黒木の過去1
僕はプリンスになりたい。
「おかえりあやめちゃん!」
「ただいま、お母さん」
いつも僕が家に帰ってきて玄関のドアを開ければ、このクソババアが出迎えてきていちいち抱きしめてくる。
そしてクソババアのかわいいあやめちゃん話を聞かされるのだ。
僕はこの時間が嫌いだ。
「明日は卒業式ね! お母さん張り切って写真撮るからね。そうそうあやめちゃん、あのね、今度のお見合いで来て下さる方の写真を頂いたの! ほら、かっこいいわよねえ」
「はは」
「あやめちゃんはかわいくて優しい子だから、どんな人も気に入ってくれるわ」
写真に写る男はそれは普通の人に比べたら顔が整っていると言える、でも僕はこんな男に興味など微塵もない。
そして僕はこの男よりもかっこいい人を知っている。
「それでね、日にちいつがいいかなぁって、あやめちゃんに聞きたくてね」
「私はいつでもいいので、お母さん決めてください」
「わかったわ!」
まあ断るけどね。
でももう決められた行事なら参加くらいしないとね。
僕は一応黒木家の顔なんだし。
まあパーティには出席しなくなったけど、理由をつけて疲れてしまうからとか料理が気に入らなかったとか言ってクソババアは無理して出なくていいと言って、僕はそれ以来パーティには顔を出さなくなった。
(見合いもそうできればいいが、そうもいかない。なぜなら代わりがいないからだ)
パーティには代わりに兄を出させばいいが、見合いは僕と、いや、黒木家の娘と夫婦になりたくて男が来るんだから理由をつけて逃げられないし、嫌だと言える力は、まだ、ない。
(あの人が居れば…)
今すぐその人に会いたい。
「私は勉強があるので、部屋に行きます」
「ええ! 夕飯の時にでもまたねあやめちゃん」
僕は部屋に早く行きたくて会話を終わらせた。
(うるさい、あやめちゃんなんて……あやめちゃんなんて……)
かっこよくもなんともない。
部屋の襖を開ければ恵が掃除をしていた。
「あ、おかえりなさいませあやめ様。お出迎えが出来ず申し訳ございません」
「ああ、ただいま。あー全く最低な気分だ、お前がいたらまだ安らいだのに、はぁーあ。何故僕を出迎えない?」
「あのクソババアがめぐみは掃除してって言うものですから。私はあやめ様のお出迎えしたいって言ったら、今日はあやめちゃんに大事な話があるからって邪魔にされました」
「なにが大事な話だ。実にくだらない話だったさ」
僕はランドセルを投げたい気分だったが、おばあちゃんに買ってもらった大事なランドセルな為静かに部屋の隅に起き、かわりにスカートを脱ぎ捨てた。
「ああ、そんなに丸めて投げないでください。シワになります」
「お前がアイロンかけてくれるだろ?」
「わかってんなら私の手間増やすなクソガキ」
そう言いながら僕にいつものズボンを渡してくれた。
ああ、やっとズボンがはける。
僕はスカートが嫌いだ、動きにくいし寒いしかっこよくない。
そのままこたつに寝っ転がった。
僕はクソババアとクソジジイの前では黒木家にふさわしいおしとやかで可愛くて女の子らしいあやめちゃんを演じている。
それがこの家にとって良いとされる僕だから。
それでしか僕はここに居られない、それでしか僕は生きられない。
僕は本物の花にはなれない、造花でなければ黒木家の恥さらしになるし、それ以外に僕のとりえも力もない。
恵愛ちゃんでいる事で全てがうまくいく、僕は守られる、幸せでいられる。
ずっと安泰で、いい男と結婚して、黒木の女で幸せだと、そういうシナリオだ。
「あー嫌だなぁ」
「何が嫌なんです? またお見合いですか?」
「こんな華のない人生が」
「まあ、あやめ様が自分の人生について悩める乙女だったなんて恵知りませんでした」
「失礼な奴だなお前は、まあいいけど。あと僕は乙女じゃない、かわいいのは嫌だ。よいしょっと」
僕はこたつから出てランドセルから自由帳と筆箱を取り出して、こたつのテーブルに広げた。
自由帳のページをめくれば、会いたかった人が目に映る。
「僕は、僕はこんな風にかっこよくなりたいんだ」
そう、そこに描かれているのは僕が考えたプリンス。
高身長で、邪魔な髪は短くて、顔はキリッとしてて、服は黒のワイシャツに青いネクタイ、そして長ズボン。
これは私服バージョン、プリンスバージョンもあるんだ。プリンスバージョンは、青薔薇がついた王冠に、紫の王子服に青薔薇のラペルピンがついている。
まあ細かくは口頭では伝えきれないけれど、とにかくこのプリンスかっこいいんだ。自分に自信があるし、なんでもできて、優しい。
僕はあの問いかけられる夢を見てから絵本を思い出し、プリンスにまた憧れた。
だからこんなものまでできてしまった。
「かっこよくなりたいって、あやめ様は男になりたいんですか?」
「いや、なりたくないよ」
「だってこの見た目でこの服装、男じゃないですか」
「女だけど、プリンセスを守れるくらい強くて、かっこよくて、優しい、プリンスになりたいんだ」
「なんでプリンスなんですか?」
「プリンセスは、かわいいから嫌なんだ。あと、プリンセスは、プリンスに助けられたり、プリンスと結ばれるだろ? そんなストーリ僕は望んでいないんだよ。だから僕はプリンセスになりたくない。同性だからこそ、プリンセスの気持ちを一番理解出来て、傍に寄り添い、大切に出来て、かっこいい立ち位置。そう、それがプリンス。だからね、僕はそんなプリンスになりたいんだ」
幼い頃は、ただかっこいいという理由だけでプリンスに憧れたが、今は違う。
今はちゃんとした理由があるんだ。
だから、僕は、僕はプリンスになりたい。
「あやめ様がプリンス、まあプリンセスよりはプリンスの方が似合いますね」
「そうだろ? でも、今のままじゃ、この家の娘じゃ、プリンスになんて……なれないよ」
「黒木家に生まれてしまった以上は仕方のないことです。私も本条に生まれたばっかりにこんなクソ木家に使えなければいけませんし」
「でも、僕はめぐみが本条で嬉しい。めぐみが僕と一緒に居てくれて、出会ってくれて、僕は嬉しいよ」
「私も嬉しいですよ、クソガキ」
そう言って僕の頭を撫でてから、めぐみは部屋を後にした。
(めぐみも、僕と同じか)
僕はこれが正解だと思って生きてきた。
幼い頃、僕は絵本の王子に憧れ、親に僕は王子になりたいと言ったことがある。
王子が写ったページを開きながら、こんな王子になりたいと。
でも親は笑ってこう言った。
「あやめちゃんは、こっち」
そう言って親はアイリスの姫を指さした。
違う、違うんだ。
僕は、プリンセスじゃない。
僕はプリンスに、プリンスになりたいんだ。
それからも毎日の様に王子になりたい、王子になりたいと口にしていたある日、僕は怒られた。
「あやめちゃんは黒木を継ぐの! 女の子なのよ? 王子様になりたいなんておかしい事言わないでちょうだい。あなたは、女の子なの! 女の子は、王子様にはなれないのよ」
僕はその時自分がおかしいのだと思って、家の言う通りにしてるのが正解だと、幸せなんだと、僕は女の子だから王子じゃないのかと思った。
そしてそれを信じたのに。
「そんな事をしても、それを信じても……僕は、幸せなんかじゃない」
僕はプリンスになりたいと、僕は女の子らしさが嫌いだ、そしてかわいいと言われたくもない。
そんな事言われても嬉しくない、幸せな気持ちにならない。
かっこいいと、美しいと言われたい。
「こんな……こんな人生」
僕は部屋に寝転び目を閉じた。
いつもこんな事を思っては、決まって涙が零れた。
***
「あ」
目の前にあの人が居る。
そう、僕の考えたプリンス。
プリンスになりたいけど、なれない自分を嘆いている日に、いつもこの人は僕の元へとやってきてくれる。
非現実的だってわかってる、でもこの人は僕を助けてくれる、一時の甘い夢をくれる。
僕の大好きな、この世で二人目のプリンス。
(彼も君も、どうしておとぎ話の王子様なんだろ)
その人の元へかけていけば、そのまま抱きしめられた。
「なっ」
「浮かない顔してる、どうしたの?」
そして優しく髪に口付けを落とされた。
僕はどうしてこの人に抱きしめられても、髪に口付けをされても、嫌な気持ちにならないのだろう。
触れられると、目が合うと、胸が熱くなる。
この人からはいつも花の香りがするから、きっとその香りが好きだから嫌気がささないのだと僕は思っている。
「僕……」
「うん」
今の自分が嫌で、でもどうしたらいいかもわからない。
かっこいい、美しいプリンスになりたいのになれない。
そんな人生が嫌な気持ちと、そんな中で心配してくれて、優しく抱きしめられて、無理していた分の涙が溢れた。
嫌だ、僕はかわいいくておしとやかで女の子らしい女じゃない。
嫌だ、運動だってしたい、友達を作って遊んだりしてみたい。
嫌だ、本当の僕全てが許されない事が。
どうして大好きな王子は皆おとぎ話の人で、現実の僕には手を差し伸べてくれないのか。
こんな事言うのもおかしいのか、僕は姫が嫌なんだから、王子が助けてくれる筈ないのに。
どうして助けてって思うんだ、本当にかっこ悪いのに。
でも、ごめん助けて。
そう思えば必ずこの人は僕の元へとやってきてくれる。
夢の中、頭の中で、僕に助言をくれたり、話を聞いてくれたり、寄り添ってくれる。
今は流れる涙を指で拭ってくれている。
「大丈夫、泣かないで」
「大丈夫、じゃ……ないよ」
「今は悲しくて辛くて、周りが見えていないだけさ。泣き止んだら、大丈夫って言えるよ」
「大丈夫、じゃっ、ないんだ。嫌なんだ……嫌、だから」
「うん、うん」
そのままこの人は僕の涙をずっと拭ってくれた。
泣いてる僕の顔をじっと優しい笑顔で見つめて、たまに頭を撫でてくれた。
僕はこの人と出会わなければ、こうしてプリンスを諦めきれない中途半端な自分にならなかったんだろう。
でも、この人に会わなければ自分を殺そうとしていた。
どっちがよかったんだか。
最近急にこの人はやってきた。
最初は夢の中で会ったのに、最近は心の中にも居る。
無意識に、僕はプリンスに助けてほしいと求めていたのだろう。
だからこの人は急に僕の前に現れた。
そしてはじめて出会ったあの日も、こうして抱きしめてくれた。
「安心していいよ、僕は君を守るプリンス」
そう言って突然現れた見知らぬプリンスだったけど、夢だからかな、それともやっぱり花の良い香りかな?
この人を嫌いになることはなかった。
むしろ僕はこの人が好きだ、そして幼い頃から読んでいる絵本の王子も好きだ。
僕もこんな素敵なプリンスになれたらなぁ…。
でも、おとぎ話の王子だからこそ、こんなにもいい人なんだろうな。
「ねえ」
「どうしたの?」
「君は、僕を守るプリンスだと言ったな。でも、君も、おとぎ話のプリンスなんだろ?」
この空間すら、僕の妄想に変わりないのだから、おとぎ話に決まってるのに。
おかしな質問をしてしまった。
でもあの人は笑っていて、そしてそのまま僕の頬に左手で触れた。
じっと顔を見つめられる、そして右手で抱き寄せられて、距離がものすごく近くて、花の香りも強くなる。
いい香り、ずっとこのままでいたい。
胸がどんどん熱くなる。
「ねえ」
「なに?」
「思い出してよ、君が何になりたかったのかを」
「え?」
「思い出せたらわかるよ、僕が何者なのか」
***
ゆっくりと目を開け、想像していなかった問について考えた。
(僕が、なりたいもの?)
そんなもの決まってる、僕はプリンスになりたいんだ。
でも、僕は黒木家の跡継ぎ娘。
そんな僕じゃ、自由じゃない身の僕じゃ、プリンスにはなれない。
プリンスになれなくて、だから、僕はあの人に助けて欲しくてここから連れ出して欲しかった。
あの人がいれば、プリンスであるあの人の姿を見れば、話をすれば、それで気分が少し楽になった。
「あれ?」
連れ出して欲しいって、助けてって、それじゃあ僕はプリンスじゃない。
僕は逃げれたらそれでいいと思っていた。
あの人を見てその時は満足していたが、また嫌になってくる事に変わりはない。
そして日に日にあの人の様なプリンスに…僕もなれたらな、なんて…思って……あぁ、そうか。
「僕は…助けてもらう…姫では、ない」
なれたら、じゃない。
「僕は……プリンス…だ」
瞼が重くて目を閉じれば、そのまま意識が飛んだ。
***
「君は、僕なんだね」
「その通り。僕は君さ」
夢の中とは時々ぶっ飛んでいるものだ、彼が女だと信じられないからか今は2人とも服を着ていない状態で話をしている。
だから、目の前に居る彼女は紛うことなき女なのだと理解した。
「じゃあ、今の僕は? この姿は、何?」
「ずっと君はあの絵本を母親に取り上げられてから、王子になる事を諦めていただろ?」
「うん、だって、僕は女で、王子にはなれないと言われてから、なれないと思っていた」
「だからね、君はあの日から魔法をかけられていたんだよ。本当の自分を、無理やり閉じ込められてしまったのさ。君は魔法をかけられてしまった、だからね、これが本当の自分と思い込んでいるんだ。そう、言うなれば、君は迷えるバタフライちゃん」
「迷える、バタフライ?な、なぜバタフライ?」
「君はもがきながらもプリンスを諦められなくてさまよっていた。そして僕というプリンスを見つけた。僕を青薔薇とするならば、君は僕を求め、さまようその姿は、蜜を求め舞うバタフライなのさ」
「え、あ、あぁ。そうなの?」
「そして今、君は蜜を吸うだけのバタフライから、助けを求められるバタフライのプリンセスへ変わった。そして僕も、そんなプリンセスを助けたいと、青薔薇から青薔薇のプリンスに変わった」
面と向かって話していたのに、急に抱き寄せられて、顔を両手で優しく包まれた。
そして笑顔で、じっと顔を見つめられる。
女だとわかっても、僕は胸が熱くなってしまう。
僕も顔をじっと見つめ返した。
この人の手は大きい、でも長くて綺麗な指。
そんな綺麗な手に、僕は自分の手を重ねた。
いつもの花の香りがして、ずっと、このままでいたい。
「求めあった僕達は出会い、そして今、二人の愛で、魔法が溶けていく」
「愛?」
「そうだよ、だって僕はね」
見つめていた顔がそっと近づいてきて、僕はキスをされた。
「⁉︎」
「君が好きだよ、僕のプリンセス。だからさ」
「う、うん」
「僕の全てを、君にあげる。そして君の全て、僕に頂戴?」
「それは、どういう……」
彼女は僕の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。
「君の体を、僕に頂戴」
「なっ⁉︎」
「君はここから逃げ出したい、全てを投げ出して逃げ出したいんだよね? 僕は実態が欲しいんだ。だから、入れ替わってよ」
「投げ出してしまいたい、逃げ出してしまいたい…でも、僕は」
「君は君だろ? 僕は僕。同じ黒木恵愛である事に代わりはないが、別々のお話になるのさ。だからね? 君が僕に体をくれれば、君はもう辛い事味わわなくていいんだ。泣かなくたっていいんだ」
そのまま頭を優しく撫でられ、顔をのぞき込まれ綺麗な笑顔を向けられた。
ああ、安心する。
僕は、この人が好きだから。
「そして僕に体をくれれば、僕らの黒木恵愛は僕みたいな素敵なプリンスになるのさ」
「僕が、僕がプリンスに? な、なれるかな」
「なれるかな、じゃない。なれるんだよ。だって僕なんだから」
余裕で、自信が溢れるその笑みに、僕は頷いた。
「……わかった。あげる、この体、僕の時間、僕の人生、僕の宝物、僕の責任、全てあげる」
「うふふ……いい子だね」
「だから……だから! 僕を! 黒木恵愛を! プリンスへと導いてくれ!!」
「お安い御用だよ……僕のバタフライちゃん」
妄想は真実で、現実が嘘だった。
なぁんだ、僕はおかしくなんて無かった。
でも、それももう終わり。
だって今から僕は目覚めるんだから。
僕はこれから本当の僕で目を開けて、息をして、生きてくんだ。
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次回もお楽しみに。




