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何でも知ってるしろあちゃん  作者: 家佐水井
紫月はなぜ死んだのか
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やっぱり夏希の声は届いてなかったようで


 翌日早速、入部届は渡した。部長の天知さんに渡すとたしかに受け取りましたと言ってくれた。これで私と夏希は晴れて相談部の部員。私からすると、二足の草鞋となったわけだ。


 私たちは二年生で、天知さんたちは一年生。なのに私たちのほうが平の部員で、後輩の天知さんのほうが部長というのはなんだか変な気分だったけど、おかしいとは思わなかった。この相談部という馴染みのない部活動を立ち上げたのが彼女たちで、今年に新設された部活動だから、という理由もあるけど、それだけではない。

 かの天知しろあを抑えて、たった一年早く産まれたという理由だけで上に立つ。そんな想像ができなかったからだ。

 きっと、誰であっても非難は飛ぶだろう。仮に天知しろあ自身が遠慮しても、世間が許してくれない。恐れ多い。端的に言ってしまえばそんなところだ。

 私と夏希が昨日、相談部を訪れる前にはクラスメイトの男子が部室を出て行くところだった。すくなくとも昨日の時点で、私たちを含めて三人の来訪者があったということだ。だというのに今日は誰も訪れる気配はない。

 それどころか、


「友達にはあだ名を付けるみたいだね。親しいですよアピールをするために」

「あだ名をそんな捻くれた見方する人、いないと思うけど」


 なんて、逢坂さんが言うように、かなり捻くれた見解を、天知さんは披露し始めた。

 ああ、相談部の部員にはもうひとりいて、部長天知しろあの他に副部長の逢坂愛花という女の子がいた。

 長机には個包装された小さなクッキーの袋がカゴに入れてあり、紙コップを手元に置きながらノートを開いていた。相談部の活動内容、天知しろあの観察をしていたんだけど、ふたりが部室に来てからすることは宿題で、天知さんはそれが一段落ついたのか息抜きの様子で、紙コップに口をつける。


「だからさ、わたしたちも付けてみない? あだ名ってやつを」


 シャーペンを握っていた逢坂さんはあまり思考を挟まずに、反射の要領で答える。


「いま親しいですよアピールって言わなかった?」

「言ったよ?」

「そういう人たちに対して、非難しているように感じられたんだけど」


 つまり天知さんは小馬鹿にしているんじゃないか、と逢坂さんは言いたいわけだ。私もそう思った。


「せっかく立派な名前があるのに崩したり縮めたりよくわからないことするな~とは思ってる」


 どこか躓いたところでもあるのか、顔を上げた逢坂さんの眉根は寄っている。すこし顔つきが怖いので、凄みがあった。


「日本人はよく言葉を縮めたりすぐに短縮形、略語にしたりするってのは聞いたことがある」

「なんでだろうね? 怠惰なのかな?」

「天知さんじゃなかったらもの凄い勢いで反論されてると思う。彼らの側に立ってみると……効率悪くね? みたいな」

「うわ。それ若者っぽい」


 充分、天知さんも若いだろうに。


「あと、すぐに英語を使う人」

「いるいる! 日本語のほうが短いのに英語使う人ね!」

「ミーティングとか。いやそれ会議だから。三文字だから。アジェンダとか。かっこつけてるの? って感じ」


 わからなくもないが、そうポンポンと例が出てくるほど、身近なことでもない。逢坂さんは何か会議でもするのだろうか。討論でもするのだろうか。


「でも逢坂さんも、オーケーとか言うよね?」

「……たしかに。それは言うかも」

「昔はそれに拒否反応を示す人もいたよ」

「……そうなの?」

「うん。だから、まだ馴染んでないってだけかもね。将来的にはそれがふつうなのかもしれない」

「つまり私は遅れてる?」

「世間一般でそういう人を、何て言うか知ってる?」

「なに?」


 ごくりと逢坂さんは生唾を飲む。天知さんは充分に間を取ってから、言った。


「老害」

「ろう……!?」


 逢坂さんは衝撃を受けていた。漫画風に言うなら、ががーんという音と、背景では雷が降っているだろう。


「まだ私はピチピチの16歳なのに……」

「ピチピチって言い方がもうおじさんみたいだよ」

「天知さんに言われたくない」

「わたしこそ活きのいい可憐な少女でしょ!」


 どちらもピチピチでどちらも可憐で少女だというのに、なにを言い争っているのか。ふたりで年齢の論争をしていては、ひとつ上の私はどうなってしまう。


 なんて思っていると、逢坂さんがこちらを向いた。


「どう思います、渡辺先輩」

「どう、って言われても……」

「あだ名の話じゃなかったの……?」


 脱線した話を戻そうとする夏希のつぶやきに、矛先が変わるのなら何でもいいと私は頷いた。

 しかし逢坂さんは、私が胸に抱くようにしていたスケッチブックに視線を下ろす。


「なに描いてるんです? それ」

「え……っと」


 ふたりとも先ほどの論争はそこまで本気ではない雑談に過ぎないようで、話題はすぐに変わっていく。さっきまでの言い争いは何だったんだ、と思いながらも、私はすこし、窮地に追い詰められたような錯覚に陥った。


 漫画風に言うならばやっぱり、私の額には冷や汗がちょこんと垂れているだろうか。


「? 見ちゃダメなやつでしたか」

「って、わけじゃないけど……」

「見せちゃいなよ」


 夏希にもそう言われる。


 これは見せられないというより見せにくいといった面が強く、その意味も、ふたりの許可なく勝手にやっていたから、という引け目から来るものだ。

 まあとにかく、見せることにする。ダメと言われたらきっぱり諦めるし、話は通したほうが後々厄介なことになる可能性も避けられる。


「うわ、すごっ」


 逢坂さんは素直に感嘆を示し、天知さんも何度か頷いた。どちらも気分を悪くすることはなかったようで、すこしホッとする。


「勝手に描いてごめんなさい。まだこれだけだから、嫌だったらすぐに消すしもう描かない」


 ふたりが言い争う様を、すこしスケッチしてみたのだ。

 漫画の入りが、学校の角部屋にはひっそりと……という入りをするなら、続きではこうして部活仲間と言い争いをするふつうの日常風景を描く。

 ミステリアスな入りから、どこにでもいる女子高生への高低差。ちょうどよく興味が掻き立てられるだろう。


「べつに消すことないですよ! ……でも凄い。後ろのカーテンが風に靡いてる感じがわかる」

「そこは勝手に変えちゃったけど」


 実際にはふたりの背後にある窓は閉まっていて、カーテンが靡くことはないのだけど。


「とてもお上手だと思います。残念なのは、そこにいるわたしよりも実物の方がかわいくて綺麗だということですね。大抵が絵になれば美化されますし、写真なら切り取りが可能ですけど、わたしはどこを切り取ってもどのシーンでも完璧ですから。これは渡辺さんの伎倆の問題ではありません。わたしがかわいすぎるのがいけないんです」


 だからどうか落ち込まないでください、と言われた。


「いけないんです、じゃない」


 ぺしりと天知さんの額に、逢坂さんが平手をした。あうっ、とかわいい鳴き声を出す天知さん。


「あ、ありがとう……」


 以外に、私に何が言えたのだろう。

 ただ、社交辞令で褒めてくれたわけでもなさそうで、そこは純粋に嬉しかった。天知しろあのお墨付きは、それだけで一定の価値が見込める。


「美穂ちゃんの漫画のモチーフに、ふたりのことを使ったりするのって、大丈夫かな? もちろん、名前とか顔とかは変えるから」


 私の聞きづらいことを、夏希が訊いてくれた。しかしふたりには届いていない。


「わたしに手をあげたね!? ふうん? そんなことして、タダじゃ済まないよ。いい? わたしが一声あげれば途端に、校内総勢天知しろあファンクラブ計689人がこの部室に雪崩れ込んでくるから」

「それって天知さんも無事じゃ済まないよね?」


 というか689人もいるのか。ファンクラブなるものがあるのは知っていたけど、アイドルでもないのに一小市民の天知しろあに、校内だけでそこまでのファンがいるとは。織田高校は千人超え。過半数以上。牛耳っていると言っても過言ではない。驚きだ。末恐ろしい。


「あの、それで、どうかな?」


 やいのやいの始める前に、私はずばっと切り込んだ。やっぱり夏希の声は届いてなかったようで、ふたりは揃って首を傾げる。


「なにがですか?」

「だから、ふたりを元ネタにした漫画を描いてみるって話」

「……私が漫画化!?」


 という素直な喜びを表す逢坂さんと、


「顔と名前をそのまま使わなければ」


 という実に現実的な条件を突き付けてくる天知さん。

 いまではなんだか、天知さんよりも逢坂さんのほうが女の子らしい印象を受ける。もちろん、私よりも断然、ふたりはかわいいんだけど。


「それはもちろん」


 夏希が言ったように、その辺は上手く濁す。あくまで元ネタだ。


「この相談部っていうちょっと馴染みのない部活動と、そこに属する校内一の有名人の日常を描くって感じで」

「私も出てくるんですか」


 逢坂さんが食い気味でくる。私は頷いた。


「最初は天知さんのうわさを聞きつけて来たんだけど、逢坂さんももちろん出てくる。天知さんの部活仲間、良き友人。メインキャラクター」

「おお。メインキャラクターだって」

「売れたら使用料を払ってくださいね」


 ふたたび、逢坂さんがぺしんと天知さんの額に平手をして、あうっとかわいい鳴き声があがった。

 私は笑った。


「そりゃもちろん。焼き肉いこう」


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