手合わせ
ミシェル達が手合わせの準備をしている間にジェズが戻り、また庭に出た。緊張で高鳴る心臓の音を落ち着かせようと深呼吸をしながら、手の中にある重いその剣を由香はしっかりと握りしめた。
「肩の力抜いてな。今、力は温存しといた方がいい。剣を振るには相当な力がいるし、狩りをする間はずっと持ってるんだ。無駄な力を使わないよう意識するといい」
ジェズは由香の正面に向かい合うように立ち、由香と同じような剣先が潰れた剣を構えている。アドバイスを貰った由香は頷いて返すと、見てわかるようにふっと力を抜いた。
「力の抜きすぎにも気をつけることだな。さて、んじゃ始めるか?セラ、基本からでいいんだな?」
「そうですよー。孤児院の子らに教えているような感じでいいと思いますが、戦いに巻き込まれるかもしれないですから、基本を教えた後は実戦風にした方がよいと思いますよぉ」
こうして聞いていると、本当に自分が戦いの為に剣を握っているのだと実感が湧いてくる。そして、時間が無いこともわかるからか、肩に力が入ってしまう。いくら深呼吸をしても、息苦しいような気がして、由香は何度も目を閉じた。
「由香、無理はしないで。貴方が必ずしも戦うことはない、逃げることも大切だから。これは、身を守るためでもあるから」
ミシェルは励ましの言葉を掛けながら、由香の背中に優しく触れた。そうされるだけでも、肩の力が程よく抜けた気がする。由香は、覚悟を決めて目を開けた。
「根性ある目だな。一番大切なのは心だからな。ビビってちゃ、剣もまともに握れねぇし。俺よりも資格はあるな」
「ジェズってば、剣を持ち始めた頃は泣きべそばっかりかいててですねぇ、見るからに恥ずかしー」
「セラっ!余計なことはいいんだよ!ほら、始めるぞ。いいか?」
由香から見ても分かるほど、賑やかな雰囲気が一瞬で切り替わり、ピンと空気が張りつめたように緊張感が増した。ジェズの表情はこちらを敵と認識した険しい表情で、こちらから目を逸らさない。セラは笑みこそ浮かべてはいるものの、肉食獣のような恐怖がにじみ出るような空気を醸し出している。一方ミシェルは静かに、存在を感じさせないようにこちらを一心に見つめていた。
「ーまずは、斬りかかってこい。ミシェルを見ていたのなら、どう斬りこんでいけばいいか、少しは分かるだろ?」
ぐっと手に力を込める。あんな常人でない動きは私には出来ないだろう。でも、少しでもミシェルのように。幼い頃から剣を握って生きてきた彼女に追いつけるように。
「行きますー。はあっ!」
上段から振り下ろすのは隙が大きすぎると判断し、下から左脇下を狙い、振り上げる。
「駄目だ。振り方が弱いな」
スっと振り上げられたジェズの足が、由香の剣を踏みつけた。上げようとしていた腕の力が押さえつけられて逆向きに引っ張られ、ツキリと腕が痛んだ。
「うっ...」
ジェズを見上げるとフッと笑う彼が見え、指を剣の持ち手の部分へ向けた。
「下から斜めに切り上げるなら、剣先は変えなきゃな。腹で当てても人すら斬れんぞ。まぁ、初めて剣を握ったにしちゃ、今ので放さなかったことは褒められるが他はだめだめだ。こりゃ時間がかかりそうだ」
見様見真似では到底敵わないのだと気付いて落ち込んだ。それにしても自分でも思うが酷い。剣先を変えることもそうだし、勢いが全然ない。やる気さえあれば出来るなんてものじゃないのだとわかって、これから先が心配になってしまった。
「ジェズは厳しいですが、私は別に時間がかかるとは思いませんよぉ?気力迫力ともに十分にありますし、基本さえ身につければ隙もなくなってきますよー。きっと由香なら一ヶ月あれば充分ですね」
セラのフォローに救われつつもっと頑張らないとという思いがした由香は、キュッと口を引き結んでからジェズに
「もう一度、一からお願いします」
とお願いした。
それから日が落ちるまで基本を叩き込まれた由香は、腕が上がらなくなった。
「...終了すっか。セラ、俺は料理を作るから風呂の準備を頼む。由香、この後はしっかり休めよ、焦って詰め込むより続ける事が力になる。体調崩して全力で出来ないんじゃ意味がないからな?」
この後は夜中に素振りを...と思っていた由香は目を瞬かせ、こくこくと頷いた。
「今日一日ありがとうございます、明日も、お願いします」
そう返すと、先程までの緊張感がどこへ消えたのかと思うくらいに、にこやかな笑顔で応えてくれた。
「んふふ、流石ミシェルと共にいただけあって初心者にしては成長が早いですねぇ!ただミシェルは力技多いですからまずは基本の形から。ミシェルの真似をするにしても基本が出来て、相手の動きをある程度読めるようになってからの方がいいですよー」
セラは考え方の基本や見ていた時の感想を言ってくれた。頭の中を読まれているような正確さで、参考になる。
「はい!」
「ですが、一つ忠告をしときますよ?身を守ることと戦いをすること、大きな違いがありますから決して意味を履き違えないようにして下さいね。身近にいうならば、私達と貴方。私達は生き物の命をこの手で何度も奪っている。戦いにて剣を振るうと言うことはすなわち、命をかけているということですから」
最後に静かに伝えられた言葉には、私には想像つかないほどの重みがあるように思えた。笑顔の裏に暗い死の影が差しているような錯覚を起こした私は息を呑んだ。
「...わかっています、私も、少しですが命を知っています。取り戻す事が出来ないということ、そしてその命を奪うという意味を、ほんの少しだけ」
「ならいいんです、戦いの場に出て初めて気付いて立ち直ることの出来ない人は、いくらでもいますから、ね」
セラは気持ちを切り替えるように私の肩を数回優しくポポンと叩くと家の中へ入っていった。
「今日はお疲れ様、家の中まで歩ける?」
ミシェルはそれまで静かに気配を消していたが、優しく声をかけると同時にいつもの彼女の雰囲気に戻っていた。私はそれに安心しながらも、どっと押し寄せる疲れにゆっくりと肩を落とした。
「何とか歩けるけど、本当に疲れたかもしれない。肩が重くて...」
その後はあまり記憶にないが、お風呂に入り、ご飯を食べ、ベットに倒れ込むように入り私は眠った。
「ーーーー起きてはくれまいか、由香くん?」




