外との違い
「...私は覚えている。二人のことを。思い出したとも言うけれど」
セラの体調の為にひとまず村に戻ったミシェル達は、セラの部屋で落ち着いた頃にミシェルの過去の話を始めていた。セラとジェズの二人は全ての話を聞き、納得、または驚きながらも真剣に考えていた。過去のミシェルと、今いるミシェルの事を。
「もう過去の私とは違う。だからこそ、今の私を見て欲しい。ただ、仮でも姉であった私を...許してほしい。大切だということは、変わらないから」
「今だけ、言わせてもらう。...ごめんな、ねえさん」
「ジェズ...」
ミシェルの目には、あの小さな弟だったジェズの姿があった。わかってる。あの時の言葉が本心じゃないことくらい。謝らなくてもいい。言葉にしようとすると、込み上げてくるものがあって、ミシェルは口を開けなかった。
「...ミシェル、これからも仲間のミシェルであればいい。今までと何も変わらない方がいいからな」
「ジェズがそれでもよいのなら。私は、もう忘れない」
いつものジェズに戻り、笑いながらそう言われて、私は上手く笑えなかったが、そう答えることができた。セラには、ミシェルには変わりないということを言われ、小さな頃に関わりもあまり無かったのだから、違和感もないからいつもの私でいて欲しいとお願いされた。
「それは置いといてですね、私は由香というこの子の事をもっと知りたいですよ!ミシェルが丸くなったのも、由香の影響なんですよね!ね!」
先程まで、熱で元気がなかったはずのセラは、瞳を輝かせて、ミシェルの後ろに隠れる由香の顔を見つめる。由香は気まずそうに目を逸らして顔を合わせないように、ミシェルの背に完全に隠れてしまった。
「セラ、落ち着け...怖がってるぞ」
「そんなに怖いですぅ?うーん、いや、確かに私は怖いかもしれないですねー」
「そ、そんなことは、ないですけど...その、人見知りで、すみません...」
由香は少しだけ顔を見せると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すぐに慣れるとは思うけれど、その前に二人にお願いしたい。由香に剣を教えて欲しい。それを通じて仲良くなって欲しいとも思う」
ミシェルはスっとその場を動き、由香の肩を押して前に出す。由香はミシェルの顔を見上げて、少し震えながらも
「ありがとう」
と言葉にした。ミシェルは小さく優しい笑みを返して、返事を聞く為にジェズとセラを見る。
「もちろん良いですよ!あー、でも、ミシェル並に強いとか、ないですよね??」
当たり前のように二つ返事で了承したセラが、ハッとしたように身構えてそう問う。由香はふるふると首を横に振り、
「戦ったことが、ないので...」
と自信がなさそうに伝える。
「そうか。んじゃ基本からだな。持ち方からやらねぇと落っことしても危ないからな」
ジェズが計画を立てていく。そして由香の背にある剣を見て、困ったようにミシェルを見る。
「なぁ、それはミシェルの剣か?切れ味が鋭すぎるから、別の剣でひとまず練習しねぇとなんだが、うちにもセラのとこにも同じような剣の予備がない」
「...同じ大きさで重さも変わらない剣を買った方がいいという事ね。刃先を潰せば危険も減ると思うから丁度いいと思う。お金を取りに行ってもいい?」
ミシェルの提案で、ひとまずミシェルがこの村で過ごしていた部屋に行くことになった。
「今思えば、あまり帰ったことはないけど、由香は覚えてる?」
「道は覚えているけど、全く部屋の中は覚えてない...寝るためだけに帰ってた気がする」
ジェズとセラには残ってもらい、外に出た由香はやっと息が出来たかのように深く息をついていた。
「なんだか、凄く久しぶりに人と話せたなって思ったよ」
「いつもの由香とは違って、なんだか面白かった。私も参加するけれど、頑張れそう?」
「やってみないと...でも、私自身が剣を握るんだね」
由香は不安そうに自分の剣に触れた。金属音が鳴り、慌てたように手を離す。
「現実感がありすぎて、持つのも怖いかも。本当に平和な世界に居たんだなって、ここに来てから思うよ。でも、優しい世界だね、ミシェルのいる所は」
裏路地に入り、人気のないところを通る。ここは外へと繋がる道なのは覚えている。結界が壊れてしまった時、一番危険と隣り合わせになる所でもある。
「あ、ねぇこっちだよね、ミシェルの部屋」
由香は、一番外側に近い扉を指さす。ミシェルは扉を開けて中を確認してから、頷いた。
「あってる。荒らされてもないみたい」
由香もその言葉に部屋を覗くと、家具も生活用品も何も無い、誰も住んでなさそうな様子が見えた。
「予想より、物がないけど...?」
「貰ったお金や物は、多分その布の下に置いてある」
ミシェルは土足のまま上がる。それが基本だということに気付いた由香も、そっと家の中に入る。本当に何も無いので、見るところもない。あるのは窓と体にかける毛布がわりの布切れのようなものだけだった。その布切れの下から、袋が出てくる。中からは古びたような銅貨らしきものが入っていた。
「これがお金?」
「ええ、大体のものは銅貨だけでやり取り出来る。それに、物で交換する時もあるけれど」
他には、モンスターの一部の牙や骨らしきものしかない。それに触れてみていると、ミシェルが外を指さした。
「モンスターで物が作られてる。服や武器、家具や道具。家畜とは違って頑丈だから、何にでも使える」
こうして実際に自分で触れて、見て見るだけで、こんなにも違うものなのかと私はドキドキした。今となっては恥ずかしいが、空気の匂いが違いすぎて、最初の方はずっとすんすんと鼻を利かせていた。少し獣のような、自然の香りが強くて、新鮮だった。
「...ここで私は生きていけるかな」
「大丈夫、私も生きていくことが出来た。ジェズ達のお陰ではあるけれど、今の私達には、沢山の繋がりがあるから、きっと大丈夫」
そう語るミシェルを由香は頼もしく、少し笑う姿を羨ましく思った。どうしてこんなにも強くいられるのだろうか。私が強くなったら、ミシェルのようになれるだろうかと。
「行こう。確かここから近いところに武器屋があったはず。...ついでにこの町をもう一度見てみたいから、付き合ってくれる?」
「うん」
部屋を出て、大通りに出た二人は武器屋を探しながら、町並みを見て互いに思う事を話していた。
「ミシェル!あれは何?」
由香は瞳を輝かせて、それをじっと見た。ミシェルは由香の目線の先を見て、
「あれは、魔道具だと思う」
「魔道具...魔法が使えるの?」
「そう。ただ、魔法が使える人があまりいないから珍しい。あの店の主人は多分外から来た人」
そう話しながら、二人は魔道具を売る店へと近付いた。
「お嬢さん方いらっしゃい!この町の人、魔法使える人いないみたいだね。いいものなんだが、売れなくって困った。魔法が使える人に出会ったことはないか?」
「あいにく知り合いにはいない。だけど、私は使えるわ。何がある?」
若い青年が嬉しそうにミシェルに商品を勧める。よく見れば彼は傷だらけで、命懸けでこの町にやってきたのだと分かる。
「モンスターをまくための物とか、動きを鈍らせるもの、どれも僕自身を守ってくれたもので、効果は保障するよ」
「遠かったでしょう?この町は特に自然に囲まれているし、危険なモンスターも多かったでしょう?」
由香は静かに二人の会話を聞きながら、他にもちゃんと町ってあったんだと不思議に思った。ミシェルの記憶の中には他の町はなかった。てっきりこの町しか生き残ってなかったのかと勘違いしていた。
「僕の町は魔法が栄えていましてね。ただ、僕の魔道具が必要ないほど魔法に溢れた強い町なので、遠くなら売れるかと思って来たんです。まさか、ここにはほとんど魔法がないとは思いませんでしたがね!」
確かに、魔法を使っているような所は無い。原始的というか、人間らしい生活を営んでいる様子が今いる場所からでもわかる。魔法が使えるのはここではミシェルと彼だけなのだろう。
「どうやってモンスターに対抗しているのかと思いましたが、強力な結界が張られていますね。これ程の力...それも相当に古いもの。神様が造られたもののようです」
彼は興奮したような表情でそう語る。彼の故郷である町では、成人した時に魔力を与える特別な神様からの贈り物があるらしい。
「それに、ここに住む人々の身体能力が高いんですよね、特にギルドにいる方々とか、よくモンスターと渡り合っているなぁと思いますよ」
しばらくの間話し合う二人の会話を聞きながら、由香は店に並ぶ魔道具を見る。
「あ、触ってみても大丈夫ですよー!」
「あ、はいっ!ありがとうございます...」
急に話しかけられ緊張しながらも、角のような形をした物に触れた。
『ボォォォォォォォォ』
「うわっ!?」
突然の音にパッと手を放し、由香はミシェル側へと逃げる。周囲の人々も驚いた表情でこちらを振り返っていた。
「あれ、魔法もないのに発動した...??あ、でも形跡があるから魔力が流れたのか。あ、大丈夫、威嚇用の魔道具だから!彼女も魔法が使えたんだね?」
「いえ、使えないはず...扱うこともなかったはずだから」
「じゃあ魔力持ちだけどまだ使えてないだけだと思うよ、どう?少しなら教えてあげられるよ?」
彼の提案に、由香はミシェルへと視線を移す。ミシェルは頷き、周囲を見回した。
「ここではあれだから、貴方さえよければ移動して教えて貰おう」
「もちろん大丈夫ですよー、この魔道具買ってくれますか?」
教える代わりにいくつかの魔道具を買い、近くにあった店で手頃な剣を手に入れた。ミシェルを先頭にセラ達の元へ向かう。道中で彼は由香に興味を持ったようで、話しかけてきた。
「今までに暴走とかなかった?僕は魔力を貰ったばかりの頃、暴走しがちだったんだ。元から持ってる人はどうなんだろうと気になってね」
「...元から?」
成人した時に魔力を与えられるのは聞いたが、例外があるようで、生まれた時から持っている人間は才能がある事が多いようだ。
「君達は僕の国とは違うから、生まれ持ちなんだろうし。きっと才能あるさ」
「お願いします、魔力を持っているという感覚はあまり...」
ミシェルの中にいた時は動きを見ることは出来たが、自分の、今の体でやることは出来なさそうだ。魔力の流れさえよく分からないのに出来るだろうか、と考え込む。
「セラ、ただいま。ジェズは出掛けてる?ああ、彼はーー」
いつの間にかたどり着いていたらしい。ミシェルが事情を説明している間にも、彼は自分の国について由香に話していた。
「魔学校に行けば補助の魔道具で簡単に魔法が使えると思うけど、威力はダメで...あ、そろそろかな」
彼がセラの方を体ごと向けて、丁寧に挨拶をする。セラは明るい笑顔でそれに応え、軽い自己紹介をし合った。そして、家の扉から中へと入り、裏口から開けた場所へと出る。
「私達はよくここで訓練するんですよー、ほら、なまった時とかすぐに狩りに行ったり出来ないですしねー。ジェズはまだみたいですし、魔法からやってみてくださーい」
少し期待するように由香を見た後に、魔道具を持った彼を見る。
「ソールさん、でしたよね?それはなんですかぁ?」
「戦闘用ですが、魔法を使うための物です。魔力を流しさえすれば、自動的に陣が発動するんですよ!今回はちょっと弄ったので、水が出ますよ」
ソールは銃の様な形をした魔道具を地面へと向けて力を込める。すると、体を淡く光が覆い、魔道具へと流れ込む。そして銃口から勢いよく水が噴射された。その水は地面へと当たって溜まる。
「水溜まりが...」
靴の半分くらいの高さまで水が溜まり、魔道具は止まった。ソールは少し疲れた表情でこちらを見て苦笑いした。
「僕は魔力が少ないのでこれくらいしか...ミシェルさんも試してみてください!」
ソールはミシェルへと魔道具を渡し、セラの隣に並んだ。観戦するかのような期待をよせる二人にミシェルは戸惑いながらも魔道具を握った。




