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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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それだ!


 活動内容不明な相談部は、部活らしく毎日放課後集まるということもしていなかった。逢坂さんも天知さんもどちらもそれぞれの予定を優先するようで、逢坂さんだけが来ている日もあれば、天知さんだけが来ている日、どちらも来ていない日というのもあった。一週間、一日もふたりが揃うことはない、なんて日もあった。


 部室を覗いて逢坂さんだけがいる日は私もすこし顔を見せ、五分と経たずに天知さんが来なければ


「今日は帰ります」


 と、逢坂さんは部室を出て行った。


 部室を覗いて天知さんだけがいる日にも私はすこし顔を見せるんだけど、こちらも十分と経たずに目を瞑ってひとつ深呼吸すると、


「迎えが来たので帰りますね」


 と、天知さんは部室を出て行った。


 まるで浅い睡眠のようで、仮眠にも満たない仮眠を終えた天知さんはその迎えを知る術もなかったはずなのに、迎えと共に帰っていくのだ。だから私は、断り文句として使っているのか、時間に正確な送迎車でもいるのだろうと思っている。

 何はともあれ、逢坂さん、天知さん両名が揃って部室を訪れ、相談部部員が顔を並べる日は珍しい。私は漫研よりも優先して、相談部の部室を訪れていた。


 ふたりが揃っているのだから何かしらの変化を期待していた。相談部として本格的な活動でも始動するのでは、と期待していた。だけど、それは裏切られた。


 逢坂さんは分厚い本を読んでいる。ハードカバーでA5サイズ。裏表紙には判子が押されているのが見えたので、図書室から貸りた本だろう。ひとつ大きなあくびをしていた。相当眠たい本らしい。

 天知さんは薄く長い本を広げていた。どんな顔をしているかは隠れているのでわからない。ただ、表紙もこちら側から見えたので、読んでいる本はわかった。これは読んでいるというより、見ているといったほうが正しいだろうか。

 冬のデートスポット100選!! と書かれていた。天知さんがそういった類いの本を読むのはすこし意外だったけど、女の子なら当然かもしれない。そもそも100選もあるのだろうか。

 かくいう私も、悲しいことにこの年齢までデートらしいデートはしたことがない。漫画でデートのシーンを使うとなっても、教材はドラマや映画、同じく漫画となる。経験からは捻出できないので、どうしてもどこかで見た既視感が拭えない。


 この相談部にも男子がいれば、あるいはカップルでもいれば実体験を訊けたかもしれないけど、そんなこともなかった。

 仲がいいのは疑いようもないけど、無言の時間が多いふたり。この絶妙な距離感をスケッチしていると、逢坂さんはひとつ大きなため息をついた。バタンと本が閉じられる。読み終わっただけではないらしい。このままでは眠ってしまう、といった感じだった。


「いま私の頭の中は、混沌を極めている」


 やがて、逢坂さんが言いだしたのはそんなことだった。

 天知さんも冬のデートスポット100選を閉じる。横目で逢坂さんが読んでいた本を確認すると、くすりと笑った。


「ワケとかビコとかヒメとか……目が回る!」

「何を読んでたの?」


 裏表紙しか見えないし、背表紙は逢坂さんの対面だと角度的に見えない。夏希のほうまで首を突っ込めば見えるけど、それぐらいなら訊くのと大して労力は変わらなかった。

 逢坂さんは疲れ切った目を持ち上げて、重たそうな本をひっくり返した。どんと表の表紙が顔を見せる。デカデカと書いてあったのは、


「……古事記」


 また凄いものを読んでいる。


「読んでみます?」


 逢坂さんの眠そうなあくびと疲れ切った目と、混沌を極めているという感想を聞いて、読もうとは思わなかった。

 首を横に振る。


「それが正解です」

「不正解を勧めないでよ」


 逢坂さんは苦笑いをした。


「どこまで読んだの?」

「日本列島がとりあえずできた」

「まだまだ序盤じゃん」


 疲れたところにその口調は舐められたと思ったのか。逢坂さんはすこしの苛立ちを含めて応じた。


「じゃあ読む?」


 対して、天知さんは晴れやかな笑み。


「そっか。そうだった」

「読んだことあるの?」


 序盤じゃん、と言えたことからもそうなのかと訊いてみると、天知さんは頷いた。


「凄いね」

「凄くないですよ、べつに」


 謙遜ではなかった。なぜならそれを言ったのは逢坂さんだったから。はて? と首を傾げる。


「なんで逢坂さんが?」

「だって天知さんは」

「天知さんは?」


 先を促すように、天知さんが言った。すると途端に、逢坂さんは口を噤む。


「……とにかく! 凄くないんです! ……インチキですから」


 インチキ。それはまたどういうことだろう。


「もういいです。この話はやめましょう。頭痛がひどくなる」


 立ち上がった逢坂さんは紙コップを給茶機にセットする。


「何か飲みます?」

「あ、じゃあ緑茶でお願い。温かいので」

「はい」

「わたし麦茶!」

「はいはい」


 逢坂さんは私の分と、天知さんの分を入れてから自分の分も入れて、椅子に戻った。すぐに口をつけるのは熱くて、ふーと息を吹きかけてからすこしだけ口に含む。


「あ、美穂ちゃん。あれ、渡さなくていいの?」


 と、夏希に言われて思いだした。


「あ、そうだ」


 カバンを漁る。


「今度、ふたりが揃ったときに渡そうと思ってて」


 私がふたりに渡したのは漫画だった。私が描いた漫画。文化祭に出した漫画。大人に、プロの目にも留まった漫画。

 表紙に目を通して、天知さんは一言。


「ああ、文化祭で売ってましたね」


 私は舞い上がった。


「え。知っててくれたの!?」

「はい。漫研には寄ったので」

「そっかぁ。漫研はあの『山の麓に住む天使について』が大々的過ぎて、ほかにも売られてたのに、全部陰に隠れちゃってさあ」

「たしかに、勢いは凄かったですね。それぐらい面白かったですけど」

「じゃあちょっと物足りないかもね。あれを読んだ後だとどうにも……そこはごめん」

「いえ。お家でゆっくり読ませて頂きますね」

「感想お願い!」


 丁寧にカバンに仕舞う天知さんと、それを見て急いで閉じる逢坂さん。


「ご本人の前で読むなんて、礼儀がないですよ。逢坂さん」

「ご、ごめんなさい!」


 そういう礼儀があるのか。


「べつに気にしてないから」


 すこし緊張はするけど、嫌だったら渡してない。


「私の描く漫画がどういうものかわかれば、安心してもらえるかなって。ほら、ふたりのこともモデルにしてるからさ」

「なるほど。そういうことでしたか」


 天知さんは言葉の意味をすぐに理解してくれたけど、逢坂さんは未だよくわかっていない様子。古事記を読んでまだ混乱しているのだろう。


 天知さんは仕方ないですね、とでも言いたげにおもむろに口を開いた。


「もしも渡辺さんの漫画がデスゲームものとかで、わたしたちが無残に殺されていたり凌辱されたりしたら嫌でしょ?」

「たしかに嫌かも……」


 そこまで深い意味はなかったけど。単に私の画風を知ってもらえれば、という意味だった。


「安心して。いまのところ私が描き上げた漫画はそれだけで、王道のラブコメだから。天知さんも日常系にしようと思ってるから」

「ほのぼのってやつですか」

「うん」


 天知さんは最初から何とも思ってなさそうだったけど、逢坂さんの不安はこれで払拭できたようだ。

 古事記を読んで疲れた逢坂さんと、冬のデートスポット100選を食い気味に見入るようにするふたり。そのスケッチが一区切りして、私はとなりに傾けてみる。覗いた夏希は言う。


「上手」


 その言葉が聞けてホッとする。


「とりあえずキャラデザは完成したけどさ、ストーリーがイマイチなんだよね」


 部室を訪れた際はモデルを目の前にしているので、スケッチが大半になる。漫研にいるときや家のときといったひとりの時間にふたりの設定を細かく考え、表情の差分や制服以外の服装も考えているんだけど、いざ漫画として動かそうとすると、始まらない。


 私はペラペラと、いわゆるプロット、設定集をめくり、夏希に見せる。


「理由は明確なんだけどね」

「相談部ってのが、なにをする部活動なのかわからないからね」

「そう」


 学校の角部屋にはひっそりと。

 活動内容がいっさい不明の相談部なるものがあるらしい。

 その部長とは、誰もが知る校内一の有名人だった。

 ミステリアスで怪しげな雰囲気で続きを誘っておきながら、ページをめくると実態は、その部長さんも部員と言い合いをしたりデートスポットを探したりするふつうの女子高生らしかった。


 緊張と緩和で読者の感情を揺さぶれるだろうけど、その先の続きが何も思い浮かばないのだ。


「いっそのこと、この相談部はやめる?」

「え」


 すると声をあげたのは逢坂さんだった。


「先輩、もう辞めるんですか」


 私は手を振って否定する。


「違う違う。そうじゃなくて。えっと、漫画の話ね」

「ああ、漫画の……」

「うん。相談部っていうなかなか聞かない部活は珍しいから面白いかなって思ったんだけど、それが自分の首を絞めることになっちゃってて」


 スポーツ漫画でサッカー野球の話なら簡単だろう。観戦すればいいし、この織田高校にもサッカー部野球部はあるのだから、一時的でもマネージャーにでもなればいい。だけどセパタクローやカバディはどうするのだ。織田高校の部活動は、相談部っていうものがあるぐらいだからそれなりの数もあるけど、さすがにセパタクロー部もカバディ部もない。そもそも、それらを題材にした漫画が手に取ってもらえるだろうか。


 そう、ここにもリスクが潜んでいる。


「相談部? なにそれ? ってなって興味を持ってもらえる可能性はあるけど、相談部? ……へえ。で、終わっちゃう可能性も充分ある。漫画はまず手に取ってもらわないといけないのに、読者の守備範囲外だったら視界に入らないからね」

「つまり美穂ちゃんの、漫画家の腕次第ってことだね」

「そうなんだけどさあ……」


 簡単に言ってくれる。

 目を惹く表紙、魅力的なキャラ、そして読みたくなるあらすじ。それらを裏切らず、乗り越えるぐらいのストーリー展開。これが漫画家の腕。つまり私、渡辺美穂がやらなければならないこと。なのだが……


「相談部じゃなくする……のはなあ」


 それもまたリスキーだ。

 平凡な部活動は描きやすいけど埋もれやすくて量産型になってしまう。自分で部活動を創造するのは動かしやすいけど破綻と矛盾を孕み、現実味が薄れていく。

 それに、このふたりをモデルにしているのだ。天知さんと逢坂さんは相談部の部員。なら相談部で描きたい。


「あれ?」


 すると、夏希が思い出したように首を傾げた。


「わたしたちが最初にここを訪れたとき、天知さんたしか……相談はいま請け負ってる案件があるから遅れる……みたいなこと、言ってなかった?」


 私はわっと声をあげてしまった。


「それだ!」

「どれだ?」


 天知さんが首を傾ける。逢坂さんは肩をすくめて、さあ? と応じる。


「だからほら! 私たちが最初にここに来たとき、男子が出て行ったでしょ? それで、抱えている案件があるから相談なら遅れる……みたいなこと」

「ああ、ありましたね。そんなこと」


 そんなこと、と言うほど前のことではないと思うけど。


「それってもう終わったの?」

「いえ。現在進行中です」


 ぱちぱちと瞬きした。すこし、耳も疑った。


「いつの間に」


 後から小さな怒りも込み上げて、私は夏希に確認を取る。


「知ってた?」

「知らないよ」

「相談があったのは渡辺さんが入部する前ですからね。相談者も、私と逢坂さんに相談したんですから。部員とはいえ、許可なしに話を漏らすのはどうかな、と」


 夏希も知らなかったようだし、仲間外れにされたわけではなさそう。天知さんの言い分も理解できないわけじゃなかった。


 私がゆっくり口角をあげると、天知さんは警戒するような素振りをする。


「なんですか」


 話の流れからもなんとなく、読めているだろうに。


「じゃあ、訊いても言えない感じ?」

「まあ、そうですね。相談者の許可がないと」

「それなら、終わった案件とかはどう? 漫画に使いたいんだよね~」


 ごますりよろしく、手をすり合わせた。

 天知さんは、はぁ、と小さくため息をつく。


「仮に話したとしても、漫画には使わないでくださいよ。プライバシーの問題がありますし、わたしから漏れたとなればわたしの責任問題になりますから」

「それはもちろん。あくまで相談部の活動を知りたいだけで、そのまんま漫画にするわけじゃないよ。フィクションだし。実在する団体とか人とかは関係ないから」


 そういう案件があるのか~……と学ぶだけ。例題を知りたいのだ。そこから応用して発展させていく。


 天知さんはふたたび、はぁ、とため息をついた。


「それなら、いま抱えている案件。一緒に当たりますか」

「いいの!?」


 やった! と喜ぶ私と、


「いいの……?」


 眉を寄せて危険視する逢坂さん。

 同じ言葉でありながらも、反応は雲泥の差だ。


「安心して、逢坂さん。余計なことはしない。ふたりの指示に従うよ!」

「そういうことじゃないんですけど……」


 うん。たぶん、そういうことじゃないと思う。

 私たちに、後から入った人に相談内容を打ち明けていいのか、ということだ。わかっている。わかった上で、私は見当違いの答えをした。

 私の瞳は無邪気な幼子のようにキラキラしていただろう。いっさいの邪念はないよ! と逢坂さん、天知さんの両名に意志表示をする。


 ふたりは静かに目を合わせた。漫画風に言うならば、アイコンタクトで会話しているんだろう。私が書くとすれば、


『本当にいいの?』


『大丈夫です』


 ってところだろう。うん、誰でも書けそうだ。


 やがて、逢坂さんは好きにすれば、といった風に腕を組んだ。天知さんの目が私に戻ってくる。


「相談内容は、幽霊がいないことを確かめてくれ、です」


 逢坂さんが大きく目を見開いた。口が『あ』の形を保ったまま開いて硬直している。漫画風に言うなら、その背景には三点リコーダーが大きく並んでいるだろう。


「ゆ、幽霊がいない……?」


 天知さんも逢坂さんの態度に気付いたようで、それをすこし面白がるようにする。


「逢坂さんはこういう類いの話に弱いんです。だからあんまり、極力、話にはしてほしくないんですよね」


 最後は逢坂さんに語りかけていたようで、逢坂さんは答えの代わりに頭を抑えてぶるりと一度、震えてみせた。


「先輩は平気ですか」

「平気じゃない」

「じゃあこの話はやめましょう」


 どうやら本当に、逢坂さんは幽霊に弱いらしい。私が平気じゃないことを免罪符にして、天知さんに訴えかけている。

 でも、私は続きが気になった。漫画家としての意地か好奇心か、それとも怖いもの見たさか。あるいは、がくがくぶるぶると私よりも明確に怖がっている逢坂さんを見たからだろうか。


「やめなくていいよ。あ、夏希は?」

「が、頑張る」


 頑張ることじゃないとは思うけど。


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