意味
「すまないね、どうしても伝えておかなくてはという考えに至ってね」
「...はい」
突然起こされたかと思えば、外に連れ出されこうして歩いている事に由香はどことなく不安を感じた。ミシェルに用があるのならば分かるのだが、私に何を言うつもりなんだろうか。
「私は君に言ったね、その体は魔石で出来ている、と」
あまり不思議には思わず頷くと、黒い笑みを浮かべたレークは人差し指を口に当てた。
「君はあまりにも大事な事が抜けているようだ。魔石が人間のような感覚を持つことはできないのだよ」
由香はピタ、と立ち止まるとその言われた言葉の意味を噛み締めるように感じ取り、目を閉じた。
「続けて下さい、私が理解出来るようにお願いします」
「いいだろう、なぜ空腹感を、なぜ疲労感を感じるかと言えばそう君が感じた時に感じさせるよう、魔石を加工してあるからだ。だが、それは何時でも私によって解除ができる」
言葉を言い終えると同時に人差し指を唇から離して私の方へ向けた。すると今までの疲労感が嘘のように抜けていく。同時に体の感覚が驚くほど鈍くなり、由香は動揺を隠しきれないのか瞳を揺らす。
「それに、君は幾つか魔法陣に触れたね?幾つもの魔石で出来た君のその体には魔法陣を吸収し自らの物にする性質がある」
レークはおもむろに由香の左手をとる。何かを念じるような動作と共に淡く左手が光を帯び、噴水のようにプクプクと水が少し溢れ出てきた。
「...あぁ」
「分かったかな?君は既に人ではない。人の真似をした魔石の人形だ。いくら努力をしようが、剣は上手くなったとしても、人間らしく生きることは難しい」
由香は何度も瞬きをして、何かを吐き出すように深く息をついた。暫くしてレークのほうへ顔を向けた由香は、はっきりとその言葉を告げた。
「私は既に一度死んだので、あまり気にしません。こんなことを今更言って、何をさせたいんですか?」
「...あまり調子に乗っていては痛い目をみるということを言いたい。私には目的があって、苦労して君をこちらまで連れてきてわざわざ分離させたのだからね。嫌われるのは仕方ないが、侮らないで欲しいね」
不意に向けられた少しの敵意に身が竦む。言葉はまだ優しいのに込められた敵意は、魔王と言われる意味を知らせるほどに刺々しく、畏怖すべき恐ろしいものだった。
「ーいずれ君には、私の力として戦に参加させようと思っている。相手は今まで隠れ住んでいた天使達だ。無駄にルールを作りたがる奴らに一矢報いる為にも、君には力になってもらおう」
突然に突きつけられた話に言葉が出ないまま、レークは関係を簡単に話していく。
「そもそもこの世界に人が少ない理由は、我ら悪魔と天使が争いに使った魔物が溢れ出したせいだ。数に対し、数で争うことにより、手が付けられなくなったのだよ。気がつけば、人間は破滅寸前まで追い詰められていた」
まるで物語のような内容にあまり現実感を抱くことは出来ず、由香は黙って最後まで聞くしか無かった。ただ、この今を生きる世界に再び争いを持ち込む理由は何なのかが知りたい。
「途中で互いに人間を理由に戦を止めることにはなったが、人が徐々に増えていくにつれて天使達からの条件が増えていってね。我らの意見を取らぬままに次々と悪魔をルールに反すると言い、殺していった」
その後、地上に姿を現しただけでも悪魔達は滅ぼされ続けたらしく、天使達の勢力が増していったのだという。
「我ら悪魔と奴ら天使は勢力が傾いてはいけないとある方にきつく言われていてね、なるべく均衡を保ち人間を滅ぼすことのないよう言い付けられていた。その言いつけを先に破ったのは無駄な正義を振り回す奴らだ。私は魔王という名において罰さなければならないと思っていてね...」
由香のいる世界の認識とは全く違う悪魔と天使の関係。こうして聞くと天使が悪いように聞こえてしまう。
「天使が憎いんですよね、滅ぼすまで戦うつもりですか...?」
「いや、全ての天使が悪いわけではない。巻き込まれた者もいる。そうさせた原因の者がいるはずだ。大体は予想がつく、それを片付けるまでが戦になるだろう」
ふ、と表情が柔らかくなったと思えば、瞬間に激情に駆られたような怒りの表情に変わった。
「天使のトップですよね、片付けるまで...本当に戦いを終わらせることが、出来ますか?」
「いや、好き勝手ばかりやるあの者に鉄槌を下せば終わろう。それに、大きな戦にしようとは思ってはいない。私の娘をも巻き込むような事にはしたくないのでね」
そう言って真剣な表情で考え込む姿を見ると、悪い人ではないような気がするがミシェルのことを娘としてだけ心配するのは何処か不思議で、何かが違う気がした。
「あまり気にしないと思ってました。命を大切にするようには見えませんから。...誰か会わせたくない存在があちらにあるんですか?」
ある方向を向いたまま考え込んでいるレークに向かってそう問うと、彼は急にニヤリと不気味に笑った。
「まぁそうかもしれない。ここまで巻き込んでしまったのだから言ってしまっても良いが、今日私と話したこと全て、他言無用だ」
レークは笑いながらこちらへと歩いてくると、由香の肩に手を置いた。ぞわりと怖気が走った時にはもう遅く、魔道具を触った時のような感覚が襲った。
「何をしたんですかっ!?」
「保険で自爆する魔法陣を吸い込ませておいた。発動は私にしか出来ないがー。そんなことより天使側にいる存在についてだけ話しておこうか。君は会うことがあるかもしれない」
その後、どれくらいの時間が経ったのか。肩から手が離れても呆然としたままの由香を残して、レークは戦の時にまた来るといって消えた。




