私を陰で笑ってる気がしなくもない
漫研は漫画研究会という名前で、研究だなんて大層な名乗りをしているけど、好き好きが集まっているだけ。文化祭で漫画を売ったし栗原さんの描いた漫画は話題になったし、私は漫画を読むのも好きでそれが高じて創る側にもなったから、漫研はまるで部員全員が漫画家を目指し日々漫画とは何たるかを論じているかのような印象が強まっているけど、そんなことはまったくない。割合にすればペンを持った人は多く見積もっても二、三割。Gペンや丸ペンと言っても正しく伝わる確率はもっと低くなる。
放課後はただ漫画を読んでお菓子を摘まみながら駄弁っているだけで終わることが多いのだ。
「だから部長さんは、必死に栗原さんを引き留めたんだよって話?」
帰り道、長々とそんなことを言うと、夏希は明後日の方向へ話を解釈した。
「だから夏希も漫研に入らないかって話」
懇切丁寧に、私は漫研というものがどれだけ参加しやすい気楽な集団であるかを説明したのだ。そもそも栗原さんが退部したことをどうして知ってる。まあ、私が話したんだろうけど。
「そこまでわたしを引き込もうとする理由がわからないんだけど?」
「それは……」
うっ、と言い淀む。くっ、と言葉に詰まる。
「漫研で一人ボッチが嫌だとか?」
ほんわかした顔で鋭い。はぁ、とため息。
「ちょっとだけね」
「ちょっとだけ」
「……めちゃくちゃ居心地悪い」
これでいいかこんちきしょう。
夏希は満面の笑みだ。
「ちょっと前まではね、ひとりの人もいっぱいいたんだよ。それこそ栗原さんとか。でも徐々に徐々に辞めてって。なんか、派閥らしさもあるしさ」
「派閥?」
「漫画を楽しむ派と創る派、みたいな」
漫画を描こう漫画家になろうと考える人のほうがすくないに決まっていて、勢力争いには負けるのだ。
「熱心に漫画を描く私を陰で笑ってる気がしないでもない」
「笑われることしたの?」
「してないけど……なんだろ。ウザいんじゃない?」
漫画を描いているだけだけど、あの人たちからしたらだけじゃないのかもしれない。もしかしたら滑稽に見えているのかもしれない。
「私みたいなのが漫画家になろうとしているのが面白いのかも」
「じゃあ、嫉妬かもしれないね」
「嫉妬」
「自分たちは漫画家になれない、なろうともしない。だから美穂ちゃんみたいに頑張っている人のことを、笑うんだよ。本当は羨ましいから。そうしないと自分が保てないのかもよ?」
そう言われると私のほうが上に聞こえる。
思わずニヤけてしまった。
「さすが夏希。いいことを言う。私はいま、とても気持ちがいい」
「じゃあひとりでも頑張れるね」
「それは話が違う~」
私は夏希に泣きついた。
「それに、わたしが漫研に入っても嫉妬が収まることはないよ。むしろより激化するかも」
どうしてそうなるかはわからない。私が夏希と一緒に盛り上がってしまうからだろうか。
「というか、栗原さん、受験だからって退部したんでしょう? 美穂ちゃんはいいの?」
ぐあぁ……と頭を抱えた。面倒だ。面倒ごとがいくつも積み重なっている!
「もう二年の十一月。受験する人はほとんどが、夏休みから本格的に取り組んでるよ? 時間ないよ?」
「現実を突き付けないでぇ……」
まだ夢に浸っていたい。……そう、まだ夏希には言ってなかったかもしれないが、私の夢は現実へと近づいているのだ。
「そういえば、夏希には言ってなかったね。これは誰にも言わないでほしいんだけど」
「ん?」
「私が文化祭で出した漫画、大人の目に止まったんだよ」
「へえ」
「あれ、反応薄いね。もっとびっくりして褒めてくれてもいいんだよ?」
夏希は口許だけ薄らとした笑みを浮かべ、ひどく冷めた目をしてきた。目が笑っていないとはこういうことだったのだ。
「だから受験しなくてもいいや、……なんてそんな甘くないからね?」
ぎくり。鋭い。
「漫画家ってものすごく厳しい世界だからね?」
「そ、そんなのわかってる!」
「本当かなあー?」
まだ疑い深い目をしているけど、本当だ。その道を志望するぐらいなのだから、調べはする。どれだけ過酷で、生き残りがほんの一握りであるか。
「だから私はいま、ネタ集めに一生懸命なんだよ。この漫研のギスギス具合も、将来はいい漫画の糧になるって思ってるぐらいだから」
「そこまでふてぶてしいなら、大丈夫そうだね」
頭を撫でられた。
はて、ふてぶてしいとは、褒められているのだろうか。
「あ、でもさ。漫画のネタって言ったら、絶好のチャンスなんじゃない?」
「え?」
「天知しろあさん」
夏希の口からその名前が出てくるのは何も不思議ではなかったし、その名前が出てきてすぐに合点はいった。言わんとしていることもわかった。
「あそこまでの美少女はそうそういないよ。全生徒、教師も顔と名前知ってるし、うわさだと、織田市民にも通っているとか」
芸能人や俳優アイドルが顔と名前が通るのはその通りだろう。テレビという媒体を通して、全国に広まっているのだから。ネットの海に自らを売り出していくインフルエンサーも同じだ。でも天知しろあはそうではない。
アイドルなんて目じゃない美少女だけどアイドルなんかやっていないし、ネットに安易に自らを売り出すこともしていない。それなのに、満場一致で天知しろあは認められている。
もしかしたら、いまは全国的有名人ではないかもしれないけど、将来的にはそうなっているかもしれない。
「天知しろあの伝説、ってタイトルはどうかな」
「さすがに怒られそうだけど」
「じゃなくても、天知さんをモデルにした漫画を描くってのは、悪くないかも」
高嶺の花なんて安い言葉を使うことすら不敬に当たる天知しろあをどうやって漫画に昇華していくか、またその美少女っぷりを私が絵にすることができるかどうかは甚だ疑問だし不安ではあるけど、何かのヒントにはなるかもしれない。いい刺激かもしれない。
「惜しむらくは、どうやっても近づけないことだけど」
文化祭の『ロミオとジュリエット』が記憶に新しい。天知しろあはジュリエット役だった。
正直、ストーリー性はゴミ箱に投げ捨てたようなものだった。脚本家なんて最初からいなかったようなもので、展開はお粗末と言ってしまえる。一日目二日目はまだしも、三日目なんて……ドタバタ劇でしかない。
シェイクスピアのファンがいたら憤懣やるかたない思いだったろうけど、それを引っくるめてもジュリエット役の天知しろあがすべて持って行った。
体育館を出て行くとき、ずっとファンたちが押し寄せてほかの演者が守るのに必死だった光景は、なにも珍しくない。文化祭のときだけのことではないのだ。
それを思うと天知しろあをモデルにするもまず近づけないと思うのだが、夏希の顔を見るに考えがあるらしい。
「それがどうやら、そうでもないのかもよ?」
勿体ぶるではないか、と先を促す。
「天知さん、部活に入ったらしいからね」
そういえば、一時そんな話もあった気がする。文化祭前でうわさの勢いもさすがに衰えていたけど、部長にもなったとか。
「相談部、だったっけ」
「どんな部活なんだろうね」
「さあ……」
相談すればいいのか。相談したらどうしてくれるのだろうか。まあ何にせよ、天知しろあに話を聞いてもらえる、味方になってもらえる、と考えると、どんなお守りよりもご利益がありそうだけど。
「明日、行ってみようよ」
私に断る理由はなかった。




