが出ないホラーだ。こっちのほうが怖い。答えがないのだから。
「だから相談されたの。聞き間違いはない、四人全員が聴いたんだから。幽霊はいないのか。いないならあれは誰の声だったのか」
「それが幽霊がいないことを確かめてくれ、に繋がるのね……」
「うん」
答えがないとずっと頭の中で、そればかり考えてしまう。嫌な考え、想像、妄想もしてしまうだろう。だから頼ろうと相談するのは理解できた。
「たしかに、私たちぐらいにしか言えないよね。警察に相談しても幽霊騒ぎなんて取り扱ってくれないし、不法侵入に問われるかもしれない」
失踪や重傷でも負えば警察は重い腰をあげてくれるかもしれないけど、彼らの身には何も起こってないのだ。天知さんを、相談部を訪ねるのは道理だった。
にこりと天知さんは、笑む。
「ここまで語ったんですから、渡辺さん。協力してもらいますよ」
「……へ?」
「渡辺さんは相談部の部員ですし、この相談も聞いたんですから義務があります。わたしが話したのも、たとえひとりでも人手はほしかったからです」
「……つまり?」
「週末、その廃墟に行きます。このメンバーで」
「ちょっ……!」
喉にぴりっと痛みが走った。ずっと聞き手に回っていたから、喉も唇も乾いていた。怖くてそれに気付く暇すらなかった。
勝手に目尻に涙が浮かび、言葉が継げないでいると、それでもうすでに話は進んでいた。私の参加が決まっていた。
逢坂さんが微妙な表情をしている。逃げられないらしい。
夏希も、聞いてしまったからには仕方ない、と肩をすくめた。
「というか週末って明日じゃない」
「日曜日にします?」
「そういう話じゃない」
天知さんは意外と天然か? それともボケなのか? ……設定に加えておこう。
そうだ、これも漫画のストーリーに流用できるではないか。うん、私、ポジティブに行こう。ポジティブに。




