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その時、急に僕は頭に冷たさを感じた。
「くっ!?」
「あはははは!」
「きやあぁぁぁぁ! 黒木様!」
男共の気持ち悪い笑い声、ミツバチちゃん達の悲鳴。
状況を飲み込めずにいると、僕のすぐ横でペットボトルが軽い音を響かせてから、床に転がった。
僕はどうやら、クズ共に頭から水をかけられたようだ。
「ほらー、青薔薇に水やらねぇと枯れちまうかなって思ってよー?」
「はははは! お前優しいなー」
「それなー! はははは!」
何を笑っているんだろう。
僕の事? 僕が水をかけられて惨めだって事かな。
僕の事? 僕が水をかけられてかっこ悪いって事かな。
僕の事……。
(僕を馬鹿にして良いわけないだろ! 笑って良いわけないだろ!!)
僕を笑う三人のクズ。
僕は目の前で汚く笑う一人のクズの首を、左手で掴んだ。
そして容赦なく力を込め爪を立てる。
「ぐっ! あっがっ!!」
先程まで僕の事を笑っていた楽しそうな顔色は消え、今は息が出来ない、痛い。
そんな顔色になるクズにとてつもない優越感と、このまま散らしてしまいたい欲望が、僕を興奮させた。
「――うふふふ」
「ぐっう、あっ、が、が」
「お、おい! 黒木、てめぇふざけてんじゃねぇぞ!」
「てめぇ、いい気になるなよ!」
右から一人、左から一人、僕を止めに入ろうとしてきたから、僕は左手で首を掴んでいた奴を放り投げてから、右の奴には蹴りを、左の奴には肘打ちをし、払い除けた。
「僕に近寄るなクズ共」
「なんだとてめぇ!!」
「げっほ、げほげほ」
「おい、大丈夫かよ」
「あーあ、触っちゃった。汚い汚い」
そのまま何事もなかったかのように、そいつらを背に僕は歩き出す。
ミツバチちゃん達も僕を追いかけてきては、みんなタオルやハンカチを差し出してきてくれる。
中には勝手に拭き始める子も居た。
「黒木様、大丈夫ですか?」
「うん。ありがとね、ミツバチちゃん」
「あの男子達黒木様がかっこいいからって」
「そうそう、僕がかっこいいからって、醜い嫉妬であんな事するだなんて、本当に低俗」
(勝てるわけないのに)
僕はもちろん男に嫌気もさしたけど、周りのミツバチちゃん達にも嫌気がさした。
(あのまま散らしてやったら良かったな。周りの奴らも全員怯えて、僕に近寄らなくなるだろうし)
そんな事を一人考えていると、頭の中でバタフライちゃんがため息をついた。
(やっぱり起きていたんだね?)
(周りの女達の悲鳴で目が覚めた。君はまた罪を犯そうとしただろう)
(君が起きるって、信じてたからねぇ。うふふ、おはよう僕のプリンセス)
予鈴が鳴る中で僕は保健室に寄った。
入った途端に先生にまでため息をつかれ、周りのミツバチちゃん達に先生はお前ら授業だから教室に帰れと言ってくれた。
「先生、ありがとう」
「なぁにがありがとうだよ、これからお前の面倒見る仕事が残ってるだろ?」
「ごめんよ。でも僕は、先生に会える理由になって嬉しいけ、おっと」
話の途中で僕はタオルを投げられたので、それを受け止めた。
「ほら、まずは着替えな。ワイシャツが白しかないけど我慢しな」
「ええっ、黒がいいなぁ。めぐみに電話して持ってきてもらってもいいかぃ?」
と言いながら、もう既にズボンのポケットから携帯を取り出し、かけようとした時だった。
「お前、大丈夫かよ」
「えっ? なにが?」
「お前ももちろん悪い。だけど、相手も悪い。話し合いした方がさ、お前も、辛い目に合わねぇんじゃないのか?」
いつもぶっきらぼうで、僕の扱い結構雑な先生が、真面目な顔で僕にそう問いかけてきた。
女の子の悲しい顔は苦手だから、僕は着替える手を止めて先生に歩み寄った。
「そんな顔しないでおくれ? 先生」
そのまま椅子に座る先生を抱きしめ、先生の頭を撫でたら僕は頭をひっぱたかれた。
「いたっ」
「馬鹿かお前は! 濡れてんだろ! 俺も濡れたじゃないか」
「だって、先生が悲しそうな顔だったから、ほっとけなくて」
「俺はお前がほっとけないよ、全くさぁ。ほれ、さっさと着替えてきな」
僕は今度こそ濡れた黒のワイシャツを脱ぎ、仕方なく白のワイシャツを着た。
何だか透ける感じがして好きじゃない。
なにより、あまり似合わないと思う。
ベストを着たい所だけど、持ってないしね。
「うーん、やっぱり持ってきてもらってもいいかぃ?」
「好きにしなよ全く、来るまではそれ着てな。髪の毛も、ちゃんと拭きな」
髪の毛を拭きながら、先程の事が頭をよぎって、つい口から舌打ちが出てしまった。
「ずいぶんお怒りだね、今日は何でそうなったんだぃ?」
「やだなぁ先生、今のは投げキッスだよ」
「そんな殺意こもった投げキッス誰にしたんだよ、俺だったら許さねぇからね」
「急にさ」
「おう」
「なんか急に、頭から水かけられちゃって」
「なっ」
「……ごめんよ、ちょっと髪の毛セットしてくるから、カーテン閉めるね」
僕はベットがある方へと行き、それを囲うカーテンを閉めた途端に、瞳から悲しみの色がこぼれた。
どうしてだろう、分かんないよ。
(大丈夫、大丈夫さ。僕自身、全然、こんな事平気。でも、体に震えが走って、流れるこの色を止められない)
これが例えば人間だからだとか、これが例えば女だからだとか、そんな下らない理由なんだろ。
だから僕は人間が嫌いなんだ。
こんなつまらない事で、一々気持ちがぐちゃぐちゃになって、なんて弱い。
僕はプリンスだぞ。
(弱い自分は必要ない。散らしてやりたい)
弱い自分も、あの男共も、全て僕の記憶から消したい。
こんな事があると、僕は必ずバタフライちゃんを憎んだ。
彼女のせいで僕は今苦しくて、彼女のせいで僕は人間で居なくてはならない。
綺麗なままだったら、現実に憧れただろうか?
僕は黒木恵愛の体を借りて、自分を表現したかった。
そこに人間性だのを求めたくなかったけど、それじゃないと生きていけないらしい。
普段は平気なのに、これが何回も何回も繰り返されると、人間は疲れてしまう。
それを癒すために、瞳から溢れてしまうんだ。
僕はそれを悲しみの色と言う。
嬉しい時だって出るけど、それは幸せの色。
僕は真の意味で悲しみを感じない、でも苛立ちはとても感じる。
それは僕が人間ではない時からで、苛立ちは、憎しみは、殺意は、僕の存在要素だから。
今悲しみの色がこぼれるだけこぼれれば、僕はいつもの僕に戻る。
今体が勝手にそうしているだけで、僕の心は泣いてなんかいない。
「……人間なんて嫌いだ」
震える体を両手で抱きしめ、声は発さず口だけを動かして呟いた。
この震えが、恐れだと認めたくなくて、それを抑えたい抑えたいと思いながら、左手で強くワイシャツを掴んだ。
そんな時、急に保健室のドアが乱暴に開けられる音がして、急に僕を隠していたカーテンが勢いよく開けられてしまった。
「おい! くろっ……」
「……」
目の前に表れたのはまきだった。
まきは僕の名前を呼ぼうとして、そのまま苦い顔をして僕を見つめ、言葉を失った。
(かっこ悪い、見られたくなかった)
「なんだ急に入ってきて、騒がしい。これで他の人が寝ていたら迷惑だと思わなかったのか? 全く野蛮な女だな」
「今はそんな事どうだっていいだろ」
「髪をセットしてたのに、お前が乱暴にカーテンを開けるものだからカーテンが目にぶつかって痛いじゃないか、あー、痛い痛い」
そう言い僕は悲しみの色を拭い、目の前にいるまきを通り過ぎ、先生の方へ歩みを進めた。
「おい! てめぇ!」
「ごめんよ、メイクが落ちてしまったし、ワイシャツも白だし、こいつもうるさいし、気が乗らないから、今日はもう帰っても良いかな」
「今帰れって言おうと思ってた。あーワイシャツせっかく貸してやったのにそんな態度かよーあー、帰れ帰れ、お前は家に帰って黒いワイシャツ着て幸せ気分で寝てろ。いやむしろ寝ろいいから寝ろ休め」
「心配してくれるの? うふふ、ありがとう。大好きだよ、先生」
「恵さんに電話するから、職委員室行ってくる。いいかお前ら、ケンカすんなよ!」
そう言い残し、先生は職委員室に行ってしまった。
僕は先生が帰ってくるまでベットに横になろうと思って、ベットの方へと戻ると、まきがワイシャツの裾を引っ張った。
「なんだ」
「電話でもなんでもしろよ」
「は?」
「困ってんなら、悲しいなら、助けてって思うなら、あたしとゆいらにくらい頼れよ!」
「何言ってるんだお前。濡れたまま他のクラスに行くわけないだろ」
「ここに着いてから言えばいいだろ!」
「授業中に電話する馬鹿なんてお前位だろ」
「てめぇ、ざけてんじゃねぇぞ」
「お前こそふざけるな、そもそもここまで来るのも恥ずかしかったのに。一々お前等のクラスに赴き、こんな状態だからどうしよう? なんてこの僕に言わせるのか? 言うわけないだろ!! 僕はプリンスだぞ。僕に辱めを強要するなんて、お前は本当に――」
言葉の途中で僕は胸ぐらを掴まれた。
怒ってる筈のまきは確かに顔は険しい。
でも、胸ぐらを掴む右手は震え、瞳から今にも悲しみの色がこぼれそうだ。
(そんな顔、お前にそんな顔させたくなかったよ)
分からない。
どうしてまきが僕の為に今こんななのかが。
僕はまきのそんな顔を見たくないのと、どうにか落ち着かせたいと思いそのまま抱きしめた。
「ごめん。かっこ悪いから、だから……嫌なんだ」
「知るかよそんなの……くろきの事、大事な、フレンドだから」
「あと、僕も、大事なんだ。まきとゆいらちゃんが。だから、下らない事に巻き込みたくない。だから、ありがとう。でも、あまり僕の事を気にするな」
「嫌いだ。絶対に認められねぇ、てめぇのそう言う考え」
「わかんなくていいよ。その方が傷つかずに済む。歩み寄ってくれてるだけで十分だから」
まきはきっと本音で、僕を大切な人だと思ってくれている。
いつも良い事も悪い事も正直な彼女だから。
でも、僕は頭の片隅でいつもの考えを持っている。
(お前が居てどうなるんだ)
わかるよ、まきとゆいらちゃんがあの場にいたら少しはマシな気分になれたこと。
でも、だからなんだよ。
仮にケンカに巻き込まれてケガでもしたらどうする?
全部僕のせいになるじゃないか。
勝手にケンカに入ってきたのに、僕の為にケンカしたとか、僕の為にって言うだろ?
迷惑なんだよ、勝てもしないのに入られてもさ。
そんな下らない事で、君達を手放してたまるか。
君達には僕の居場所になってもらわないと。
こんなつまらない世の中、少しはマシになるように。
僕ね、二人の事信用してはないけど、一緒に居るのは楽しいし、大切なんだ。
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次回もお楽しみに。




