生きると決めたからには
ミシェルの意識が浮上していく。何故か揺れていて、安心できるな…と思っていたのだが。
「おはよう、もうすぐミシェルの仲間達の所につくよ」
「ーえ。待って!」
急すぎる言葉に頭が追いつかない。とにかくストップをかけると、リュウセイが前に視線を向けた。つられて前方をみると、口元をおさえ、ぎぎょっとなったセラが。なんだか気まずそうに視線を逸らすジェズがこちらを見ていた。
「み、ミシェル…?その爽やかなひとは誰です!?しかも、やたらと仲が宜しいようですね…」
「ハハッ、まさか番人さんか…?惚れられたのか、ミシェル」
動揺が激しいようで、距離を取られてしまう。ミシェルはサッと降りると、服を整える。こういうとき、なんて説明してもダメな気がするのだ。それに私としては、さっさとここを出たい。嫌な気配も漂い始めている。
「彼はリュウセイ。…結界を貼り直すのに力を使い果たしてしまったので、仕方なく運んで頂いただけです」
「初めまして。軽い挨拶ですまないけど、外で何やら問題があったようだ。行ってみた方がいいんじゃないかな」
嘘ではない。本当に力も減少していた。龍星の言葉に、セラとジェズが出口の方を見る。その表情は厳しいものに変わり、
「それは事実ですね…。いま連絡が来たようです」
というセラの言葉とともに、声が響いた。
『住人に告ぐ。Sランクであるドラゴンが数キロ先で発見。目的地はこの村であるという情報が入っている。事情は後回しだ。戦士はただちに戦闘準備をし、村の東門に集合してほしい。』
その声には珍しく焦りがあった。それもそのはず。災害ともいえるドラゴンが発見されたのだ。しかも数キロ先。森林の奥深くに、王者としているはずのドラゴンがまさか出てくるなどとは思わないだろう。だが、
「……」
理由はなんだ。Sランクにもなれば、知性は高い。人間よりも高いものもいるのだ。
「ミシェル、考えている暇はないよ。せっかくの結界が破られてしまう。結界はそこらの野良が入らないようにするだけだからね」
リュウセイがのんびりとした口調でそういうと、ミシェルの手に触れた。ミシェルは目を合わせ頷くと、走り出す。
「ちょ、置いてかないでくださいよぉーー!!」
セラの言葉が遠くで響くが、時間が無い。とにかく、戦士達が集うギルドにいって、情報を集めなければならない。スピードをあげ、洞窟を出たミシェルは、道無き草木の間を駆け抜ける。少しばかり頬を枝が掠めるのにも気を止めず、さらにスピードをあげた。
「だっ……これは俺の物だ!!」
「ふざけん…!!これ……お前のせい…だろ!!」
ギルドの前で立ち止まる。途切れ途切れで聞こえるのは喧騒だ。こんな時に何をしているのか。ミシェルは容赦なく、扉を力任せに開け放った。
「「……」」
静まるギルド内をミシェルは堂々と歩きながら入る。人々が固まる中に割り込み、中心に出た。
「ねぇ、これはどういうこと?」
不機嫌を隠そうとせず、ミシェルは顔を顰め軽蔑の眼差しで目の前にあるそれの隣の男を見つめた。殺気も強くこもったその視線に、男は少し戸惑いながらも答える。
「なんだ、てめぇ…。こいつは俺のだ。親には気づかれてねぇよ!!」
言い訳がましい言い方だ。目の前にあるそれをもう1度見つめてミシェルはダンッと机を殴る。
「気づかれてない?今の状況を考えて。これはあなたの責任以外にない。ドラゴンの卵を盗み出すなんて、余程死にたいの」
人並みの大きさのある卵。不思議な模様が入ったそれは、手出ししてはならないドラゴンのものだ。ミシェルは、力を込め、机を割る。ベキッバギキッ…。それを見た男はひいっ、と椅子から転げ落ちる。
「はぁ…」
ほかの戦士達の表情には諦めが浮かんでいた。荷造りを始める者達もいる。既にこの村を出た者もいるようだ。ミシェルは、机から手を離す。私はこの村以外に近くには村がないことを知っている。それに様々な気候の土地の中心であるこの村がなくなれば、溢れたモンスターが混沌を他の地域に及ぼすことになるだろう。ならば。
「私が行く。他の者達は、混乱した他のモンスターを対処してほしい。この村が終われば、家族も隣人も終わってしまうから」
そう言い、卵に手を触れる。魔力が体から光として溢れ、卵に吸収されていく。タダでさえ、力を失っている。これが上手くいかなかった時は、道連れにするしか無いだろう。
『キュルルルルル?』
卵の殻が光の粒子となって消え、エメラルドグリーンの色をした小さなドラゴンの子が産まれた。小さく鳴き、不安げにこちらを見上げていた。ミシェルは両手を伸ばした。光の粒子が舞い、周りのものは、その光景に目を奪われていた。
「ごめん。きっと帰してあげる。おいで」
ヨチヨチとこちらに来たドラゴンの子を抱く。大きさは柴犬ぐらいだろうか。触り心地はドラゴンなので固く良くないが、温かさがあった。ミシェルは落とさないようにしっかりと抱き、外に出る。
『愚かなクズ共よ…我が子を還すことだ…!さもなくばここら一帯を焼き尽くしてくれよう!!』
怒りに身を震わせたドラゴンが既にすぐそこまで来ていた。結界が…。
「割れて…ない」
ヒビは入っているものの、いまだ破られてはいなかった。そのとき、また一撃が結界を叩く。そのとき、べシャリと、嫌な音が響いた。
「ぐふっ…!み、ミシェル…僕は耐える。お願い…するよ」
後ろを振り向くと、満身創痍な状態のリュウセイが肩を上下に動かしながらこちらに笑顔を向けていた。意味がわからず、ミシェルは狼狽える。
「な、んで…」
「結界と僕は繋がって…る。だから」
「もういい!」
ミシェルは最後まで聞かず走る。屋根に飛び乗り、結界に攻撃しようと再度尾を振り上げるドラゴンを目指し。スピードをあげすぎたせいか、足の骨にヒビが入るのにも関わらず、走る。走る。
「お願い…やめ、て」
笑顔が、あの笑顔が無くなってしまう。約束したばかりなのに、また、いなくなってしまうのは嫌だ。
「やめてーー」
『ピッキュュュュュュウ!!』
バサッ
腕の中にいたドラゴンの子が、巨大な鳴き声と共に飛んだ。まだ産まれたばかりで、上手く飛べないはずのドラゴンの子は、結界の前にまで頑張り、そして、落ちた。
『っ!?待て、待て!!』
「っう!!」
ミシェルは着地とか何も考えず、その小さな身を受け止めるために全力で飛ぶ。手のひらにギリギリで受け止めたその命を守るために丸まった。その結果、上空から真っ逆さまに落ち、結界を通り抜け、混乱したモンスターの間へと落ちていってしまった。
「く、ぅ…」
『キュゥゥゥ…』
背中を強打し、動けなかった。混乱したモンスターが、目の前に現れたミシェルに迫りその牙を首筋にたてようとする。
『低俗な獣が』
が、ドラゴンがその鋭い爪でなぐ。狼のようなモンスターは、一撃でやられる。
(次は、私か…)
腕からドラゴンの子が転げて離れた。キュウッと小さく鳴いたが、怪我はないようだ。ミシェルはホッとする。私から離れたことでドラゴンが怒りに身を任せ、私ごと殺すことはないだろう、と。朦朧とする意識の中、そう思ったが、ドラゴンは何もすることはなかった。
『愚かな。自分の子でもないものに命をかけるとは。モンスターが、気にせず己を切り裂くとは思わなかったのか?』
ドラゴンが、その爪を触れるか触れない程度に心臓の上に置く。ミシェルはフ、と笑う。
「同族の、者がやった、こと。私だけで、許してもらえるならば、安いこと、です」
ドラゴンはその巨大な瞳をこちらに寄せた。真実を見極めようとするかのように。そのとき、頬に温かい何かが触れた。ペロペロと舐められ、くすぐったかった。
「なに、やってる…の。お母さん、はあっち、だよ」
ドラゴンの子が、頬に顔を擦り寄せてキュウゥと鳴く。心配してくれてるのだろうか。
『そうか。…お前は許そうぞ。我が怒りに身を任せここを燃やしつくせば我が子も無事ではいられなかっただろうからな…。今回は引こう』
ドラゴンの言葉に、小さく息を吸った。肺が痛くて堪らないが、安心した。これで誰も死なない。
『汝の、名を聞こう』
その声に、黒く大きなドラゴンを見つめる。その意味は大きな事だろうと理解して。矮小だと思われているだろう人に、名を聞いた。ミシェルは立ち上がり、足元がふらつかないよう、足に力をいれた。
「ミシェル」
『そうか。ミシェルよ、我が子を助けてくれたこと、感謝する。我が名はシード。ミシェルよ、我が子に名をさずけてほしい』
ドラゴンの表情が柔らかくなったかと思うと、驚きのことを言われてしまった。ドラゴンの子の、名を私がつける?モンスターである彼等に?この村で名をつけるのは、馬車を引く温厚なモンスターなのだ。Sランクの、王者の子供に、私なんかが付けても大丈夫なのだろうか。
『何を迷う。ミシェルよ、そなたは…。いや、言い方を変えよう。我は、そなたを人としてではなく、ミシェルとして見ているのだ。人間の習慣など、我には関係なきことだ』
「…そう、ですか、ならば。」
ミシェルはドラゴンの子に目を向ける。エメラルドグリーンに大きな黒い瞳。温かい生命を感じさせてくれる。産まれてから数時間とたっていないが、とても愛おしく思っている。
「グリート」
『キュゥゥゥ♪』
『気に入ったようだ』
嬉しそうに飛び、くるくると空中を回る、回る。その様子に、思わず頬が緩んだ。
『さて。申し訳ないがここらで帰らせてもらおう。厄介な人が来るからな。さぁ、行くぞグリート』
シードは、大きく翼を広げ飛ぶ。その背にはグリートが必死に羽ばたき、ついて行っている。シードはグリートを背に乗せると一瞬で姿を消した。暴風がミシェル共々巻き上げる。
気がつくと、結界の中に戻っていた。




