魔石
「今更だけど、ごめんなさい、由香」
「謝らないで。救ってもらったのに、文句なんてない」
ミシェルは、由香の手をとる。そして、少し笑みを浮かべて
「やっと、手をとれた」
と言ってすぐに手を緩めた。そして、苦しむ表情を見せた。
「…っ!もう、危ない、離れて、由香」
「離れない…次は、私がミシェルを救いたいから」
由香はその手を強く握ると、振り返る。頷いたリアは魔石をこちらへと近づけた。
「持つかはわかりませんが、封じましょう」
だが、ぶわりと赤い色の蒸気がミシェルから湧き出した時、魔石は破裂した。魔力が魔石を中心に力を暴走させる。
「ぐっ!」
リアは魔石が割れるのと同時に後ろへと飛び、衝撃を避けた。
「リアさん!」
由香はそう叫び、苦しむミシェルへと視線を戻した。抑えようとしているのか、汗をかくほど目を閉じて集中している。突然、由香は息が出来なくなったのか、はくはくと口を動かした。魔力の密度が高いためだ。しかし、集中するミシェルは目を閉じたままだ。
「み、しぇる…」
由香が名を呼んだ時、ピタリと魔力の流れが止まった。ミシェルは目を開けて、由香を見た。
「由香!これは…!リア、由香を私から離して!」
魔力が動き始める。ミシェルから、由香へと流れ込むように。リアはとっさに魔石を捨てると、暴風を生み出す2人の元へ姿を現し、由香の肩を掴む。
「なっ…!」
リアはパッと手を離す。力が吸われていく感覚がしたのだ。何が起きているのかはわからない。だが、止めなければ、由香は耐えきれず死んでしまうかもしれない。
「問題ない。離れたまえ、リアよ」
いつの間にいたのか。レークは、風の影響を受けた様子もなく、リアの反対側から優雅に歩いてきた。そして、ミシェルと由香の手に触れた。
「あ…」
糸が切れたように、の魔力は途切れて残った魔力が由香とミシェルに吸い込まれていった。由香は、崩れ落ちる。
「由香!」
「心配ない。この体は全て魔石であり、死ぬことは無い。ミシェルよ、具合はどうだ」
ミシェルは由香を揺さぶる。反応がないことを確認すると、ゆっくりと寝かせ、呼吸を確かめ安心したように息をついた。
「これは、どういうこと?」
「ミシェル、お前の力は抑えきれない。だから成長する魔石があればと思ってね。由香にも協力してもらったのだ。まだ協力する許可を貰ってはないが、予想より早く、魔力が暴走してしまったようだね」
レークは肩を竦めた。そして、由香の頭に触れる。
「ふむ、あれだけの魔力を吸ってもヒビひとつ無い。研究の成果によるものだな」
ミシェルが庇うように身を乗り出すと、レークは手を離した。
「いやいや、傷つけることはないとも。少し看ただけではないか。なんともいえない反抗期だね」
「それが素顔?魔王としての貴方。今の貴方はどちらが本当なの?」
「どちらも。どちらも私だよ、魔王なりに振る舞わねばならぬし、研究に没頭する私も私である…お前の父親でもあることだしな」
レークはミシェルを見つめると、何度か頷いてから指をさす。
「それにだ、それをいったらミシェルは大きく変わっただろう。私は娘を閉じ込めておくのは不味かったとは思ったが、今こうして会話をすると、後悔はない。由香をこちらへ招いたことをな」
「…貴方が、あの時協力した。だから、異世界に来ることが成功したんですね?」
ミシェルは、後ろを振り返る。由香が頭を抑えながら体を起こしてこちらを見つめている。
「そうだ。聞くのが遅れたが、ミシェルの為、協力してはくれまいか?」
「聞くのが遅いと思います…もう後戻り出来ない。ミシェルを助けた事は後悔してませんが」
「そうかね。まぁ、こちらとしては嬉しいのひとことだ。...それにこのまま居させるつもりもない、鍛えて貰おうじゃないか」
頭がガンガンと痛くなるのを感じながら、首を縦に振る。
「自分の身を守る為にも、お願いします。鍛えるとはどうするんですか?」
「ふむ、そうだね。君は魔力など普通に扱ったこともないだろうし、ミシェルは力加減できぬことだ。リアに任せてもいいが合わせにくい、ふむ...嗚呼、あの人間達に教えてもらうのはどうだ?」
由香の知る中の人間は、あの二人しかいない。だけど、由香は一度もあったことがないはずだ。
「それは...大丈夫じゃない気がするんですけど」
「なに、ミシェルの周りでは有り得ないことが起きすぎている。君が何者でも納得してしまうだろう。クローンもこの世界にはないものだったしな」
確かに、異世界とはいえど有り得ないこと、非常識な存在がいることはわかる。特に魔王とか、その娘であるミシェルとかは、常識を語っていたら混乱するほどに。
「ミシェル...」
「大丈夫、私から話す。それに、私も過去の自分との違いを話さなければならないから。...そうしたらきっと、真実を隠さずに伝えなければいけないから。信じられない話ではあるけれど、本当にあったことだから」
由香は何度か頷いてから、気まずそうに俯いてポツリと言う。
「えっと...でも私、その。人見知りなところがあって、上手く話せるかどうか...剣も握ったことなんてないし...」
「やってみてから。話すのはあの二人の事だからそんなに気にしない。剣については触って確かめてからじゃないと」
「そうだねぇ、まずはやってみることだ。もし無理そうならば別の方法を考えてあげよう。例えば戦える人格を作るとかあるからね」
レークの言葉に由香は内心うっと唸り、前に進むしかないかと覚悟を決めた。また勝手に行動に移されてはいつか取り返しのつかないことになりそうだ。
「早速行ってきたまえ。お仲間達もミシェルを探すのに必死なようだ。倒れてしまう前に行った方がよいだろう」
何か言葉を返す前に、レークが手をこちらへと向けた。ぐにゃりと視界が歪んだかと思えば、体が浮くような感覚が襲った。
「うっ...」
「由香、下がって」
ミシェルの声と共に目を開けると、建物内と思わしき硬質な白い壁が目に映る。そして、私を庇うように立つミシェルの向こう側から複数の獣の唸る声が聞こえた。
「ここ、は...?」
下がりながら見た事のある白ばかりの空間を見つめる。
「レークの、実験するための隠れ家...だ」
合成された獣達の、キメラのいる所。最近放置されていたからか、そこら中にキメラが潜んでいるようだ。傷跡や真新しい血痕で分かった。
「由香、私を見てて。利用するようで悪いけれど、実戦を見れるのは良い経験になると思う」
そしてミシェルは、双剣の片方を由香の方へ滑らせると、もう片方を構える。前方にいるキメラは三体。狼型の角が生えたもの、翼の生えた兎のようなもの、よく分からない真っ黒なもののキメラだ。狼型のキメラが突進を始めた。それに合わせ、兎型のキメラが牙を向けて上から降下する。ミシェルは動きの早い兎型のキメラを横薙ぎに斬ると、そのまま地面に叩きつけ、迫る狼型のキメラを足で下から蹴り上げた。
「力技...」
凄いと感じながら、その言葉が出てくる。私には真似できそうにない。そう考えながら、あの黒いキメラの姿がないことに気づいた。
「えっ!ミシェル、横の白いの!」
色が変わっている。白く変色したキメラは先程の黒いキメラの姿にそっくりだ。擬態したキメラはいつの間にかミシェルのすぐ側にいた。
「っ!はぁっ!!」
声に反応して、すぐに飛びかかったキメラの爪は、ミシェルに届かず、先に後ろに飛んだミシェルが先に着地する。だが、カランと音がして見ると、剣がキメラの傍に落ちていた。素手の状態のミシェルに、由香は悲鳴をあげる。
「大丈夫、動かないで」
ミシェルは手を出し首を振ると、すぐさま駆け出してきたキメラが目の前に来るのを見て小さく呟いた。
「雷」
眩しい白い光が迸り、焦げた臭いが立ち込めた。ミシェルには傷一つなく、ただ黒いキメラの残骸が横たわっていた。
「良かった...」
「どう?」
「うん、真似は出来ないと思う。でもやっぱり凄いね、ミシェル」
落ちている双剣を拾って、ミシェルへと手渡す。ミシェルはそれを受け取ってから、その内の片方を由香に見せる。
「血で汚れてしまってはいるけれど、身を守る為にも片方を由香に託したい」
「え?」
この双剣は、ミシェルにとって大切なものだ。短い間貸したりはしていたが、手放したことなんてない。
「今まで強さにこだわって、使ってきた。だけど、もう一度強さとはなにか、考えなければと思う。由香が共に歩んでくれる、だからせめてこれを託したい。信頼も込めて」
由香は大切な物を預かることを意識しながら、ゆっくりとそれを受け取った。こうして見ると、双剣としてあったのではなく、二つの剣を使っていたのだと分かる。よく見れば、ミシェルの方は少し長く、由香の方に渡された剣は短めだ。傷が多くあるのもこっちで、使いこなされた利き手の方なのだと気付く。
「戦いを身につけてとは言わない。だけど、由香が自分を守れるようになってくれれば、安心できるから」
「ありがとう、ミシェル。私は少しでも力になれたらと思う。だから、ミシェルに守られるだけじゃない、頼られるように頑張るね」
お互いに顔を見合わせて決意し、気持ちが通じたのか笑い合う。ミシェルは周囲を確認し、一番近くにある扉に手をかけた。
「...る、ほん...どこ...」
「セラ、落ち着け。無理させすぎたか...む!」
扉を開けると、よく知っている声が聞こえた。何故ここに?どうやって?そんなことを考える余裕もなく、ミシェルは二人の元へと駆け寄った。
「セラ、ジェズ...っ!無事?」
「うえっ!?ね、ねえさん?あ、いや、ミシェル?」
「よーやく会えましたぁー無事でよかったれすー」
ジェズは敵だと思っていたのか武器を構えたまま、驚きに慌てふためき、セラは赤い顔で嬉しそうにふにゃりと笑った。
「セラを回復させてから来たんだが、治すのにも体力を使ってたからか、途中で熱が出てな」
セラを見て、ジェズは息をついた。そして武器を下ろしてどかりと部屋にあった椅子の上に座る。セラは布切れのようなものを巻いて椅子と共にくるまっている。
「早く帰らないと...それにしてもよくここにたどり着けましたね」
「えへへ、情報を片っ端から調べてですねぇ...大変でしたぁ」
セラはにこにこと笑いながらそう言って、ミシェルの後ろの方へと視線を向けた。
「ところでなんですけどねぇーそこの髪の短い黒髪の子は誰ですかー?」
「そういや、見たことない奴だな...大人しそうでミシェルとは似てない顔だが、クローンか?」
「それも含めて、私の過去、彼女のことを話したいと思う。とりあえず、ここから脱出して帰りましょう」




